PandoraPartyProject

SS詳細

君と出会えた記念日

登場人物一覧

蓮杖 綾姫(p3p008658)
悲嘆の呪いを知りし者

 世界には数々の記念日がある。

 それはこの無辜なる混沌フーリッシュ・ケイオスにおいても変わらない。
 例えば誕生日だとか、結婚記念日だとか。設立何周年だとか。
 そしてその記念日が近づくと人々は浮足立って、折角だからと花を買ったり、ちょっとお高いレストランなんかを予約してみたりするのだ。
 蓮杖 綾姫もその一人だった。

「そういえばもう一年経ったんですね」
 カレンダーの日付を見て、自身がこの世界に召喚された日から一年と少しが経っていた事に気が付いたのは約一時間前。大したことでは無いと切り捨ててしまうのは簡単だが、それは寂しい物がある。なので綾姫は『ちょっとした記念』ということで、お気に入りの歩きやすい黒のブーツを履いて馴染の商店街に繰り出すことにしたのであった。

 太陽の燦燦とした光が差し込む朝の市場は今日も行き交う人々の声で賑わっている。
 その声を聴きながら綾姫は今晩のメインディッシュを頭の中で思い描く

 ご馳走と言えば分厚い肉をじっくり焼いて新鮮な野菜を添えた王道の幻想風ステーキ。
 海洋で獲れた新鮮な魚を丸っと一匹小麦と香草で包んでこんがり焼いたパイもいい。
 ああ、しかし豊穣に倣って野菜や魚のサクサクの天婦羅なんていうのも捨てがたい。
 想像しただけでじゅわりと口内に滲んできた唾液を飲み干して、綾姫はぶんぶんと頭を振る。ともあれ食材は傷むことなんかも考えると最後に買った方がいいだろう。
 そう結論付けて、綾姫は記念品を先に探すことにした。
 
 さて、何を自分へのご褒美にしようか。

 ご馳走から思考を切り替え、綾姫は市場を歩く。
 珍しい宝石や可愛らしいデザインのアクセサリーなんかに手を伸ばしてみたがイマイチピンと来ない。手に取って眺めては戻し、それを繰り返している。
 読書が趣味だし珍しい本でも、と思ったがお生憎様、本日は馴染の古書店は臨時休業だ。
 うーんと悩む綾姫に、見かねたのか青果店の主人が声を掛ける。

「お、綾ちゃんじゃないか。どうしたんだい」
「ああ、ご主人。実は……」
 世間話を交えつつ綾姫は主人に経緯を話す。
 綾姫は料理も上手く食材の目利きも確か。
 店員への配慮も忘れない上に容姿端麗な可憐な少女はこの市場のアイドルである。
 本人がそれを知っているかは別の話だが。
 その美少女と会話出来て嬉しいのか、腕を組んでまんざらでもなさそうに頷いてい主人の頭を「なにデレデレしてんだい」と主人の妻が叩く。いでぇと潰れた蛙みたいに情けない声をあげた後「あっ」と主人は閃いたように綾姫に向き直った。

「そういやあ、綾ちゃんが行きつけの武器屋の商人が先日帰ってきてたぜ」
 そういって主人が指を指したのは市場から少しだけ離れた所にある扉に二本重ねた剣の意匠が飾られた店であった。
「珍しい品を幾つか仕入れたって言ってたし、行ってみたらどうだい?」
「成程……! あそこのご主人は刃物に関して素晴らしい知識と愛をお持ちです。早速行ってみます! ありがとうございました!」
 ぱぁっと頬を薔薇色に染めて、主人に頭を下げて綾姫はぱたぱたと駆けて行った。
 背後から「夕食の野菜はうちで買ってくれよな~~」という掛け声に失礼は承知で右手だけ挙げて返事をしておいた。

