SS詳細
終わらない願い
登場人物一覧
その日の夜景は、やけに煌めいて見えた。
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R.O.Oからの帰還。
幾度となく死という終わりを迎え、そして新しく生まれ、また戦って、死んで。それを当たり前としていた空間より齎された報せは、ヴェルグリーズの好奇心を酷く誘ったものだ。
――R.O.O-patch 3.0『日イヅル森と正義の行方』。
あの世界を生きる己の存在を映し出したほしよみキネマ。帝都星読キネマ譚と銘打たれた『ありもしない物語』。
諦観を纏った己と、対たる女の存在。
全てが異なっていた。新しかった。知りたかった。
主を持った己の生き方を。何があってそこまで諦念を受け入れているのかを。なぜ、対が存在しているのかを。
戦って。
「ここは一歩も通さないよ!」
戦って。
「ううん。それは違うね。キミを心配してる人は沢山居るよ」
戦って。
「キミは一体何をしようとしているんだ」
戦って。
「
戦って。
「相手は神霊、相手としては一切の不足なし。全力を持って戦おうじゃないか」
戦って。
幾度となく戦いを共にした琥珀の彼。寄り添う己。酷く、悲しい顔をしていた、もう一人の自分。
罅割れたからだ。顔に至るまでに伸びていたその裂傷。それを、救いたいのだと。生きて居て欲しいのだと、足掻いた友の姿。痛みはまやかしなどではない。何度も血を吐いて、傷付いて、デスカウントを重ねようとも、立ち上がる姿。
想いを、届けたいと願う姿。
そんな仲間に、力を貸したい。
人間に、使い手に力を貸すことこそが、剣の本懐だから――
だから、クエストクリアの文字は、あまりにも唐突だった。
蓮華の如く咲き誇りしは、諦星の帝都を照らす瑞兆。
それはまるでもうひとつの人生のようであった。きっとそうなることはなかった。けれど、ありえたかもしれない。昨日も、今日も、明日も。今この瞬間だって、
けれど、未だに現実なのかR.O.Oなのか判らずに、手を握っては開いて……を、訳もなく繰り返してしまう。それは、あの世界があまりにもリアルだから。
練達、何てことない高層ビルのひとつ。ヴェルグリーズの借家。ガラスに反射した己を確認して、漸くこれが混沌であると認識することができた。
アバターの自分が対峙した、ヒイズルに生きるもう一人の自分。己に酷似していたあの姿を見れば、何となく現実が曖昧になるのも当然だろう。
酷く悲し気な顔をした己を、反発し合った彼等の運命を。笑顔になった己の姿に、安堵して。
長きを生きた己。幾多の主と出会ってきた。それはきっと、これからも。唯一つの違いは、閉じた因果を辿り続けたこと。その果てに、心を閉ざしてしまったこと。
今生き生きと感情を発露させ、笑って、悩んで、驚いてが出来ていることが奇跡に等しいということを、この目を持って見届けた。
「……良かった」
そうだ。良かったのだ。
帝都星読キネマ譚のそのエンディング。全てが完璧などでは無かっただろう。けれど迎えたハッピーエンド。それは確かに、この鉄の身体にすら満足を齎したのだ。
「それにしても……」
その対の存在だけが、面映ゆい。友たる仲間の姿をしているのだから当然といえば当然なのだけれど、きっと彼女であろうアバターの女が全力で戦っているのもまた、この目でしかと見ていたから。
夏の贈り物。ささやかな、ただの贈り物。それがあの世界では意志を持ち、真っ直ぐに生きている。もしかして自分が大切に扱えば、この鞘も己のように、精霊種となるのだろうか。
思考は止まらない。
護りたいから? 大切だから? 笑って居て欲しいから?
