SS詳細
探ろうとするもの、されるもの
登場人物一覧
街と街を繋ぐ比較的緩い峠道。誰が名付けたか、此処は『山賊峠』。
その中の中、小さな洞穴の奥深く、そこに彼らの根城はある。
『B.B.山賊団』──この一帯で知らぬ者は居ないだろう。
非常に統率の取れた山賊団であり、そのリーダーは一切の露出をしない事で有名だ。
(あんな原始的な洞穴が、まさかこんな場所につながっているとは)
情報屋はきょろりと周囲を見渡すと、心の中で呟いた。
砦のようなつくりの通路を進む。まるでアリの巣。まさに秘密基地。
情報屋はその『リーダー』直々に指名を受け、こうして彼らのアジトへと足を踏み入れていた。
「──おい、何ちんたらしてる。こっちだ、ついて来な」
粗野な言葉遣いの山賊が声を荒げる。
情報屋はやれやれ、とため息をひとつ吐くと、男の背について歩いて行った。
「言っとくが、変な気は起こすなよ。ここの情報を少しでもシャバで吐いてみな。ボスは地獄までおまえを追い詰めるだろうよ」
「脅しはやめてくれないか」
気丈に言い返す。
誰にも肩入れせず、請けた仕事は確実にこなす。それが世界を敵に回すほどの悪からの依頼であっても。
情報屋はニュートラル、あくまで中立で居なければいけない、というのを彼はモットーにしていた。
「ここだ──さっきも言ったが、変な気は起こすなよ」
大きな木製の扉の前。明らかに雰囲気が違う。
ゾクゾクとするような悪寒が情報屋を這いずり回った。
「ボス……あのう、例の情報屋を連れてきました」
あの屈強で粗野な山賊が、小声で呼びかけながら控えめにノックをした。
……一体、どのような人物なのか。情報屋も生唾を飲み込んだ。
「入れ」
その低い威圧感のある声を聞くと、ギギィ、と音を立てて山賊は扉をゆっくりとあけた。
──驚いた。見渡す限り、金、金、金!
まばゆいばかりの金色が、情報屋の網膜を焼く。
そして──金一色の中、水滴のような青。
青肌のでっぷりとした腹を持つ大男が、豪著な椅子に座ってワインを飲んでいた。
「お前は下がれ」
「はひ……」
強面な山賊が、まるで子犬だ。男の言葉通り、ゆっくりと扉を閉めると、そそくさと去って行った。
これで、この男と二人きり。
情報屋は、しばし無言で立ちすくむ。
すると、その男はニンマリと笑いながら、ゆっくりと手招きをした。
「こっちへ来い。仕事の話をしようじゃないか」
──何ともふざけた男だ。
青い肌、太った身体、ぎょろっとした目、奇妙なひげ、真っ白い歯。
何もかもがコミカルに、それでいて、それぞれひとつひとつのパーツに不安を感じる、不気味な男。
「自己紹介と行きましょうか。私はブルース──ブルース・ボイデル。しがない商人ですよ。表向きはね」
ブルースと名乗った男の口調は、不思議と穏やかだった。
それがあまりにも不気味で、思わず
なぜ、いまさらこんな演技を?
