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残響コーラス

登場人物一覧

カルウェット コーラス(p3p008549)
旅の果てに、銀の盾

 晴天の空の下、綿飴のようなオーキッドの髪を揺らがせて一人のレガシーゼロが街を歩む。物語の主人公のようなエプロンドレスを揺らがせたカルウェットは穏やかさを謳歌する。
 つるりとした陶器の肌を撫でた風は秋の香りと共に芳しいパンの香りを届けてくれる。カルウェットにとってはどのような物でも目新しい。生まれたばかりのように、目が覚めたばかりのその体は冒険へ向けてひたむきに歩を進めて。

 カルウェット・コーラスはヒトのように暮らしている。森で寝泊まりして、街に降りて沢山の人々と遊ぶ。パン屋の店主はお友達。街を歩く猫にお菓子を分けて、一緒にパン屋さんにお邪魔するのだ。バスケット一杯にパンを詰め込んで一歩二歩と踊るように踏み出して――
 カルウェットにとっての日常はそうやって彩られる。
 腕に抱いた猫がにゃあと鳴いた。カルウェットはどうしたのだろうと首を捻って。路地に座り込んで泣きじゃくる子供が一人。
「どう、して……泣く……する?」
 そっと視線を合わせれば、幼い子供は両親とはぐれたとそう言った。街の喧騒にはしゃいで走り出してしまった。気付けば父も母も遠く。自分一人だけがぽんと放り出されたような不安感。子供はぐずぐずと泣きながら「おとうさん、おかあさん」と呼んでいる。
「にゃあ」
「うん」
 カルウェットは猫とこくりと頷きあった。「ボク、探すする」と手を差し伸べれば子供はそうと掌を重ねてくれた。暖かく、カルウェットより小さな子供の掌は大切な宝物のように柔らかい。
 猫と共に街を歩いて、それでも子供の両親は見つからない。普段の遊び場がある森の方へ探しに行ってしまったのかもしれないと子供が呟けば「一緒、いくする」とカルウェットは頷いた。喧噪が遠ざかる。街の人波を遠くに置き去りにして、気付けば子供とカルウェットの二人だけ。猫も眠たげなあくびを漏らして路地裏へ消えていった。
「ねえ、カルウェットのおとうさんは、どんなひと?」
「おと……?」
 ぱちり、と瞬いたカルウェットの瞳が揺らぐ。
 楽しい楽しい生活ばかり。お菓子を探して、ヒトらしく過すことばかりを追いかけて。
 甘い物にきらきら楽しいことに、少しのスパイスに。そんな素敵な世界で過していたカルウェットにはない唯一。記憶と呼ぶべき自分の欠片。
 カルウェットはぴたりと足を止めた。子供は驚いて歩を止める。呆然と立ちすくんだカルウェットの指先から力がだらんと抜け去った。
「あれ……ボク、……家族、どこ? いるする?」
 カルウェットはぼんやりと呟いた。幼い子供の手を握りしめながら、途惑いがその足を重くする。まるで重たい鎖にでも繋がれたかのような違和の形だ。
 暗き闇を歩むような違和感に自身には『記憶』と――否、思い出と呼べるものが存在していないことに気づきカルウェットは俯いた。
「どうしたの?」
 握りしめた幼い子供の掌はじんわりとした暖かさを感じさせた。誰かが隣にいることが、カルウェットにとって慣れない幸福のようにも感じられる。
 これが生きている事だと知っているから。カルウェットは誰かのぬくもりが愛おしく、宝物のように感じていたのだ。
「おとうさんと、おかあさんは、いないの?」
「……おとう、さん……?」
 カルウェットはそのぬくもりの側で呆然と立ち竦んだ。迷子の子供は帰る家がある。けれど、自分は――
 どん、と音がした。
 ぬくもりが遠く離れた事に気づきカルウェットは目を見開く。先程まで手を繋いで笑っていた幼い子供が地面へと叩きつけられて居る。
「……え、」
 思わずと言った調子で唇から零れ落ちた声に重なったのは見知らぬ誰かの声。懐かしくも感じるような、それでいて、何処か遠くに置き去りにした、誰かの声。
