PandoraPartyProject

SS詳細

Holy shit

登場人物一覧

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!

 湿った部屋は見知った女と同じ匂いがする。
「キドー、アタシ、もう行くからね」
 掠れた女の声が聞こえた。キドー (p3p000244)は顔を上げ、「ああ」と短い返事を返す。視線の先には、お気に入りの女。だが、が立っている。キドーは女に近づくことすらしなかった。いつものことなのだろう。女は気にする様子もなくキドーを眺め、鳶色の奇麗な目を細めた。
「……じゃあね、今度は二週間後に」
 女はベッドの隅に座るキドー全裸の男に手を振り、夜と同じ服を着て──部屋を出ていった。
「二週間後、ね……」
 残されたキドーは息を吐き、トンとベッドから立ち上がった。ベッドはすぐに鳴き出す。
「あーあ……宿屋のオヤジに言わねェとな」
 キドーは唇の端を上げ、ベッドを撫でつける。女の声よりも聞こえる、ベッドの。ホント、嫌になっちまうぜ。
「そうじゃなきゃ、俺らのムードってやつに関わる」
 このスプリングの劣化音に何度、吹き出しそうになったことか。ただ、本当に笑いだしてしまえば、女は忽ち、白けてしまう。そんなことを思いつつ、女はキドーの女ですらなかったしキドーは女の男でもなかった。安っぽい薔薇の香水が好きな女。考えてみてもキドーは女のことを殆ど知らなかった。散らばった服を拾い上げ、キドーは白く汚れた鏡を見上げ、笑う。そこに映ったのは、
「ここから始まったわけだねェ……」
 呟き、そっと左耳のピアスファーストピアスに触れ、キドーは目を細める。女のことなどすっかり忘れ、キドーは七、八歳餓鬼の頃の笑い話を独り、思い出していた。

