PandoraPartyProject

SS詳細

a confidential talk

登場人物一覧

夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
ナイジェル=シン(p3p003705)
謎めいた牧師

「牧師様。俺ぁ、良い人間になれるでしょうか」
……盗賊の言葉が耳に残っていた。

 肌寒い夜のことだった。『謎めいた牧師』ナイジェル=シン(p3p003705)は、しずかな場所を探していた。
 今朝の依頼でのこと。降伏した盗賊は、辛抱強く対話するシンに、涙を流して改心を誓った。
 同情できる過去ではあった。牧師として人の打ち明け話を聞くことは日常だ。……ありふれてはいた。無論、ありがちなことだと断じることはなく、一人一人と向き合ってきたつもりではある。
 必ず善い人間になってみせると、盗賊は誓った。人はじぶんが望む姿に近づいていくものだとシンは答えた。
 自分も、おなじ罪を背負っていると。
(どこかで夜を明かしたい気分だな)

 罪びとの話を牧師が聞き。
 ならば、罪を背負った牧師の話は、どこへ行くのだろうか。
『何人も殺した』と泣いた盗賊の告白した人数は……かつて、シンが数えた人間の屍とは、それこそ〝桁〟が違っていた。

 そのときだった。かすかな蝶が――月の光の下にあってもそれは〝蝶〟だと確信できた。薄く、美しい蒼の羽を広げ、シンを導くかのようにひらめいた。一瞬のこと。扉をくぐればそこは洒落たバーであり、蝶のいたはずの場所には、『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)がいた。ハンカチを畳み、幻は微笑んだ。造り物のように美しい横顔が月光に縁どられている。
「ご機嫌よう。良い夜ですね」
「ああ、そのようだ」
「こんな夜には、」 幻の唇がかすかに弧を描く。「少しばかり、物語が必要かもしれません」
「……話せることはそう多くはない。説教話なら慣れているのだが」
「おや、神のしもべでいらっしゃいますか? 興味深いです。芸を極めるためには、気の遠くなるほどのことに通じていなければなりませんから」

●悔い改めた若者の話
 酔いが回り、とりとめのない会話は楽しいものになっていった。
「これは愚かな若者の話だ」
 シンが口を開いたのは、今朝の事があったからかもしれない。
「その若者は、幻想のとある田舎村を治める貴族の長男として生まれたのだよ。
不自由でありながらも、刺激の少ない日々。どこにでもいるような、……というには、ずいぶんとぜいたくなことだろう。明日、どうやって食べていけば良いかもわからぬ者も、おおぜいいるのだから。
 彼を変えたのは、村にやってきた宣教師だった。一瞬の鮮烈な出会いが、それまでの全てを変えてしまうことがある。……そういうことがある」
 シンはグラスをあおった。琥珀色の液体が喉を熱く燃やした。幻は睫毛を伏せる。
「ええ。……とてもよくわかります。僕も、奇術に魅せられた人々に、何度も弟子入りを懇願されたことがあります……。いくらでも出すからタネを教えてくれ、そうでないなら弟子にしてくれ、などと……。かなり強引なときも」
 のことを思い出したのか、一瞬だけ幻の瞳は冷たさを帯びる。幻の美学にのっとっていえば、手品と奇術は似て非なるもの。
「ああ。その若者が君と出会ったのが先であったら、奇術師であった未来もあったかもしれないな。
そうすれば、志もいくらか平和なものだったろう。……その宣教師の教えは、いささか道を誤ったものだのだ」
 己を律し、信仰を試すような教えは苛烈さを増していった。厳しい教えに従えば従うほど、それに従わない者たちは傲慢に映った。宣教師は、異端に対しては冷徹だった。
 若者は、同じ教えを信じる同胞を仲間と認めながら……教義に反する者を異端として葬ってきた。
「彼には戦う才能があった。邪魔者を闇に葬ってきた。宣教師は、その才能を神から与えられたものと誉めそやし、有効に使うようにと諭した。若者は、一振りのナイフのような存在だった。持ち主の意のままに、力を振るった……そうあることこそが望みで、全てだった」
「……お話は悲劇に終わってしまうのでしょうか?」
「やがて、少年は青年となり、妻を迎えた」
「おや」
 心の支えとなるものの存在。燃えてしまうかと思えるほどの鮮烈な恋。その感情を、幻は身をもって知っていた。
「彼女は盲目ではなかった。幸いにして……引き返すことができた」
 引き返すという言葉の響きにはどこか重々しい含みがある。果たしてその先はどうなったものだろうか。
「……」
「宣教師の名を受け継ぎ……罪の名を背負い。と、名乗るのを忘れているとは。ナイジェル=シン。それが私の名だ」
「ああ、お話の宣教師様と同じ名前をしていらっしゃるのですね」
「若者は過去が現在に追い付き、自らを討滅するその日まで、可能な限りの贖罪をすると決めた」
「その方は……とてもお強いのですね」
「案外、自らの弱さを知っただけ、とも思う」