 重い扉を開けるとギィと木が軋む音がする。
 カランッと扉に吊るされた鐘が音を立てこの店の主に来店を告げる。
 丁度刀剣の手入れをしていた主人が顔を上げた。
「これはこれは蓮杖様。本日は何をお求めでしょうか」
「ちょっとしたお祝いに自分へのご褒美を」
 恭しく綾姫に礼をする主人に軽く会釈し、綾姫は店内を見渡す。
 光を帯びているのではないかと思う程磨き上げられた刀身は見ているだけで溜息が出るほど美しい。収集品だというそれらはよく見ると細やかな傷はある物のその傷の一つ一つにすら物語があるのだと思うと堪らなく愛おしい。一つの刀を手に取り刃に映り込んだ己の顔を見ながら綾姫は主人に話しかける。
「相変わらずこの店の刃物たちは素晴らしいですね。見ているだけでも楽しいです」
「蓮杖様にそう仰って頂けると私としてもほっと致しますよ」

 綾姫はこう見えて刃物には並々ならぬ情熱を燃やしている。
 有体に言えば『刃物オタク』『刃物フェチ』といったところだろうか。
 刃物の話を振られれば、ついつい熱が籠り過ぎてしまうし金物屋を訪れてはやれ波紋がどうだの、焼きが甘いだの正直に苦言を呈しその店の主人を泣かせたことは一度や二度ではない。
 その点この主人はあらゆる武器、特に刃物に関してはかなりの知識と愛情を持っており彼の店の品物もなかなかの逸品がそろっている。月に一度、世界各地を巡り歩いては武器を収集しているとも言っていた。

「これくらいの予算なんですが……」
「でしたら此方の短剣は如何でしょうか? こちらはラサの踊り子の一族に伝わる刀剣で月光を浴びて輝きだすことから月の雫カタラァト・ハマリと言われており――」

 すらすらと語りだす逸話に耳を傾けつつ綾姫は差し出された短剣を見定める。
 美しいカーブを描いた刀身に柄の部分には鮮やかな緑……エメラルドだろうか。宝石が嵌め込まれておりその緑が真っ白な刀身に映り込んで幻想的な雰囲気を醸し出している。どちらかといえば実践よりも観賞用、美術刀に近いかもしれない。
「美しい刀剣ですね、でも、うーん」
「おや、お気に召しませんでしたでしょうか」
 どちらかといえば綾姫は実戦刀の方が好きだ。それは自身が刀を得物としている所以もあるが、やはり手に握りこんだ柄の感覚と風を切って唄い戦場を艶やかに舞う刀が好きだった。
「では、彼方の――」
 主人が次の品を持ってこようとする。
 それを待っている間に綾姫は何かよさげなものはないかと再度店内を見渡した。
 そういえば少し離れた所にぽつんと寂しそうに硝子の箱が置いてある。
 あれは何だろうか、好奇心が湧いた綾姫はコツコツと控えめな足音を鳴らして近づいてそれを見た。

 ――ぶわり。
 その瞬間、体中に熱い何かが駆け巡り、視線が釘付けになった。
 どくどくと早鐘を打つ心臓の鼓動が五月蠅くて仕方ない。
 そこに在ったのは一振りの刀だった。

 白く一点の汚れも無いシーツの上に横たわる姫君の様に嫋やかに静謐さを纏うその刀身。
 息をしているのではないかと錯覚してしまいそうになる程に一筋反射する光の煌きが美しい。誰にも触れられぬよう硝子で囲われているが此方においで、私を連れ出してと微笑んで、私を誘っている――。
 運命の赤い糸とやらを否定する気は無かったが正直自分には無縁だと思っていた。
 御伽噺の中のロマンチックな恋人たちの話だろうと。
 血と錆に塗れた女には程遠い話だろうと。
 神様ごめんなさい認識を改めます。ありました、赤い糸。

「ご主人!! この子を私に下さい!!!!」
「え?」
 まるで彼女の実家に訪れた彼氏が父親に頭を下げて「娘さんを僕に下さい!!」という様に綾姫はがばっと勢いよく頭を下げた。とても美しい90度のお辞儀でしたと後の主人は語る。
「いや、しかし……蓮杖様、失礼を承知で申し上げますが……」
 ちらりと主人が見たのはその刀の値札。綾姫が「予算だ」と告げた金額よりも0が一つ、いや二つは多い。とどのつまり圧倒的に予算オーバーなのだ。この主人は善良な性質でいくらお得意様とは言え予算を大幅に超えた商品を勧めるわけにはいかないらしい。

