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至福時の雨上がり
登場人物一覧
天より降り注ぐ光は誰しもを抱擁する。
とある教会――ここ数日降り続いていた雨が彼方へと歩き去り。
窓を開けば健やかなる風が頬を撫ぜるものであれば。
「――今日は綺麗に晴れていて風も心地いいですね」
その一時。輝かしき空を眺めるはクラリーチェだ――
そう、ここは彼女の教会。今日という日はお茶会をしようと友人を誘っていたのだ、が。
「折角です。今日は教会の中で……と思っていましたが、外でお茶会にしませんか?」
「ふふ、そうね。風のお陰で丁度良い心地良さ……外でするにピッタリ」
天からの贈り物に、急遽予定を変更しようと微笑むものだ。
同意するはエンヴィ。同じく外を眺めれば、どこにも拒否する理由はないものである。
聞こえてくる鳥の囀り。
開かれた窓の先に感じる世界の匂い。
――全てが彼女達を歓迎しているかのようだ。
「うち……お菓子つまんでお腹が膨れたら、寝てしまうかもしれへんし、んふふ。
うん、お散歩しよか。でもどこまで行こうかねぇ」
「それでしたらたしか――近くに見晴らしの良い公園があった筈ですね」
更に蜻蛉と雪之丞もまた同様に。どこへ往こうかと思案すれば、近場の良き場所が脳裏へと。
元々は雨が続くが故にこそ室内で……と思い各々甘味を手に集まった四人であったが、斯様に晴れれば是非もなし。蜻蛉が、エンヴィより頂いたマフィンをその指先に。ほふり、と口の中へと運びて蕩ければ――さぁゆるりと。
扉開く。白日の下、歩むその装いは煌めかんばかりだ。
純白のブラウス。長き袖のカーディガンに身を通したクラリーチェ。今この一時は、敬うべき神に傅く修道女としてではなく、対等たる友人らと同じ世界を共有するための頃もに身を包みながら歩みを進め。
次いで水の色彩を模したワンピースを着こむエンヴィも共に。白きフリルと、まるで今丁度、天に広がっている青空をイメージしたかのようなリボンが可愛らしくも調和している――
「風も丁度良いですね――このような日が続けば良いのですけれど」
更に雪之丞は着物だ。
桜色。花弁の紋様も細部に見えしその衣装は、いつもより些か被服の在り方を意識してだろうか――派手過ぎぬ色合いにして、遠目からでも見うるであろう可憐さが其処にあるもの。
そして後に続く蜻蛉は和と洋の折衷。白きブラウスを中に、上に着物を纏いて調和と成し。
歩みの一つ一つを緩やかに。
されば、時折袖からはフリルの顔が覗けるものだ。
――天より注がれる陽光が四者を照らし、しかし妨げぬ。
瞼を閉じさせる程の強さはなく。やはり鳥の囀りが遠くに聞こえてくれば――やがて。
辿り着くは件の公園。そしてその一角に佇む東屋。
壁無き、されど日除けの為の天井あり、腰掛ける場もあれば十分。
むしろ周囲を眺めるに足るはこちらの方が都合よし、か。
「ぽかぽかとして、今日は日差しも温かくて、眠くなってしまいそうです」
咲く紫陽花。色とりどりの美しさが彼女達を出迎えて。
雪之丞が言を紡げば、同時に喉の奥からは眠気の一幕が――故に口元に手を。
のどかなる証を宥める様に。温かな陽光を、心にも感じつつ。
「雨の滴る紫陽花も綺麗だけど、晴れの日の紫陽花もまた良い物ね……」
「この時期はお外が過ごしやすうて、好きよ。緑の匂いもええもんや」
さすれば、エンヴィも指先伸ばして紫陽花の首を持ち上げるものだ。
紫陽花は雨と共にある花――雫あるその姿こそが、美しく鮮烈たる、も。
さりとて雨の装いから解放された紫陽花にもまた魂があるものだ。
雨の。水の匂いが花を隠さず。
本来持ちえる緑の匂いを感じさせ――蜻蛉が好むは正にソレ。
「独特よねぇ……ふふ。鼻を擽られる様な気がするわ」
「後で、ゆっくりと紫陽花を見て回りましょうか。ここだけじゃないんですよ――たしか向こうの方には紫の紫陽花が沢山並んでいるんです。ここからでも綺麗に見えますが、やっぱり近くでも見てみたいですね」
顎に手を。袖より見えるフリルの欠片が蜻蛉の衣装を際立たせて。
――しかし麗しい花々の鑑賞はまた後に。
楽しみはこれだけではないと――クラリーチェが広げるのは、菓子だ。
「さ――どうでしょうか。上手く出来ていると良いのですけれど……」
「おや、これは……パウンドケーキでしょうか?」
「ええ。後は紅茶も如何かと思いまして」
「ふふっ、本当に万端ね――私も焼き菓子を持ってきたから、合わせましょう?」
それはクラリーチェお手製のケーキ。バターケーキの一種たるパウンドケーキだ。
しっとりと身のあるソレは、温かな紅茶と組み合わせればより絶品に。
アールグレイ、ダージリン……様々なパックと共に在れば香りも豊かだ。
いやそればかりか――このパウンドケーキはクラリーチェお手製の一品である。
バターを混ぜ。冷たくない卵を合わせて丁寧に。
次に皆に会う時の事を胸に作り上げた逸品が――此処に在る。
雪之丞が覗き込む様にケーキを見据えていれ、ば。更にとエンヴィがクッキーを添える。
いやそれだけではない。クッキーの隣にはマフィンもあるではないか。
膨らんだソレはほのかに甘い香りを漂わせ、幾らかにはチョコチップも込められている。
そしてクラリーチェ同様に……これもエンヴィの手作りによって誕生した品だ。
「皆でお菓子を持ち寄りだから、小さ目に多く作ってきたのだけど……どうかしら?