「裏の顔は、もう分かってるだろう? B.B.山賊団リーダー、ブルー・ボーイ。それが俺だ」
きらりと金の指輪とネックレスがきらめく。
ニタニタとブルースが笑うと、さらに言葉をつづけた。
「お前の事は知ってるぞ。相手が誰だろうが、カネさえ払えばどんな情報もつかんで見せる。『どんな情報』でもな」
「買いかぶりすぎですよ……私も、しがない情報屋ですから」
「ははは、謙遜するなよ。俺がヒトを褒めるのは珍しいんだぜ」
ブルースは傲慢に足を組み替えた。
「さっそく本題だ──まずひとつ、『グドルフ・ボイデル』という男について探れ」
何かが引っ掛かる──。
情報屋は意を決して、口を挟んだ。
「ボイデル……ということは、あなたの親族の方ですか?」
すると突然、わっはっは、と大笑いをする。
怖い。この男の挙動、ひとつひとつが。
「そうだ。俺の義理の弟さ。まァ──もう何十年も前に死んだがね。いや、正確には俺が殺した」
「は……」
何を言っているのかわからない。死人について調べろ、などと。
狂人なのか、それとも──。
「もっと正確に言えば、俺の部下が殺した。勿論、俺がそう差し向けた。全く、バカな義弟だったよ。
俺が山賊団を率いてると知るや否や、金を持って高跳びしやがった。今まで使ってやってた恩を忘れやがって」
ちっ、と舌打ちすると、情報屋の顔を覗き込むように視線を下げた。
「今更死人について調べろたあ、不審がる気持ちは分かる。ああ、俺もそうだったよ。
だが、ここ数年──その名を聞くようになった。死んだはずの男の話を。よりによって、ローレットとかいうクソみてえなギルドでな!」
唾を飛ばしながら叫ぶ。
「愚弟は俺の下から離れた後、ラサの傭兵ギルドに入った。そこを叩いた。
差し向けた俺の部下は全員帰っては来なかったが──既にギルドには裏を取った。奴は確実に死んでいる。間違いない。
だが、どうやら愚弟の名を騙る馬鹿が、今になってノコノコと現れたようでな──」
男が嗤う。
「その名を知っているという事は、いつかは俺に辿り着くかもしれない。俺にとって、そいつが誰だろうと何だろうと、どうでもいい。だが、些細な不安の種も潰しておくに越した事はないだろう?」
足がつかないはずだ。この男は、本当にこの世界に、『商人』として溶け込んでいる。
今までも、そしてこれからも。『己』を知るすべてを、そして知ろうとするすべてを消してきたのだろう。
笑いながら、見下しながら。
「それともう一つ。呪いを解除できそうなモノを、何でもいいから探れ。ヒトでも、モノでも、何でもだ」
ポケットに突っ込まれていた銀のロザリオを弄びながら、ブルースは忌々しそうに告げる。
「呪い……ですか」
「そうだ。このふざけた呪いから解放されてえんだよ」
ブルースは言葉を紡ぐ。
「もう何十年も前だが──連れ去ってきたガキが大事そうに握ってたんでね。高値で売り飛ばせると奪ったのが間違いだった」
そのロザリオは所持者が信仰心を忘れぬよう、決して手放すことのないように、『祝福』という名の『呪い』が掛かっているという。
「こんな下らねえマネするって事は天義の──ああ、確かカオスシードの小娘だったかな。もう覚えちゃいねえが。
クソみてえに抵抗するから、死なない程度に痛めつけて、そこから先は部下どもにブン投げたが──ま、今はもう冷てェ土ン中だろうよ」
だからこそ、所持者がその少女からブルースに移ってしまい、呪いのせいで手放せなくなったのだろう──と、彼は推測した。
「しかし……本当に、手放せないのですか?」
「やれる事は全部試してるから、お前に言ってんだよ。部下に投げつけても、遠くに投げ捨てても、海に沈めても──この俺自らが拾いに行っちまう。クソッタレめ!」
忌々しそうに、椅子の肘掛を殴りつけた。
「……わかりました。できるだけの情報は、掴んで見せましょう」
「ああ──いい報告を期待してるぜ」
ブルースは血のように赤いワインをグラスに注ぎ、グッと飲み干す。
情報屋も一礼すると、さっと部屋を出ていった。
「『ザントマン』──幻想種奴隷売買の事も、ローレットに露呈してきてやがる頃か……ボチボチ手を引くべきかねェ」
ぶはあ、と酒臭い息を吐きながら、ブルースは笑う。
「ま……そいつは後で考えりゃあいいか」
今はただ、愚弟を騙る男をどう料理しようか考えるべきだ。
俺に近づこうとしている罪は重いぞ──『グドルフ・ボイデル』!