PandoraPartyProject

SS詳細

青に隠して

登場人物一覧

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女

「大切な用事があるんです――アルテロンド領に来て頂いても良いですか?」
 彼女からの誘いは突然だった。アルテミアはシフォリィのその言葉を無碍には扱えず、そして『彼女の言う大切な用事』が何かも分らない儘に彼女が住まうアルテロンドの屋敷へと向かった。
 慣れた、というと幾ばくか違和感は感じるが幼い頃から交友のあったシフォリィだ。彼女の住む邸宅に訪れた事もいくらかある。
 丁度、斯うして前を歩く彼女の背中を一昔前ならばエルメリアと――『もう今はこの世界にはいない』妹と――共に追いかけた記憶がある。あの時は此程まで背も高くは無かった。屋敷の入り口で振り向いた彼女に感じた違和感は、『あの日』を思い返しての成長によるものだろうか。
「シフォリィさん?」
「こんにちは、アルテミアさん。……来て頂いて嬉しいです」
 邸宅前で待っていた彼女はぎこちなく微笑んだ。穏やかにも見えたそのかんばせに僅かに滲んだ不安にアルテミアはふと、気付く。其れに気付けるほどに彼女とは『親友』と呼べる仲であれたことを僅かに喜ばしく感じ――彼女が改まって呼び出した用事は其れだけ大きなモノなのかと心積りを行った。
「こうして貴女を訪ねてくるのは懐かしいわ。エルメリアと一緒に来た昔が……本当に昨日のように思い出せるもの」
「そう、ですね」
 ゆっくりと歩を進めるシフォリィの背について行きながらアルテミアは疑うこと無く裏庭を目指した。彼女の要件は言い辛いのだろうか。屋敷では無く、邸宅の裏庭を目指すと言うことは外にあった四阿に向かうのか。その背中に黙ってついて行きながらアルテミアは四阿にはティーセットも何も用意されていないことに気付いた。
「……ええと、シフォリィさん? どうかしたの? 改まって、大事な用事だというから……」
「はい。……アルテミア。私からエルメリアの事で打ち明けたい秘密があるのです」
「エルメリアの事で……?」
「ですが――これから打ち明ける秘密は、私にとっても大切な物……。
 欲しければ勝ち取りなさい。私に勝てなければ、その程度の貴女では、受け止める事など出来はしない。
 それだけ大きな秘密を、貴女に受け取る覚悟はありますか」
 すらりと引き抜かれた剣がアルテミアへと向けられた。睨め付けるようなあの大きな青色の瞳にアルテミアは息を呑んだ。
 夜や身を思わせた漆黒の片手剣。彼女の獲物は研ぎ澄まされている。「シフォリィさん」と呼んで、アルテミアは彼女の青い瞳が真摯な儘である事に気付いた。
 これは悪い冗談では無く、本気なのだ。アルテミアは唇を噛みしめる。何だって――『あの子』の事は誰よりも一番に分って居られたはずだった。
「その秘密は、私も知らないこと?」
「ええ。エルメリアが私に打ち明けてくれたのです。……貴女が受け止めきれず、エルメリアを踏み躙ることが無きように」
 シフォリィの言葉にアルテミアはゆっくりと蒼玉の色彩を宿した細剣を握りしめた。
 彼女が『ああなった理由』。それが、その秘密になるというならば。秘密を知るシフォリィへと感じたのは僅かな嫉妬。
 その秘密が何かは分らない。それでも、アルテミアには受け止められないかも知れないとシフォリィが剣を引き抜かねばならないと感じたのは心外だ。
 睨め付けたアルテミアにシフォリィは「覚悟」と叫んだ。
 踏み込む。彼女のバトルドレスがふわりと揺れる。アルテミアの縦割れになった瞳は瞬時の動きにぎょろりと動いた。
 ぎぃん、音を立てて叩きつけられた刃。シフォリィ、エルメリア、それから――逡巡するのは、出会ってからの出来事。