足りる、とは思うけれど」
今日の為に手作りした一品。何にしようかと思案して、これぞと決めたモノばかり。
何度も何度も練り上げ焼いて。
形が整い満足のいく出来となったモノらを、いざやと此処へ持ってきた。
これぞ洋の菓子の魅力。芳醇なる紅茶の香りと共に楽しむ至高の一品ら足れば――
「ええ。小さく、可愛らしい数々……エンヴィさんのお心遣いの美しさがありますね。
それでは拙の方も――和の物を此方に。三色の串団子です」
「あら。同じく和菓子で被ってもうたね、んふふ」
そして茶会たれば雪之丞と蜻蛉も持ち込んでいるものがあるものだ。
雪之丞は手製の串団子。三色の色合いで整えた団子はそれぞれに春を表しているとされている。
桃色は桜や春を、白は白酒を。
緑はこれより芽吹く緑やよもぎを――
しかし彼女がこれを串団子にしたのは……なにより持ちやすく食べやすいが故に、だ。
人数分の串を取り揃えれば、美しき色合い――
それに続いて蜻蛉も同じく和の菓子だ。しかし雪之丞の団子とはまた違う和の心。
それは紫陽花を模し見立てた餡と寒天の結晶物。
青と紫。それぞれの色を携え、成程。
形も色も紫陽花のソレがモチーフであるとよく分かる。
海洋の和菓子屋にて見惚れた、芸術とも言うべき輝かしさをソレは秘めている……
これを皆に分かち合いたかった。
己の心に秘めただけでは――いられなかった。
どうしても、ここにいる皆にも知ってほしかった。
「こっちは抹茶の方があうやろか。洋も和も、楽しめるとええんやけど」
「食べ比べも面白そうですよね……ええ。ゆっくりと、頂きましょう。
――急ぐことはないのですから」
和の菓子は洋とは異なる、別の上品な気高さが込められているものだ。
口に含めば広がるは甘すぎぬ魂。故にこそ抹茶の渋みが調和するもの――
一方で洋の菓子は和とは異なる、存分なる甘味の至高さがある。
甘き砂糖を存分に活かした技術の結晶は口に含む紅茶の美味と調和しよう。
――ここに争いはない。
ただただ心交わす友人達との語らいの場があるのみ。
時の刻みは急かさぬ。空に輝く太陽は未だ沈まず、晴れやかなる時間が此処に……
「あら、雪之丞さんお手製の団子……とても美味しいわ。得意なのかしら?」
「お褒めに預かり恐縮です――まぁ、拙の元々の世の団子を想起しただけと申しますか」
と。エンヴィが雪之丞の串団子に舌鼓を打てば、彼女も言を。
かつての世。陰陽師と魑魅魍魎跋扈する明治の日本――その文化の一端。
正に和の国に在った雪之丞にとって団子もまた記憶の内に在りしものである。
「ああ、雪之丞さんは旅人ですしね」
「世が違っても似たような文化や食材があるって、なんか時々不思議よねぇ。
まぁ何もかも知らない事ばかりよりは、不便がなくてええんやろうけれど」
クラリーチェが、蜻蛉が茶道具を用いて煎れた抹茶を口元へと運べば――同じく旅人たる蜻蛉もまた、この世界の不思議を口にするものである。和菓子、と言えば蜻蛉や雪之丞にとっては身近なものだが……世界を跨いでも同じような文化があるとは。
今となっては和の国ともいえるカムイグラが発見された事もあるが。
しかしそれ以前にも同じく旅人による文化影響か――和の文化が見られる地や物もあった。
が、不思議であっても別に困りはしないものだ。なぜなら。
「皆さんとこうして色々楽しむことも出来ますし、ね」
同じような素材、同じような調理が出来るのだから――と。
言の葉を紡ぐ雪之丞。なし得る食材があったからこそ皆をもてなせる。
この穏やかなる一時に、美味なるものを添える事が出来るのならば……本懐だ。
語らう。
串団子に続いて、蜻蛉の美しき紫陽花の和菓子をも口に。
されば再び蜻蛉が抹茶を点てるものだ――茶碗の中に一度お湯を入れ、温め捨てて熱を込めて。
抹茶を茶杓二つ分。お湯を入れて茶筅を浮かせて泡を点てよう。
きめ細やかな泡こそが抹茶の真髄。
されど淹れる度に違う楽しみも茶にはあるものだ――
抹茶の量、お湯の量やその温度、茶筅による時間を変えるだけでも千変万化……
奥が深く。だからこそ抹茶の美味さは――淹れる者の心次第。
それを美味と感じたならば、蜻蛉の心こそが籠っているのであろう……
次いでエンヴィのマフィンや、クラリーチェのパウンドケーキ。
それらには紅茶を添えようか――
茶とは違う楽しみがそこにある。茶葉独特の香りが芳醇に皆の嗅覚を楽しませれば。
喉を潤し、心を潤し。
再び優しき風が彼女達の空間を撫ぜれ、ば……と?
