PandoraPartyProject

SS詳細

炎の神子のある日の冒険

登場人物一覧

炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子



「ふ~んふふーん~、よっ、ほっ!」

 ある晴れた日。深き緑の森の中を一人の赤い髪の少女が駆けていた。
 そこは深く広く大きく濃い、深緑と呼ばれる国の迷宮森林。
 生半可な者を容易く惑わせ奥に踏み入る事を許さず、当然の様に魔物も出没する森林を――少女は当然の様に踏破していく。

 それも当然だろう。
 彼女こそは今を騒がせしローレットのイレギュラーズの一人、『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)なのだ。
 かのローレットの中でも上位の卓越した能力を以て、淀みなく森を進んでいく。
 暖かく光源ともなる不思議な火球を懐に忍ばせ軽々と障害物や魔物を避け、奥へ奥へと足を前に運んでいく。

「もう少し、もうちょっとだったよね、うん!」

 そう独り言ちる彼女の目的はローレットで請けたクエスト――ではない。そうならば流石に一人で行動する事は(多分)ないだろう。
 だが、ローレットに無関係と言う訳でもない。
 何故なら――

 ――折角の年に一度のお祝いだもんね! やっぱり珍しくて凄い料理は欠かせないよねっ!

 そう。近く訪れるローレット本格始動から四周年の記念に開かれるパーティ、その際皆に振舞う料理の材料を入手しに来たのだ!
 それも並の物ではない。こんな大事な時に簡単に手に入れられる材料で済ませても良いのだろうか? 否、飛びっきり珍しく、楽しく、皆を笑顔にさせられる様な材料が欲しい!
 そんな思いで焔はこの迷宮森林に居るのだが、勿論ただ闇雲に探してる訳ではなく、その珍しい材料の目星は付けてある。

 その材料の名は、【精霊の秘蜜】。
 自然豊かな森で暮らす精霊の中でも長寿の精霊が精製出来ると言う非常に濃厚な魔力を含んだ不思議な蜜だ。
 濃縮された魔力は勿論、栄養素も高く森の深い香りを漂わせ、不思議なランダムとも言う味を楽しめる神秘の珍味。
 まろやかでとろける様な甘味から焔が好む様な刺激的な味まで千変万化に楽しませてくれる魔法の蜜。
 それを目当てに一人この迷宮森林の奥深くまでやって来たのだった。
 目指すのは、この更に奥にある樹精霊と花精霊の隠れ家だ。
 且つて深緑におけるクエストの際、散策してる際に偶然見つけてちょっと話して仲良くなった精霊達の住まう場所だ。
 そこでちょっとした手土産精霊達が喜ぶ“あれ”と引き換えに【精霊の秘蜜】を譲って貰いたいなー、という目論見なのだ。

「あの子達がうぃん、ボクがうぃん、皆がうぃんだもんね! 元気にしてるかなー!」

 近付く目的の場所に比例し高まるテンションのまま、焔は森の中を一直線に駆けて行くのだった。






「――って、何があったのこれーっ!?!?」

 そこは、深緑の迷宮森林の中でも取り分け切り取られたかの様に幻想的な場所であった。
 それは奥に聳える大樹に宿った精霊と、主張し過ぎず辺りを華やかに彩る数多の花々と精霊達が織り成す自然の社交界みたいな場所であった筈だ。
 遠くを流れる小川のせせらぎ、芳醇な草と花の空気に本来警戒心の強い小動物達も警戒を解く程に安穏となる場所だったのだ。

 だが、今のこの場所はまるで没落した貴族の屋敷のよう。
 奥の大樹には大きな爪の形に焼けた跡。中にはもう精霊の気配もない。
 数多咲き誇っていた花々も数を大きく減らし、動物の姿どころか影も形も見えない。
 大地には若干の荒れた跡が残り……そこで、残っていた三体の花の精霊が焔の姿に気付いた。

『アッ、ホムラだ。久しぶり、元気だったー?』
「ボクは元気だよー! じゃなくて、此処どうしちゃったの!?」

 空元気の花の精霊に真剣に詰め寄り、訳を聞く。
 若干の悲しさを含ませた花の精霊の話によれば……それは、仕方のない自然の淘汰だった、と言う。

 心優しき精霊達によって維持されてきたその楽園が崩れるのは突然にして、自然の成り行きだった。
 深緑の精霊でも非好戦的だった彼らの自衛手段とは、その心地よい場所その物。
 一帯を漂う魔力から、匂いから、周囲の果実に至るまで心を落ち着かせ、静穏な心地にさせる力を働かせる事で誰にとっても理想の場所を築く事で、襲われる可能性そのものを減らしていたのだ。
 しかし……自衛の為の手段がそれだけなら、それすら一顧だにしない乱暴者が現れればその策は呆気なく瓦解するのも当然の物。
 長年持っていただけでも彼らの策も本来の実力も大した物であったのだろうが……そんな彼らの精一杯の静止もその魔熊には無意味だった。
 構わず激情のままに狼藉を繰り返す魔熊に対し、争いを厭う彼らが出来る事はなかった。
 彼らの長たる大樹の精霊や多くの花の精霊達は仕方なく別の場所に移る事となり、此処が恋しかった彼女達だけが残った、という事だった……

『ゴメンネ。満足に歓迎できないヨー……オサや仲間が持っていけなかった元オサの枝とか蜜とか、イル?』
「それは嬉しいな。でも――」

 そんな状況でも、焔を見て笑顔を見せる精霊達の姿に……焔は考える。考える考える。
 この子達を笑顔にする方法を。しかしそれは全く単純な事ではない。
 今からこの場所をあの頃の素晴らしい姿にするのは難しいだろう。原因も解決すれば、だなんて簡単に言える物でもない。
 或いは彼女達の性質からすると自己満足に過ぎないのかもしれない。
 もっと他に良い方法があるのかもしれないが分からない。

 ――が、難しい事を考えても答えが出ないなら仕方ない!
 内心を一喝する。自分に分かる事を、自分にできる事だけを考えるしかないのだと!
 ならば、後は行動に移すだけ!

