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ちいさなお祝い おおきな気持ち
登場人物一覧
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小さな町、そのどこか。『ひつじぱわー』メイメイ・ルー(p3p004460)はしっかりとした足取りで、でもどこか不安そうな顔つきで歩いています。両手でしっかりと抱きかかえた箱は本日のメイン。落とすのはダメ。盗まれるなんてもってのほか。でも潰してしまっては本末転倒。きゅっと力を込めながら、メイメイは町を進んでいきます。
「おはよう、メイちゃん!」
「は、はい! おはよう、ございます……」
八百屋のおじさんに元気よく声を掛けられ、驚きながらもきちんと挨拶を返すメイメイ。びっくりしてプレゼントを落としそうになってしまいます。
「今日はいつにも増してかわいいね。お出かけかい?」
「はい……。今日は、お祝いの日、なんです……」
身振り手振りが使えないので、いつもよりちょっと声が大きいです。
メイメイが身を包んだ民族衣装は、故郷のお祭りのときに着るいわば「ハレの日」用の衣服。遠くに故郷の村の香りがします。
八百屋のおじさんはそうかそうかと目を細め、「楽しんでらっしゃい」と手を振ります。小柄でほんわか、おまけにギフトの効果で安らぎを感じやすいメイメイは、すっかり商店街の人気者。止まった足を再び動かすと、今度は牛乳売りのおばさんから声をかけられます。
「遅く、なっちゃう……」
結局目的地にたどり着いた時には、予定時刻ぎりぎり。ちょっと乱れた息を整えてから、『旅の忘れ物亭』と書かれたお店のドアをノックします。
すぐにはーいと返事があって、中から若い夫婦が顔を出します。
「あら、メイちゃん! いらっしゃい!」
「待っていたよ! さあ、上がって上がって」
二人は笑顔でメイメイを迎え入れます。
店内では、二人のほかに老夫婦がもう一組控えていました。彼らもメイメイを見ると「いらっしゃい」「よく来たね」と笑顔を向けてきます。
メイメイは二人の席の間に座りました。そこが、お店に来た時のメイメイの定位置。カウンター席のから見える向こうには厨房がよく見えます。奥から故郷のミルクに似た香り。お腹の虫が鳴ってしまいそうです。
老夫婦の手がメイメイの頭を撫でていきます。「おばばさま」や「おじじさま」の手に似た皺だらけの手はとても優しく、故郷に帰ったかのような感覚になります。
「メイちゃん、ちょっと待っててね。今準備するから」
「は、はい……」
小気味のいい包丁の音が、人の少ない店内に響いていきます。
若夫婦が奥で料理を作っている間、メイメイは老夫婦とお喋りを堪能することになります。普段は他のお客さんの話声や歌声で賑やかな『旅の忘れ物亭』ですが、今日は5人の貸し切りなので静かです。
老夫婦の間に挟まれながら、メイメイは仕事で行った各国の話をしてあげます。天義に存在するとあるテーマパークの思い出や、大熊を退治したお話――話題はいっぱいで事欠きません。
「楽しそうだねえ」
「メイちゃんは凄いねえ」
老夫婦はとても聞き上手で、メイメイのたどたどしい話にも親身になって耳を傾けます。そしてメイメイを褒めたり撫でたりしてくれるのです。その雰囲気は故郷にいるはずの「おばばさま」や「おおばばさま」の雰囲気ととても似ていて、だからでしょうかメイメイは他の人と話すほど緊張せずに話せるのです。
そうしてメイメイが話している間に、厨房から料理が運ばれて行きます。ミルクをたっぷり使ったクリームシチュー、ふんわり卵のオムライス、こんがりふんわりバターロール。新鮮な野菜を使ったカラフルサラダ。どれもこれもが『旅の忘れ物亭』の名物として通っている逸品です。
そうして5人の目の前に料理が全て揃いました。手を合わせ、食材に感謝を捧げます。そして4人がワイン――勿論メイメイは代わりのぶどうジュース――の入った杯を掲げます。
「それでは、『旅の忘れ物亭』の4周年を記念して」
「かんぱい!」
ガラスのグラスが響き合います。
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「お、おいしい、です。たまご、ふわふわです……」
美味しいものに目がないメイメイ。卵の布団を破ると中から出てくる金色のプールに目を輝かせます。サラダもシャキシャキ、シチューは野菜の甘みとクリームの濃厚さのバランスが絶妙です。
