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おなかがすいたら?
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- 真読・流雨の関係者
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おなかがすいたらどうすればいい?
その答えを、かつてのじぶんは知っていた。
本能のまま、喰らえば良い。
ただ、目の前のものを貪るのだ。
キィ、と、蝶番が軋んだ音を立て、扉がゆっくりと開いていく。
「邪魔するぞ?」
その荘厳な構えに威圧されることはなく、ルウナ・アームストロングはひらりと建物に入っていった。
勝手知ったる人の家。まるで自分の屋敷かのように……いや、何度か来たことはあるのだが、それはずいぶんと昔のことだったように思われたのではないだろうか。
それから、そのあとにぞろぞろと続くのは、曲芸団『幻戯』の皆々だ。かのpatch 4.0『ダブルフォルト・エンバーミング』で、勇ましく戦ったあとのことである。
華々しい勝利を挙げ、傷を負いながら……彼らはここにやってきた。もともとは酒場でも見つけるつもりであったのだが、「急にこんな人数は入れない」ということで、ちょうど良い場所を探して、なら、『黄金卿』の屋敷はどうかという運びになった。
さて。
ずいぶんと激しい戦いだった。全身全霊を賭け、死力を尽くして勝ち取った勝利だ。
包帯を巻かれ、背負われているような状態の者もいるのだが、真読・流雨(p3x007296)が大丈夫かと声をかけると、返ってきたのは「酒……ごちそう……」といったうめき声だ。
「なんだ、大丈夫そうだな」
「そう簡単に死なせはせんよ」
ルウナがきっぱりと言ってのける。
(……団長、あのとき、団長がいてくれたら、何か変わったのだろうか)
いや。それを考えるのはよそう。少しばかり感傷的にもなる。
砂漠の夜はこの世界でもずっと冷える。空には星がきらめいていた。
『黄金卿』の屋敷が、これほどまでに賑わっているのは一体いつぶりだろう?
窓からは柔らかい明かりが漏れていて、人の影は、笑い声とともに一斉に揺れた。
あのめくるめく戦いの中。報酬はクエストとしても出たし、それに、「できることならば、なんでも」とあの者は言ったけれど……彼らが求めているのはやはり『浪漫』であったから。
「まあ、浪漫をカネに変えるのもまた曲芸団というやつよ」
激しい戦いの最中……神が繰り出した雷は砂に墜ち、そして、美しい
「さあ、お立ち会いお立ち会い。これは今、まさに今、つい先ほどの出来事だ。勇者達が電子の海を駆け抜け。空を手にした、あの日のこと……」
ひとつ、また一つと民家の明かりがついて、なんだなんだと人びとが見に来る。
「あの伝説の」、と今できあがったばかりの伝説を歌いあげ、さながらそれはできたてのパンでもくばるかのようでもある。ガラの悪いような連中ですら、不思議と、その語り口には耳を傾けざるをえない。それほどに楽しそうだった。
誰がどう気前が良さそうかというのをめざとく見つけ出す手腕には舌を巻く。かと思えばきらきらと目を輝かせる子どもにはこっそりと欠片をくれてやったりもする。
さあこれが伝説の何よりの証でござい、と、磨かれた石のかけらと、食べ物を交換し……、あっというまにご馳走、と呼べるものがそろう。
「この勇士こそが」と持ち上げられるのは、ぢごくぱんだとしては、むずかゆい。「まあもらっとけ、貰えるもんはのう」とルウナは笑い飛ばしてみせた。
「おうっ、焼けたぞっ!」
……食事当番が回ってきたこともよくあった。だから料理はできる。鳥の皮からはパチパチと油が跳ねる。オーブンから取り出し、こうするのだ、と手本を見せてやるように持った。
座り心地の良いソファーに座って、飲み物をなみなみと注がれる。向かいのソファーにはルウナが座る。
この世界のルウナは……見た目はずいぶんと違う。かつての鍛え上げられた肉体、苛烈さと美しさとはまた別の……柔らかそうな表情。けれどもにんまりと口元をあげたその仕草なんかはやはり、記憶の中のルウナ・アームストロングと同じに見えた。
「そいつ、隠し子ですか、団長!?」
「どうする。流雨。そういうことにしておくか?」
「ふむ。……まあ、似たようなモノではあるな」
自分をヒトたらしめたのは、ルウナであり。戦いの師でもあり、と考えると、育ててくれたのはまあ、ルウナといっても過言ではない。となれば隠し子というのもあながちまちがっていないのでは?
