PandoraPartyProject

SS詳細

Melty Bad Grau・Krone

登場人物一覧

サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
サンディ・カルタの関係者
→ イラスト

 ああ、あの日あの時、見えた貴方。
 まるで自由を現したかの様な貴方。

 宝石? いりません。
 あの人の瞳の方が美しいですもの。
 シルクの絨毯? いりません。
 あの人の髪の方が綺麗ですもの。
 調度品? いりません。
 あの人の指の方がしなやかですもの。

 あの人の――あの人の。
 あの人の全てがとても羨ましいのですもの。
 ええ、全て。その臓物も、血肉も、全て全て、骨の髄も全て。
 あの人を形作る自由を掴みたい。私だけのものにしたい。剥製にして、手元に置いておきたい。

 ねえ? サンディ・カルタ。
 今、貴方の元へ行きましょう。朽ちる事のない永遠を与えに。
 と、思ったけれど。恋する乙女はやっぱりわがままで、ちょっぴり意地悪な方がいいみたい。だから駆け引きをしましょう、サンディ様!
 わたくしの愛を存分に受け取って頂くために!

●第一の部屋 feat.拘束
「…………おいおい、こりゃ何か悪い冗談ってやつか?」
 確かに自室で寝たはずだ。ちゃんとパジャマに着替えた覚えがあるし、適当に晩御飯を作った覚えもある。この間の練達の大仕事で怪我をしたばかりだからとこっぴどく叱られた数日だか数週間前のお叱りとともに押し付けられた手当道具の山を片付けなくてはと頬を掻いたのも。
 安物でもそれなりに居心地はよかったあの寝床はどこへやら、寝ぼけていると笑い飛ばしてしまいたかったが腕に絡みついた鎖がそれをよしとはしてくれない。一体寝込みを襲われて拉致されるなんて、難易度ナイトメアくろくてむがいなねこたん依頼に数回行ったどこのサンディ・カルタに起こった出来事だろうか。まぁ此処なんだけど。
「あ、鍵置いてあるじゃん……」
 まるで虎に餌付けをするように宙ぶらりんにしてある鍵は優しさなのかそれとも悪戯なのか。どちらにせよ人の家に忍び込み家主を誘拐してくるのだから悪戯にしてはたちが悪い。
 ただし四肢拘束されているのだが。がたんがたんと身体を揺らして見るが椅子は微動だにしない。なんとか身を捩って腕一本分の隙間を捻出する。させる。した。風はないはずなのにどうしてだか風が吹いた。頬を撫でる微風は吉兆の知らせか、或いは。
 どちらにせよ『運良く風が吹き』そして『偶然鍵がフックから落ちた』のは紛れもない事実なのである。これが死線をくぐり抜けた男の実力か。運良く手にした鍵を後ろ手に回し、己を縛り付けていた忌々しい鎖から、椅子から、その身を解き放つ。
「ふぃー……」
 手首を鳴らし足首を鳴らし。そういえば寝間着も剥ぎ取られ普通の、いわば普段着に変更されている。嗅ぎ慣れぬ匂いがするのはきっと誘拐犯がご親切に洗ってくれたからなのだろう。何か匂いに毒が含まれていたりしないか不安になったが、そもそもそんな手間を加えるくらいならば先に殺しておいたほうが楽だという結論にたどり着く。
 自分が座っていた部屋は真っ白、どうやってこんな部屋を用意したのか教えてもらえるなら知りたいくらいだ。特に変わったものがあるとすれば己の衣服や拘束していた鎖、それから椅子だろう。残念ながら衣服は匂い以外にはほつれを丁寧に修繕されているといった配慮しかなく、なんだか誘拐した癖に申し訳なくなってくる。でもそれならはやく家に帰して欲しい。
「……ん?」
 椅子を観察する。何やら嫌な予感がして椅子の裏を見てみる。
 木製のその椅子の裏。ご丁寧に「わたしのところまで辿り着いてね」と刻まれている。
 心当たりはゼロだ。
「……まぁ、進むしかねえだろうなあ」
 もしかしたら睡眠薬を盛られていたのかもしれないし、もしかしたらまだ寝ぼけてここまで来て自らを拘束したという線が残っていないわけでもない。まあないだろうが。
 嫌な予感しかしないがそうする他なさそうなので直進を決意。ドアノブを握るか悩んで鎖でつついてみたが特に異変はなく。そうして第一の部屋をくぐり抜けたサンディなのであった。

