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今日の日を、あなたと。
登場人物一覧
あの日を、あなたは覚えていますか。
世界の絶望に、切望していた希望が生まれた日を。
数々の冒険が生まれる、その前日譚を。
空気が少し乾き、それでも温い風が吹く街を赤い髪の青年が蒼いマントを靡かせながら歩く。
青年の名をウィリアム・M・アステリズム、星を好み、星へ焦がれる魔術師だ。
今日は大きな買い物袋を片手に、パーティーの準備だ。
ファーストデイ、大規模召喚の起きた日から四年、それの為のパーティー。
訪れたのは近所では一番大きな商店街。ここには様々な専門店も多く、普段から買い物はここでしていた。
まずはメインを決めようと、肉屋を覗き込む。この商店街では一番大きな肉の専門店で近所の料理屋もここから仕入れていると言っていた。
朝に絞めたばかりの鶏肉、綺麗な霜が降る牛肉、鮮やかな色味の豚肉。奥のショーケースにはジビエが並んでいた。
顔をあげた先には熟成肉の看板もあって、なかなかに悩ましい。
それらを真剣な表情で吟味するウィリアムに顔馴染みの店員が気付いて声をかける。
「いらっしゃい、今日はどうしたんだい?」
「パーティーを開くんだ。人数は二人か三人で」
残っても保存しやすいものはあるか、と聞けば鶏肉の方へ案内される。
内臓を取り除き部位ごとにカットしたものならレシピの幅が広く、料理上手なウィリアムには扱いやすいはずだと勧められる。
その次に見せられたのは少量づつ真空パックしたシリーズだ。
だいたい食べきれるであろう量を新鮮な内にパックしたもので、中身は全て最高品質だ。
「出汁も取るかもしれないから、骨付き鶏肉の方……足と胸肉で。ソーセージも何種類か」
店員の女性が包んでくれた品物を受け取り、別れを告げて次は魚屋を目指す。
メインは先ほどの鶏肉だが、口が脂っこくなった時の為に魚料理も考えたかった。
あっさりした味付けの魚料理を頭の中で思い浮かべながら、魚屋に到着する。
「キビナゴ……ふむ…………」
最初は小魚を見ていたが、どうにも思い描く料理のイメージと合わない。店先を一周して、白身魚のコーナーで足を止める。
白身魚の淡白な質ならどんな味付けもしやすい。そう考えてその中でも骨の取りやすいものを買い、次の店へと向かう。
野菜をと歩いていたウィリアムの目に、二軒先の古着屋の店頭が飛び込んだ。
数日前は空き店舗だったから、きっと最近オープンしたのだろう。
何よりも目につく看板として凛々しく立つマネキンは白く清潔なバトンカラーのシャツに、ストンと落ちるワイドパンツ。薄手のトレンチコートを着ていた。
今回、ぜひ呼びたいと思っている少女とはもう長い付き合いになるが服屋には行ったことはない。
そういえば夜の草原や湖など、星が綺麗に見える所へは何度も一緒に訪れたが、賑やかな街中を歩き回って買い物をしたことはなかった気がする。
どんなにお互いが星を好むとはいえ、なんとなくーーそうなんとなく勿体ない気がしてくる。
(年頃だしな……服にも興味はあるはずだよな……?)