みゃー?
「……おや? 今なにか、声がしたような」
瞬間。クラリーチェの耳元で感じ取ったのは、一つの声。
知っている。この声が一体なんのなのか、クラリーチェにとってはお手のものだ。
風が運んできたか、それとも既に近くにいるか。
視線を巡らせ『声の主』を探せば――おや。
「みー……みー?」
「あら。可愛らしいお客さんやねぇ」
いつの間にやら蜻蛉の足元に一匹の猫がやってきていた――
茶色い猫。尻尾がやけにふわふわとしているがこれは何の種類だろうか?
頭の中で思考をしていれば、しかし。足元に寄り添ってくる動きが見えれば、なんとも可愛らしいという感想が全てを占めるものだ。
頭を擦り付ける様に動いて……更には――おや、その猫の子だろうか? 同じく茶色の小さな個体達が先達の真似をする様にクラリーチェらの足元へ。首や身体をまだ上手く動かせぬのか、足に擦り寄ろうとして誤って足に乗ってしまう子もいるが……
子猫特有の不器用さ。だからこそより愛おしさを感じるものだ。
更に更に紫陽花の影から至る子達がまだ何匹か。おやおやまだまだいたのか。
「あぁあぁ……寝てもうてるわ、この子。可愛らしいやんか」
「疲れていたのかしらね――子猫は体力がなくなるまで、ひたすら全力で動くから」
蜻蛉とエンヴィの足元で、まるで電池が切れたようにお昼寝タイムの子猫たち。
起きている者も好き好きに彼女らへと寄ってくる。
ここは彼らの集会場所か何かだったのだろうか。或いはその時間になったか。
さて、それは分からぬが。
「人を怖がりませんね。かといって首輪の類も見当たりませんし……拙らの様にこの場に訪れる人がいて、慣れてしまっているのかもしれませんね」
雪之丞の膝元へと昇ってくる黒子猫。
一端体勢を整えようと膝から降ろせ……ば。『やだ、ここが良い』とばかりにまた昇ってくる。人の体温が暖かいのだろうか、それとも雪之丞にすぐに懐いてしまったのだろうか。こうなると降ろすのも忍びなくなってくる様な気がする――
ともあれ四人だけの茶会は一変。
多くの毛玉達が集まり、彼らの高き声も時折混ざればなんとも、はや。
「……もしかしてこれ、クラリーチェさんが世話をしてる子達かしら?」
「いえ……この子達は見た事がありませんね――最近この辺りに移り住んできたのかもしれません」
顎の下を撫でるエンヴィにクラリーチェ。
猫と言えば縁深いのはクラリーチェだが……彼女の記憶にないとなれば、新顔なのだろうか。教会は程近いし、やがてはこの子達も顔なじみになるかもしれない――が。そんな未来の事は露知らず猫達は思い思いに過ごしている。
尻尾をぱたぱた。足に擦り寄り、猫ぱんち。
四人が持ち込んだ菓子類にも興味津々である――だけど待とう。猫になんでも食べさせて良いわけでもないのだから……和菓子とか洋菓子とかセーフだろうか? いやアウトか? あ、だめだめ手を伸ばさないで! そこにお菓子がある事に勘付かないで!
「おっとっと。まずもって串は危ないですからね――下げておきましょう」
「可愛いけれど、それはそれこれはこれ、ね」
雪之丞が串団子を下げ、エンヴィもまた手の届かぬ様にと。
やれやれ猫達は自由である……
そこそこ。顎の下を撫でて。撫でて? ちがう。お腹はちがう。そこはちがう許さない。
甘噛み。の後に『これで許してやろう……』と手を舐める猫もあらば、しかしそれすら可愛らしいものだ。悪意なき乱入者達を歓迎し、誰しもの口端に笑みの色が零れれば。
「ふふ――こんな日も、本当にいいものですね……」
呟くクラリーチェ。その膝元には登ってきた猫が身を丸めて全てを委ねて。
時は流るる。ゆっくりと、ゆっくりと……
紫陽花の美しい地の片隅で。心豊かな一時を――皆で楽しんでいた。