PandoraPartyProject

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想いは溶け合う雪の様に

登場人物一覧

寒櫻院・史之(p3p002233)
若木
冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)
しろがねのほむら


 ニンゲンなんてのは、ろくなイキモノじゃない。
「このズル狐、また悪さして!」
『してねぇわボケが! 逆だよ逆、救ってやったんだよ!』
 吹雪く雪山を宥めて落ち着かせて、やっと粉雪にまでしてやったのに。下山していた若いのは、俺の方へ石を投げつけた。
「お前みたいなちんちくりんに出来る訳ねぇだろ! 山の天気を変えられるなら、この雪を止ませてみやがれ!」
 ひとつ奇跡を起こしてみせれば、もっともっとと強請りやがる。
 昔の俺なら出来てたさ。でも、都市の神霊達とは規模が違う。こんな豊穣の辺境の山じゃ、土地神信仰なんざすぐに廃れちまって……かつて八尾のお稲荷様だった俺も、今じゃすっかり二尾の狐。これじゃそこらに出て来る魔物にも太刀打ちできやしねぇ。
 勝手に崇めて、勝手に忘れて。俺を祀った神社だってこの通り、すっかり廃れてーー
『……あん?』

 その日、狐が棲家の神社に帰ると、驚くほどに本殿も鳥居も綺麗に掃除されていた。
 カビかけていた手水舎の柄杓もピカピカで、緩みかけたご神木の注連縄もしっかりと直されている。近頃あたりを騒がしていた悪い魔物の気配もない。
「しーちゃん、お花はこれくらい生けておけばいいかな?」
「うん。大丈夫だから、カンちゃんは少し退がってて。ちょっと雪を下ろすから」
 どささー、と屋根に積もった雪を下ろして眼鏡の青年は剥がれかけた本殿の瓦を新しい物に取り替えた。何をやるにもテキパキと、掃除の類は得意なのだろう。動作全てに無駄がない。
 一方、花瓶を抱えていた女性といえば――それを傍に置いた後に、屋根から降りた雪を集めて丸めて。
「できた、雪うさぎ!」
『雪の魔物の間違いじゃねーの?』
 歪すぎる謎の雪塊を前にして目をきらっきら輝かせる女性の横で、思わず狐は問うてしまった。
 はた、と互いが互いを認識し、目を丸くして見つめ合う。
「こんにちは、子狐さん。お散歩ですか?」
『訂正しろぉ! 子狐じゃねぇ。俺はこの神社の主、御饌津神みけつのかみサマだぜ!』
「ミケさんですね。僕は冬宮の者です。名前は睦月って言います」
『ミケさ……、猫みたいな呼び方すんなー! きゃうっ!?』
「お前、カンちゃんに何なれなれしくしてんの?」
 史之に首根っこを掴まれて、ミケは四肢をバタバタさせた。その姿はどう見ても幼いまっちろ子狐様。とてもじゃないが神聖とは程遠い。
「離してあげて。その子は本当に神社の主さんだよ」
「そうなの? てっきり誰もいないと思ったのに」
『ハッ、残念だったな! つーか何だよ。神のいない神社なんか掃除しても、それこそ無駄だろ』
 ミケの問いに、ほんのり頬を赤らめる二人。どちらが話を切り出すか視線でやり取りした後、簡潔に説明できそうな史之が口を開いた。
「実は……」

『結婚の儀をしたかっただァ?』
「そうだよ。元の世界の儀式で婚約したから、婚礼の儀もあちらのしきたりに合わせるんだ。世界が変わっても俺はカンちゃんの剣で、パートナーでありたいから」
「儀式には神社が必要なんです。でも自分達でいきなり建てる訳にもいかなくて……だから神様が立ち去っていそうな神社を探して、使わせてもらおうと思ったんですよ。よその神様のお家で別の神様の儀式をしたら、迷惑がかかりそうですから」
『ふーん。そこはちゃんと配慮してんだな』
「でも、ここがミケさんのお家なら、また別の所を探さないとですね」
 赤いアンテナをへにょりと垂らして微笑む睦月。それを見たミケは、じぃっと彼女の瞳を覗き込んだ。
『睦月っつったっけか。お前もカミサマだったんだろ? 力を捨てて、ニンゲンなんかと一緒になるなんて後悔した事ないのかよ』
「神様じゃなくなっても、僕がピンチになったらしーちゃんが守ってくれますから。それにミケさんだって人間が好きなんでしょう?
 ここまで信仰が廃れたら、土地に縛られる事はなくなる。その気になれば神社を離れる事だってできる筈なのに……貴方はここに留まっているんですから」

