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星の軌跡と目指す先
登場人物一覧
「大丈夫ですか? この荷物を運ぶのでしたらお手伝いしますよ」
野菜がたっぷり詰まった籠を持ち上げようとしていた老夫婦を見かけて、躊躇う間もなく声をかけたのはリゲル=アークライト。さらさらとした白銀の髪に、真っ直ぐな光を宿すコバルトブルーの瞳が目を引く青年だ。
「良いんですか? 騎士様はお仕事中でしょう……?」
「皆さんのお手伝いをするのも騎士として大切なことですよ」
にっこりと笑うリゲルに、老夫婦は顔を見合わせ頭を下げた。
「ではお願いします」
「まさか一回で全部運べるとは思わなかった。若いのにやるのぅ」
「えぇ。お陰でとても助かりました。有難うございます」
野菜の入った籠にずっしりと重い小麦粉の袋。瓶に入ったワインやお酢等を軽々と運び終えたリゲルに、老夫婦は驚きながらもどこか楽しそうだ。
「お役に立てたなら幸いです。それに、日々鍛えていますから」
「お前さんのような若い騎士がいるなら、この国はこれから良い方向に変わって行けそうだな」
その言葉にリゲルは嬉しくなって微笑んだ。
天義を良い方向に変えるのはリゲルの目標で、父シリウスより託された願い。それを名も知らぬ老夫婦が肯定してくれる。
「有難うございます。これからも天義を良き方向へ変えていけるように全力を尽くします」
「えぇ、騎士様のような方が居るならきっと良い方向に変わって行けますよ」
老夫婦の家を後にしたリゲルは、その後も困った人がいれば手伝いながら巡回を続けた。
開きが悪いドアの付け直しに迷子の母親探し。脱走したペット探しと、小さな困ったが沢山だ。それでも、問題が解決した人たちが見せる笑顔が嬉しかった。
「みんな、喜んでくれて良かった」
小さなことでも、それが積み重なって大きなことになる。今日の細やかな手伝いだって、天義を変える大切な一歩だ。
小さく微笑みを浮かべて歩いていると、遠くから小さな悲鳴が聞こえた。
「悲鳴!?」
慌てて悲鳴が聞こえた方向に走り出すがすぐには見つからない。それでも超視力や透視などのスキルを活用しながら探していくと、人影のない裏路地にまだ色鮮やかな血痕を見つけた。
うっすらとだが争ったような跡もあり、微かに足跡が残っている。
「こっちか!」
足跡は町の外に向かっている。急がなければ手遅れになるかもしれない。
息を整える暇もなく走り出したリゲルが遠くに人影を見つけるのにそう時間はかからなかった。
超視力越しに見えるのはどこにでも居そうな服装の男が三人。うち一人が手足を縛られ、口を塞がれた子供を抱えている。
(盗賊か人攫いか? 三人だけなら倒せそうだけど、子供を守りながら行けるか?)
どうやって子供を守るかが問題だが、このまま追いかけているだけではどうしようもない。
(だけど、このまま逃すわけには行かない!)
思い切って追いかけるスピードを上げる。鎧を着ているとは言え日々鍛えているリゲルは、相手が子供を抱えていることもあってあっさりと追いついた。
「そこまでだ!」
追いつくと同時に子供を抱えている男に剣を振るう。白銀の刃が煌めき、遅れて血が飛び散る。
「!!」
男の腕から落ちた子供が反射的に硬く目を瞑るが、予想していたような衝撃も痛みもなかった。代わりにしっかりとしたぬくもりが小さな体を包み込む。
「大丈夫かい?」
そっと目を開ければ、そこには先ほどまではいなかった青年の姿。
ここまで走って追いかけてきてくれたのか、鎧やマントは土埃に汚れている。
「こいつらは俺が食い止める。君は走って逃げるんだ」
言いながら手早く子供の手足を縛っていた縄を切る。自由になった子供の手足に、縛られた痕はあっても剣で切られた傷はない。
「こいつ……」
先ほどリゲルに切られた男が憎悪を隠しもせずにリゲルを睨み付ける。
その憎悪に、殺意に、子供が小さく震えた。
「大丈夫だから行くんだ!」
その言葉に子供が弾かれたように走り出す。縛られていたせいかその走りは遅い。
「あの子に手出しはさせないぞ!」
再び白銀の刃が煌めき、振り下ろされた剣に切られた男が傷みで崩れ落ちる。だが別の男がその隙を狙って剣を振り下ろす。
「甘い!」
その剣を防いだのはもう一本の剣だった。
「なっ!」
「油断大敵だ!」
男が驚いた隙を逃さず、リゲルは攻撃を繰り出す。
あの日見た父の剣。忘れないように、何度も何度も繰り返して体で覚えた動き。天義を、大切な人達を守るための力。
「命までは取らない。だけど、二度目はない」
地に伏せ、動けない男たちに静かに告げれば、意識のある男が必死に頷いた。
逃げられないように縛り上げ、町に戻って男たちのことを報告すればすぐに数名の騎士が身柄の確保に動いた。
子供も無事保護されて両親の元に居るという。
「騎士様有難う! とのことだ」
「騎士として当然の事をしただけです」
生真面目に返すリゲルだが、その表情はどこか誇らしげだった。