ウィリアム自身も多少は見目には気を使っているが、同窓の女性たちほどではない。
一方で少女はまだ十代、オシャレに一番敏感な時期なのではとここで初めて思い立ったのだ。
「次はこういう所に誘っても良いかもな」
しかし今は魚が痛まないうちに野菜を買わねばと古着屋の真向かいにあるスーパーへ入る。
瑞々しく美しいレタスに、青く規則正しい粒が並んだブロッコリー。
それから鮮やかに色づいた赤と黄のパプリカを店内用カゴへ入れて、デザートコーナーを見る。
少女にご馳走する料理は組み立てたが、パーティーの最後を飾るケーキは考えていなかった。
買うか作るか、ひとまずプロの完成形を見てから決めるかと端から端をゆっくり歩く。
定番は白と赤のコントラストが美しいショートケーキか。艶やかな黒と優しい茶色のチョコレートケーキも美味しいだろう。
輝く黄金色のチーズケーキの柔らかい口づけも良さそうだ。考えれば考えるほどあれもこれも良く思えてくる。
「悩むな。メインの鶏肉はもちろん、魚料理とも喧嘩しない味か…………」
そうなると単純な甘味よりやや複雑な甘味が良いかとウィリアムが視線を上へ向ける。
その棚には多種多様なゼリーが置かれていた。果汁だけで作ったものから、果肉がごろりと入ったものまで幅広い。
その下にプリンが置かれて、棚の色合いがいっそう華やかで目に楽しい。
「そうか、果物だ」
懐から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。夕を刻み始めていた。
今から仕込めば料理もデザートもギリギリ夜には間に合うはずだ。
デザートコーナーから製菓コーナーに戻り、寒天とフルーツ缶、クリームをカゴへ入れていく。
会計を済まして外へ出ると飲食店は軒並み、席が埋まっているようだった。
ここの商店街は食べ物を扱う店と言うと飲み屋や総菜屋の方が多いが、喫茶店やカフェ併設のパン屋も数件、存在している。
「たまに美味しそうな惣菜パンを出してるんだよな……。早起きが出来た時は寄ってみようかな」
いつも気になっているパン屋の軽食メニューをチラリと見て、曜日と時間のあたりを付ける。
曜日と時間ごとに違うメニューだったのだ。
今日はパーティーの仕込みだとウィリアムは気持ちを切り替えて家路を急ぐ。
商店街を出たところで、大きな建物へ男性たちが入っていくのが見えた。
あの建物は確か、著名な料理人がやっているフレンチレストランだったか。
夜だと値が張るものの、昼ならば少々高いくらいで入りやすいと聞いたことがあった。
ウィリアム自身もフレンチ料理はあまり作らないから丁度良いのかもしれない。
先ほどの服屋と合わせて都会的な場所をあの少女と一緒に巡るのも楽しそうだなと思ったのだ。
「今夜、その話をしてみよう」
街中を気分良く抜け、家へ辿り着くと手を洗い、さっそく下拵えから仕上げ直前までに取り掛かる。
一番時間がかかるローストレッグチキンを仕込み、トマトソースを煮込む傍ら隣のコンロで胸肉を焼く。
メイン料理を仕上げ直前までにすると、続いててっぺんからひっくり返したフルーツ缶と寒天、そこに冷蔵庫に残っていた牛乳でフルーツミルク寒天のケーキを作るとまた冷蔵庫へ隠しておく。
最後に魚料理を完成させると、湯を沸かして茶の準備をする。
その湯が沸く間に使った調理道具を洗って乾燥させつつ台所の水気を拭き取る。
「さて、と」
普段は敷かないテーブルクロスを敷き、この日の為に買った模様の付いた取り皿を並べる。
ついでに大皿も出して、メインの鶏肉のトマト煮とローストレッグチキンをすぐ置けるようにしておこうか。
白身魚のソテーはどう配置するか、考えながら実際に置いていく。
配置した取り皿の上に紙ナプキンを畳んで置いてみるが見よう見まねのせいで上手くいかない。
諦めて取り外し、ナイフとフォークを添える。
自室からレターセットを取り出して筆を取ると、少女への招待状を書きつづる。
それを艶やかな黒を纏う相棒、鴉の夜翔へ託す。
彼の背中を窓から見送り、太陽が眠りについて夜の始まりを眺める。
そのなんとも言えぬ美しい空色に気の早い星が見え隠れしているのを発見して、思わず笑みが溢れた。
そんな星を見ながら、今宵、二人きりの祝祭を心待ちにした。
おまけSS『ーお品書きー』
☆メイン
鶏肉のトマト煮
ローストレッグチキン
☆副菜
白身魚のソテー、レモンソースがけ
☆デザート
フルーツたっぷりのミルク寒天ケーキ
ハチミツと生クリームを添えて