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武器商人とザスとリリコの話~キミへ~

登場人物一覧

リリコ(p3n000096)
魔法使いの弟子
武器商人(p3p001107)
闇之雲

 あの日からリリコが寝たきりだそうなので、武器商人はシスターに頼まれて見舞いに行った。ひるりと風が冷たい日だった。
 リリコは布団に隠れるように横になっていた。目の下のクマの様子から、眠れていないのは明白だった。シスターの話だと食事も取らずにいるらしい。もともと細い体がひと回り小さくなっているように感じられた。
「我(アタシ)だよ、リリコ。具合はどうだい」
 リリコはひび割れた唇を動かし、ゆるく笑みを作った。
「ああ私の銀の月。会いに来てくれて嬉しいわ」
「ジュースでも飲むかい?」
「ごめんなさい、体が動かないの。どうしてだか、わからないけれど」
 深い吐息に悲しみを嗅ぎ取った武器商人は「難儀なことだね」とだけ言った。
 たぶん彼女は悲しんでいるのだ。
 そんな自分を制御しようとしているのだ。
 大きすぎる感情の渦を埋め立てたら、拒否反応を起こすに決まっている。
 武器商人はリリコの額をなでた。ひんやりとつめたく、陶器の人形のような感触だった。
「なにかほしいものはないかい?」
 リリコは「いいえ」と答えた。首をふるのも億劫なようだった。
「眠たいの。眠たくてたまらないの」
「それは死の淵へつづく眠りだよ」
「そうなの……」
 だけど眠たいのよとリリコはつらそうに声を出した。
「リリコ、おまえ起きなけりゃならないよ。悲しいことがあっても、苦しいことがあっても、それが変化をもたらそうともたらすまいと、人生は続くんだ」
「……」
 少女は顔を伏せた。わかってはいるが受け入れられない、そんな表情だ。
 血の巡りをよくしようと、武器商人は軽く断ってリリコの体をマッサージした。彼女の体は冷たく、ぐんにゃりと生気が薄く、人形の相手でもしているかのようだった。もしかしたら思っているよりも症状は重いのかも知れない。
 武器商人は唇を噛み、リリコの頭をなでて退室しようとした。
「そこに居るのはわかっていたよ。要件はなんだい?」
 扉の影の少年がびくりとふるえる。ザスだった。彼は言いにくそうに唇を曲げるとようやく切り出した。
「街へ出て買い物をしたいんだけど、てもとふにょにょんで」
「手元不如意、だね。ヒヒヒ、いい度胸だ。我(アタシ)を財布にしようとは」
「そういうつもりじゃないけど、しょっせばらんにしてもらえるとうれしい」
「出世払い、だね。かまわないよ。連れて行ってあげよう」
 少年はすなおに喜びを顔へ浮かべ、「ありがとう武器商人のねーちゃん」と言った。
「どっちでもいいさ。キミが観測したとおりにお呼び」
「んー、だってこんなにきれいだからねーちゃんだと思う。声もやわらかいし」
「この身長と肩幅については何も言わないのかね」
「そういうヒトもいるっしょ。オレ。背が高くてごつい女の人も知ってるよ」
「ザスの好みかい?」
「ちがうもん。ないしょないしょ」
 なんてくだらない話をしながらふたりは玄関を抜けた。魔法で黒塗りの馬車を呼び出し、ふだんはカードにしている従者へ御者を任せた。
 やがてごとりと車輪がまわりはじめた。よもやま話へ花を咲かせながら待つことしばし、馬車は都の大通りを闊歩していた。この豊穣の地へ神使たちが入るようになりしばらくたつが、八百万たちはいまだ異国の存在に慣れてはいないのか、興味深そうな視線がそれとなく寄せられている。その馬車から麗人が降りてきたとなればなおのこと。あれはどこの貴族かと噂話が広がる。それを聞いたザスはむっとした顔で唇を突き出した。
「失礼しちゃうなあ。みんなオレのことカバン持ちだと思ってるよ」
「では胸を張って歩くといい。噂は弱いものを食い物にする魔物のようなものだからね」
「わかった」
 ザスが言葉通りしゃちほこばって歩くものだから、武器商人はついふきだしてしまった。
「自然体、自然体」
「うー、むずかしい」
 言いながらザスは薬屋へ入っていく。漢方のきつい香りが漂う中、ザスは一生懸命なにかを探していた。
「探しものは何だい?」
「咳止めシロップ」
「誰か風邪でも引いてるのかね」
「ううん、リリコに。甘いものなら食べてくれるかと思って。それに薬だから、きっと体にもいいし」
「その発想はなかったねえ」
 おそらく、と武器商人は考えを巡らせる。ザスは深緑の出身だと聞いた。彼の地では薬草栽培とそれによる治療が発展していると聞く。つまり彼にとって薬は苦いものばかりだったのだ。そのなかでただひとつ甘いシロップは、革命的なインパクトを彼へ与えたに違いない。
(それにしても咳止め、咳止めシロップねえ。なんでも飲ませりゃいいってものでもあるまいよ、ヒヒ)
 しかしてザスがリリコを心配しているのはひしひしと伝わってくる。ちょっと足りてないけれど、優しい子だと武器商人は思った。武器商人はその身長を活かして店の中を見て回った。そして奥で店番をしている男へ声をかける。
「十全大補湯は置いているかね」
 ありますともと男はうなずいた。
「それから医王湯あたりもあるとうれしいんだがね」