 しかし綾姫の意志は固かった。
 今この機会を逃せばこの刀この子は別の誰かに買われてしまうかもしれないのだ。
 高名な剣客や刀剣の価値を正しく理解している者ならいざ知れず、金持ちが気まぐれに買って放置を決め込む可能性も全くないとは言えない。そんなの耐えきれるだろうか、否、耐え切れまい。神が許しても私が許さない。

「ご主人知ってますか」
「は、はい?」
 瞳を閉じて一呼吸。
 明鏡止水、一滴の乱れもない凪いだ水面の様な瞳が開いた。
「人ってパンの耳と水でも生きられるんですよ」

 その瞳は一切の迷いはなく、清水の様に何処までも澄みわたっていた。

 結局根負けした主人が綾姫に刀を売り、本来ご馳走になるはずだった夕飯はパンの耳と水になり、なんなら綾姫が報酬を手にする迄それが続くのだが綾姫は全く後悔しなかったという。

  • 君と出会えた記念日完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2021年11月09日
  • ・蓮杖 綾姫(p3p008658
    ※ おまけSS『神剣奉納』付き

おまけSS『神剣奉納』

 これは今よりずっと昔のとある国の御話。
 人を斬り続け、血を吸い続けた刀はどうなるのか。また丁重に葬られることも無くひっそり打ち棄てられたとしたら。

 その答えが、迷い込んだ哀れな青年の目の前に立っていたあった
 
 緋袴は神に仕える巫女を思い起こさせるが、無防備に晒された肌は瑞々しく艶めかしい。
 ぱっくり、真一文字に口の端から端まで裂けた口。
 黒々と乱雑に切られた長い髪は地を這い糸の様に絡みついている。顔は黒い面紗でよく見えないが『嗤っている』ことだけは判る。
 その背から生えている剥きだしの無数の刀が目の前の女が人間ではないことを教えていた。

 ――逃げねば。逃げねば! 逃げねば!!

 本能で判る。
 之は近づいてはいけないもの。
 之は知ってはいけないもの。
 之は理解してはいけないもの。

 頭では分かっているのに、脚は縫い付けられたように動かず、助けを呼ぼうと開いた口は、無情にもはくはくと酸素を求めて間抜けに開閉するだけだった。
 一歩、また一歩と女が石段を降りてくる。
 ぴちゃりと刀身から伝い落ちた赤の雫が地面に溶けて染みを作る。視界の端が赤く染まっていく。
 女が刀を一振り手に取った。
 恐怖と絶望で思考が支配された青年はわなわなと震える唇を無理やり開いて無意識に叫んでいた。
「か、刀!! 刀をやるから見逃してくだせぇ!!」
 何でそう叫んだか判らなかった。
 夢中で腰に差していた刀を鞘毎抜いて頭を垂れて女に差し出した。先祖代々伝わる刀だったが命には代えられない。青年はそう判断したのだ。
 嫌な汗が噴き出て悪寒が止まらない。
 間違えたかもしれない。殺すならせめて一思いに。
 しかし女はこう言った。
「よかろう、我らの仲間にするに相応しい」
 青年の両手から重みが消え、そこで意識が途絶えた。
 青年が目を覚ました時には廃れた神社と錆びついた刀が在っただけで女は居なかったという。
 青年は後にこの神社を綺麗に建て直し、改めて役目を終えた刀たちを此処に奉納することにしたという。それ以来女は人前に姿を現すことは無くなったのだとか――。

 ……ところで、この話にはまだ続きがある。
 先日、奉納されていた刀の一本が突如として消え失せたそうだ。
 ――まるで、世界を渡った召喚された様に。
 
 

 
 

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