「ルウィー」
 聞き覚えのない声音が、耳朶を撫でた。沢山の音を集める大きな角は直感的に『かれ』を知っているのだと感じさせたのだ。
 カルウェットはそれでも、『かれ』を知らなかった。そっと、子供を抱き締めるように座るカルウェットに「ルウィー?」と首を傾げる。どうやら、カルウェットを差しているらしかった。
「だれ……?」
 唇が震える。自身に似た柔らかなオーキッド。瞳は更に濃いアメジストを湛えている。指先をさらすことなく袖で覆い隠した小さな少年は首を傾げた。
 カルウェットの様子を眺めて、ぼんやりと地に転がって涙を流す幼い子供を見つめている。痛いと泣いた子供をぎゅうと抱き締めたカルウェットに少年は驚いたように目を見開いた。
「どうして?」
 どうして。その問いかけは此方のものだと言いたげに。噛み付かん勢いで立ち上がったカルウェットに少年は不思議そうに首を傾いで。
「何で、傷つけた……?」
「ルウィーが困ってたから」
「困って、……?」
 少年は何を当然のことを聞くのかとでも言うように首を傾いだ。服に絡みつく鎖がじゃらりと音を立てる。角の下から見えた獣の耳がぴこりと動いた。
「ルウィー、怒ってる?」
 ――その耳が感覚器官なのだろうか。カルウェットの感情を感じ取ったかのような少年は不安げに眉を寄せている。
「……っ、ふざけるな!!」
「ごめん。ルウィー。怒らせたくなかった。
 その子、ルウィーを悲しませたから。ぼく、つい、怒っちゃっただけ。ごめんね、ルウィー」
 何を言っているのだろうと、カルウェットは彼を見遣った。
 両親も知らぬ。記憶さえ持ち得ぬ自分に僅かに感じた寂寞に彼は大きな角で『悲しんでいる』と感じ取った――それ故に?
 振り上げた拳の行く先を見付けられないまま、カルウェットは小さな子供を抱き締める。
「……ボクと、似る、してる君は、だれ? するの?」
「ルウィー、忘れちゃった。ずっと、一緒に封印ねてたのに」
 ――封印されていた。
 カルウェットは大きな瞳を瞬かせた。封印というのは『悪しき存在』に施すことが多いと書物で読んだ。『人間』の真似事をして、読み慣れない文字を辞書を引きながら知った言葉だ。自身はずっと封じられていた。それが何故なのかは分らない。
 少年は「忘れちゃった」ともう一度呟いた。寂しげに眉根を寄せて、今にも泣き出しそうなかんばせにカルウェットは息を呑んだ。
『かれ』の名前はわからない。『かれ』の事は知らないけれど。ルウィーと呼んで、優しく語りかけるその声が。
「ルウィーの、為だったのに」
 カルウェットは膝をつく。唇が戦慄いて、声にはならない。悲しげに俯いた少年は「ルウィーが怒っちゃった」とくるりと背を向けた。
「待って……――!」


 手を伸せども、届かない。カルウェットの制止を聞くことなく少年は姿を消した。『カルウェットを怒らせた事を悔やむような』顔をして。
 家族? 封印? 記憶? ――『ボクの思い出』?
 カルウェットにとって、気にも止めた事の無かった『あたりまえ』がのっぺりと影のように横たわる。まるで心の中を掻き混ぜられるような、悍ましき気配に膝をつく。
「カルウェット」
 寄り添ってくれる子供は自身の怪我など顧みず、カルウェットの背を撫でた。

「……君は、ボクの記憶に、関係、する、してる……?? ……頭、痛い……」

 ――頭が痛い。
 耐えきれぬ頭痛にゆるゆると座り込んでからカルウェットは子供をそっと抱き締めた。遠く、遠くに置き去りにしたゆりかごはまだまだ、眠ったまま――

  • 残響コーラス完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2021年11月13日
  • ・カルウェット コーラス(p3p008549

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