「ご用意いたしましょう。錠剤がよろしいでしょうか」
「いいや、粉薬で頼むよ」
「かしこまりました」
 男はきびきびと動き、目当ての薬を持ってくると武器商人の前へ並べた。
「ねーちゃん、それ、なに?」
「虚弱体質を改善するのに効く薬だよ。ただとっても苦いから、甘いものといっしょに飲むといいかもしれないね」
「咳止めシロップとか?」
「もうしわけありません、外つ国の薬は当店では扱っておりません」
 男は丁重に頭を下げ、ザスは「そんなあ」と眉をへの字にした。
「甘いものならなんでもいいさ。とおりすがりに金鍔を売っている店を見かけたよ。あれなんかいいんじゃないかね。とにかくいまはリリコに食欲を抱かせないとね」
「きんつばってなに?」
「お菓子だよ。いっしょに食べようか?」
 武器商人は漢方薬を買い求めると、すこし離れたところにある出店へおもむき金鍔を三人分購入した。やきたての金鍔は香ばしく、ザスははふはふと口へつっこむように食べている。
「ねーちゃん、これすっごいおいしい!」
「そうかい、そうかい。……うん、思ったとおりの味だね。小鳥へのお土産にもしようか」
 追加でもうひとつ買い求めた武器症には包みを袖へ入れ、ザスを向き直った。
「これで買い物はおしまいかい?」
 ザスは手をもじもじさせている。本当はほかにも行きたいところがあるのだろう。道行く八百万がうっとりするような笑みを浮かべ、武器商人はザスの言葉を待った。
「……服屋」
「ん?」
「服屋いきたい、です」
「呉服屋になるがかまわないかね?」
「うん」
 この小さな少年に着物を着せるのもきっと愉しいだろう。武器商人は馬車を呼び出し、再び大通りを行く。銀杏並木が美しい通りだ。日差しに照らされた黄金が窓の外から誘惑してくる。
「あのね」
 ザスがあまりに深刻そうな声をだすので、武器商人は窓から少年へ視線を戻した。
「どうしたんだい?」
「オレね、ちょっと高いものを頼むかもしれない」
「そうなのかい?」
「わかんない、でもオレがほしいって思ったものを買ってほしい」
「かまやしないよ」
 呉服屋へついたザスは男物へは目もくれず、晴れ着の一角へ向かった。そこにはいくつもの振袖が若々しさと祝福を体現するかのように咲き誇っている。さながら花の展覧会。落ち着いた小袖の女達が小さなお客様へ笑いかける。ザスはちょいと会釈をすると真剣な表情で物色を始めた。なにか、確固たる基準があって、それに似合うものを探しているようだった。
 武器商人はザスの好きにさせておいた。けれど、しばらくすると意気消沈して戻ってきたので、また馬車の用意をした。
「見つからなかったのかい」
「うん……」
「なら次の店へいこう。だいじょうぶ、日が暮れるまでには探し人は見つかるさ」
 ザスがぎょっとして顔をあげる。
「ああ、すまないね。あんまりむき出しだったから、すこし視えてしまったんだよ」
「……どこまで?」
「全部が全部じゃないさあ。でもそうだね、翠の着物を探しているんだね。あわてずゆっくり行こう」
「ねーちゃんって、時々こわいね」
「そうかい。ヒヒヒ、魔法使いというものはそういうものだからねえ」
 何件かの店を回り、翠の着物にもいくつか出会った。だがザスが首を縦に振らない。都中練り歩くような我慢強さと意固地さでもって、ザスは探しものをしていた。やがてカラスが鳴き始める頃、ザスはその店へたどりついた。店主が趣味でやっているような小さな店だった。だがしかし置いてあるものはどれも一級品ぞろいで、目の保養だと武器商人は店内を見渡した。
「あ、これ!」
 ザスが振袖へ走り寄る。赤い帯があわせてある着物だ。それになつかしさを覚えて、武器商人はまばたきした。
「これ! これがいい! ねーちゃん、これにして!」
 それはまぎれもなくセレーデに買ってやったドレスと同じ色をしていた。
「いいよ。ただひとつ聞かせておくれ。どうしてそれにしたんだい?」
 そう聞くと少年はぶたれた犬のようにしょげかえった。触れてはいけないと彼自身気付いているのだろう。長い時間をかけて、やっと絞り出した言葉は……。
「……だってセレーデの服、戦いでぼろぼろになっちゃったから」
 一度吐き出してしまうともう止まらないようだった。少年はほとほとと涙をこぼしながら語った。
「セレーデはいっつもとーさまのことしか言ってなかったけれど、オレは嫌いじゃなかったよ。死後の国があるのなら、そこでセレーデに着てほしい……あのドレス、本当にセレーデのお気に入りだったんだ……ぼろぼろのままじゃかわいそうだから」
 そう、と武器商人は溜息をつくように声を漏らした。
「キミはセレーデが大好きだったんだね」
 ザスはそれを否定しようとして言葉に詰まり、やがて小さく首肯した。小さな窓から入る金色の光が恋に破れた少年の濡れた頬を照らしていた。

  • 武器商人とザスとリリコの話~キミへ~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2021年11月28日
  • ・武器商人(p3p001107
    ・リリコ(p3n000096

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