PandoraPartyProject

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おもてなし

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キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!


 今、自分の身に何が起きているのかわからない。そんな事態に陥ったことはあるだろうか。
 例えば泥酔。前後不覚に陥るほど、血液をアルコールで薄めてしまえば、酔いが覚めること、どこともしれぬ場所にいるなんてことは、あるかもしれない。
 例えば記憶障害。頭部に強い衝撃を受ければ、それまでの記憶が混濁や消失を見せるということはあるかもしれない。
 だがしかし、あくまで素面で、記憶の欠損もなく、只々何が起きているのかわからない事態に陥ることは、キドーにしても極めて稀なことだった。
 なんていうか、祀られていた。
 暗い洞窟の中で轟々と火を炊き、それを囲んだ半裸の男女が十数名、踊っている。それよりも高台に酔いされたテーブルと、剥がれかけた金メッキの角張った椅子。そこに座らされたキドーは、大小様々な動物の骨(大抵は頭部だ)で出来た首飾りをかけられ、珍妙なキャンプファイヤーと、テーブルに山と積まれた食物の数々を前に困惑していた。
「なんだ、これ……?」
「……何ッスかねえ?」
 答えを期待しての疑問ではなかったが、それでも返答の内容を意外に思い、キドーは隣へと視線を移す。そこでは同じような椅子に座らさせられた女が、山と積まれた料理を指で摘み、匂いを嗅いでいた。
「デミグラスっぽいもんをよく平気で生掴み出来んな……」
 キドーの知る限り、神学・宗教学において彼女以上の知識人はいない。はた迷惑な脳力の数少ないメリットとして、彼女はそのジャンルにのみ誰よりも精通している。
 その彼女が、これをわからないという。半裸で踊る男女の集団。奥にはお羊の頭部をかぶった司祭風の男。祈りのような言葉、捧げるような仕草。
 どうみても宗教じみた儀式。それも、とびきりろくでもない方の。
 しかし思い起こしたとて、キドーの知識にその回答があるわけでもない。
 何をすべきかもわからず、ただ座しているというのも性に合わなくて、ひとまずは、これまでの経緯を思い返していた。


 朝、街で彼女を見つけた。
「お、青雀じゃん。どこ行くんだ?」
 たぶんそれがいけなかった。
「あ、キドー先輩。これから一緒に謎の悪魔崇拝団体を調査しに行くんッスよ!」
「へえ、一緒にって、誰と?」
「キドー先輩ッス」
「……へ?」
「ほらほら、チャウパポペ神様も『旅は道連れ、情け無用』と仰ってるッスよ」
「誰だよ知らねえよチャウパポペ! あ、待って、強い! 力強い!」
 ってなって。

 気がつくと洞窟の前の茂みにいた。
「ここが邪教のアジトッス」
「あ、邪教は確定なんだ?」
「この世界の神様はチャウパポペ様だけなのに、ありもしないものを崇めるとか邪教確定ッス」
「一神教なんだ、チャウパポペ……」
「さ、はりきって調査ッスよ!」
「もうここまで来たらいいけどよ、どうやって潜入すンだ?」
「ごめんくださーい! 調査させてくださーい!」
「え、なんで?」
「侵入者だ、捕まえろ!」
「先輩、大変ッス! 見つかったッス!」
「当たり前なんだよなぁ……いや、見つかるなら一人でやってくれよ! こっちに、手を、振るな!!」
「あっちにもいるぞ!」
「くっ、キドー先輩まで!」
「当たり前なんだよなぁ!」
「手古摺らせやがって、侵入者め! よし、もてなせ!」
「もてなせ! もてなせ!!」