きっとどれもが本心なのだろう。照れくさくて、なんだか笑みが零れてしまう。救ってくれて有難う。届きはしないけれど、小さく呟いた。
そして、彼女が足掻いた結果のエピローグがこのような形になったことを、なんだか誇らしく思うのだ。友が齎した奇跡のその一つ。ぼろぼろながらも生きている
あの瞬間、自分は確かに生きていたのだ。ヒイズルを正しいかたちにと願う、ただの『スイッチ』として。
あの電脳空間は永遠などではない。
練達を騒がせている激動の次第によっては、永遠に取り戻せないものになるかもしれない。
だからこそ、永遠を願ってしまう。バグを取り除いたあとだって、ずっとずっと。見届けたいと願う。それは単に、もう一人の自分が生きているからなどではない。そんな些細事だけではなくて、あの世界に生きている人にも、確かに心があるのだと知ったから。
剣でなくとも、見ていた。
恋をした人の中で眠ったひとの姿。
生きて居て欲しいと声を荒げたひとの姿。
苦しい因果の中、それでも逃げることだけはしなかった己の姿。
永遠の別れを受け入れることしかできず、涙を流した、ありえたかもしれない主の姿。
ただ名を呼んでほしい、その為だけに帝の傍にいることを選んだ対の姿。
世界は残酷だ。だからこそ命は尊く、刹那の煌めき程美しく燃え盛るように映るのだろう。
剣を交えた。
言葉を交わした。
触れた。聞いた。見た。願った。
そして、確かに知った。彼らはあの世界で『生きている』。あの世界が仮初だと知っている自分とは違う。あの世界を真とし、混沌を生きる自分のように、あの世界を愛し、信じ、生きている。
だから。続いて欲しいと、願うのだ。
その為ならば、何度だって戦えばいい。戦いこそが、我が人生なのだから。
「……にしても、なんだか疲れたな」
瞬くネオンライト。人々の喧騒からは遠く離れたガラス張りの箱庭にて。
ぐぃ、と伸びをしたヴェルグリーズ。己の本体を握り、ふ、と笑って。
「ちょっとだけ、鍛錬でもしようかな」
電脳空間であろうと、幾多の強敵たちと刃を交えたことは剣にとっての誇り。忘れぬうちに、強敵たちとの戦いをものにしたい。己に期待している。己の可能性はまだまだあると、信じている。
「よし、そうと決まれば、頑張ろう」
ぐっと握った掌。その手に握られているのは、刀でも鞘でもなく、練習用の木刀。軽く振れば、嗚呼、手に馴染む。
あの世界で生きている自分が、この世界で生きた自分を見て、こんなにも笑顔を浮かべることができるのだと思い出せるように。
自身の主として生きてくれた琥珀の彼が、混沌の世界でも見つけてくれるように。そして叶うならば、あの世界のように親しくなれるように。
願いは。未来は。走り出したなら、止まらない。
小走りで部屋を飛び出したヴェルグリーズ。立てかけられた銀鞘は、ヒイズルのようにその背を優しく見守っていた。
おまけSS『掴みたい未来』
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当たり前なんかじゃないと知った。
この平穏があること。動乱の果てに、喪われているものがあること。長い間、世界を見ていた。それでもまだまだ、知らないことの方が多すぎて。
気が付けばすっかり夜通し鍛錬をしていた。『お前は頑張り過ぎだ』なんて、やれやれと肩を竦められてしまうだろうか?
のんびりと散策をするのが好きだ。そして、人々の営みを垣間見るのが好きだ。
待って待ってと母の背を追い、その手を繋ぐ幼子。くすくす笑いながら小さな手を握り、微笑みかける母。
豪快に笑いながら魚を卸す商人。世間話ついでに店を覗く男。
海洋、潮風の匂い。紺の髪を風が攫った。視線を前に戻せば、友が見える。
「あ、遅いですよ、リーズさん」
「そうだぞ、今日はおすすめの店に連れて行ってくれる約束だったじゃないか」
「昨日のR.O.Oの戦いが楽しくて鍛錬をしていたら、こんな時間になっていてさ。遅くなってごめんね」
「いえ、お構いなく。昨晩は疲れましたものね」
「ああ、全く……最近の依頼はなかなか高カロリーだ」
「ま、でも。そういうのも悪くはないですよね」
「うん、同感だよ」
それじゃ、往こうか。誰からとはなくとも、紡ぎ出された言葉。
目まぐるしい日々。優しくはなくとも楽しい毎日。
友が懸命に生きる今を。仲間が真っ直ぐに生きる今を。守りたい。
言葉には出さずとも、強く感じられた。
そんな、秋の青空。