――ここに神社を建てましょう。貴方が寒さに震えぬように。

 遥か彼方、遠い記憶の中でミケは思い出す。愛してくれる巫女がいた。社を建てて、敬ってくれる村人がいた。
……大切にしてくれるヒトがいた。

『……』
「じゃあ、行こうかしーちゃん」
『待て!』
 掃除道具をまとめて帰ろうとする二人の背中へ、ミケが吠える。
『ここで儀式をやってけよ』
「いいんですか?」
『どうせ参拝者のいない社だ。今更あたらしい信仰が生えても、誰も何も気にしねぇよ』


 しんしんと降る雪を切り裂く様に、儀式刀を手にした史之が舞う。
「掛けまくもかしこき戦の大神 みそぎ祓いて根の国より出ずりませ」
 剣舞から始まるこの儀式は、冬宮家に伝わる婚礼儀の中でも数少ない特例――身分違いの者が冬宮の隷属となる所有の儀を織り交ぜたものだ。納刀の後、従者の礼装を纏った史之は本殿の扉の前で片膝をつく。
「寒櫻院様、寒櫻院様。お声をお聞かせください。お顔をお見せください」
「ならんならん、醜い我が身をひと目見たならば、おまえは逃げ出してしまうだろうよ」
 凛とした声が史之の願いを拒絶する。扉の奥――本殿の中に立つ睦月の声だ。神の力を失えど、彼女は過去、冬宮の祭具として信仰を蒐集していた神性のカリスマだ。
 いつもの明るく我儘な幼馴染とは別人の様なプレッシャーに、史之の頬を一筋の汗が伝い落ちる。
「この命続くかぎり、一振りの刃となりお傍へ侍ります」
「ならんならん」
「血も肉も骨も、意思も心も魂も、すべてあなたの御随意に。友にも敵にも家族にも望むすべてになりましょう。
 影になり日向になり空気になり刃になり、省みられぬとしても、伏拝み讃え弥栄を願います」
「ならんならん」

 嗚呼、今日はひときわ寒い日だ。
 カンちゃんの手を握ってあげなきゃ、凍えてしまうだろうから。
 今までいろんな事があった。回り道も多かったけれど……その分、付き合ってからはカンちゃんと真っすぐ向き合えた。
――愛してるよ、しーちゃん。
 心の奥に閉ざした想いを解きほぐしてくれたのは、他の誰でもないカンちゃんだ。

(今度は俺が、迎えに行くよ)

 垂れていた頭を上げ、眼鏡の奥、史之の瞳はまっすぐ――扉の奥の睦月を見つめる。

「根の国の姫よ、この腕は万力をふるいましょう。この脚は千里を駆けてみせましょう。
 死もふたりを分かつことはできない。この首はよい鞠になりましょう」

 決意に満ちた宣誓の言葉は力となり、閉ざされた心を開く。
 両開きの扉が疾く開け放たれ、神なる姫の衣を纏った睦月がゆらりと現れた。その姿は全てが凍る程に美しく、時を止める様に可憐であり、そして――

「あのねしーちゃん。約束して」

 世の誰よりも、愛おしい。

「一日でもいいから、僕より長生きして」
「……誓うよ、睦月。愛してる」

 共に抱き合い、愛を込めた口付けが交わされる。同時、ミケが社の屋根の上で尾を振れば、降り続く雪がぱぁっと桃色に染め上がった。それは桜の花弁のように空を自由にちらちらと舞い、出会った雪の粒と溶け合って、恋する様にひとつになった。


「ありがとうございました、ミケさん」
『俺ァなんもしてねぇよ。強いて言うなら介添人の義理を果たしただけだ。
 それにしても、後半の方は随分とフランクな祝詞だったな?』
「いや、最後の台詞は完全にカンちゃんのアドリブだよ。本当にビックリしたんだから」
「しーちゃんの顔を見たら、儀式の言葉より自分の気持ちを伝えたくなっちゃって。……駄目だった?」
 今回ばかりは、すまなそうに眉を下げ、様子を伺う様に史之の顔色を伺う睦月。そんな彼女を安心させるように、ぽんと史之は睦月の頭に手を乗せて、愛情込めて優しく撫でる。
「どんな儀式の言葉よりも、睦月の心から紡がれた言葉が、俺にとっての"絶対"だよ。俺達なりの幸せを一緒に探せればそれでいいから」
 優しい言葉と温もりに、睦月の涙腺がふにゅりと緩んだ。嬉し泣きを隠す様に史之の胸に飛び込んで、両腕で包んで貰う。分け与えられた温もりは、何にも変えられない。
『そうだ、お前ら。そんなに俺に恩を感じてるなら、豊穣に来た時は油揚げを献上しに来いよ』
「何もしてねぇとか言った割にちゃっかりしてるな」
『うるせー! どうせこの神社の参拝客なんて、お前らしかいないんだ。美味しい思いくらいさせろー!』
「……そうでもないみたいですよ?」
 睦月が鳥居の方を指差せば、此方を伺う様に若い男女が神社の様子を覗いている。服装からして、地元の人間の様だ。
「あの、さっきこっちの方で桜が咲いている様に見えたんですけど」
「その事でしたか。実はーー」


