SS詳細
A happy day with you.
登場人物一覧
「……休暇、か」
大きな戦いが終われば、程よく安寧が訪れるというもの。久しい休みになれば何をすればいいのかわからない。私室で珈琲を飲んでぼんやりとしていた真夜中、突如押し入れへ飛び込んだのは彼の使い魔たるポメ太郎だった。
「ポメ太郎?」
あんまりにも突然のことなので驚いたベネディクト。折角風呂に入ったというのにこれでは自慢の毛並みも汚れてしまう。そんなこともつゆしらず、ポメ太郎は満面の笑み(に見える表情)で、押し入れの中から何かをくわえてきた。
「……これは」
ご機嫌に尻尾を振ったポメ太郎。僕が見つけたんですよ! と誇らしげにベネディクトの足元を駆け回るポメ太郎は、見つけた『とあるもの』を知らず、てしてしと足で叩く。ベネディクトはそれについた埃を払うと、ポメ太郎を抱えて本日二回目の風呂へと直行した。
●
夜が明け、朝が来た。
「……まさか、まだ使えるとは。お手柄だな、ポメ太郎」
頭を撫でてやれば、ポメ太郎は満足げに表情を崩す。ポメ太郎が押し入れから見つけたのは折り畳み式の釣り竿。だいぶ前に買って暫く使ってはいたものの、依頼が立てこみ呑気に釣りをしている場合では無くなり、あれよあれよという間に押し入れの住人に。しばらくは手入れもできなかったから使えるかも怪しかったが、これまでの手入れが良かったのだろう、まだまだ現役と言えるだろう。釣り糸も切れた様子はない。
「今日は釣りでもしてみるか」
押入れをもう一度注意深く探せば、釣り針や釣り糸の替えをしまっておいたケースも見つかって。これはまさに運命的な出会いだろう。ポメ太郎がその懸け橋になってくれたのだから、いわば功労者だ。もう一度撫でておく。
「さて、準備をしようか、ポメ太郎。ポメ太郎は自分のご飯を貰ってきてくれ。貰いすぎはちゃんと断るんだぞ?」
「わんっ」
「ふふ、いい子だな」
ベネディクトがてきぱきと準備を進めている間に、ポメ太郎も準備を手伝ってもらったようだ。ちょっぴり大きな帽子と、背中のリュックサックにはバナナときゅうりが二本ずつ。
「……まあ、歩いていくからいいか」
「わんわん!」
貰いすぎじゃなくて貰えたんですよ、なんて弁明をしそうな不安げな様子には思わず笑みが零れてしまう。釣り竿にそのほかの道具、レジャーシートと水筒をリュックサックに詰め、いざ出発だ。
「今日は天気がいいな」
「わん!」
穏やかな秋の陽気。はらはらと紅葉が散り、銀杏の黄が鮮やかな色彩を纏う。吹き抜ける風は冷え冷えとしているものの、まだコートを出すには早い時期だろうか。履きならしたスニーカーが石煉瓦で舗装された幻想の街に足音を運ぶ。
「わふ!」
「どうした、ポメ太郎?」
ポメ太郎が道の真ん中で立ち止まり、ベネディクトの足の周りをうろつく。まるで忘れ物をしたかのようだ。ベネディクトのジーパンの裾を噛み、くいくいとついてくるように促せば、弾かれたように走り出した。
「ポメ太郎!」
こっちです! と言うように走り出したポメ太郎がベネディクトを導いた先は。
「……サンドイッチ? 食べたいのか?」
軽く食べられそうなサンドイッチをいくつか売っている出店だった。
「これを食べたいのか? でも、ポメ太郎には毒になるものもあるからな……」
「わんわん!!」
短い脚でぴょんぴょんと飛び跳ねたポメ太郎。何かを伝えたげに己の背中を見せる。
「……背中? ポメ太郎、リュックサックしか……確認してみろと?」
「わん!」
ぱぁぁぁっと音が鳴りそうな勢いで飛んだポメ太郎は、ベネディクトがリュックサックの中を確認する様子をそわそわと見守って。
「……あ」
釣り竿もある。替えの糸や針をいれたケースも、レジャーシートも。けれど肝心なものが、ベネディクトのリュックサックのなかには欠けていた。
(そういえば、昼食を持ってきていないな)
ポメ太郎はよく見ていた。ご主人様のリュックサックから食べ物の匂いがなにひとつしないことにも気が付いていたのだ。
「わんわん!」
「此処が美味しいのか?」
「わおん!」
「誰かからお裾分けを貰ったんだな……ありがとう、ポメ太郎」
「わんっ!」
ご主人様が腹ペコにならないためですから! と足元にすりよったポメ太郎。どうせならとポメ太郎を抱き上げて、ポメ太郎に選ばせることに。
