PandoraPartyProject

SS詳細

Quiet snow

登場人物一覧

シラス(p3p004421)
竜剣
ジェック・アーロン(p3p004755)
黒の猛禽

 ざっ。ざっ。ざっ。
 雪の踏みしめる音がする。
 幻想の都市、ネサライトに通じる道を、いくつもの影が、歩いていた。
 男たちは、皆一様に、白いマントを羽織っている。灰色の空から雪がちらつき、その白いマントが、男たちの姿を視認しづらくしていた。
「良い村だったな」
 男が言った。
「ああ。女も、少し年を食っていたが、最高だったね。
 食い物も悪くねぇ。丁度、潰したばかりの家畜がいたな。ありゃあ、俺達のために用意しておいてくれたんだろう」
 下卑た笑い声をあげる。
 男たちは、賊の類である。つい先日も、ネサライトの北にある村に押し入り、あらゆる悪徳を済ませてきた。年越しに備える村を蹂躙し、その戦利品をもって、ネサライトへと戻り、自分たちは年を越すつもりだった。
「誰も俺たちを捕まえられねぇ」
 ――大胆な活動を行う賊であったが、雪の降る冬にしか動かず、雪の降るこの季節に特化した装備と行動をとる彼らを、騎士団たちは長年、抑えることができなかった。雪原は彼らのホームグラウンドであったし、それ以外の季節では、彼らは善良な市民を装って暮らしていた。
「もう、何年になる? 騎士団が俺たちを探し始めて? それでも俺たちを見つけられねぇのさ。アーベントロートの暗殺者だって、俺たちを見つけることはできないだろうぜ」
 流石にそれはうぬぼれだろう。だが、そううぬぼれるのも仕方がないほどに、彼らの潜伏は巧妙であった。少なくとも正規の手段で、騎士たちは尻尾をつかめないのである。雪原に溶ける降雪のように――彼らは雪に埋もれて消えてしまう。
 だから――誰も彼らを、捕まえることができなかったのだ。
「いい商売だ」
 雪を見上げながら、賊が言った。
「この季節には勤勉に働かなきゃならんが……だが、この季節は良い。雪がすべてを覆い隠してくれるな。世界すら、俺達に味方する。いや、世界を、俺たちが利用してるんだ。
 俺達はこの世界の」
 支配者だ、と男が言った刹那。
 ぱん、と、男の頭がはじけた。
 雪原に、赤い花が咲く。
 血。赤。飛び散り、雪を赤く染めた。
 刹那、ぱぁん、と乾いた音が響いた。
「銃声だ!」
 一般的に、小銃弾は音速を越えて飛ぶ。着弾、それから聞こえたかすかな銃声。男たちがざわめいた刹那、次の銃弾が、別の男と膝を貫いた。遅れて乾いた音。
「長距離狙撃!」
 賊が叫んだ。
「伏せろ!」
 男たちが、雪原に伏せる。白いマントが、男たちの存在を白に隠した。一見すれば、もはや何も、そこには雪しか存在しないように見えるだろう――。


「一匹仕留めた。二匹目は予定通り膝うち」
「了解」
 そこから遠く離れた廃屋の屋根の上で、二人の人物が呟いた。片方の人物がのぞく双眼鏡。彼――シラスは保存食の干し肉を噛みちぎると、ごくり、と飲み干した。
 その隣で、僅かに硝煙をあげる銃を構えるのは、ジェックだ。つまり、ジェックこそが、先ほど賊を始末した銃弾の主という事になる。
「一週間待った」
 シラスが言う。その言葉の通り――二人はここで、待っていた。一週間の長き間。いや、もしそれ以上の時間が必要なら、黙々と待っただろう。ここで、ただひたすらに――賊共かれらが姿を現すのを。
「ここで仕留める」
「了解」
 シラスの言葉に、ジェックも淡々と頷いた。二人は、賊の始末を依頼されたローレットのイレギュラーズである。神出鬼没、雪に紛れ隠れて移動する賊を捕まえるために、前述したように、彼らはひたすらに、奴らがねぐらであるネサライトへ戻ることを、雪の中待ち続けた。驚異的な体力と精神力のなせる業である。それができるだけの力を、2人は持ち合わせていた――。
「敵は全員伏せた。雪の小山の影にも隠れてる」
「餌を使おう」
 ジェックが淡々というのへ、シラスは頷いた。
「風速、C、東から西へ。距離は7」
「了解」
 ジェックがスコープを覗く。照準のど真ん中に、ターゲットは置かない。シラススポッターからもたらされた情報をもとに、僅かに東側へ照準を反らす。これは、風速により銃弾がそれる事を計算しての事である。スポッター、つまり観測者であるシラスからの風速、距離情報をもとに、ジェックは瞬く間に脳裏で銃弾への影響を計算。適切な位置へ銃弾を叩き込めるように、ターゲッティングするわけだ。そして、ジェックはトリガを引いた。


