SS詳細
あなたの恋の続きを聞かせて
登場人物一覧
●「お久しぶり、なのだわ」
町外れを少し行ったところに、小さなタイルの敷き詰められた小道がある。
ぴゅうと吹く秋の風はどこか肌寒いけれど、くすぐったいような木々のにおいをはらんでいる。馬車を降りてからそれなりの距離を歩いてきたため、からだはぽかぽかとあたたかい。よし、と気合いを入れて、ほっぺをぐいとひっぱる華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)。
(ここに来るのも、もう一年ぶりなのだわね)
場所はだいたい、記憶の通り。でも、木々のざわめきや、微かな虫たちの気配はどこか違うようにも聞こえる。
一年。
この一年の間に、自分も、なにか変わっただろうか?
微かな追い風が背を押し、華蓮のそばを過ぎ去っていく。一歩一歩、ゆっくりと歩みを進めれば、靴の底から、柔らかい落ち葉と地面の感触がかえってきた。
小道の脇に、小さく咲いた白い花は去年は見かけなかったものだ。
(あら、可愛いのだわ)
好きかしら、と少し悩んでから、一つだけ、花束にくわえる。
私は好きなのだわ。だから、気に入ってくれるといいなと思った。
どこかひねくれた『彼』に似て、ここは結構意地悪な場所にある。とはいえ、今回は、荷物はお供え物だけだから、それほどつらくはないのだけれど。
振り返る。
眼前には燃えるような夕焼けが照らす坂道と、広大な空が広がっていた。
(ええ、何度見ても、良い景色なのだわ)
ここはほんとうに、良い場所でしょう?
これには、自分で自分を褒めてあげたくもなった。空がよく見えるものね。
道中、土にまみれた看板をハンカチできれいにしたりなどして先へと進む。
一年という時間は、華蓮にとって、長いようで短い時間だったように思う。そう思うのはおかしいだろうか。華蓮が八咫姫と出会った時間は、ほんの僅かのことだったのだから。
八咫姫の最期。思い人と共にあった――『幸福な』、彼女にとっての、人生の絶頂だったのは、運命のいたずら、というやつだろうか。恋い焦がれる少女に、仲間たちとともに、終止符を打った。
そして、ヴォルペも、ついには帰ってはこなかった。
もしもとっぷりと夜が暮れたら――今日は満月。今は、太陽に隠れているけれど、明かりがなくなれば燦然と輝くに違いなかった。
月といったら、いろいろなものを連想させるのだわ。
華蓮は心の中で八咫姫に話しかける。
まぶしいくらいの理想。丸いチーズケーキ。
私だったら――やっぱりあの人を浮かべる。
どこか遊び慣れてて、でも、実直でまっすぐで――ずるい人。ぜったいに嫌いにさせてはくれない、まぶしいあの人。
でも、貴女が月と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、そうね。
彼――ヴォルペ (p3p007135)さんでしょう?
そうそう、練達では月を巡ってさまざまな事件があったのだわ。
話したいことは次々と浮かぶ。夜までまだ、時間がある。
何を話そうか、ずっと考えてきたのだわ。
改めて一年、しみじみと感慨深くなった。
いろいろな人が来て、去って、じぶんも、もう一度ここに来ることができた。
彼女の墓が、思ったほどには荒れていなかったのに、華蓮はほっとした笑みを浮かべた。せめて、眠った後は、静かに過ごさせてあげたかった。
ただの少女としてここに眠る彼女の墓を参るものはいないだろう――。けれども、見知らぬ誰かが、そっと一輪、花を供えてくれていた。
(これなら、はやくすみそうだわね)
よし、と華蓮は袖をまくった。
家事はすっかり慣れたもの。お墓の掃除も、あっという間に終えることができた。
「どうなのだわ!」
雑草を抜いて、墓をぴかぴかに磨き上げ、満足げにあたりを見渡した。
すっかり綺麗になった墓。華蓮はとなりにゆるりと腰かける。
かわいらしい布を敷いて、お菓子を取り出すと、水筒から湯気の立つお茶を並べて。まるで旧友とお茶をするかのように、穏やかな時間が過ぎていく。
さあ、と風が吹いて華蓮の細い髪を揺らした。見上げると、一匹のカラスが枝に止まっている。
「……お話をしに来てくれたのだわ?」
なんだか素敵な偶然だ。
シュペルさん、ってご存じかしら?
ううん、きっと知らない、だわね。
それならそこから話しましょう。
この世界にはとてもたくさんの国があって……。
そのうちの一つは、練達というのよ。
説明するのは、とっても難しいけれど……。
とても便利なものがたくさんあって、すごく不思議な国なのだわ。
ちょうど、あっちの方かしら。華蓮が指をさすと、カラスがじっとそちらを向いた。もちろん、ここからじゃ見えるわけもないけれど、一緒に想像してくれているだろうか?
練達にはね、とてもとても高い塔があって……。
Tower of Shupell、というのだわ。
ここよりもうんと高くて、とっても不思議なところ、なのだわよ。
その塔の主が、シュペルさん。
そうね、……ほんのちょっと、ヴォルペさんに似ているかもしれないのだわ?
そう言うと、である。カア、とカラスは一鳴きしてぷいと目をそらしてしまった。
その様子がおかしくて、華蓮は思わず忍び笑いを漏らした。
ふふ。ごめんなさいなのだわ。そうね。ヴォルペさんは、特別な唯一無二なのだわね? もちろん、どっちがいいとか、そういう意味じゃないのだわ。ただちょっと、雰囲気が少しだけ似ていると思ったのだわ。
その人はね。なんでも、ひとつ。塔を登った人のお願いをかなえてくれるそうなのだわ。
ねぇ、とっても素敵でしょう?