「ねぇ睦月、史之、知ってる? 豊穣の北の山に『桜狐神社』っていう縁結びの神社があるんだって!
 そこに降る桜色の雪の中で愛を伝えあったカップルは、永遠に幸せになる……っていう伝説があるらしいよ。二人にピッタリな情報じゃない?!」
 某日、境界図書館を訪れるなり蒼矢にそんな事を勧められ、二人は顔を見合わせた。
「地元の人間だけならともかく、もうこんな場所にまで話が広がってるのか。しかも何か話に尾ヒレが付いてない?」
「蒼矢さん、その神社なら僕達行った事がありますよ。伝説の事もよく知ってます」
「おぉっ! 二人ともやっぱり恋愛のトレンドは追ってるんだねぇ!よかったら、どんな所だったか聞かせてよ」
 お茶でもおごるからさ、なんて自分の持ち店のあるライブノベルを取り出して早速移動の準備をしはじめる蒼矢。その背中を眺めながら、睦月は史之の手に指を絡めた。
「えへへ、"永遠に幸せになる"だって。伝説を本当にしてね? しーちゃん」
「はいはい。そんな理由なくたって、カンちゃんの事は俺が幸せにするよ」
 握った睦月の手は、低体温気味でちょっぴり冷たい。史之は温もりを分け与えてやりながら、異世界へと続く扉へ一歩踏み出したのだった。

  • 想いは溶け合う雪の様に完了
  • NM名芳董
  • 種別SS
  • 納品日2022年01月09日
  • ・冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900
    ・寒櫻院・史之(p3p002233
    ※ おまけSS『歩める道は青信号』付き

おまけSS『歩める道は青信号』


「睦月、史之。おめでとう! 最初の頃は何度か肝を冷やす様な事もあったが、ついにゴールイン出来たとはな」
 異世界のCafe&Bar『Intersection』。その店内に集まっていたのは睦月、史之と親交の深い境界案内人たち。結婚の知らせを聞いて、真っ先に祝いの言葉を贈ったのは赤斗だった。その目元はちょっと涙ぐんでいて、分けてもらった幸福を噛み締めている様だ。
「お年玉を渡す予定だったが、ご祝儀に変えないとな」
「どっちも渡してあげればいいじゃないの。それで……睦月」
 ロベリアは相変わらずの妖しい笑みのまま、ポコポコと泡の立つ謎の液体薬の小瓶を取り出して見せた。
「史之に浮気の疑いが浮上したら、すぐに言うのよ? 貴方しか見れなくなるように、少しばかりの細工をしてあげるから」
 様子を見ればロクな事にならないのは火を見るよりも明らかだが、これが彼女なりの祝いの言葉らしい。
「結婚、というのは他人と色々な事を合わせなければならないんだろう? 僕にとっては考えられない事だけど……睦月と史之なら、不思議と納得感があるよ。おめでとう」
 穏やかな微笑みで祝福するのは黄沙羅だ。彼女は蒼矢や赤斗と言わば宿敵。同じ場所にいると何かと好戦的になりがちだが、今ばかりは宿命よりも大事なものがあると言わんばかりに大人しい。
「そういえば、蒼矢は?」
「さっきカウンターの方でお茶を淹れてたと思うけど」
 声を頼りに黄沙羅がカウンターの中を覗き込むと、そこには顔をぐしゃぐしゃにしてしゃがみ込んでいる蒼矢の姿があった。
「本当に……本当によかったよおぉぉおおおーーー!!!」
 青信号から生まれた彼は"誰かが踏み出す一歩を応援する"という性質を持っている。一見すればよい性質にも思えるが、反面……立ち止まってしまった相手の背中を押そうと無理をする事もあるのだ。睦月の恋人になろうと言い出したのも史之との恋の荒療治。結果的に上手くいったものの、二人の恋路を見守る蒼矢には大きな賭けだった。
「どんな困難が待っていても、二人ならきっと乗り越えられる……僕はそう信じているよ。
 だって、史之はとっても頼れるし、睦月はとっても優しい。それぞれにいい所があって、支え合うにはこれ以上なくピッタリだから……えーと、えぇと……つまり」
 皆が囲むテーブルへ、華やかなホールケーキが出される。その上に立った二体のマジパンは、花婿の史之と、花嫁の睦月だ。
「おめでとう! 末永くお幸せにね!!」

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