「アルテミア、エルメリア。アルテロンド家のご令嬢が二人と年が近くてね。……仲良くしてやってはくれないか?」
 幼いあの日、双子にとっては両親の知り合いが連れてきたという印象の彼女は礼儀正しく明るい娘だった。
 シフォリィですと微笑んで、手を引いて四阿で小さなティーパーティーを開いたのが印象に残っている。
 あの日から、随分と遠離った。エルメリアは此処には居らずアルテミアとシフォリィは互いに剣を握り、戦っている。
 重たくも感じた剣戟に腕が痺れようとも、互いが止まるわけには行かない。アルテミアは踏み込んだ。シフォリィの鮮やかな蒼を目がけて。


「アンジェール家のご子息様と婚約したんです! とってもかっこよくて……」
 頬を赤く染め上げて、幸福そうに微笑んだ彼女を祝福した日が思い出された。エルメリアと共に婚約について語り合ったのも懐かしい。
 貴族の身分であるならば、何時かは嫁ぐ事が決まっている。そう告げるアルテミアにエルメリアが「寂しい」とぼやいたのは、何時の日だったか。
 あれだけ幸せそうな親友に、これからも幸福が訪れることを、信じて止まなかったのだ。
 ――なのに、『私たち』は剣を交えている。あの時描いた未来予想図とは大きく反した、私と貴女。


 エルメリアが姿を消した。そう聞いた日にアルテミアは鬱ぎ込んだ。部屋から出ることも叶わずに一日中泣き濡れる。
「アルテミア、シフォリィ嬢が来てくれたよ……」
 開いた扉から顔を覗かせて、そろそろと室内へと入ってきたシフォリィはアルテミアの背を優しく撫でた。
 大丈夫なんていう甘言は聞きたくはなかった。彼女が此処に居ればどうしても何時も共に居た妹のことを思い出してしまうから。
「アルテミアさん、エルメリアさんは、きっとまだ生きてますから……」
「ッ、屹度? 屹度って何――!? 貴女は良いわよね。婚約者がいて、幸せなんだもの!
 帰って! 片割れを失った気持ちが貴女に分るはずがないっ、帰って!」
 枕を投げて、立ち竦んだ彼女の恨みがましく見たのは、あの時が最後だった。スカートの裾を握りしめて「ごめんなさい」と背を向けたシフォリィ。
 酷い八つ当たりはアルテミアにとっては己の心を護るためだったのに――それが彼女を傷つけたことに気付いたのはある程度心が落ち着いた頃。
 それは、ある事情でアルテロンド家が没落し、彼女が全てを失ったことを父と祖父から聞かされた時だった。
 ああ、どうして。私はあんなにも酷いことを。歎き、後悔し続けた。

 ――刃がぶつかる音が、より響く。

 それから、どれくらいの時が経ったか。アルテミアの失意は実を結んだように特異運命座標となる未来を与えてくれた。それが、エルメリアを探す手助けになると信じたアルテミアにとっては奇跡のような出来事だった。だが――「お久しぶりです、アルテミアさん」
 その声音にアルテミアは息を呑んだ。どこか陰のある笑みを浮かべるシフォリィ。あの快活で子供らしい笑みは消え失せて、大人びたようにも見えた彼女を見て、アルテミアは息を呑んだ。唇が震え、指先から力が抜けて行く。自身の罪のように背負い続けた重荷が言葉と涙となって落ちていく。
 生きていた。生きていてくれた。また、会えた――それでも、あの笑顔を曇らせたのは己にも一端があったのでは無いか。そう思えて仕方が無いとアルテミアは何度も何度も、彼女に謝り続けた。
 もう二度とは大切な人を失いたくないと心に誓ったあの日が。アルテミア・フィルティスにとっての一区切りだった。
 謝罪の言葉に、肩を振るわせて俯くアルテミアに「良いんですよ」と声を掛けたシフォリィの達観は、己よりも先を進んでいるようで。
 悔しかった――追いかけた。アルテミアはシフォリィを追いかけ、シフォリィは追い越されまいと走った。そうして肩を並べて戦ってきた日々が、此処にはある。

 だからこそ、アルテミア・フィルティスは負けられなかった。
 彼女に感じた負い目に。彼女と過ごした日々に。自分の決意が、信念が、そのすべてが、負けてしまうことが悔しくて堪らない――!

