SS詳細
どんな布も、彼女がまとえばドレスになる。
登場人物一覧
カラフルな色合い、様々な形。いかにも女の子らしい装いのものもあれば、スタイリッシュでかっこいい大人の様な出で立ちのものまで、それらは多種多様な姿でそこに佇んでいる。
いわゆる
大切な日に着ていくよそ行きの服を新調するためにやってきたのだが、かれこれ2時間。ステラはじぃ、と目の前に広げられたそれらを凝視していた。
この世界へやってきて一年。自分がもといた世界では中々できない経験を沢山してきた。
そのうちの一つがオシャレ、……ではあるのだが、最近まであまり頓着していなかったしわ寄せで未だに服選びに苦労している。
ここ最近はいくつかの店を回って、このように服を見て、なにも買わずに帰る。この繰り返しだった。
きっと今日だってそうだ。
「あの……」
しかし今日は違った。ステラの後ろから声がかかる。
振り返ればそこには一人の女性がたっていた。
つややかでサラサラの黒髪、控えめだがはっきりとしたメイクに、これからの時期にぴったりな暖色ベースのジャケットとスタイルを惜しみなく魅せるワイドパンツ。
ステラがにらめっこしていた
「なにかお探しですか?」
(きた……!)
慣れない店で店員にきかれると困る質問ランキング上位に食い込む定型文。
お探しじゃなかったらこのような場所で長時間商品を睨み付けてなどいない。
そろそろ見つめすぎた洋服が恥ずかしさのあまり穴が空いてしまいそうだ。こえをかけてくれるならもっと早くかけて欲しかった。
しかし、いつか来るとは思っていたが、いざ聞かれると返答に困る。
どう答えたものか。口からこぼれ落ちる意味をなさない言葉に、店員はくすりと笑った。
「そうですね……、お客様の手にされているブラウスとスカートのアンサンブルも似合うと思いますが……」
こういう色も似合うと思いますよ。そんな言葉を添えながら店員が見せたのはドレスのようなワンピースと、どこか見覚えのあるデザイン――学生服風のフロックだった。
どちらもリボンがふんだんにあしらわれていて可愛らしいデザインをしている。
「でも……、こんな色合いの、服、着たことがない、ですし……」
今まで身に付けたことがない色彩を纏うのは些か抵抗がある。……と、言うより勇気が湧かない。
自分が元いた世界では勇猛果敢に侵略者たちに立ち向かっていたと言うのに、どうもこういった方面のそれにはまだ恥ずかしさを感じてしまうのだ。
そんなステラに店員はまた笑う。
「着たことがないのでしたらむしろ着てあげてください。その方が
店員が耳打ちする。言葉が耳から脳に伝わり、その意味を理解したそばから顔が火照るような錯覚を覚えた。
何故
「こちらへどうぞ、お客様。私どもはあななたを応援したいのです」
促された先にはカーテンに仕切られた小部屋がある。
この
心行くまで、堪能していってくださいませ。
さて、先ずはステラが睨み付けていたブラウスとスカートのシンプルな組み合わせ。
袖と釦の周囲にフリルがあしらわれていて、背面に編み上げの装飾が施されている。
裾に至るまでに黒栗色から亜麻色へ移り変わっていくロングスカートはステラの歳を考慮すると随分大人っぽい印象だった。
店員いわく、大人にも若者にもウケる『万人受け』するタイプの服とのことで、確かに似合うけれどステラの年齢を考慮すると少し気が早い、と言われた。
「気が、早い?」
ステラが首を傾げると、店員はこう続けた。
「この組み合わせはもう少し歳を重ねても着ることができる組み合わせです。お客様はお若いですし、今の年齢だからこそできるオシャレをしてみることをオススメしたいなぁ、と」
先ほど店員が勧めてきたのは『今だからできるオシャレ』だったらしい。
では次に、ドレスのようなワンピースはどうだろう。
赤を基調に裾や襟元にフリルが施され、光の当て方によってラメが光を反射している。
バニエにより幾らか立体感があるスカート部分は物語の中に出てくるお姫様のようで、これを着るとなると、少し……いやかなり、恥ずかしさが勝ってしまう。と、思う。
身に付けたことのない系統の色だが、先ほどの服よりは確かに若い人向けな印象だ。
これを着るのか。果たして似合うのだろうか。店員に困惑の眼差しを向けると言葉の代わりに笑みを返された。
「白と赤の組み合わせはオーソドックスです。このワンピースには白はほとんど使われて今いませんが、そこはお客様がお持ちのお肌と、綺麗な髪で補うことができます。赤は強い色ですが、それに負けない
そういうものなのだろうか。ファッションに疎いからかイマイチピンとこないが、みる人が見るときっとそういうものなのだろう。
「それに、普段着ないような洋服を着た時の大切な人の反応はきっと楽しいですよ」
嗚呼、顔が赤くなったような気がした。
さて、店員が勧めてきた最後の洋服。学生服風のフロックはかつての世界で軍学校に通っていただけに最も見慣れた服だ。
こちらのチェック模様のスカートにも裾にフリルがあしらわれていて、腰部には大きなレースリボンが存在感を放っている。
フェイクボタンには王冠や宝石をモチーフにしたデザインが彫り込まれていて、これだけでも好きな人はコレクションしたがるだろうことが想像できた。
なお襟元のリボンはネクタイとして結び直すことが可能との事だ。
「第一印象で恐縮ですが、お客様はきっとこういうお洋服を一番着なれているようにお見受けしました。着たことがない服に挑戦してみるのもいいですが、着なれた服を着ることで自分らしさを最大限に活かすのも良いと思いますよ」
活かせるかどうかは解らないが、原点回帰も良いのかもしれない。
ところで。
「さっきと、言っていることが……逆、のような」
疑問点を指摘すると、店員は人差し指を自分の唇に押し当てて笑う。
「会話のちぐはぐさを楽しめるのは
うまくはぐらかせれた気がするが、今日はそういうことにしておこう。
だってそういった矛盾に目を瞑ることも、人間の特権なのだろうから。
入店した時には頭上で煌々と輝いていた太陽も、今では西の彼方に傾いて空をオレンジ色に照らす。
随分長く話し込んでしまったようだ。夕焼けの眩しさに目を細めるステラの手には店名の書かれた紙袋が握られていた。
急いで帰ろう。
この世界に喚ばれたのはきっと偶然だけれど、この世界で出来た偶然じゃない縁で出会った大切な人のために。
この服を着ているのを見た
家路を急ぐ彼女の足取りは、羽が生えたように軽い。
その頭上には、