●地下廊下
 薄気味悪い廊下が広がっている。しかし近くの道を探してみても適当な木の枝や落とし穴、やる気はあるのかと言いたいレベルだ。
「まぁ探索もつきものだよな!」
 これがなにかの依頼だったとしたら諦めるには少々惜しい。まあ依頼ではないだろうが。
 いくつかに分岐しているであろう選択肢からチョコを除外し、来た道を戻ってみたり行った道の壁を眺めてみたり。
「ん……?」
 何かが、滴る。
 頬をじわりと焼くそれは正しく――毒だ!
「――ッ」
「キシャアアアアアアア!!!!!!」
 天井を埋め尽くす蜘蛛の大群。恐らくは弱い、低級の魔物だ。しかし群れているのであれば違う。かさかさと小気味悪い音を出しながらサンディへと飛びかかった。
「っ、くそ!」
 唸り声を上げて飛びかかってくるモンスターをかわして来た道を引き返すサンディ。否、それは数m先で終わる。
「こんなの雑魚中の雑魚だって解ってる……!!」
 おらぁ! と力いっぱいにショットガンを振り回せば、さすがは小柄な蜘蛛といったところか、ぶちゅりと潰れていく。毒を持ったそれは、しかし人間のみに作用するようで、ショットガンの先が汚れようとも特に問題はなさそうだ。多分。見知らぬモンスターなので確信はできずとも予想することは出来る。冒険は予想と直感でできているのだから。
「っしゃ、行くぜ!」
 野球的容量。フルスイングて適用に振り回していればあらかた蜘蛛は潰れている親切設計。なんたる幸運。日頃の行いがいいからだろうか?
 己を鼓舞する。モンスターなんてへっちゃら。だからきっとここから出るのだって容易いだろうと。そう信じて。
「っしゃおら! やったぜ!」
 コングラッチュレーション、完全勝利を収めるサンディであるが。しかし。違和感に気づく。その奥に、居る。誰かが。

「……なぁ」

 薄ら手をのばす。その人間の様子の可怪しいことに気付いたのは、サンディが伸ばした手を舐めるように近寄ってきたからだ。
「ああ、ああ、サンディ様……?!!!」
「っ、お、おいおいおい」
「わたくしに手を伸ばしてくださるのですね、ああ、『お誘い』して大正解でした……!!!」
「…………は?」
「ほら、こうして此処にお招きしたでしょう? どうしたら楽しんで頂けるのかわからなくてこのようなおもてなしになっていますが……やはりサンディ様はさすがですわ!」
 恍惚とした表情で微笑む女。なにかに異常に執着して、求めて、飢えている。彼女の細く白い腕を、サンディは。

「……っ」

 払い除けた。

●本能
「俺とお嬢さん、どっかで会ったことある?」
「まぁ、まぁまぁまぁ! シラをお切りになさるのね。それでも構いませんわ、わたくしたちの間にある愛は変わりませんから!」
 ふふ、と赤い瞳が蠱惑的に歪む。ふふ、とあくまで余裕なままの彼女。じりじりと後退するサンディとは対極的だ。
「わたくしはアステル……アステル・フェリシア・サイレンブルク。いえ、アステル・リンドヴォートと言うべきでしょうか……それとも、アステル・カルタ?」
 ひとりで顔を赤くするアステル。ぞわっと背筋に悪寒が走るのがわかる。上品なカーテシーにふさわしくないカーテシーが揺れる。
「ああ、アステルさんっつーんだな。どこで俺のことを知ったかはしらねーけど……多分俺たち初対面だぜ?」
 あくまでも慎重なサンディ。否、普段なら可愛い女の子の誘いくらい軽く頷いていただろう。たぶん。けれど彼女は――アステルは違う。違うと本能が早鐘を、警笛を鳴らす。故に間合いは適度に保ちつつ出口を探すしかない。そうでなければ生きていられる気がしないのだ!
「ところで、サンディ様――」


「――どうして、お逃げになっているの?」

 わたくし、とっても悲しいわ。ねえ、ねえ、ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ!!!!!
 ねえ! どうして。どうして? わたくしたちは運命の赤い糸できっと結ばれているはずなのに。
 それなのに、あなたはどうしてそんなに怯えているの?