 ばん、と、膝を撃たれた男の、右腕がはぜた。銃弾が突き刺さり、走る強烈な激痛に、男は悲鳴をあげる。
「くそっ……!」
 伏せていた男が、思わず立ち上がった。撃たれた男の下へと駆け寄り、止血すべく布を取り出し――その頭を、新たな銃弾が貫いた。どさり、と男が倒れ伏して、雪上に赤い花が咲く。
「立つなよ」
 リーダーらしき男が言った。
「あれは餌だ」
「……生かさず殺さず嬲って、たまらず出てきた奴の方を殺すってのか!?」
 男の言葉に、リーダーが、ああ、と頷いた。
「敵はスナイパーだ……しかも腕も度胸も一流と見える」
 再び空を切り裂いた銃弾が、倒れた男を撃つ。今度つま先が、削れて、男が悲鳴をあげる。
「た、助け、助けて」
 撃たれた男が喘ぐ。リーダーは冷たい目を見せると、仲間へ言った。
「このまま這って移動する。近くに森があったな? 遮蔽物に隠れればスナイパーは無力化できる。
 こっちには雪迷彩がある。這って動けば、いくら目がよくてもそうそう当たらないはずだ。
 このまま移動するぞ」
 男の言葉に、仲間達は頷いた。すでに『餌』は虫の息だ。餌が餌の用をなさなくなる前に……スナイパーが餌を見てくれているうちに、逃げた方がいい。
 男たちはゆっくりと、慎重に、這って雪道を移動し始めた。途端、ターン、と高い銃声が響く。
「狙われて……」
「ブラフだ! 気づくはずがない!」
 だが、銃声はまるで、彼らの位置をわかっているかのように、間近に着弾する。その恐怖と緊張に、賊の一人は耐えられなかった。
「ひ、ひいっ!」
 たまらず飛び起きて走り出す――間髪入れず、銃弾が男の頭を貫いて黙らせた。
「みろ、起き上がったら終わりだ! このまま進め! 死にたくなかったらな!」
 敵は一流のスナイパーだ。おそらく、腕のいいスポッターもいる。ならば、拙速はすなわち死につながるとみていいだろう。今は恐怖心と戦いながら、とにかく芋虫みたいに雪の中をはいずるしかない。何故だ。なぜこうなったのだ。さっきまで、俺たちは世界の頂点にいた。何者も、俺たちを脅かす事なんてできなかった。それが、今こうして、雪道を張っている。
 まるで悪魔だ、とリーダーは思った。神業、と称するには、あまりにも……命を奪う事に躊躇が無さすぎる。彼らに味方しているのは、きっと神ではない。魔王だろう。雪原に潜む、白の魔王。沈黙の雪の中に潜む、悪魔――。
 ひゅ、と、リーダーのすぐ近くの雪に、銃弾が埋まった。ぱん、と銃声が響く。まるで、せかすように、追い立てるように。猟犬の声のよう。これは狩りだ。獲物は、俺達。
「ふざけるなよ」
 生き延びてやる。生き延びて、テメェの脳髄に銃弾をぶち込んでやる。男でも女でも関係ない。ずたずたになるまで、汚しきってやる。
 そう言った暗い情熱が、男たちをこの時、突き動かしていた。生存への執着と、逆襲への意図。そう言ったモノ。それがゆっくりと、ゆっくりと、恐怖に耐えて這いずる力をくれた。耐えられなかった奴から、飛び出して撃たれていく。やがて10以上を越えて炊いた賊達は、片手で足りるほどの数へと落ちていた。
「森だ」
 男が声をあげた。果たして永遠のような時間が過ぎたのちに、彼らの前に現れたのは、小さな森だった。少しばかり間はデカいが、これだけ木が林立していては、スナイパーも射線を通すことは不可能だ。逸る気持ちを抑えて、男たちはまだ慎重にはい回る。体の感覚などはもうほとんどない。冷気に痺れたからだを引きずって、男たちは森の中へと入った。
 左右に木が並んでいるだけで、まるで幾万の楯に護れているような安心感がある。男たちは立ち上がる。勝ち得た安心と命を喜ぶように。
「へへ、ここまでくりゃあ」
 男がそう言った瞬間、ばす、という間の抜けた音が響いた。それが、銃弾が肉体を破砕した音だと気づくのに、数秒かかった。
 銃声は無い。
 だから、判断も遅れた。もう一度、ばす、という間抜けな音がして、別の男が心臓を貫かれて死んでいた。そこまで来てようやく、まだここは狩場であることに、男たちは気づいた。


