SS詳細
魔砲少女とゆく小旅行
登場人物一覧
●空で
『わたし』は何だっけ。何でしたっけ。
時々、理由も答えもわからないことを、少しだけ考えてしまったりもするんですけど。
「ルシア、ルシアってば……」
「えっ、何か言ってました!?」
「飛びながら考え事とかやめてくれる……? まさか自分落とすつもり?」
今は、それどころではなかったのでした!
なにせルシアは星が残る夜明けの空を飛んでいて、しかもミリーを抱えているのです。
ミリーはルシアの分も荷物を持ってくれているんですから!
「あわわわっ! ミリーは絶対離しませんですよーっ!!」
指先までしっかりと力を込めて、ぎゅーっと抱えて。
ルシアはそんなに力持ちではありませんですが、ミリーは軽いので頑張れるのです。
魔砲よりもずーっと軽いミリーなら、二人分の荷物と一緒でも次の街までくらい……。
「ルシアぁ……高度落ちてない? やっぱ自分重いんだぁ……落ちちゃうんだぁ……へ、へへ……」
「落としませんですぅー!!」
目指す街はもう見えているのです。ふぎーっともうひと踏ん張りすれば大丈夫。
一、二、三、四――高度を戻すまで翼を羽ばたかせて、その後は風に乗って滑って。
「……はい、とうちゃーく! でして!」
朝日のようにゆっくり優しく、街の入口に降りるのです。
●布と糸
ルシア・アイリス・アップルトンとミリアム・リリーホワイト――ルシアは「ミリー」と呼んでいる――は、ちょっとした小旅行に出かけていた。
お互いに同じ世界から混沌に召喚されたウォーカーであるものの、こちらでの生活期間はルシアの方が長い。ギルドの依頼に参加する機会も多かった彼女は自身にあった戦い方を見出すようになり、召喚当時と同じ装備というわけにもいかなくなった。そこで、後から召喚されこの世界に慣れ始めたミリアムを誘って新装備の素材調達に向かっていたのだった。
ミリアムにはまだそこまで強力な装備は必要ではないとしても、二人で行けば観光として楽しむ事もできるだろう。ルシアが知っていて、ミリアムが知らないこの世界を見せることも。あるいは、ルシアすらまだ知らないものを一緒に見ることもできるかもしれない。
「まず今日と明日で、布や糸を揃えるですよ!」
「服でも作るの……? ルシアは色々着てるもんねぇ……大変そうだねえ……」
「新しいリボンも欲しいのです。ミリーも、いい布が見つかったら教えて欲しいです! ルシアが外套縫ってあげるのですよ」
ミリアムは外套にとても強い拘りを持っている。形状だけでなく、柄や色の細かな違いにまで拘り、欲しいとなれば両方入手することもある。何がそこまで彼女の興味を外套に駆り立てるのかは謎だが、逆に身に付けるものは外套以外興味が無いので、外出時であっても外套の下は下着姿である。素肌に触れる外套の感触もまた拘りポイントらしい。
「下着にリボンとか縫い付けても、可愛いと思うです……?」
「えぇ……外套の感触変わっちゃう……」
「布面積が増えない範囲なら?」
「余計なのはいらない……自分、ルシアの魔砲じゃないからさ……あれこれオプションあっても困るんだよね……」
何もない布一枚と、その布に装飾がつくのでは、肌の感覚が異なる。布越しの外套を存分に楽しむため、下着をいかに必要最低限に抑えるか。下着そのものに拘りがないミリアムでも、そこは拘らざるを得ないポイントだった。
「ふむふむ。ミリーは、下着はシンプルイズベストなのですね! じゃあ、やっぱりミリーは外套用の布を探しましょう! きっと何か見つかるのです!」
ルシアの方は、ある程度目的の色や質などに目星を付けている。そちらももちろん楽しいが、まだ何も決まっていないミリーの眼鏡に適う布を探すのもとても楽しいだろう。
かくして、二人は色とりどりの問屋街を練り歩き始めるのだった。
●廻り道
二日間の問屋街での買い物を終えて、二人は午後のおやつ時に喫茶で休憩していた。
この後は別の街の武器屋に頼んでいたパーツを引き取ったり、他にも何か掘り出し物がないか物色予定だ。
ルシアは目当ての布と糸と、後でリボンに細工する小さなブローチとパールを買えて満足だった。特に布の方は、見た目の量の割に軽いのがいい。リボン以外にも色々な装飾品を作りたくなって、つい色々と買い足してしまったくらいだ。
「機能性はもちろんですけど、フリルを付けても可愛くなりそうなのがとても気に入ったのです! 強めにギャザーを入れてもお洒落かもですね、魔砲をずどーん! した後にふわぁ……って!」
「へえ……それはよかったねぇ……」
見つめてくるミリアムの脇にも大きな布の束。彼女の新たな外套になる予定の深紅の生地だ。
「ミリーも、気に入る布があってよかったです!」
「本当は赤とか絶対無理だけど……この質感はまあ、悪くないかなぁって……できればもうちょっと暗い色、」
「絶対似合うですよ! 帰ったら可愛い刺繍も入れてあげますね、糸の色も買った分でいけそうですし!」