「――うん! なら後はボクに任せて!」
『エ? ホムラ?』

 疑問を口にしながら見上げる精霊達に、勢い良く宣言する。

「ボクがその魔熊をおしおきして来るよ!!」







 かの広場からほど離れた一帯。
 そこもまたかの精霊の力が行き届いており、穏健な動物が暮らす区画であったが……今はそこに闖入者が居座っている。
 並みの大熊よりも更に二回りはある巨体を持ち、そして何よりも太く大きく、鋭い両手両足の煤けた爪が特徴的な一匹の魔熊だ。

『GLLLW……!』

 苛ついた様に腕を振り――爪を擦り合わせ発生した爪炎が飛び遠方の樹を傷付ける。
 かの魔熊の生誕と行動に何某の存在の企みや陰謀がある訳ではない。
 ただ、生まれながらにしてその身に憤怒を纏い、暴走を繰り返し、様々な場所で問題を起こし、追い払われ最早故郷の方角すら分からぬ遠方にあるこの森までやってきた異端児だった。
 今まで生き残ってきたのは恵まれた体格や能力、そして運による物だ。
 何時何処で野垂れ死んでもおかしくない魔熊はそうして生き延び結果として更に成長し

「――焔ちゃんチャージっ!!」
『GRUッ!?』

 ――そして今。幸運の揺り戻しか最大の死地と……自らの死神と出会う事となった。
 奇襲で放たれるは火炎槍。
 下位の魔物であればそのまま焼き貫ける熱量を伴った一撃は、魔熊に確かな有効打を与え

『G、BROOW!!』
「おっとぉっ!」

 しかし、致命打には程遠い。
 反撃の炎爪薙ぎ払いをひらりと回避し次撃を入れるも、やはり急所を狙わなければ痛打を与える事はできない。
 どうやら、見た目通りに体力や攻撃力、防御力に秀でた魔物なのだろう。
 小技の類はないが、並の相手であればその戦闘力や火炎で確実に追い詰める強敵なのだろう。

「この辺りの魔物にしては凄い力だね! そこは凄いかなって!」

 合間にそんな茶々を入れるも、魔熊をそれを理解したのかしてないのか小さく素早い焔を前に更に熱量を高める。
 眼前の敵手は今までの相手とは全く違う強敵である、と。
 冷静さを生まれながらに知らなかった魔熊は、この時であっても怒りに火を付け薪を焚べ、自身の身体を傷つける事すら厭わず攻勢を強めた。
 手足の爪は完全に火炎に包まれ、更に火力と勢いを増した全力攻撃で叩き潰さんとする。

「――でも、キミはボクを怒らせた」

 ――だが、結果は変わらない!
 魔熊の攻撃は焔に掠りすらせず、それどころか爪撃に合わせて最適なカウンターを合わせらる。
 むしろ魔熊の爪の炎が焔が生み出した炎に飲み込まれる始末。
 
 その理由を一言で表すならば……相手が悪かった。
 彼女こそは炎神の子、炎の巫女。ローレットが誇る上位のイレギュラーズの一人、炎堂 焔なのだから!

「森を荒らす悪い子はぁ――」

 連撃、連撃、大連撃。
 連続のカウンターで爪はボロボロになり、毛皮は貫かれ。
 それでも戦意は全く衰えなかった魔熊は、全力の咆哮と共に巨躯で突進し轢き潰そうとして。

「滅ッ! だからね!!」

 一番の槍撃をその胸に受けて。
 ……漸くその動きを止め、倒れるのだった。

  • 炎の神子のある日の冒険完了
  • NM名黒矢
  • 種別SS
  • 納品日2021年10月31日
  • ・炎堂 焔(p3p004727
    ※ おまけSS『顛末と、美味しい秘蜜』付き

おまけSS『顛末と、美味しい秘蜜』



「ふーんふふ~ん♪」

 あの後。
 魔熊を【不殺】に留め遠方に追い払った焔は先の広場に戻り顛末を報告した。
 戦うのが嫌いな花妖精達だった為、どうだったかなーと若干不安になりつつも伺った反応は……笑顔と全力の感謝だったのだ。
 そもそも残っていた彼女達は次は散らされるかもしれない、という思いを噛み締め、それでも残っている程あの場所が好きだった子達だったのだ。
 暫くの安全を保障されて喜ばない訳もなく。
 またあの頃の輝きを取り戻して見せるー! と息巻きながらも快く焔に【精霊の秘蜜】を譲ってくれたのだった。
 次にまた来る機会があれば、きっと素晴らしい場所になっている事だろう。
 そんな事を予感しながら、安心して帰路に着いていたのだった。

 「ふっふっふーん。またの機会が楽しみだよねーっ」
 感謝の嬉しさに、喜んで貰えた嬉しさに。
 更にテンションを上げ、温度も上がった炎を躍らせながら、焔はローレットに戻るのであった……



 ――なお。
 披露されたロシアン【精霊の秘蜜】ケーキには幾つもの悲鳴が上がったとか上がってないとか。

「おっかしいなぁ。楽しいし、美味しいのになー……?」

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