SS詳細
霊廟に花束を
登場人物一覧
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最初に
ブロックのように積み上げられた建造物はどれも姿形がバラバラで、にも関わらず一つの砦として成り立っているから不思議なもんだ。
ここは『再現性九龍城』。何者も受け入れ呑み込むアンダーグラウンド。それでもって俺は――
「あー! 売れない花売りのおじちゃんだー!」
「こらこら。『売れない』は余計だし
チラ、と錆の浮いた懐中時計をズボンのポケットから取り出して、劉と名乗った男は口元を緩めた。
「最近は、まったく売れないって訳じゃないんだぜ」
●
ここは九龍城の中でも比較的治安のマシな『外部』に位置する場所だ。日が落ちれば建物の隙間から、夕日がすっと差し込んでくる。
茜色を背にして広場へと現れたのは、蠱惑的な金の瞳をした美少年。劉は彼の名を、アーマデル・アル・アマルと記憶していた。
「花を買いに来た」
「りょーかい。いつものだろ? 用意するから待ってくれ」
背負っていた籠を降ろし、敷き詰められた花の中から新鮮で綺麗な沈丁花を選んでひとつに束ねていく。
このやり取りにも随分なれた。いつからかは忘れたが、アーマデルは劉にとって、数少ない"ご贔屓さん"なのだ。
『花を買いに来た。霊廟に捧げるものだ』
アーマデルのオーダーに、劉は最初、驚き混じりに「マジで?」と返した。建造物が積み重なり、日当たりの悪い場所が多い九龍城の中で、花を育てるのは難しい。
そんな中で劉が営む花屋は、非常に花の種類が乏しく繊細だった。この区画には何でも揃うサヨナキドリという大きな商会ギルドの息がかかった店があるし、何より脛に傷を持つ者の多い無法地帯。
明日を生きるのも精一杯な者の多い中、嗜好品にしかならない花への買い手はほぼゼロに等しく、商売を畳むべきか悩んでいる――そんな時期での出会いだった。
『それなら沈丁花の花束はどうだ? 花言葉は"永遠"。眠る者に、永久のやすらぎを与えるために』
「どうした、手が止まっているぞ?」
「すまんすまん。懐かしい事を思い出して。……なあ、アーマデルは何で俺の花屋を選んでくれたんだ?」
いつも爬虫類の様にじっと大人しく出来上がるのを待つばかりだから、さりげなく簡単な話題を振ったつもり……だったのだが。
問われるとアーマデルは僅かに目を見開いた後、俯いて本気で考え込むような素振りを見せ始める。
「もしかして全くない、とか?」
「劉殿の花を売る巡回ルートが、霊廟に近かったからだな。それと」
と、紡ぎかけた言葉をアーマデルは止める。彼の視線が自分の背後に向いている事に気づき、劉は後を追うように背後を見た。
あるのは再現性九龍城の建造物の壁で、電線が張り巡らされている。ここでは電気泥棒なんてよくある話だ。配線が無茶苦茶であっても、さして変わった事ではない。
「いや、なんでもない」
「どういう事だよそれ、逆に気になるんですけど!?」
「劉殿はなぜ、ここで花売りをしているんだ?」
話題を逸らされ、劉は納得いかなそうに眉を寄せつつも、手元で束ね終わった花束を包装紙で包み、リボンで結ぶ。出来上がった花束をアーマデルへと受け渡し、気を取り直して口を開いた。
「『再現性九龍城』は、何でも受け入れてくれるからだ。誰が何屋をやっていても咎められたりしないだろ? 俺はずっと、花屋がやりたかったんだ」
「そうか」
一瞬、アーマデルの口元が緩んだ様な気がした。しかし瞬きをする頃には元のすまし顔に戻っているものだから、彼の感情が未だに劉は分からない。
お金を受け取り、去っていく背中はあっという間に闇に溶け、相変わらず不思議な客だなと首を傾げるばかりだった。
「むずがゆいっすわ」
「何がだ?」
薄暗い路地を歩む途中で、ふわりと酒蔵の聖女が降りアーマデルの横を飛ぶ。
「さっきの花売りの事っすわぁ。後ろにいる"彼女"の事、教えてもいいのに」
「必要ないさ。想いは伝わっている。だから見守っているんだろう……それに、聞き耳を立てられていてはな」
「
声をかけてきた男と、その部下が前方に2人、後方には4人。挟み撃ちまでして用意周到な事だ。
ただの追剥にしては身なりがよく、かといってアーマデルを狙うにしては此方を知らなすぎる。