「……ッ、」
 剣が指先から離れ、落ちて行く。その首筋へと剣を宛がいながら、ゆっくりと降ろしたアルテミアは「勝負、ありかしら」と尻餅をついたシフォリィを見下ろした。
「ええ。……貴女の決意しっかりと見せて頂き……ふふ、格好付かないんですから。アルテミアさん」
「……そんな事、言わないで。シフォリィさんが強敵だったのよ」
 思わず座り込んだアルテミアにシフォリィはくすくすと笑った。尻餅をつき負けたのは自分だというのに疲労を滲ませた彼女が何とも愉快で、可愛らしい。
 シフォリィは剣を拾い上げてから「四阿で話しませんか?」と提案した。小さく頷くアルテミアは「お茶にしましょう」と彼女の背を追いかける。

「――それでは、お約束通り……お話しさせて下さい」
「ええ。どんな話でも、聞くわ」
 緊張を滲ませたアルテミアにシフォリィは頷いた。それは、彼女が療養に出掛ける少し前の話だっただろうか。
 姉には秘密にして欲しいと願ったエルメリアはシフォリィにだけ唯一と言って良いほど、打ち明けたのだ。

 ――……『お姉様』に伝えたいことがあるの……けれど、許されないことだから、シフォリィさんから伝えて欲しくて。

 そんな言葉から始まったエルメリアの一世一代の告白は『果たされぬまま』終わったのだという。

 私は――エルメリア・フィルティスはアルテミア・フィルティスを、実の姉を愛しています。
 ……この感情おもいは同性で、双子の姉妹が抱いてはいけないことだと分かっています。許されざる恋であることも……けれど、私が遠く離れた地に行った後ならば……きっと、重荷にはならないと想うのです。

 その言葉をシフォリィは一度断った。自分の口で、帰ってきたら伝えて欲しいと。
 いざとなればエルメリアをアルテロンドの養子に迎え、お膳立てしてやりたいとまで申し出た。エルメリアの抱いた禁忌にはシフォリィは不快感はなかったのだ。
「それは――」
 アルテミアは唇を震わせる。信じていた愛が道を違えていた。其れはどれ程に衝撃か。
 そう、それはアルテミアの抱いていた姉妹愛などと呼べるものではない。もっと生々しく、独占の欲までもつきまとう恋情。それを病弱なエルメリアは体が完治し領地に戻ってきたら打ち明けるのだと約束していた。
 どうしても抱えきれない想いを、シフォリィに漏らしたエルメリアは其れまでに『姉に伝える』約束をした。約束だ、果たされなかった――シフォリィの中にだけ抱え続けた秘密。
 言葉を紡ぎながらもシフォリィは二度とは叶わぬ恋物語をなぞらえるような奇妙な心地になっていた。
「……それを、エルメリアが……?」
「はい。姉妹である以上、伝えれば貴女が離れてしまう事を畏れていたのです。
 ……許されぬ恋心であることは、エルメリアも分って居ました。それでも――」
 それでも、想いは止まらず。親友であるシフォリィに思いを吐露したのだと。呆然と聞いていたアルテミアは「そう」と小さく呟いた。
 それ以上の言葉を紡げずに居るアルテミアにシフォリィは息を呑んだ。
「ずっと隠してきて、ごめんなさい。エルメリアがああなって、伝えてはいけないって……私、親友失格だわ」
 頭を下げるシフォリィにアルテミアは首を振った。違う、違うのだ。
 アルテミアは自分自身が情けなくて堪らないのだ。あれだけ何でも分って居ると、心は繋がっていると、そう信じていた妹の最大の秘密。
 愛していると、口にされる度にその心に応えてやれていると思い込んでいたのだ。何にも気付いて居なかった。
 エルメリアの言葉の意味を取り違えて、その心に最後まで寄り添ってやれなかったのは――
「……違う、違うのよ。シフォリィ」
 アルテミアは首を振る。涙が零れぬように、唇を引き結んでアルテミアは思い出す。

