SS詳細
■くなりたい、その本心
登場人物一覧
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ふと、目が開く。いつものように、シーツの間に身体を挟んで居たはずなのに、布どころか糸の一つも纏っておらず。己はベッドも家具もなにもない空間で、ただただぼうっと、立ち尽くしている。
最初に彼女が見た光景は、風薫る緑の丘。母に花冠を、父に花束を手渡す銀髪の少女。
『ありがとう』『よくできました』と誉められ、擽ったそうに笑う彼女は、紛れもなく幼い頃の自分自身だ。
次に彼女が目にしたのは、ドレスを手に、幼いシフォリィを囲う少女達の姿。
『これ、どう?』
『地味すぎるでしょ。もっと大胆なのがいいと思うわ』
『お前達馬鹿か、そんなにかわいい召し物を着せて、ただでさえ愛らしいシフォリィに悪い虫が寄ってきたらどうするつもりだ!』
そう一喝した兄の顔は、今より幾分も幼く見えた。
月日は移ろい、自分に手を差し伸べるのは、童話の王子様みたいな、素敵な人。
『約束しよう。君が婚礼の歳を迎える頃になったら、きっと』
『……ええ、待っていますから』
頬を染めそう答える自分は、すっかり恋を覚えた乙女の顔をして居た。
月日は流れて、共に剣を取り戦う、頼もしい仲間の姿。その背からも朗々と魔術を唱え、支えてくれる仲間が居る。
ふと隣を見れば、シフォリィに手を差し伸べて笑う、愛しい恋人。
……これは今の、イレギュラーズの私?
「これは、貴女にとっての幸せの記憶」
闇の中から聞こえる女性の声。それと同時に女のシルエットがぬうっと浮かび上がる。
しかし、今のシフォリィは、金縛りに遭ったかのように、指ひとつ動かせない。それでも、喉は震える。
「貴方は、誰ですか」
「そんなの、貴女が一番よくわかっているでしょう」
ねえ、と女が言葉を続ける。ぺたぺたと、足音が近づいてくる。やがて、その影が間近にまで迫った時、そこに居たのは、他ならぬシフォリィ・シリア・アルテロンド、その人だった。
「ねぇ、私の方が辛い目に遭ってきたのに、皆簡単に心折れすぎだって思わない?」
「どういう、こと」
すると、先程まで幸せな記憶を写していたスクリーンに、急激にノイズが走り。その映像が切り替わっていく。
両親に花を送った幼年期は、墓石に花を手向ける映像に。
兄や姉達と過ごした屋敷の一室は、欲望渦巻く娼館の中に。
将来を誓い合った彼の手は、みるみるうちに血の通わぬ結晶に覆われ。
共に戦った仲間達の、苦悶、悲痛に歪む顔。そして遠くから、色のない表情で彼らを見つめるシフォリィ。
「両親を失った。半身を失った。尊厳を失った。その度に私は立ち直ってきたのに」
もう一人のシフォリィは、へたりこんだまま動けないシフォリィの両頬に手を添える。その瞬間、背景のキネマが突如、火の海に包まれる。
「堕落した親が、兄弟姉妹が、恋人が、友人が、仇が現れた程度で苦しむ皆を、なんでもっと酷い目にあってる私が助けなくちゃいけないんだって。仲間も、親友も、恋人も、皆みんな、私よりよっぽど強いのに」
「私が乗り越えてきた事を、誰もが越えられる訳じゃないでしょう。人それぞれ、何が辛いかなんて、比べられない」
「そうね。私の経験は、私にとって辛くなかったのよね」
冷たく、突き刺さる一言。何か言い返さなければ。そう思ったのに、言葉が声として出てくれない。もう一人のシフォリィは、逆光のせいでどんな表情をしているかも分からない。
──自分一人さえも守れないのに、皆を守ると言い張って。その皆に、結局守られている人。
──最初から皆が居たのに、独りは嫌だ、どこにも行くなと嘆く人。
──自分が全て抱えると言いながら、暴走した挙げ句に迷惑をかける人。
「そんな自分勝手な皆を、私が助けなきゃいけない理不尽。そういう面倒くさい人達に巻き込まれるのは、もううんざりなんでしょう、腹立たしいんでしょう。正直に認めてしまいなさいよ」
スクリーンが全て燃え尽き、闇に包まれた世界の中、シフォリィは、シフォリィへと顔を近づける。額が触れあう刹那、最後に聞こえた甘い声。
「もういいでしょう、
「私は、わたし、は……!」
そこで、シフォリィの世界は白い光に包まれた。
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小鳥の歌と、葉の触れ合いが聞こえる寝室。いつもと何ら変わりのない、爽やかな朝だと言うのに、自分は何をしているのだろう。こんなにも髪を乱して、シーツを汗に湿らせて。
ああ、全部あの夢のせいだ、シャワーでも浴びよう。夢の中では全くと言っていいほど動かなかった身体は嘘のように軽やかに動き、『おはよう』を鳥達に投げ掛けてみれば、思いの外こちらの声が大きかったのか、驚き飛び立っていった。
しかし、朝の光に照らされた滴の中で思い返した、あの言葉。
「私、は」
そんな事は、望んでいない。夢から覚めても、否定を声に出来なかった。
他ならぬシフォリィ自身が、目を背けていた感情。密かな願い。それをあのまま、口にしただけなのだから。
おまけSS『■くあらねば、その重圧』
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……領主様の事ですか? ええ、ええ、勿論知ってますとも!
あんなにも可憐で思慮深いお方でいらっしゃるのに、しかも腕の立つイレギュラーズなんでしょう?
あたしゃ引っくり返ったってああはなれませんからね、ワハハハハ!
……実はね、あたしゃあ、この地の評判を聞いて、はるばる遠くから越してきたんですけどね。
前のとこはもう、本当に酷いもんでした。ただでさえこちとら、賊に倉のモンぜぇんぶ持ってかれてるってのに、領主は事あるごとに、めちゃくちゃな税を取り立ててきてねぇ。しかも逆らえば、腕っ節の強い兵隊に、みぃんな黙らされちまって。
それに引き換え本当に、シフォリィ様は強いだけじゃなく、とっても高貴なお方だ!
この前も、領地に現れた賊を、あたしらのために追っ払ってくだすった!
そんな領主様の為なら、あたしらももう、全力で頑張っちゃいますからねぇ!
あ、そうそう。シフォリィ様の今後の活躍も、期待してますよ~!