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八田悠と少女のはなし

登場人物一覧

八田 悠(p3p000687)
あなたの世界

●前述。または異常現象につての補遺。
 黒いレコードディスクの回転に、そっと針が落とされた。
 ぷつぷつと切れるかすれた蓄音機から、古いアメリカン・カントリー・ミュージックが流れ出す。
 エスプレッソマシンが泡立てたカップを二つ手にとって、地面から三センチほどういた空間を青い髪の少女が歩いている。
 髪は小川をひく清流のごとく涼やかで、そして実際清流水そのものであった。
 かろうじて人間のシルエットこそ保っているが、昼の小川を描いた風景画を人間の形に組み上げたような、それはそれは奇妙な造形である。
 名を八田 悠 (p3p000687)。
 彼女とも、彼とも、まして『それ』とも呼ぶべきか躊躇させる、イレギュラーズ・ウォーカーのひとりだ。
「僕の話を聞きたいなんて、かわった記者もいたものだね?」
 雪の降った朝のような白い肌に、夏の川辺のような髪が流れ、獣種であれば角でもはえていそうな部位には春先の庭のような枝葉がのび小さく花をつけている。瞬きをすれば秋の日に見る太陽や月のようなオッドアイタイプの眼が動き、丁度臓腑の中央にあたる部分には星の輝きが肌を透けて漏れ出ていた。
 彼女自身がひとつの気候循環を成しているのか、頭上には気流の上昇がみられ、周囲にはどこか異質な空気が流れているようにも思わせる。
 誰に思わせるのかと言えば、硬いソファに身を沈め手帳にペンを走らせる、ハンチング帽の男である。
 テーブルには名刺が置かれ、LIピープルの雑誌記者という肩書きが記されていた。
「あんた、ローレットのイレギュラーズなんだろう?
 狂ったピエロ連中も、ハゲサソリも、天義に出たっていう夢の悪魔もあんたがやっつけたのか? どうやって? あんたはどこから来たんだ? その髪はどうやってはえてるんだ? どうやって浮いてる? 性別は女なのか?」
 ヒートアップし始めた記者にカップを突きだして、悠は向かいのソファに腰掛ける。
 ソファはぎしりと成人女性一人が腰掛けたものと同等の圧迫とその音を鳴らしたが、しかし身体は密着していない。未だに一センチ弱の隙間を空けて悠は僅かに浮遊していた。
 まるで加工努力を怠った合成写真のように、彼女の姿はその場からわずかに浮いている。
 いや。そもそも。八田 悠という存在自体が、この文字通りに混沌とした世界の中で『浮き世離れ』して見えた。それこそ、文字通りに。
「質問はひとつずつだよ。最初の質問だけど、魔種やなにかは僕が倒したわけじゃない。みんなで力を合わせて倒したんだ。手柄を独り占めしたくないし、責任を集中されても困るんだ。過剰な主語は使わないようにね」
 悠は足を組み、カップに口をつけた。
 どの世界のいかなる存在であってもこの世界のルールに落とし込むという、混沌世界の法則に従って、ここまでおかしな生態をした悠であってもごく当たり前にソファに腰掛けエスプレッソコーヒーを飲むことができる。そして存在を問われた際にも、それを正確に返答することができた。だがそれは、自覚していればの話である。
「それ以外の質問は……正直返答に困るな。この髪がどうなっているのか自分でもよく分からないし、どうやって浮いているのかも分からないし、自主的な制御はできないんだ。性別も女のものを適用させているし一般的女性カオスシード用の衣服や公衆トイレを使用しているつもりだけど、本質がフェミニンであるかは怪しいし、そも女性である必要もないはずなんだ。
 けど、そうだね……『どこから来たか』については、語りようがあると思うよ。とても長い話になるけれど、ね」
 と言って、悠はカップをテーブルに置いた。
「まず前置きをすると、僕は大衆娯楽小説やファンタジー映画のようにごく一般的な異世界召喚をはたしたわけじゃあないんだ。
 この姿になったのもこの世界にやってきてからだし、それ以前は人の形をしていなかった。まして生物でも、どころか物体ですらなかったんだ。現象……ですらもなかったと思うよ」
 持って回った言い方に、記者の男は顔をしかめた。
「じゃあなんだっていうんだ」
「そうだね。強いていうなら……『世界群』」