●奇術師のゆめ
「それでは、僕からも一つ、物語をお贈りいたしましょう」
 奇術師は、気が付けば反対の席に座っていた。にっこりとほほ笑み、空いたグラスを交換して語る。
「その人物においていえば、現在いまが過去に追いついた、といえるかもしれません。誰しもが逃れられぬもの……。老い、です。
ある老いて引退を余儀なくされた奇術師は夢をみました。在りし日の夢を」
 若かりし日の己の華やかなる奇術。在りし日の栄光だった。鍛錬を重ね、技術を磨いてきた……にもかかわらず、奇術師はあの時の軽やかさには遠く及ばない、と知った。理想は高く、目は肥えていた。
「心は燃えるように痛く、羨望が眼を焼き。……ありとあらゆる欲望が集まり、蒼薔薇の蕾を生み出しました」
 逆さにグラスを持てば液体は、凍り付いたようにぴたりとグラスの底にはり付いている。手のひらを返すと、いつの間にかグラスには花弁が散っていた。
「ああ、蒼薔薇が咲き誇ったとき、そこに現れたのは世にも美しく儚げな青い羽根をもつ女でございました」
「……」
「胡蝶は夢から夢へと幾星霜もの間、渡り歩き、奇術の腕を磨きました。夢の世界では、思えば全てが叶ったのです。けれど、全てが叶うが故に、生の実感は薄く、いつしか胡蝶は現実の世界に憧れるようになりました」
「……欲望に底がないのは、何処の世界も同じというわけだ」
「ええ、そんな時です。歪んだ夢に出会います。好奇心を刺激された胡蝶が、その夢に飛び込むと、……この幻想の世界に、たどり着いたのですよ」
「いま、まさに」
「まさに」
 途方もない巡り合わせだ。いくつもの可能性から、ここへ。運命が交わり、グラスを傾けているように思えた。
「僕の話は、このようなものでした。……かつて少年だったそのお方の、まだ贖罪は続いているのでしょうか」
「生きている限りは、おそらく。奇術師は、まだ上を目指し続けるのだろうか」
「おっしゃる通り、欲には底が御座いません。芸には果てがありません。未だに、見果てぬ夢が御座います」
 奇術師は徐に立ち上がり、シルクハットをかぶりなおした。
「もう、このような時間ですね。貴方も、良き旅を」

「……お客様、どうかされましたか」
「いや」
 はたと気が付いた。幻は痕跡を残さず姿を消していた――というのは錯覚に過ぎず、代金はすでに支払われていた。小さな宝石のように。機嫌のよいマスターの表情を見るに、チップも添えて。
 またいずれ会うとも思えたし、もう二度と会えない夢だったのではないかとすら思う。人生にいくつもある分岐点に現れる蝶のようだった。シンは、かすかな木の匂いのするウイスキーをあおる。

  • a confidential talk完了
  • GM名布川
  • 種別SS
  • 納品日2021年11月30日
  • ・夜乃 幻(p3p000824
    ・ナイジェル=シン(p3p003705
    ※ おまけSS『てすさび』付き

おまけSS『てすさび』

 シンがはじいたコインは、くるくると回りながら再びシンの手のひらの中におさまった。握りこぶしを開いてみると、握ったはずのコインは消えていた。簡単なトリックだ。改めてシンが袖を振ると、ポロリとコインが落ちてきた。
「お上手です、牧師様」
 幻は感嘆したようだった。……心の底からの賞賛だ。
「少し手ほどきしただけでしたのに。上達がお早いですね。もちろん、これは奇術とは異なりますが……」
「芸は身を助けるともいう。案外……子どもたちに好かれるかもしれんな。……。……これは」
 シンはコインをすがめた。……じぶんがコインを打ち上げてしまう間に、だ。いつのまにか絵柄が変わっている。こればかりはどうやったのか、どういう理屈なのかサッパリだ。悪戯っぽく笑む幻。
「僕は、牧師様の話術に興味が御座います。次は、僕に教えていただけますか」
 シンは考えた。自分が奇術師になった道もあっただろうか。……想像もつかない。けれども、どんな人間になっただろう。
 この戯れを、友人に見せてやったら、……笑顔が見られるかもしれない。

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