やや食い気味でぐいぐい押すルシアの圧が凄かったのか、若干引き気味のミリアム。拘りの強い彼女が自分を曲げてこの色を買ったのも、ルシアへの根負けもあるかもしれない。
「ちょ、ちょっと……近いんだってば! 何なの目まできらきらさせちゃって……」
「ルシア、ミリーと一緒にお買い物できてとっても楽しいのですよ!」
「あぁー……そう……」
二人の元へ注文したシフォンケーキが運ばれてくると、近すぎた距離がテーブルの向かい合わせへ戻る。
何の変哲もないシフォンケーキだったが、ルシアにとってはとびきり美味しいように感じられた。
●魔砲機巧
休憩を挟みながらミリアムを抱えて飛ぶ道中は、出発時よりも重く感じられた。
それはもちろん買い物をしたからなのだが、それ以上に満たされる何かがルシアにはあった。
この重さはその気持ちの分なのだと思えば、心はむしろ飛び跳ねそうなほど軽かった。
小旅行の最終日。
煙たなびく別の街で馬車を降りて、少し歩いたところに約束の店があった。
「依頼を貰った時はびっくりしたもんだ。軽い魔法の杖でも振ってそうなお嬢さんが、例えじゃなくて魔『砲』が欲しいなんてよ」
「ルシアにとって魔法はずどーん! でして!」
店の主人が部品を見せながら組み立て、完成させたのは狙撃銃である。正確には頭に『対物』とつくタイプの、圧倒的火力による破壊に特化した形状だが。ルシアがこれで放つ『弾』は魔法であり、うまく戦闘に取り入れればこれまで以上の魔『砲』使いが可能になるだろう。
完成した銃を構えてみるルシアに、主人は試し打ちは他所で頼むと忠告する。物が物なだけに、事故など起きれば店ごと吹っ飛んでしまう可能性もあるからだ。
「嬢ちゃんがイレギュラーズじゃなかったら、とてもじゃないが売れねえや。それ買うなら、靴も見てったらどうだい? 狙撃用の消音靴とか、反動でも踏ん張りやすいのとか、この辺りで扱ってたと思うが」
きっと役に立つからと主人に紹介された靴屋をはじめ、ルシアの魔砲を中心に据えた周辺装備が少しずつ整っていく。
「流石はルシアだねぇ……同じイレギュラーズって言っても、足元にも及ばないや」
その様子を傍で眺めていたミリアムは、少しだけ視線を落として小さく溢していた。
●それから
帰宅してからは、入手した材料を形にする作業に追われた。
服に関しては得意な裁縫だったため、比較的短い時間で形になった。ミリアムの外套もサプライズで用意済みだ。
装備の組み立てに関しては――少しばかり手こずった。なにせ試し打ちも難しいほどの代物である。組み立ての手順や部品をひとつ間違えただけで大事故だ。
それでも、どうにか形にはなった。手順も部品も指差し確認した。これならきっと大丈夫だ。
あとは、どこか広いところで試し打ちをしてみるとしよう。
住んでいる街外れの家から、更にいくらか離れた空き地。
喫茶店で使わなくなった木箱をいくらか積んで、ダミーに仕立てる。
新しい銃を慎重に構えて、全身の魔力を弾丸――弾頭として練り上げて。
『発射! ずど――――ん!!』
ドォォォォォォン……という轟音が地響きと共に響く。
木箱が積まれていた場所は、木っ端微塵になった破片が散らばると共にちょっとしたクレーターが形成されていた。確かに、これは店先では撃てない代物のようだ。
「ふぅ……またすごい魔砲を撃ってしまったのです」
「ちょっとなに今の音ー」
「あ! 見てくださいミリー!」
ちょうどいいタイミングでやってきたミリアムに、ルシアは早速成果を自慢するのだった。
おまけSS『白い少女の無垢なる嫉み』
●虚に募る
あの子のことは好きなんだよ。
大好きなんてもんじゃない。誰よりも愛してる。
ずっと前、この世界に来る前から。
この世界に来る前……自分、何だったっけ……まあ、どうでもいいやそれは。
いりすだけが、自分の全部だった。だから、いりすしか覚えてない。
ルシアは、いりすなんだよ。
だからルシアも自分の全部。自分にはルシアがいればいい。
自分はルシアを愛してて、ルシアも自分を大好きって言ってくれる。
それが、すごく幸せで。
自分より先にこっちに来てたっぽいルシアも、これで寂しくないね、って思ってたんだけど。
――自分の知らないルシアが、いるんだよ。
自分なんかよりすっごい火力をぶっ放したり、空飛べるようになってたり。
依頼とか、武器の話とかしてたり。
自分にとって、ルシアは全部なのに。ルシアにとって、自分は全部じゃないんだ。
――わかってる。わかってる、わかってる。わかってる。
ルシアはあの性格だし、可愛いし、好かれて当たり前なんだけど。
こんな想いも、ルシアに言うつもりは無いけど。そんな勇気も無いんだけど。
自分は、お友達としてじゃなくて。それ以上の関係として、ルシアのこと。
「ミリー!」
「……どうしたのルシア」
キミのこと、好きなんだよ。
いりすと変わらない距離で、笑って自分を呼んでくれるキミのこと。
「きっと、また一緒にお出かけしましょうね!
ミリーは、この先もずっとずっと、ルシアの大切な親友ですから」
好きなんだよ、ルシア。
「……いいよ」
「やったー!」
好きだよ、ルシア。