「諦めたとでも思ったか? 俺がどうして猟犬と呼ばれてるか知らねえみたいだな」
 先ほどとは違う場所。シラスは双眼鏡を片目で覗きながら、ジェックに指で合図をした。
「狩りは慎重に、ってね」
 ジェックが頷く。ジェックは先ほどとは違い、銃口に何か缶のようなかぶせものをしている。サイレンサー、である。つまり、先ほどまで高らかに銃弾を鳴らしていたのは、此方の存在をあえてアピールしたのだ。
 静かに殺す気であれば、そうしている。だが、それでは目ざとい奴に逃げられかねない。
 まずこちらの存在をアピールし、狙撃されていると気づかせる。思考を狙撃への対処にのみ限定させ、自分たちが狩場へ誘い込まれているのだという事に、気づかせぬままに操る。男たちは、生存の可能性を求めて必死に逃げただろう。だが、ついた先も、2人に追いやられた狩場に過ぎないのだ。
 まさに魔技。もちろん、お互いの戦略・戦術眼あってこそのそれだが、その戦術を支えたのが、シラスの超人的な空間把握能力と、ジェックのこれまた超人的な狙撃技能だ。
「もう一匹撃てるよ」
「OK、距離、風速、変わらず」
 ばすっ、と狙撃銃が銃弾を吐き出す音がした。シラスの双眼鏡の先で、泡食った男が一人倒れる。わずかな木々の隙間をぬった、超絶技巧の狙撃――。
「ヒューッ、流石だ。奴ら泡を食ってるぜ」
「それほどでも。相方の腕が優秀だからね」
「嬉しいね。よし、最後の仕上げと行こう」
 シラスの言葉に、ジェックは頷いた。二人は起き上がると、一気に雪原を駆けだした。


 くそっ、くそっ!
 どうなってる! どうなってるんだ!?
 みんな死んだ……部下は、全て、撃ち抜かれた。雪原で半分以上が死に、残った奴は、あの森の中で、無音のままに殺戮された。
 リーダーは、いや、もはやすべての部下を失った、ただ一匹の獲物は叫んだ。まるで悪夢のようだ。白い幻影の中で見る悪夢。ああ、違う。これは現実だ。これが悪夢であったならどれだけよかっただろう? こんなわけもわからぬ真っ白な世界にただ一人、恐怖を抱きながら駆けまわる……こんなひどい現実があってたまるか! だが、これこそが真実だ……。
「畜生、畜生、厭だ、厭だ」
 男は喘いだ。もし生きて帰れるなら、神の道に全てを捧げたいほどの気持ちがあった。それほどまでに、今自分たちを襲っているもの……雪原の魔王ジェックと、雪の魔犬シラス……二つの魔が、悪魔が、恐ろしかった。
「死にたくない、死にたくない」
 もはや混乱は限界にきたしている。どこに向かっているのか、どこを歩いているのかもわからない。幻聴か、そうでないなのか。犬の鳴き声が聞こえた気がした。追い立てる、猟犬の声。そして銃声。ああ、魔王だ。魔王が来る。高らかに銃声を鳴らし、魔弾で人の子を狙う。その隣には恐るべき魔の猟犬がいて、どこまで逃げても、その猟犬は我々を見つけ出し吠えたてるのだ……。
「助けて、たすけ、て」
 男がそう呟いた瞬間――その額に、穴が開いた。そのまま、男は前のめりに斃れた。赤い花が、雪原に咲く。
 ――おお、汝罪人よ。魔王の銃弾は汝を逃がさず。
 獲物が最期に聞いた言葉は、己の脳内で生まれた魔王もうそうの笑い声だった。


「終わりだ。お疲れさん、ジェック」
 双眼鏡から目を離したシラスの言葉に、ジェックは頷いた。
「お疲れさま、シラス」
 ジェックが言う。ゆっくりと、肩に当てていた銃を降ろした。ジェックは慎重に銃を地面に降ろすと、ゆっくりと伸びをした。一週間の潜伏、そして狙撃の緊張で、からだは凝り固まっている。
「帰ったらあったかいお風呂につかりたいね」
「賛成だ。一週間は携帯食料ばっかりだったからな、報酬で美味い飯も食おう」
 二人は立ち上がると、痕跡も残さずに、その場から立ち去った。
 あとには何も残らず……雪が、すべてを白く覆い隠していた。

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