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転――胡蝶の奇跡。
登場人物一覧
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これからおみせする手品には。種も仕掛けもございません。
シルクハットから鳩がでて、みな一様に拍手する。
見ている方だってわかっている。種も仕掛けもある技術であることを。わかっていてその技術に人は喝采を送るのだ。
でも――。
自分がすべき、ことは種のある手品ではない。
人々に奇跡を起こす――奇術。
もちろん奇術にだって種も仕掛けもある。だけれども、それを人に想像すらさせない、奇跡。
それが彼女にとっての奇術なのだ。
奇術という夢の中。
華やかなりし、夢の世界へ。
彼女の指先にモルフォ蝶がとまる。
彼女が指先を傾ければ蝶は飛び立つ。蒼い鱗粉を夜暗にきらめかせながら。
今宵の案内役は、彼――死喰い(モルフォ)蝶。
幽玄の夜をお楽しみくださいませ。
ゆらりゆらりと蝶は舞う。
女――。夜乃 幻 (p3p000824)はかつて夢の世界の住人だった。
夢の中の生と死はあやふやだ。
昨日死んだあのこが今日は歌を歌っている。あいまいで、うらはら。
そんな世界で死なんて自分にとっては無関係だった。
でも、あの日『歪んだ夢』にふれた瞬間『それ』はうつつとして幻の前に現れた。
歪な夢の世界は本当に歪で曲がっている。思い通りになんてならない。
だから、幻は思う。
死を。メメント・モリを。
死ぬってなに? 殺すってなに? 生きるって――意味があるの?
だから彼女は殺してみた。
殺すことは奪うこと。
その先の未来を奪ってしまうこと。
一つ奪えば、魂が少しだけ黎くなる。
少しずつ。すこぉしずつ蝕まれていく。白から黎に。
真っ黎になったらどうなるのだろう。
そんな自分は誰かに奪われても――仕方がない。
歪な世界でも大好きなものはあった。恋人とそして、自分の奇術を見たものの笑顔。
それだけは真っすぐできれいで。大好きで。
だから生きたいなんて思ってしまった。存在のあり方がかわってしまった。
だけれども、それは正しいものだと思える。
きれいなものだけを愛する。
醜いものだってある。でもソレを殺してしまえばきれいなものが救われる。
幻にとっての世界の真理。
だと思っていた。
醜いものにも小さなきれいな物がある。きれいなそれには大きな醜いものがある。
さかしま、うらはら、あいまい。
まるで夢の世界と変わらないことに幻は気づいたのだ。
ヒトはきれいなだけじゃない。多かれ少なかれ醜いものを潜ませている。恋人だってそうだ。
だから、キレイも汚いも飲み込むべきなのだ。
そして気づく。
白から黎に変わっていく自分もまた醜くなっていることに。
それが怖かった。
ふわりと目の前に浮かぶ影。黎くて怖いその影。
夢の中にいたそれはいつしかうつつにも現れるようになった。
生命を奪ったよるに触れる夢では必ずそいつがいた。
夢でしかいなかったそれは歪んだこの世界にも現れはじめたのだ。
死神みたいだ。
神様は信じてなんかいないけど、そういった生命を奪っていく存在がいることはわかっている。
興味なんてないけれど。
向かい合う影。逃げることはできないだろう。
しかたがない。自分は奪って奪って、奪ってきたのだ。
いつか逆の立場になることは当然だ。
たくさん生命を奪った自分はなんとも醜いものになっているのだろう。
――繰り出すマゴスかマゲイアか。奇跡を貴方のもとにとどけましょう。
影の声は知っている声。他の人にはこんなふうに自分の声はきこえるのだと思う。
――サイレントがお好み? パターがお好み? それともサッカートリック?
そう、あの影は自分だ。
真っ黎に、真っ黎になった。
きっと遠くない未来’さき)の自分。
幽霊の正体みたり――なんていうけれども。それが『未来の自分』だなんて笑えない。
あんなに醜くて、醜くて。――殺したくなる。
あのヒトだってこんな醜い自分をみたら棄ててしまうだろう。
それは、少し、嫌だな。
――さあ、奇跡の扉を。
幻はふわりと笑ってマントを広げた影に立ち向かう。
どちらの奇跡がより強いものであるのかを今、証明しなくてはいけない。奇跡に飲まれたほうが負けだ。
歪の世界は本当に、本当に、思うようにはいかない。
「奇跡の一つぐらい起こせなくて何が奇術師で御座いましょう?」
歪の世界に降り立った胡蝶は奇術の前口上を口ずさむ。
マジックロッドを一振りすれば。
数多の死喰い蝶が現れる。
これは、存在証明の戦いだ。
胡蝶は対峙する。
いつかくる未来と――。