SS詳細
大人な子供と、子供な大人
登場人物一覧
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『遊ぼう』。
たった一つの約束、あるいは挨拶。誰もが胸踊る、素敵な響き。子供達すべてに与えられた、小さな魔法。
目の前には、年期の入った扉。でかでかと記された名前は『コータ』。うん、ここだ。間違いない。ノブに手をかけ、息を吸い、こう叫ぶのだ。
「洸汰!」
当の主は、北風と共に吹き込むその声に目を丸くしていたけれど。
「暇だ! 遊ぼう!」
続く言葉が聞こえたなら、その目はキラキラ輝いて。
「いいよ!」
こうして、魔法は成立した。
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今日の混沌は風がびゅうびゅうと吹き荒れ、雲が太陽の恵みを阻んでいた。ランドウェラ自身も、洸汰のアパートに着くまで何度冬の厳しさに身を震わせたものか。しかし、この炬燵と言うものはなんてぽかぽかなのだろう。練達で手にいれたと言うこれは、やはり素晴らしき文明の利器だ。
「ああ……ここから出たくない……」
「うん、わかるー」
今にもぬくぬくに溶けそうな有り様で、短髪の少年と長髪の青年が向かい合っている。金平糖をポリポリと、ミカンをもきゅもきゅと噛みながら、彼等はすっかり、炬燵の住人と化していた。
「ってー訳で、今日は中で遊ぼっか」
「さんせー」
「じゃー、何がいいー?」
ぽかぽかでほわほわな空気の中で投げ掛けられる、ゆるゆるふわふわな言葉。『んー』と小さく唸りながら、ランドウェラは炬燵布団をそっと撫でた。そういえば、これは確か、『日本』という国で生まれた代物。そして目の前にいる清水洸汰も、恐らくは自分以上に日本人の筈だ。だから、興味もあってこんな答えが零れ出た。
「日本の遊び?」
「おっけー、じゃー何か持ってくっから。ちょいと待っててなー」
洸汰はのそのそと立ち上がり、襖の前で立ち止まった。そして、くるりと振り返り。
「あ、蜜柑は好きなだけ食っていいから。食い過ぎて手ぇ黄色くなんねーようになー!」
そう言い残すと、洸汰はゆっくりと襖を開き、なにやら下の段を探り始めた。何があるかは気になるところだが、言葉に甘えて待たせてもらうことにしよう。それにしても。
「いっぱい食べれば、黒じゃなくなるのかなあ」
真っ黒な掌にちょこんと乗る蜜柑を見つめ、一人静かに呟いてから。また一つ、蜜柑の皮を突き破るのだった。
洸汰が炬燵に戻るまで、そう時間はかからなかった。彼が持ってきたのは、何やら玩具がいっぱい詰まったバスケットだ。
「何それ?」
「コータ君のスペシャルボックス」
にひ、と笑みを浮かべると同時に、卓上にその中身を並べていく。
「こん中から気になるの選んで!」
「どれどれ?」
白と黒の駒が一揃い。これは知っている。チェスだ。
じゃらり、と駒が鳴るポータブルサイズの将棋盤。確か日本の遊びだったっけ。聞いたことはある。
スタンダードなトランプセット。これも時たま遊ぶ事がある。
遊びの定番ジェンガタワー……等だ。
その中で、イラストとともに『あ』等の文字が書かれたカードの束を手に取った。
「あー、それカルタ! 豊穣で買ったやつだけど、やるー?」
「読まれたものを選ぶ遊びだったな。……2人で遊べるのか?」
「そーそー、一
1人が読んで、皆で読まれたカードを取り合うの! 一応、ここにゃあ2人以上いるっちゃあいるけどぉ……」
洸汰が振り返ったのは、室内にある『パカおハウス』『ぴょんたキャッスル』と書かれたキッズテント。
その中ではパカダクラが『ふええ』と首を伸ばしたり、腹をポリポリと掻いたトビンガルーが寝そべっていた。
「あいつ等じゃ……無理だよなあ」
「無理だよねぇ」
外遊びならいざ知らず、室内で混沌アニマルを交えて遊ぶのはかなり難易度が高いと思われる。あくまで、この場にいる人間2人の手で遊べるものでなくてはならない。
その前提を改めて確認すると、洸汰は更にバスケットの中身を探った。
その時、ポロリと箱から零れ落ちた小さな立方体。赤い丸とはたと目が合う。
何か思いついたように、洸汰はにぱー、と白い歯を見せた。
「ランドウェラ。双六、って知ってるか?」
「すごろく?」
「そ。まーこれは、『絵双六』の方なんだけど……」
小首を傾げたその反応。さては初耳に違いない。
炬燵机の上にばあっと広げたのは、ところどころマスに区切られたくねくね道と、何やら鮮やかな絵の書かれた地図のような大きな紙だ。
「どうやって遊ぶの?」
「えっとね、オレとお前でじゃんけんして、先行後攻を決める。で、順番にサイコロ振って、出た目の数だけ進むの。で、最後の上がり……ゴールに着いた方の勝ち!」
『で、やる?』と首を傾げ尋ねる洸汰。今の説明で、わかったような、分からないような。けれど、習うより慣れろ、とは日本の言葉だったか?