正確に言えばR.O.Oの……とは違うのだろうが、広く言えばそういうことにもなろう。 思いがけない、それも真面目くさった返答に、ぶふっ、と幻戯の皆々が吹き出した。ルウナは思い切り笑い声を上げる。
「あっはっはっは。ひい……。げほっ、んんん! 言いおるわ。いいぞいいぞ。なんでもな。にしても、なぁんだか、他人って気がせんのよなあ……」
「僕は、大切な人に教わった。食べることも、喜ぶことも。……こうして、生き抜く方法も。こうして勝ち得る、愛と平和も」
愛と平和。まるで、きれいなスローガンのようで、けれどもそれは血と肉の通った教えだ。それを証拠に。この場の誰もが笑ったりしなかった。
この世界でも、それを掴み取るために血を流し。その覚悟をいとわず、真っ直ぐに前を向いてきたのだろう、彼らは。
ろうそくの明かりが揺らめいた。少しだけ目を閉じる。消えてなくなったりはしていない。
「この数奇な出会いに、乾杯しよう。積もる話はたくさんあるからのう」
「ある」
ああ、ある。
あるのだ。吐き出したいものが。自分の身の中にあるものが、腹の中にどっしりと詰まっている。暖かさや、今日の天気や、どうだっていいこと。感傷。弱さ、強さ、求めるもの。それから――大切な仲間を、どう大切に思っているか、だとか。
改めて、この世界を知った。
知らなかったことばを。仲間と語らい、敵と戦って。空腹を満たす他に、心をどうやって満たせば良いのか、分かったことがある。笑い声。泣き声。そのくるくると変わる表情は……初めて知ったものでもあり。教えて貰ったものでもある。よくわからないようで、きょとんとしている自分そっくりの存在にも、少し教えてやらねばなるまい。
おなかがすいたらどうすればいい?
今の自分だったら、もう少し別の答えも出せる。
仲間と一緒に料理を分かち合い、そして「いただきます」と言い、切り分けて一緒に食べるのだ。
「いただきます」
「さて、いただくとするか」
無限にあるかとおもった食べ物はずいぶんと少なくなり、夜は更けていった。
団員達は外に飛び出して踊り始めたり、ナイフでジャグリングを始めたり。調子外れに歌い出し、それからまとまった声になった。どれもが懐かしいもの、である。
次第に団員たちは眠りこけていって、いびきに変わっていった。
「団長、もっと聞かせてくれないか。話を」
「好きよのう。そうさなあ……どれにするか」
きらきらと輝く砂粒がまぶしく輝いていて、夜ではあるが、全く暗くは思えなかった。
まるで夜。千夜一夜。明けない夜がないように、けれども物語を語れば、少しくらい……同じだけの夜が延びる気がする。
あっという間のようでもあり、永遠のようでもあった。流雨は物語を語った。どうしたいかを。何を見てきたいのかを語った。
おまけSS『良い子にしておったか』
「のう、流雨」
「なんだ」
「寝ないのか」
「うん?」
そう言われてもまだ眠くはない。寝ない、と答えるとほーんとつまらなさそうな声。なんだろうか。これは、いや、つまらなさそう、ではないかもしれない。怒っている? それも違う。
探るような、というか、ちょっと遊んでいるような顔でもある……。
首を傾げる黄金卿。しかし、流雨は察して頷いた。
「よし、寝よう」
「寝るか?」
「うむ」
「寝かしつけよう」
「いらん」
「いや、寝るんだ」
「よいよい。寝る子は育つというからのう。おやすみ」
これはいつだったか。何の話だったか……。ルウナが語った話の一つである。
(あれか、時期になると、凄腕の不法侵入者が来る奴か)
しい、と足音を忍ばせて、枕元に他愛のない小包が二つ。
さて、なんというか。今日はそういう日、であるのだ。