「ねえ、サンディ様……――」
「っ、ああ、もう!!」
 可愛い女の子を前に逃げなきゃいけない。それもきっとおそらく、彼女が己の脅威足り得ると長年の経験が、特異運命座標としてのひらめきが告げている!
(彼女は多分、)
 魔種だ。
 正気でも話が上手く行かない人間もそれなりにはいるが、彼女は根本的な思考が違う。違うからこそサンディを誘拐した。わざわざ服を持ち込み丁寧に縫い合わせ着せ替える程に!
(…………ああ、)

 俺、もしかしてパンツも見られたのかな……。
 避けられない定め。どうかパンツ以上は手を出していませんように。
 悠長に考えながらも、アステルを追い払うのにサンディは必死になった。

●狂人
「なぁっ!!!」
「はい、サンディ様!」
「それ投げるのっ、やめてくれないか!!」
「だ、だってサンディ様、こうしないと逃げてしまいますもの……」
「だからって血液採取はしなくてもいいだろ?!」
「いいえ、いいえ! あなたのすべてはわたくしのものであるべきなのです、ですから、ですからどうかお待ちになって!」
(待てって言われて待つわけないだろ……!!!)
 だめだ、話が通じそうにない。
 道を曲がったり壁を蹴ったり、ある意味人間にはできそうにない軌道で道を進んでも猪突猛進に突き進んでくるアステル。最早話も聞いていないのだろう、サンディの頬を掠めた刃を広い、サンディの髪を数本切った刃を広い髪を集めと大忙しだ。ただその採集活動を走りながら行ってしまう辺りがクレイジーだ。
 どうしたものか。あのやばめの女を。
「……ああもう、知らねえからな!」
 服の内ポケットに縫い付けてある呪符を引きちぎり発動する。地下廊下の壁に向かって投げつけたそれは、崩滅を望む呪いが込められている。
「!!!」
「切り札ってわけでもねーけど……とにかく、俺はここから帰るんだってば」
 崩壊していく壁。別つ二人の一本道。
「そ、そんな……ああ、行かないでくださいまし、サンディ様! どうして……どうして、此処は安全なのに!」
 それとも。
 外に毒されてしまったの?
 あなたはわたくしだけの盗賊なのに。
 わたくしに愛を教えてくれた、特別なのに!
「あなたのために、わたくし、沢山、沢山努力しましたのよ、なのに、なのにどうして、どうしてですか!」
 悲鳴にも似た怒号が響く。いかないで。いかないでと叫びながら、壁を。崩れたその土砂を殴り、蹴り。手が傷つくのを恐れもせずに、アステルが追いかける音がする。
 その時。風が、頬をなでた。
(……風だ)
 風が通る道があるということ。つまり、出口だ。
「次はお誘いの仕方を考えてくれ!!」
 サンディの若干の配慮。
 アステルは土砂を掘る手を、止めた。


 ああ、あの日あの時、見えた貴方。
 まるで自由を現したかの様な貴方。

 宝石? いりません。
 あの人の瞳の方が美しいですもの。
 シルクの絨毯? いりません。
 あの人の髪の方が綺麗ですもの。
 調度品? いりません。
 あの人の指の方がしなやかですもの。

 あの人の――あの人の。
 あの人の全てがとても羨ましかったのです。
 ええ、全て。その臓物も、血肉も、全て全て、骨の髄も全て。
 あの人を形作る自由を掴みたい。私だけのものにしたい。剥製にして、手元に置いておきたい。

 そして彼はわたくしを拒絶した。
 お誘いがいけなかったのだと、優しく教えてくれた。
 ねえ、サンディ・カルタ。待っていてくださいな。
 今回は少しお転婆が過ぎてしまったかもしれませんわ。だから、次こそは。
 わたくし、あなたとの愛の園を、しっかりと作り上げて、あなたを迎えにいきますから。

おまけSS『なんとかなった』


「はーー…………」
 女って怖い。
 アステルの歪んだ瞳を見て背が震えた。
 ただ。あと数回眠れば、グラオクローネなのもまた事実で。
「……」
 しばらく寝るのはやめたほうがいいかな。
 なんて、真っ暗になった空に呟いた。

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