●本題。あるいは超次元的観測の記録。
 1999年夏、惑星地球の人類種が滅亡を果たした。
 それは地球上の陸地に建国されたジャパンコミュニティのごく一般的な人間生物であり、文化的地位の名で男子高校生と呼ばれた知的生命存在『八田 悠』が、コミュニティにおける共同学習機関もといハイスクールへと走る間際の出来事だった。
「やべえ、遅刻だ遅刻」
 アスファルト舗装された住宅地の道路。高いブロック塀に挟まれた均一化された道をまっすぐに走る、男子学生服の少年『悠』。衣替えシーズンを終えたばかりの半袖ワイシャツにやや汗を滲ませて、自宅から数えて八番目の十字路にさしかかる際のことであった。
「やだ、遅刻遅刻ー!」
 八等分にスライスした半斤食パンを加えたまま走る、同年代の少女。海のように青い髪を耳にかかる程度に短く切りそろえた、どこか爽やかな印象の少女であった。
 その二人はほぼ同一の速度で全く同じ十字路の中央部へと進行し、それぞれの進行ルートが合流することに気づくことなく速度をあげ、当然の物理法則をもってして衝突した。
 この瞬間、この出来事を理由に、この時点で世界人類は零秒で絶滅した。

●副題。もしくはあるべき反応。
 記者の男は手帳に走らせていたペンを止め、口を半開きにしたまま悠の顔をにらんだ。
「そう恐い顔をしないでよ。恐い顔、なのかな? 呆れてる?
 言って置くけど、僕は嘘をついていないし、君を煙に巻いてやろうなんて思っていないよ。正直に話したまでさ。続きを聞く?」
 ああ、と生返事のように返す記者に対して、悠は小さく二度頷いてから、話を続けた。

●続き。あるいは異常の始まり。
 1999年夏、惑星地球の人類種が滅亡を果たした。
 それは地球上の陸地に建国されたジャパンコミュニティのごく一般的な人間生物であり、文化的地位の名で男子高校生と呼ばれた知的生命存在『八田 悠』が、コミュニティにおける共同学習機関もといハイスクールへと走る間際の出来事だった。
「やべえ、遅刻だ遅刻」
 アスファルト舗装された住宅地の道路。高いブロック塀に挟まれた均一化された道をまっすぐに走る、男子学生服の少年『悠』。衣替えシーズンを終えたばかりの半袖ワイシャツにやや汗を滲ませて、自宅から数えて八番目の十字路に――。

●断絶。もしくは重要な重複。
「まった」
 ペンを持ったままの手を翳し、記者は悠の話を遮った。
「そこから話さなくていい。零秒で滅亡したあとの話をしてくれ」
「してるよ?」
「ん?」
「……ん?」
 苦い茶葉を直接口に放り込んだかのような顔をして首をひねる記者に、悠はゆっくりと、そして深く一度だけ頷いて見せた。
「続けるね?」
 悠はそう言ってから、きわめて正確に、話の停止部分から再開し始めた。

●継続。あるいは世界構造への理解。
 ――に、さしかかる際のことであった。
「キュキュキュ、キュキュキュキュキュ!」
 八等分にスライスした半斤食パンを加えたまま走る、同年代のイルカノイド女性。人体化手術の名残として有名な青い背びれをワイシャツの補助穴から通した、どこか爽やかな印象の少女であった。
 その二人はほぼ同一の速度で全く同じ十字路の中央部へと進行し、それぞれの進行ルートが合流することに気づくことなく速度をあげ、当然の物理法則をもってして衝突した。
 この瞬間、この出来事を理由に、この時点で世界人類は零秒で絶滅した。

●停止。もしくは疑問の代弁。
「まってくれ。イルカノイド?」
「イルカノイドだよ?」
「人体化手術?」
「人体化手術だね」
「……わかった、続けてくれ」
「うんじゃあ、ここからは省略しながら話すね」