「劉殿の知り合いか?」
「ご明察。まずは片腕だ、捥ぎ取って劉に送り付けろ」
命じられた部下が一斉にアーマデルに近づき、そして――花束が空へ舞うのを見た。赤い花弁が降り注ぐ中、フードの中の金の瞳がギラリと光る。
「――『英霊残響:逡巡』」
無数の亡者の手が伸びあがり、旋律が人々の精神をかき乱す。防御をはがし、精神まで搾り取られるその音に悲鳴は全て搔き消された。
後に残るの青年がひとり。降ってきた花束を受け止め、小さくぼやく。
「少し、痛んでしまったな」
おまけSS『同人誌『そこにある風景〜推しが壁にハマりまして〜』』
●ひげきのはじまり
きっかけは、境界図書館で任されたダンジョン探索の依頼だった。
「このライブノベルなんだけど、世界全体が大きなダンジョンになってるみたいなんだ」
「まるで果ての迷宮の様だな。それ以外の情報は?」
アーマデルが問うと、相談を持ちかけた境界案内人の蒼矢は首を横に振る。
「ダンジョンの見取り図は勿論、罠があるのかさえ、外から観察するだけじゃ分からない。
とはいえこのテのタイプは、一度入ると何かギミックを解くまで出れない可能性があって」
大抵のライブノベルノベルは、境界案内人の事前調査を経て、特異運命座標へ依頼の遂行先として渡される。
異世界で死のうと境界図書館に無傷で戻される事は分かっているが、そこは倫理の問題だ。死亡リスクの高い依頼に、何も知らない特異運命座標が入り込んでしまえば、それこそ不幸な事故である。
どんな形であれ、死んだ時の記憶は残るのだから。
「本当は、こんなリスキーな仕事を任せたくないんだけど」
「誰かがやらなければ、その本は延々と完結も収蔵もされなくなってしまうんだろう?」
「アーマデル……」
「向かおう。俺の準備は出来ている」
促されるまま、蒼矢は本の表紙に手を置いた。自らの力を注ぎ込み、この異世界へアーマデルを安全に送り届けるのだ。二人の姿が光に包まれ、やがてその場から消えてーー
●いしのなかにいる
「いかにもな迷宮タイプのダンジョンだな」
到着した場所は、洞窟らしき通路の中だった。少し歩いてみると、それが一本道ではなく、幾つにも分岐と合流を繰り返す迷路じみた空間だと気付く。
「蒼矢殿、俺のそばを離れるなよ。歩くときは、俺が進んだ足跡にそって歩いてくれ。少なくともそこは、床に仕掛けるタイプの罠は無いはずだ」
「ありがとう、そうさせて貰うよ」
おっかなびっくりついて来る蒼矢を隠す様に前を歩き、ダンジョンのマッピングを始めるアーマデル。するとその途中、蒼矢が顔を真っ青にしながらクイクイとアーマデルの服を引っ張った。
「なんか隣の壁の方から、唸り声が聞こえない?」
「様子を見て来る。蒼矢殿はここで待っていてくれ」
音がするという壁の方に耳を当て、気配がないと分かれば物質透過でするんと、幽霊の様に洞窟の壁をすり抜ける。
「びっっくりしたぁ! アーマデルってそん事も出来るんだ」
「隣の廊下には何も無い様だがーー」
上半身だけ元いた廊下の方に体を出し、状況を伝えた、まさにその時。
ーーカッ!!
「「!?」」
唐突に壁面へと浮かび上がる魔法陣。輝きが収まると、アーマデルはすぐ違和感に気がついた。
「なっ……!」
「どうかしたの、アーマデル?」
「抜けなくなった」
シン……と一瞬、場が静まり返る。
「抜けないってもしかして」
「どうやら壁に固定されてしまった様だ」
「つまり隣の部屋から見たら、今のアーマデルはーー同人世界の鉄板ネタ、壁尻になってるって事じゃないか!!」
「壁が何だって?」
半眼で蒼矢の発言を聞き返すアーマデルだったが、次の瞬間、腰元をすり抜けるぬめついた感触に目を見開く!
「……ッ!」
「アーマデル?」
「な、何でもない……蒼矢殿……っ」
肌の上から無理やり感じさせられる粘液と触手の感触。絡みつく生温かさは、某所で見つけたあのBlu-ray BOXを彷彿とさせる!
ーーそのまま呑み込んで、俺のレーヴァテイン!!!
●いべんとはもうすぐ
「蒼矢殿」
「トーン貼りが終わった原稿は、そっちに置いておいて!」
「それ以外に、何か俺に言う事はないのか?」
「印刷所は明日の朝まで待ってくれるらしいから、頑張ろうね!!」
「…………」