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秋にして縁を紡ぎ
登場人物一覧
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柔らかな風にのり、露店の軒先から
「お嬢ちゃん、そいつが気になるとはお目が高い」
「紅茶はそれなりに嗜んでいるから」
ふと、エルスは声をかけてきた露天商の顔を見て眉を寄せた。ラサの端から端まで全てを練り歩いた訳ではないが、
違和感はそれだけに留まらない。表面上は紅茶の専門店に見えるこの露店。貴重な茶葉を扱っている癖に、軒先に並べられた茶葉はどれも扱いが雑だ。
「紅茶って、風味を損なわないように袋に入れて密封したり、高温多湿な場所は避けるのが普通だと思うのだけど。どうして日の当たる場所に置いてあるのかしら」
しかも樽に茶葉を山と敷き詰めて――まるで何か、隠す様に。
「いやぁ、困る事を聞くね。そんなに知りたいなら裏でじっくり話してやろうか」
商人の瞳に剣呑な光が宿る。気づけばエルスの背後に屈強な男の気配が迫ってきていた。何を、と指を飾るリングに触れて身構える彼女だったが、次の瞬間――
グォン!! と風をきって巨体がエルスのすぐ横を吹っ飛び、茶葉の入った樽の山に突き刺さった。
「えっ……?」
壊れた樽から紅茶の葉と共に白い粉袋のような物がとび出る。突然の事に目を見開く彼女の横を、秋風を纏うかの様に流れる紫色の髪。
「それ以上、近づくのはオススメしないなぁ。あの袋が破けたら
今度は覚えのある声だ。『明日を希う』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)――特異運命座標であり、過去にはラサの奴隷商人の魔の手から、エルスを救い出した恩人でもある。記憶をたどれば、その奴隷商人は表向き、世界各地の珍しい『お香』の販売で大成したと見せかけていた。そして裏では『非常に宜しくないお香』を扱い奴隷の売買をしていたのだ。
「まさか、あの時のお香なの!?」
「私が処刑した商人は末端にすぎなかったという事さ。実際、あの時に出てきた証拠には犯罪組織の名が連なってたでしょー?」
応答をしながらもシキは手を緩めない。瑞刀の鯉口を切り、刹那のうちに逃れようとした露天商へと斬り結ぶ。
「ごぁっ!?」
「
(とてもそうは思えないぐらい凄まじい一撃だったけど……)
「やだなぁ、嘘はつかないよ」
エルスの視線に気づいたのだろう。シキは血染衣のマフラーで口元を隠し、少し恥ずかしそうに視線を逸らした。まるで悪戯の見つかった少女のようなバツの悪そうな表情に、思わずエルスもクスリと笑う。
「何にしても助かったわ。ありがとう、シキさん」
「ラサでの依頼だから、なんとなくエルスの事を思い出したんだけど、不思議な勘が働いたみたいだねぇ。まぁ無事でよかっ――」
きゅぅーーん。
「……?」
「……」
はじめエルスはその音を、捨てられた子犬の物かと勘違いして周囲を見回した。残念ながら野次馬だらけでそれらしい姿は見当たらない。
代わりに目の前でいつもの薄ら笑いが剥がれかけ、恥ずかしそうに頬を赤らめているシキの姿があった。彼女の腹の音が彼女自身の言葉を遮ったのだ。
「シキさん。この後、時間はあるかしら?」
「事後処理はローレットの情報屋が手配してくれるから、いま暇になったばかりだねぇ」
「それなら一緒に食べましょうよ。丁度お昼時だし、この近くにとっても美味しい料理屋さんがあるの」
「~~ッ!」
音を深堀りせず提案してくれるエルスの優しさに触れ、シキは素直にその良心へ甘えようと、伸ばされた手に自分の掌を重ねた。
荒事が過ぎた午後は緩やかに時を刻み、心の距離を縮めていく。
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「お待ちどうさま」
店主がミトンをした手でフライパンを持ち、ドンとテーブル中央の鍋敷きの上に置いた。鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てているのはキングボアーーラサ近辺によく出る巨大イノシシの魔物らしい――を欲望に素直に従って切り分けたような分厚いステーキだ。トッピングされたセージの葉が香ばしい匂いを漂わせ、ナイフで切ると断面から肉汁が溢れて止まらない。
「ソースはテーブル脇に並べられてる二種類から選べるのよ。辛いものが好きならホットチリソースがいいみたいだけど、私はお店オリジナルの木の実のソースが……シキさん!?」
「あむっ!」
エルスはステーキを軽く切ってから、一口サイズにカットするつもりでナイフを肉に走らせていたのだが……まだ固まりの肉をぱっくり一口でいったシキを見て、目を丸くせずにはいられなかった。リスが食べ物を頬袋にため込む様に口の中をいっぱいにして、もっきゅもっきゅと咀嚼するシキ。そんな彼女の意外な食べ方に思わずクスクス笑いながら、エルスはテーブルナプキンを手に取って、彼女の口まわりを拭いてやった。
「ワイルドに食べ過ぎよ。急がなくても料理は逃げないでしょう? ほら、口元にソースが付いてるわよ」
「むぐぐぐ」
「はっはっは! いい食いっぷりだな」
次の料理を持ってきた店主が二人のやり取りを見て豪快に笑い、そのまま話を続ける。
「まるで姉妹みたいだ。エルスちゃんが世話焼くお姉さんで、そっちの初めてのお客さんが妹って感じ?」
「変な事言わないの。私の妹になったって、こんな姉じゃ……」
最期の方はぼそぼそと。混沌に来る前、義父や義妹に散々な扱いを受けた影響もあり、エルスは自己肯定感が低いのだ。うつむきがちになる彼女の様子を見ていたシキは、香味の効いた白身魚のムニエルをつついでほぐし、口にしてからようやく声を出した。
「私はエルスの妹なら、喜んでなりたいなぁ。もしかして、大喰らいな妹は迷惑かい?」
「そんな事ないわよ! ご飯を美味しく食べられる子に悪い子はいないし、シキさんみたいに強くてかわいい妹がいたら凄く嬉しい……けど…」
心のうちを告白すると、後になってからすこぶる恥ずかしくなってきた。耳まで赤くなりポコポコ湯気を出しながら、エルスは慌てた様子で視線を店内にさまよわせる。
「じゃあ決まりだねぇ。エルス姉さんのオススメ店、本当に美味しいから。またラサで仕事があったら、こうしてご飯に付き合ってよ」
「ご飯ぐらいならいつでも歓迎よ。シキさんとは――もごっ」
「はい、ストーップ」
一口サイズに切り分けた鮭とほうれん草のキッシュを、シキはエルスの口に突っ込んだ。口元を押さえるエルスに、シキは笑顔のままアクアマリンの瞳を細めて微笑みかける。
「お姉さんが妹に『さん』付けはおかしいんじゃないかい?」
「でも私、誰かを呼び捨てになんて……」
「二人っきりの時だけでいいから、私と一緒の時限定で壊してよ、そのルール。こっちは嬉しいんだからさ」
「……。…シキ」
「はい、よくできました。エルス姉さん。これからも宜しくねぇ」
頭を撫でられると、どっちが姉で妹なんだか。けれどそれは些細な事だ。気兼ねの無い関係に、上下などありはしないのだから。