分からない事は、また洸汰に聞けばいいか。こくりと頷いた。
「じゃ、これがランドウェラの。オレの駒はこれな」
ランドウェラに黒い兎のフィギュア。洸汰は青い甲羅の亀。二人で駒を、最初の位置に置いて。
「それじゃー、順番決めるぞー! じゃーんけーん」
「ポン!!」「ぽん?」
先手を取ったのは、ランドウェラ。
ゆっくり賽子を転がし、洸汰の導きを受けて。そっと、その道を進み始めた。
さて、『3マス進む』『1マス戻る』『2回休み』で一喜一憂したり、サイコロが思った以上に跳ねてしまったり、駒を取り落としたりとちょっとしたトラブルがありつつも少しずつ互いの駒を進め、決着まであと少し。
黒い兎は、あと1マスでも進めばゴールに入ってしまう。しかし青い亀も、残り6マスまで追い縋っていた。
「やるじゃん、ランドウェラ。でも、オレにもあとワンチャンあるんだからな?」
「でも洸汰、ここで決めなきゃ僕がゴールしちゃうね?」
「なーに、さっきもぎりぎり『振り出しに戻る』を避けたんだ、これぐれー余裕だって! 見てみ!」
冬の寒さなど微塵も届かない、ほわほわでぽわぽわな空気。それが瞬間、引き締まる。
泣いても笑っても、これで最後の一振り、いざ尋常に。
からんからん、掌を離れた賽子は、木目の上に転がって。出た目は黒い星5つ。つまり。
──あと一歩、届かない。
「うわああああん惜っしいぃぃぃぃ!!!」
頭を抱える洸汰をよそに、ランドウェラはそっと、賽子を指でつまみ上げる。
「えっと、じゃあ、遠慮なく」
軽く転がした賽の目は、コロンとキリよく、赤が出て。黒い兎が、上がりのマスを踏んだのだった。
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「今日は楽しかったよコータ。また来ていい?」
「モチのロンだぜ! また金平糖、オレにも分けてなー!」
夕日に背押され去っていくランドウェラ。その影が遠く遠く見えなくなるまで、少年は手を振り続けた。
「暖かくなったら、外でも遊ぼうな〜!」
「うん、楽しみにしてる」
少年のような青年。青年のような少年。彼らの間にまた、新たな魔法が掛けられるのだった。
おまけSS『玩具屋『Gotcha!』』
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おっ、イケメンの兄さん、今日も来てくれたのかい。
いいよ、時間はたっぷりある。ゆっくり見てってくんなあ。
……最近は、兄さんのようなお客さんが増えて嬉しいったらねぇや。
……ジジイの独り言だと思って、流してくれていいんだがね。
……うちの店は、何代か続く玩具屋なんだが……何年も何年もここに通ってくれてた子が、大きくなったら、めっきりうちの玩具を買ってくれなくってねぇ。
ああ、あの子も大人になったんだなあ。嬉しいような寂しいような気持ちでいたよ。
まあ、あの子にそのうち子供ができて、親子でお客さんとして来てくれれば、それ以上に嬉しい事は無いからねぇ。
その日が来るのが、とても楽しみだ。
そうだ、お客さんって言えば……最近、うちによく来る男の子が居るんだよ。
この前も、旅人から伝わった遊びとか、そういうのをじーっと見て……カゴいっぱいになるまで、買ってったな。
『友達と一緒に遊びたいんだ』って、目をあんなに輝かせて。
そうか、お気に入りの玩具を準備して、友達をもてなして。
俺もあんな時代があったかなあ、って懐かしくなったっけ。
……お、兄さん、そいつが気になるのかい?
最近、練達ってとこで流行ってるやつらしいんだが。
……今度、『友達』のところに持ってく?
おお、おお、そうしてやるといい。
二人でも大人数でも、きっと楽しめるからな。
ほい、お代も確かに。
じゃあな、兄さん。友達を大切にな!