 ってなった。
「……思い返してもわかんなかったな」
 なんだか、今日一日を振り返るだけでも気疲れしてきたので、テーブルに置かれたグラスを手に取る。中を見ると、赤い液体で満たされていた。
「ワインってガラでもねェんだが」
 そえを口に運び、傾けようとしたところで静止が入る。
「それ、お酒じゃないッスよ」
「お、じゃあジュースか? ンだよ、見た目のパンチに比べてお上品なんだな」
 それへの返答は、青雀のハンドサインだった。指をさされた方向を見る。そこではキドーが手にしたグラスと同じ意匠の盃を手にした女が中身をあおっているところで。
 喉を鳴らしながら一気に中身を飲み干し、恍惚とした表情の女は、次の瞬間、痙攣を始めて地べたに転がり、タガの外れた声で笑い始めた。
 げらげら、げらげら。痙攣させ、肌が擦れて地が出るのも構わず、口の端から泡を吹いているのも構わず、女は笑い続けている。
「うええ、えんがちょえんがちょ……」
 口に入りかけた液体をさっと戻して、そのままグラスの中身をなにもない方へぶちまけた。薬物ダメ、絶対。
「クラマイト派と、ザンバル教室の名残が見えるッスね。これたぶん、ハイブリッドッス」
「どゆこと?」
 青雀によれば、既存の儀式には何も当てはまらず、しかしふたつの異なる宗派から取り入れた痕跡だけは確認できたのだと言う。
「つまるところ、モノマネとモノマネの融合かよ。じゃあ何の効果もねえじゃん」
「儀式具も全部新品に見えるッスし、本格的にやるのは今日が初めてなんじゃないッスか?」
「道理で、どっかちぐはぐな連中だと思ったぜ。ンだよ、もてなせって」
「ああ、それはザンバル教室の名残ッスね」
 視線を儀式場から離さず、青雀は言う。
「良い行いと悪い行いで罪を相殺し、現世でのカルマを一定に保つ習慣ッス。この場合、僕らをもてなしたから、殺してもプラマイゼロなんッスよ、彼らにとっては」
「行いの数じゃなくて中身で評価しろよ……」
 おもてなしをしたから殺してもいいとは、随分都合のいい良心だ。
「それよりも、クラマイトの供儀台が本物ッスねえ」
 そう言うと、青雀はすっと立ち上がり、キドーの方を向いた。座っていた椅子の左右には、自分たちを捕まえた男たちが立っているのだが、身動きをとらない。
「お、もういいのか?」
「はい、これ以上いて巻き込まれても危ないッスから」
「待ちくたびれたぜ。食おうにも、何入ってっかわかんねえしな」
 ここまで、どうやってここを逃げ出すかは考えてなかった。とっくのとうに、そんな道など作ってあったのだから。
 たんっと音を立ててキドーが立ち上がると、その振動で、左右に立っていた男たちの首がぼとぼとと落ちる。切ったのは椅子に座った時。首がズレぬよう、薄皮一枚だけを残してだ。
 あがる悲鳴。気づかれたかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
 見れば踊ってい男女たちの内、ふたりの腕や足がネジ曲がり、とぐろを巻き、別のものへと変質している。それは爪だった。大きくて、長く、剣のような爪だった。
 怪物となった誰かがまだ人間を保ったままの誰かを刺し貫く。貫かれた女がまた怪物になっていく。
「おいおいおい、急ぐぞ!」
 悠長に見ている暇はなさそうだ。
 青雀の手を引き、外へ。
 悲鳴が聞こえる。自分たちを誰も追っては来ない。
 洞窟を出る前に、ちらりとだけ振り向いた。
 化け物だった。なにか大きな、口だけで出来たような化け物が、火の中から飛び出て、人間をやめたものだけを吸い込み、噛み砕き、噛み砕き。
 洞窟を走り出る。
 嚥下のような音の後に、今しがた逃げ出したばかりの洞窟は、跡形もなく消えてなくなった。
 何もなかったようになったその場所で、しばらく惚けていると、隣に立った青雀は『ほーこくしょ』と書かれた紙を一枚取り出すと、『異常ナシ』とだけ記してみせた。

  • おもてなし完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2021年12月21日
  • ・キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244

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