●本質。あるいは世界群の中心。
 1999年夏、男子高校生『八田 悠』は通学中、十字路でアンドロイド少女と激突したことにより世界人類が滅亡した。
 1999年夏、男子高校生『八田 悠』は通学中、十字路で架空の少女と激突したことにより世界人類が滅亡した。
 1999年夏、男子高校生『八田 悠』は通学中、十字路で仮想有機物オブジェクト少女と激突したことにより世界人類が滅亡した。
 1999年夏、男子高校生『八田 悠』は通学中、十字路で少女に認識可能なフォトン交差体と激突したことにより世界人類が滅亡した。
 1999年夏、男子高校生『八田 悠』は通学中、十字路で非実在少女概念と激突したことにより世界人類が滅亡した。
 1999年夏、男子高校生『八田 悠』は通学中、十字路で少女だと観測された無と激突したことにより世界人類が滅亡した。
 1999年夏、男子高校生『八田 悠』は通学中、零パーセントの可能性における少女と激突したことにより世界人類が滅亡した。
 1999年夏、男子高校生『八田 悠』は通学中、少女と言う名の多次元宇宙と激突したことにより世界人類が滅亡した。

●気づき。もしくはベクトルの発見。
「少しずつ分かってきた。最初はあんたが俺に意味の分からんことを吹き込んで追い返そうとしているのかと思ったが、ここまで続いちゃあな」
「分かってくれてうれしいよ。自分で説明できるかい?」
 悠はソファの肘かけに顎肘をついて、記者に話を促した。
 ページをぱらぱらとめくりながら、記者はペンを指で回し始める。
「あんたの世界は……惑星っていう土地の上に人類が住んでいて、そいつらの定めた年数でいう1999年の夏に滅びる仕組みになっていた。ちがうか?」
「違わない」
 目をわずかに細める悠。
 記者は僅かに身を乗り出した。
「その原因は『八田 悠』という人間。と、それにその瞬間衝突する『少女』にあった。ちがうか?」
「違わないね」
 顎肘をつくのをやめ、両手を組んで身を乗り出す悠。
 記者はより前のめりになった。
「その世界の『なんか』は、時間を巻き戻して『少女』だけを入れ替えるように仕向けることで滅亡を回避しようとした。……違うか?」
「違わないよ」
「だがその『なんか』が時間を巻き戻すことまで含めて仕組みの一環だった。違――」
「違わない。『なにか』は『少女』を『八田 悠』から遠いものにするという行動を永久にループし続けた。その行動は『なにか』がその行動を行なえる限界に至ったことで、ロックされたんだ」
 カチン、とカップの縁を叩く音。
 我に返った記者は、悠と間近で顔をつきあわせていたことに気づいてソファの背もたれへと飛び退いた。
「世界はそこで止まってしまった。
 時間軸は勿論、その二段階上位の軸からして微動だにしなくなってしまったんだ。
 その時点で世界は『八田 悠』と、完全に対極にあたる『少女』の二つだけで構成されていた。
 生卵の例えが分かりやすいかな。卵黄が『八田 悠』。卵白が『少女』。
 世界という枠すら、可能性という枝すら、全て真っ二つに切り分けて、この世界群は『八田 悠』と『少女』だけになってしまったんだ。想像できるかい?」
「できるわけないだろう」
 手帳を閉じ、記者は目頭を押さえてうつむいた。
「まるでSF小説だ。世界群がふたつのものだけで切り分けられたなんて……いや、まて。もう一つあったよな?」
「そうだね」
 悠はにっこりと、形の良い顔で微笑んで見せた。
「このループ現象の原因になった『なにか』……仮に『神』としようか。
 世界群のさらに上位次元にある意図をもった何か。それが、強いて言うなら『僕』の『敵』だ」
 ごくり、と記者は少ないつばを飲み込んだ。
 喉の渇きに気づいてすっかり冷めたコーヒーを飲み干すと。
「じゃあ、あんたは」
「『八田 悠』と『少女』だけで切り分けられロックされてしまった世界そのもの、だよ。
 召喚の経緯は勿論わからない。僕が意図したものではないしね。
 けれど、仮に、『神』もまた同じようにこの世界に召喚されたのであれば……もう次元の壁なんてない。全く同じフィールドに、僕らは引きずり下ろされたことになる。
 楽しい話だと、思わない?」
 この話は余談だったかな。
 悠はそう言って、空になった二人のカップを指さした。
「おかわりは?」

  • 八田悠と少女のはなし完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別SS
  • 納品日2019年06月05日
  • ・八田 悠(p3p000687

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