「メイちゃんは本当に美味しそうに食べてくれるねえ」
「ほんと、見ているこっちも幸せになるね」
料理人の若夫婦がそう言って目を細めると、その両親である老夫婦も頷きます。視線が全部自分に注がれてうつむいてしまうメイメイですが、恥ずかしいという気はあまりしません。
「実はね、メイちゃん」
「はい……?」
老婆がメイメイに話しかけます。なんだろう、と小首をかしげるメイメイですが。
「このシチューのお野菜とミルクはね、『夏の村』から頂いてきたんだよ」
「……!」
思いがけず出てきた言葉にビックリします。そう、夏の村はメイメイの故郷です。
「仲買人の友人が村の事を知っていてね、商店街のみんなで頼んで材料の仕入れをお願いしたんだ」
「そ、そうだったんですね……って、みんな?」
「そうだよ、メイちゃん。八百屋のおじさんや牛乳屋のおばさんなんか、みんなでね」
そうなんだ、とメイは今更ながらに思います。なるほどシチューの味は、味付けはおかあさんのそれとは違いますが、素材の味は夏の村のそれととてもよく似ていました。
「ごちそうさまでした」
しっかり手を合わせて感謝の言葉を述べてから、メイメイは勇気を振り絞ります。
「じ、実は今日は、プ、プレゼントを、持って、きました……」
「あらあら、どんなのかしら」
「お義母さん、急かしちゃだめですよ」
期待の目を向けられて恥ずかしくなってきたメイメイですが、もう後には引けません。まあ引く気もないのですけど。
椅子の下に置いてあったプレゼント箱を、テーブルの反対側に居た若夫婦に渡します。
「ありがとう! 開けてもいいかしら?」
コクコクと、首を縦に振るメイメイ。丁寧な手つきで若奥さんが包装紙を外すと、そこには。
「あら、羊のぬいぐるみ!」
「かわいいなあ」
中に入っていたのは、メイメイお手製の羊を模したぬいぐるみと、その横にはもう一つ。
「これは……狼?」
ちょっと意外そうな声を上げる若旦那。それもそのはず、一般的には狼と羊は相容れぬ存在。御伽噺には大抵被食者と捕食者で描かれる場合が多いです。現実でもそうです。
「実はね、私がメイちゃんに作り方を教えたの」
「母さんが?」
悪戯っぽく笑うのは老婆。お店のお祝いについて相談を受けた彼女が、メイメイの得意分野を聞き取った上で一緒に作ったのだと話します。
「その時にね、メイちゃんが『狼さんも一緒に作りたい』って言ったの。でも私も詳しい理由を聞いてないの」
だから、ここで私達に教えてくれる?と老婆は尋ねます。メイメイは恥ずかしそうにもじもじしていましたが、やがて顔を上げます。
「この、ぬいぐるみさんは……『おおばばさま』に教えてもらった、お話、をモチーフに、作ったんです……」
メイメイは時折消え入りそうな声で、それでも必死に続けます。
昔、枕もとで「おおばばさま」から教えてもらった昔話の事。
最後には追い払われてしまう狼の事。
そして、その話を聞いて『何故羊と狼は一緒に仲良くなれないんだろう』と幼心に思ったこと。
「もし、あのお話に、こんなお店が、あったら……。きっと、羊さんも、おおかみさんも、一緒にいられた、ような気がして……」
美味しい食事、楽し気な音楽や会話、家庭的で円満な空気。もし、『旅の忘れ物亭』のような店があの中に登場していたら。
「みんな、羊さんも、おおかみさんも、仲良く、一緒に、ご飯が食べられるかもしれない」
ぬいぐるみはそんなメイメイの思いと、願いと、感謝を込めたものでした。
『旅の忘れ物亭』が今までも、これからもみんな仲良く美味しいご飯が食べられる楽しい場所でありますように、と。
それこそ、現実では相容れないものの象徴である二人さえ、優しく包み込んでくれるような。
メイメイの話を聞き終わった後、二組の夫婦は、旅の忘れ物亭を切り盛りする夫婦とその両親は代わる代わるメイメイの頭を撫でる。
「やっぱり、メイちゃんは優しい子だ」
「このお店がメイちゃんの望み通りであり続けるように、私達も頑張るわね」
小さなぬいぐるみに、大きな気持ちが編みこまれていました。
それは小さな女の子から、小さなお店に。
そして沢山の人に受け継がれていきます。
『旅の忘れ物亭』の真ん中、一番目立つ場所に狼と羊が手を繋いだ人形があります。
女の子の小さな願いは、店の願いとなって今日も店内を明るく彩るのでした。