 怒鳴り声と酒臭い息と唾の臭い。そんなものはとうに慣れたものだと思っていた。それなのに。どうして、こんなことになったのだろう。血の味も頬を殴られる痛みも、ナイフの痛みすら知っていたはずなのに。
「思ったより遅くなったな……」
 はあはあと息を荒げる。あの日は雨が降っていた。真っ暗闇、濡れた身体が不快で目についた近道を苛立ちながら駆けた。そう、人気のない酒場。べたつく靴底。チープな絵が飾られ、木製のテーブルには煙草の灰があちこちに落ち、欠けた皿には冷えたフィッシュアンドチップスが置かれ、背の低い男達が麦酒を楽しんでいる。客はその二人だけだった。キドーは瞬時に同族であることを理解した。だが、それだけだ。キドーは近道のことばかり考えていた。
「おわっ!? なんだ、この餓鬼! びっくりしたな! ん? ああ……ヤ・クスィのところのボウヤじゃねえか!」
 長髪の黒い髪が特徴的な男。尖った両耳に鉄のピアスがぶら下がっている。重い瞼が泥だらけのキドーを見つめ、反射的に厨房の裏口に向かったキドーの腕を掴んだ。
「!?」
 キドーはハッとし、男の手から逃れようとするが男はあっという間にキドーを引き寄せた。
「ごきげんよう、こんな時間にお真面目キドーちゃんが何処に行こうってんだ? また、お使いか? いや、帰り道だな、手ぶらだしよ!」
 鼻の穴に指を突っ込んだまま、モヒカンの男別の男が口笛を吹く。どろりとした眼球、だらしなく開いた唇から眉根を寄せるほどの臭いを放ち、舌先の銀色の大きなピアスが一つ、唾まみれになっている。汚い男だった。
「喋んねぇのか? 困ったなぁ、俺のピアスに見惚れちまったか?」
「……は? ちがッ……ど、何処だっていいだろ? 手ェ放せよ!」
 赤い目で瞬時にねめつける。ただ、どんなに殺気を放っても正体をなくした大人達が唸るキドーを眺め、げらげら笑っている。キドーは唇を噛んだ。子供と大人の圧倒的な差を理解する。
「ああ、そうだな。何処だっていいな。重要なのはてめーがここにいることだ」
 耳元で長髪男の大きな声が聞こえ驚く。
「なんだ、アンタら……」
「飲んだくれってやつはよ、新しい刺激をすぐに放したくねぇと思ってるわけよ。分かんだろ?」
 モヒカン男がにっと笑い、キドーをじっと見つめる。
「はぁ!? そ、そんなの……分かんねェ。放せよ、此処はただの近道なんだよ!」
 キドーはありったけの力でジタバタと暴れれば、モヒカン男が真顔でキドーの頬をパンと叩いた。
「……は?」
 目が回り、途端に右の鼻奥から鼻血が止めどなく落ちていく。何が起きたのか咄嗟に理解できなかった。ただ、きゅうっと心臓の奥が痛み、目の前の男を見つめ返した。
「なんだよ、また黙っちまったな」
 モヒカン男は笑い、キドーの鼻血をペろりと舐めた。
「近道ねぇ。なら、おじさん達に付き合ってくれよ? 遊び足りねぇんだわ」
 長髪の男が囁く。奇妙なほどに甘ったるく、とても優しい声だった。
「嫌だ……くせェんだわ、酔っぱらいどもが! なっ、何しやがる!?」
 ぎょっとする。モヒカン男の太くて汚い指がキドーの左耳をぐにぐにと掴んだ。
「おほっ! つるつるのきれーな耳だなぁ! 見てるだけで不安になっちまう。それとも見えねぇところにピアスがあんのかぁ?」
 モヒカン男がキドーの服を捲り、「ねぇな」と嘲笑った。
「無くて悪かったな! アンタら気持ちわりィんだよ!」
 叫ぶ度に自らの鼻血を呑み込む。呼吸は浅く、目の前の大人にひたすら怯み、触れられた耳がどくどくと脈打つ。
「あはぁ! コイツ、気がついてない? 今から俺らがする事!」
 モヒカン男が笑う。
「止めろ、止めろよ……!」
 とうっすら思っていた。でも、ピアスホールを開ける日は、今夜じゃない。
「そう怯えるなって。オヤジ、ラム酒をくれ。ああ、そうだ。ラム酒だよ」
 長髪の男の言葉に気がつけば、キドーは叫んでいた。
「放せよ!」
「あ? 消毒しねーと大変だろ? どろどろになっちまう!」
「要らねェ、そんなの! くそ野郎ッ、俺に触るんじゃねェ!」
「大丈夫だって。子供は大人に従えばいいんだよ」
 モヒカン男が外套に手を突っ込み、ライターと長方形の箱から長い針を一本取り出す。見た目は虫を留める針のようだった。キドーはびっくりし、悲鳴すら出せずにいる。
「キドーちゃん、とっても痛いピアスホールのお時間ですよぉ?」
 どっと笑いが起きた。モヒカン男は針を火でじっくりと炙り、口に含んだラム酒を針目掛けて吐き出す。瞬く間に嫌な音が聞こえ、キドーは縮みあがった。
「ブスリといきますか!」
「待って。お前、手震えてんじゃん!」
 長髪の男がニヤつきながら、指を差す。
「あ? 震えてねえし!」
「まぁいいけどよ。つーか、キドーくん生きてる? めっちゃ、静かなんだけど」
「やれよォ……俺は動かねェしよ」
 唇は渇き、キドーは声を震わす。恐ろしかった。それでも、
「声ちっさ。ほら、やっちまえよ」
「おうよ! ここか!」
「ッ──!? あっ……あっ!?」
 針が左耳に突き刺さった。 
「うるせぇな、黙っとけよ!」
 罵倒ともに床に顔を押し付けられ、キドーは獣のように唸り続ける。
「なんだこれ、おかしいな。なんか上手くいかねーんだけど。角度を間違ったか? んんっ?」
 モヒカン男はぐりぐりと針を動かし、やがて──大人達は酔いが醒めたのか玩具気を失ったキドーを外に放り投げた。

 雨が強く降っている。どうしてこうなったのだろう。ゴミのように捨てられた身体は泥水をすすり、左耳の不格好な穴には曲がった針が突き刺さっている。

  • Holy shit完了
  • GM名青砥文佳
  • 種別SS
  • 納品日2021年12月31日
  • ・キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244
    ※ おまけSS『Kiss my ass』付き

おまけSS『Kiss my ass』

「キドー、食えよ? おまえが大好きな……甘い物ホールケーキだ。これが大好物なんだろ? ふふ、先輩の俺は何でも知ってんだぜ? 見ろよ、苺も生クリームもなんだぜ? ああ、うまそーだろぉ? 涎が犬のように出ちまう!!」
「……先輩。俺は、その……」
「ああッ? んな顔すんなってキドー。分かってるぜ! てめーはこれを一人で食いたいってわけだろう? でも、俺がいる手前、そう素直に言えねぇわけだ? いいな、おまえは誰よりも……良い子だ。尻にキスでもしちまいたくなるぜ。はっ、すまない。脱線しちまった。ふふ、大丈夫だ。問題はない。今日の主役はお前だからな。……はは、すげぇ! 見てくれよ! 手で掴んだら、ぐちゃぐちゃになっちまった! きたねーなあ!」
「……」 
「ん? おいおい、どうした? キドー、ビビッてねぇで口開けろよ。味は確かなんだぜ? 毒だって入っちゃいねんだわ」
「んなコト……分かってんだよ」
「あ? なんか言ったか?」
「うんにゃ……なら、食おうじゃねェの。わざわざ、……先輩は最高の男だねェ。尊敬しちまうぜ」
「だろう? どうだ、美味いか?」
「ああ……先輩の口に全部、吐き出したくなるくらいうめえわ」
「へぇ? それは良かった」

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