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秋夜すぎゆくペルセウス

登場人物一覧

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星

 晩秋の朝、九時半頃――スチールグラードの郊外。
 かつての事件により瓦礫の山となったスラムは、ズヴェズダールと名を変え復興が進められている。
 日に日に短くなる陽光が、橙色の柔らかな暖かさで包むように、傷んだ古代の超巨大構造物歯車大聖堂ギアバジリカを照らした。

「お、何だ。坊さんじゃねえか」
 新聞紙に包まれた挽肉入りのブリヌィを頬張りながら、ヴェガルド・オルセンが視線を上げる。鉄床の上だというのに、その足元は白く険しい秋霜に包まれていた。季節は、もう随分と肌寒い。
 ヴェガルドは獰猛なノルダインの戦士で、平たく言えば北国の蛮族だ。
 ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ達、ローレットのイレギュラーズとの邂逅を経て、ラド・バウ闘士へ鞍替えしたという男である。以後は何かにつけ、なんとなく協力しあう間柄となっていた。顔見知り――というか、さすがに友人で良いか。
 そんな彼の目の前では、ヴァレーリヤがぷりぷりと肩を怒らせていた。
「口に物を詰めたまま『何だ』とは随分じゃありませんの? それにその呼び方、いい加減――」
 だって、あそこに居るダニイールぐらいのものではないか。坊主だなんて呼び方が似合うのは!
「だはは! わりわりい。そいで藪から棒にどうしたい、マヤコフスカヤ
 それはそれで気に入らない言い方だったが、ヴァレーリヤは溜息一つ、話を続ける。
「聞きましたわよ。先日から闘技場の興行はオフシーズンに入ったって」
「おうよ。ま、こっからはスターの季節だわな。俺等ぺーぺーは来年までお預けよ」
 パルス・パッション等は兎も角、ヴェガルドにとってはその通り。いよいよ冬期休暇だ。長い雪と寒さの季節へ向けて冬支度を始める時期である。ヴェガルドの故郷ノルダイン周辺では多くの血が流れる季節だったりするが、それはさておき。
「身体が鈍らないように、その来年に備えておくべきなのではありませんこと?」
「何だ、何だ。いや読めてきたぜ。するってえとヴァレーリヤ。あんた俺に力仕事をやらせる気だな」
「話が早くて助かりますわ」
 堂々と胸を張るヴァレーリヤの答えを聞いたヴェガルドは、のそりと立ち上がる。
 そして食べ終えた紙屑を丸めて屑籠へと放った。
「ま、いいぜ。この通り暇だしよ。このまんまじゃ鈍っちまうってもんだわ。だはは!」
 きちんとゴミを捨てるとは。人は変わってゆくものだ。
 思っていたより行儀がよくなったヴェガルドを、ヴァレーリヤはひとしきり関心した様子で眺めたが――
「ヒュー! あの姉ちゃん。ケツでけえなあ! 信徒さんか? なあ紹介してくんねえか?」
 ――すぐに心境は訂正されてしまった。
「……全く。とにかく参りますわよ」
「へいへい、喜んで」

 ――冬に向けて、この国の民がなさねばならないことは多い。家屋の修繕と防寒対策、保存食の備蓄。衣類や寝具の準備に、それから薪や油の確保など多岐にわたる。それはここギアバジリカを中心としたモリブデン街においても同様。否、状況はより厳しいとも言える。ともあれ地域を管理するクラースナヤ・ズヴェズダーの信徒達は、住まう貧しい人々と共に冬に備えているのだった。
「この樽、ニシンの塩漬けはこっちだな。で、塩豚はその隣っと」
「ありがとうございます。次はあちらの薪割りをお願いできますでしょうか?」
「おう、任せときな。あーそこの兄ちゃん、そりゃ疲れるやり方だ。ちいっと見せてやんよ」
 信徒達と談笑を交えながらも、テキパキと仕事をこなす男手ヴェガルドのたくましさは、随分と頼りになる。
「ヴェガルド、ヴェガルド! これ、この棚に上げて下さいまし!」
 ヴァレーリヤも高い棚に苦戦していたが――
「お、そいじゃ、こうすりゃいいか?」
「上出来ですわ。って。ちょっと! この窓の目張り、もっと丁寧にやって下さいませんこと?」
「なんでい。あんた、変なとこで細っけえよな。この程度の隙間風で死にゃしねえって」
「何を言っていますの。これはとーっても大事ですのよ! これで皆が暖かく過ごせるかどうかが決まるのですもの!」
「ったくよ、人使いが荒いったらねえぜ」