もちろん、そんな上手い話はなくって、塔を登るのは。ものすごく、ものすごーく難しいのだわ。
どうしてその塔に登ろうと思ったのかというとだわね……。
華蓮はそこまで言って、不意に頬を赤らめた。
語るに落ちる。もちろん、頑張ったのは。華蓮が頑張ろうと思うのはいつだってあのひとの――レオンのためだ。
おかしいだわね。
恋心というものは、どうしてこうも人を駆り立たせるのかしら。なんだってできると思ったのだわ。なんだってしてやろう、って意地かもしれないのだわ。
……きっと、貴女なら、分かってくれると思うのだけれど。
どうかしら。
もしも願いが叶うとしたら、貴女は何を願うのかしら。
聞かなくても、これはわかる気がするのだわね。
貴女はずっとまっすぐで一途だったのだわ。
ずっとずっと、一人だけ。愛かはわからないけれど、それはきっと恋だった。きっと、貴女は、ずっーと、「ヴォルペさんに会いたい」と願っていたに違いないと思うのだわ。……どんなにつらい目に遭ったかは知らないし、それで……貴女が苦しめた人たちの苦しみがなくなるわけではないけれど。
あら、お説教を市に来たんじゃないのだわ。
ええとね、上手に言えないのだけれど――。シュペルさんがいなくっても、貴女の願いは叶ったのだわね。そう、叶えて貰ったのだわね。
願うモノなんて、これ以上なかったのではないかしら。
(私も……この恋が叶えば、もうほかには何も要らないと、思うのだもの)
きっと端から見れば滑稽で、でも、一生懸命で。それは間違いなく生きる理由で、先に進むためのエネルギーで、明日が楽しみで、明日も笑えるだろうという希望なのだ。
貴女が欲しいもの全て、ヴォルペさんはずっと与えてくれたに違いないと思うのだわ。
好きで好きで仕方がなくて、恋に溺れてしまうのだわね。
どうして塔に登ろうかと思ったのかはね、きっと、貴女なら分かってくれると思うのだわ。
あのひとの――レオンさんの役に立ちたかった。
塔の中はずいぶんと不気味な場所だったのだわ。でも、恋には障害がつきものでしょう?
困難を選んで先へと進んだわ。そうしたら、あの瞳は少しでも私を見てくれるかしらと思ったのだわ。
ああ、よくやった、と言ってくれないかしら。ほかの誰でもない、私に。
でもね。
途中で、誰かを選ばなきゃならなかったのだわ。
ぽこんと木の実が落っこちてきた。まるで、ばかね、と言われてるみたいだ。華蓮は驚いて、それからくすくすと笑った。そうね。今でも、思わないわけじゃないのだわ。全部私、わたしが、わたしこそがふさわしいって名乗りを上げて、他の人なんて見ないで、って言えたら、なんて、考えないとういわけではないのだわ。
でもね、レオンさんの役に立つには、そうするのが一番だって思ったのだわ。
とてもよく似ていて、決定的な違い。
恋なんてしてたら、じぶん以外の誰かでもいいだなんて言えないものね。その人が、じぶんの命よりもずっとずーっと大切で、永遠に、心の中においてくれたら、って思うものなのだわ。ヴォルペさんの愛は本物で、壮大で計り知れなくて……。
でもそういう人だから、貴女も好きだったのかしら。
ああ、そう、大事なことを言い忘れていたのだわ!
あのね、若いときのレオンさん、とってもとってもかっこよかったのだわ。今とはちょっと違う魅力があって、それだけで得した気持ちになって、心がふわっと舞い上がるようで、といったら笑われてしまいそうだけれど、きっと、あなたなら分かってくれると思うのだわ。ふわふわとしてもうどうしようもなく、どこまでも自由で飛んで行けそうな気持ち。
クリスマスプレゼントはなにがいいかしら。きっとあの人のことだから、他の人からもたくさん貰うとおもうのだわね。面倒くさい女、って、また言われてしまうかしら。
『秘書さん』なんて、ふふ。でも、この立場は……手放したくないのだわね。打算的すぎて、嫌われてしまわないかしら。
ううん、そんなことない、きっとそんなことないからこそ――ずっとあの人が好きなのだわね。
話を聞いてくれてありがとう、と華蓮は言った。
空はゆっくり日が沈み、月が昇る。二人きりに、……カラスが一方的に月を見つめるだけの時間だとしても、そうしてあげたいと思ったのだ。
おまけSS『小さな木の実が芽吹くとき』
「あら?」
お供え物を用意していたかごの中に入り込んでいた、小さな木の実。あのカラスがほうってよこしたものだった。うっかり紛れ込んで、連れてきてしまったらしかった。
ドングリみたいな、つやつやした木の実だ。なるほど。こうして植物は活動範囲をひろげるのかしら、と華蓮は首をかしげる。
どうしようかしら。
華蓮は小さな植木鉢に植えてみることにした。
別に、とくに理由なんてない。あのカラスが彼女だったとも、ホンキで思っているわけではない。
(でも、会いに来てくれたのだとしたら、友達として……ううん、恋の同士として、とても嬉しくはあるのだけれど)
でも、なんだか世話を焼きたくなってしまって。
なるべく日当たりの良い場所に置いてみたりして。だめならだめで、もともとだ。
そうして、数日が経過すると……。
「あら」
少しばかり芽を出したそれが、冬を越せるかは分からない。けれども少しだけ、応援されているような気になったのは、きっと気のせいじゃないだろう。