 ――愛してるわ、アルテミア。

 あの時、彼女は満足したのだろうか。抱き締めて、命が終わるその時まで『親友』はエルメリアの意思を尊重して立っていてくれた。
 アルテミアにとって、魔種になった妹の『終』は恐ろしいほどに横たわっているものであった。それを与えると決めるまで帰ることを信じてくれていた。
 息を引き取るその刹那まで、約束を守り続けてくれたのだ。 
 形見の品は紅き焔を湛えているようだった。此の燃え上がるような紅い色は彼女の心のようだったのだろう。何処までも一心に、あのカムイグラでだってエルメリアはアルテミアだけを見ていた。
 愛していると口にして、言葉にする度に頬を紅く染め上げて幸福そうに笑うエルメリア――あの、何も変わっていなかった笑顔がアルテミアは愛おしかった。
 行き着く果てが地獄でも、あの笑顔を見れば心が揺らいだ。彼女の終わりを与える決意が出来るまでシフォリィは手を繋いで、隣に立っていてくれたのに。
 彼女が謝ることではない。彼女が苦しむことではない。
 アルテミアは空を見上げた。エルメリアと別れた日も、こんな空だっただろうか。美しい白雲が、青い空に揺らいでいる。

 ――行ってきます。

 手を振った彼女。病を治す為に旅立ったその小さな背中。

 ――アルテミア。

 会いたかったと笑ったエルメリア。その変質してしまった姿であろうとも、心までは変わらなかった。
「シフォリィさえ良ければ、一緒に来て欲しいところがあるの」
「どこ、に?」
「……エルメリアの所」
 あの様な事件になった以上――そう言えども、神威神楽の要人は『巫女姫』の遺骸を丁重に扱ってくれた。フィルティスの家へと運びたいと願ったアルテミアに神威神楽は了承し、丁重に弔ってあげて欲しいと言付けた程だ――対外的な問題から大した葬儀を行えた訳ではない。内々に埋葬を行い、墓の所在さえ非公表だった。
 寧ろ、エルメリア・フィルティスは行方知れずであるというのがフィルティスの家の公表だ。故に、シフォリィさえもエルメリアの墓の所在は知らない。
「良いの?」
「ええ。良くない訳がないじゃない。貴女は私とエルメリアの親友……いえ、もしかすると家族だったかも知れないのよ。
 ふふ、可笑しいわね。エルメリアが私と結ばれるために、シフォリィさんの家に養子に行って、皆で家族なんて……」
 くすくすと笑ったアルテミアにシフォリィは「そ、そうするしか無いかと思ったのよ!」と頬を紅く染め上げて唇を尖らせた。
 ああ、おかしいと腹を抱えたアルテミアにシフォリィはふん、と外方を向いた。何時の日か――エルメリアと三人で花畑に出掛けた日を思い出す。

「こっちよ」
 走るアルテミアの背を「待って」と追いかけるシフォリィ。その様子をゆっくりと日傘を差して見つめているエルメリア。
 変わってしまった、何もかも。それでも――
「ねえ、アルテミア。貴女も私も、変わっちゃったけど……これからも、私と、親友でいてくれる?」
「そんなの、当たり前じゃない――シフォリィ」

 貴女が、居てくれるだけで強くなれるのだから。
 彼女のために花を選んでいこう。一等美しく咲いた、手向けの花を。
 そうして、返事をするのだ。

 エルメリア、ありがとう。私はね――

  • 青に隠して完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2021年11月26日
  • ・シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174
    ・アルテミア・フィルティス(p3p001981

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