 そうこうしていると、乳の甘い香りが漂いはじめた。人々もついつい作業の手を止める。そろそろ昼食の時間だ。
 ふとあたりを見回せば、ヴェガルドの姿が消えていた。ブリキの深皿へ配給されたカーシャは、以前にも増して薄い。こんな量では、さすがに足りないのだろう。あの大男とは程遠く小さなヴァレーリヤにさえ、満足な量ではないのだ。きっと外の屋台にでも行ったに違いない。空腹などのだ。ヴェガルドも、ヴァレーリヤも。第一に十分な報酬すら出せないことは、ヴェガルドも理解しているだろう。だからむしろ良くやってくれていると感謝しかない。

 そんなとき、ふとヴァレーリヤの目にとまったのは、一人の少女がため息を吐き出す仕草だった。
 ここにいる誰しもが、満たされていない。
 ヴァレーリヤやヴェガルド達のような、強者以外は。誰しも。
 食料が足りないのはヴァレーリヤやヴェガルドのせいではない。
 けれどそれは、ただの理屈である。理解は出来るし、メカニズムを説き明かすことも容易だ。なのに心というものは、そのようにはできていない。どこか『申し訳無さ』のようなものがこみ上げてくるのは、避けがたかった。
 教会領とて、そもそもが急造だった。にわかに人が増え、食料の供給などまるで追いついていない。
 そして食料の問題は、帝国すべての課題にもつながっていた。この帝都など、なほうなのだ。
 けれど『もっと上手くやれたのではないか』と。そんな思いが胸の奥を苛み続けている。
 問は『何を』。
 解は『全てを』。
 けれどヴァレーリヤはひたすら懸命に目張りを続けていた。
 そんなこと、手を動かしている間だけは、忘れていられるかのように。
 宗教論を捏ねるより先に、やるべきことがあるのは、だ。

「だはは!」
 一時間ほどした頃、どこに居ても目立つ大きな声が、金属の壁や床にわんわんと反響した。
わりわりい。ちいっとばかし遅くなっちまったわ」
 ヴェガルドが戻ってきた。
「どこへ行っておりましたの?」
「あー、まあ。その、なんだ」
 指で頬をかいたヴェガルドは、抱えていたズタ袋をひっくり返す。
 卓上に転げたのは大量のジャガイモだった。
「おう。こいつぁ俺のおごりよ。一人にひとつっつ、くるんで濡らして、あすこの火にくべな」
 子供たちが、ぱっと瞳を輝かせて飛びつき、大人たちもまた礼を述べながら手に取っている。
 けれどヴァレーリヤは微かに眉をひそめ、称賛とも非難ともつかぬ複雑な表情をしていた。
「ヴェガルド……」
 そんなヴァレーリヤから視線を外すと、ヴェガルドはつぶやく。
「……分かっちゃいるつもりだぜ。これだって、どっかの誰かの分になったかもしれねえって事はよ」
 誰かが多く食べるということは、別の誰かの分が少なくなるということだ。
 あるいは今日の満腹は、明日の絶食との引き換えとも言える。この国では、どうしようもなく。
「だからこいつは、ただ単に俺のわがままってやつだ。だからあんたが気にするこた、何にもねえんだわ。あいつらがイモ食った顔が見たかっただけでよ。って何言ってんだかな、俺あ。柄でもねえ! 忘れてくれや、だはは!」

 まだほんの夕刻と思えても、北国の陽はいつしか西の彼方へ沈みきっていた。
 昼は着々と短くなり、澄んだ夜空を吹き抜ける秋風に、すっかり星々が瞬いている。
 今日も明日も明後日も、少しずつ冬が近づいて来るのだ。
 そろそろ日課も終わる頃であり、信徒達は配給の支度を始めていた。
「まあ、仕方ありませんわね。貴方、こういうの苦手そうですもの」
「ったくよ。ほんとだぜ」
「仕上げは私がやりますから、ざっと目張りする作業をして頂いてもよろしくて? って、いけない!?」
「へいへい……って何でい。そのまた出禁の飲み屋が増えちまったようなツラあ」
「私としたことがウォトカを仕込むのを……行きましょう、緊急事態でございますわ!」
「そりゃ、一大事だな。けどよ、わかるよな?」
「もちろん。完成したら一杯やりましょう。飲み比べをして、負けた方が言う事を聞くというのは如何ですこと?」
「お、いいね! 乗った。何がいいかね、禁酒でもしてもらうか? おもしれーもんが見れそうだ」
「一応言っておくけれど、負ける気はしなくってよ!」
「お、なんだ? んなこた、俺だって同じだぜ」
「それに禁酒だって、これまで何度も成功しておりますもの!」
「だはは! そいつも、俺だっておんなじだぜ!」

  • 秋夜すぎゆくペルセウス完了
  • GM名pipi
  • 種別SS
  • 納品日2021年11月14日
  • ・ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837

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