「よ……っと。ポメ太郎はどれがいいと思う?」
「く、くぅん……」
「はは、悩むか? じゃあ三つほど候補を絞ってくれ」
「わん!」
鼻先でつん、とメニューを示したポメ太郎。ベネディクトはそれを注文すると、ポメ太郎の頭をまた撫でて、釣りができる穴場へと足を進めた。
●
しばらく歩いた一人と一匹は、ほどよい木陰のある池へと到着する。川から水が来ているようで、ちらほらと魚の姿も見えた。
レジャーシートを広げたベネディクトは、早速釣り竿を出して準備をする。
「くうん?」
「見慣れないか。ポメ太郎、俺の膝に乗ると良い」
「わん!」
「うん、よし。ちょっと危ないから、手元には寄るんじゃない。こうやって、餌をつけるんだ」
「わぅ……?」
魚が好むのだというまんまるな団子。不思議そうに匂いを嗅いだポメ太郎。
「俺達の飯も、魚から見たら変なご飯に見えるだろう」
「わふ?」
こんなにも美味しいのに! ときゅうりを加えたポメ太郎。食べたそうに見つめられれば、ベネディクトはしぶしぶ頷いて。
「釣りをしながら飯にしようか」
「わおん!!」
「よく噛んで食べるんだぞ? またダイエットをしたくなかったらな」
「くうん……」
はっと怯えた様子を見せるポメ太郎。あんな大変な思いはもう勘弁だとでも言いたげに。普段よりも大人しく、もぐもぐと口の中に頬張って。一方のベネディクトは釣り竿に気を配りながら、サンドイッチを頬張って。
「ポメ太郎、お前が選んだサンドイッチは大当たりだな」
「わぉーん!」
それは当然だと言いたげに胸を張ったポメ太郎。なんたって一番近くでご主人様のことを見ていますから! 嬉しいことがあったあとのきゅうりは格別だ。もぐもぐ。
「定番に変わり種もあるから、やはりポメ太郎は食事のセンスが良いんだろうな……」
「わん、わん!」
ぼんやりとポメ太郎を眺めていると、ポメ太郎が釣り竿に向かって駆け出した。釣り竿はしなり弧を描いている。
悠長にはしていられない。片手にサンドイッチを握りながらベネディクトは釣り竿を握った。
「これが魚がかかったという合図だ、お手柄だな、ポメ太郎!」
「わおん!」
「……っと。よし、釣れた。これは今晩家で焼こうか」
「わん!」
「まずはポメ太郎の分だな。ポメ太郎の手柄だ」
「わふ?」
「……よくやった、ってことだよ、ポメ太郎」
「わん! わんわん!」
「はは、擽ったい」
嬉しそうにベネディクトに飛び乗ったポメ太郎は、ベネディクトの頬を舐めて。嬉しそうにじゃれついたポメ太郎が離れたのは、しばらくあとなのだとか。
「よし、あと数匹つれたら、といったところかな」
あの後しばらくは魚が沢山釣れたのだ。時には食べかけのサンドイッチを口の中に押し込むことも。ポメ太郎はくぅくぅと足元で眠っている。
「……お」
しなる釣り竿。水面から引き上げれば、見事に魚が数匹ぶら下がって。
「ポメ太郎……は、寝てるか。そろそろ帰るか」
空を見上げれば、だんだんと暗がりが増え、橙が滲んでいた。音をなるべく鳴らさぬように気をつけながら片づけをしたベネディクトは、片手にバケツを、片手にポメ太郎を抱いて帰路へとついた。
「わふ……」
「起きたか、ポメ太郎」
「わん!」
気が付けば家に居た。申し訳なさそうに足元へと駆けてくるポメ太郎の頭を撫で、焼いた魚を出す。
「ポメ太郎の分だ。一緒に食べよう」
「わんわん!」
窓を開ければ、空には星が瞬いていた。
敵を倒したわけでも、何か功績を上げたわけでもない。それでも、確かな満足感が此処にある。
「ポメ太郎、今日はありがとう」
「わん!」
きっと今日は、なんでもなくても、特別な一日。
おまけSS『ぼくはさびしい』
●Where is my lord?
ご主人様。
僕、ずっとご主人様のお帰りを待っています。
いつもみたいに、大きなその手で僕の頭を撫でてくださいね。
ご主人様の、まめのできた大きな掌が、僕、大好きなんです。
僕、僕、ずっと待っています。
ご主人様。僕、ご主人様が居ないと、寂しいです。
僕の名前はポメ太郎。ベネディクト・レベンディス・マナガルム様に仕える唯一の使い魔。
今は、まだ帰ってこないご主人様の眠るお布団をあたためる、ひとりぼっちの使い魔。
魔法の夜が、ポメ太郎に魔法を齎すことはなかった。