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The Entertainer

登場人物一覧

津久見・弥恵(p3p005208)
薔薇の舞踏

 街が賑わっている。物珍しい屋台が所狭しと並べられ、老若男女問わず人でひしめいている。中央の舞台の上では生演奏でダンスが披露されている。
 津久見・弥恵は舞姫として、つい舞台へと足が向いてしまう。そのダンスは踊りを始めたばかりであろう、たどたどしいものであったけれど、その一生懸命さが伝わってくるいいダンスだった。つい、自分の踊り始めの頃を思い出す。

 弥恵は裕福な家のお嬢様だ。両親は厳格で、弥恵は幼い時から、帝王学を始め、数学、古典、物理学などを勉強していた。だが、弥恵は勉強では才覚が現れなかった。一方、武道やバレエなど、身体を動かすのは得意だった。特にバレエで弥恵は頭角を現す。特に回転や跳躍などの派手な技を得意とし、幼い時には、街のバレエ大会で優勝したほどだ。幼心に弥恵は自分のバレエが両親に認められて嬉しかった。だからこそ、更にバレエへとのめり込んでいった。
 両親は文武両道に弥恵を育てたがっていたが、明確に差があるものは仕方なく、才能を伸ばそうと弥恵のバレエに力を入れるようになっていった。

 ある大きなバレエ大会に弥恵が出場できることになった。家族全員が応援してくれていて、弥恵自身も気合がはいっていた。
 ——その大会前日深夜のこと。
「アン、ドゥ、トロワッ!」
 弥恵はまだ練習をしていた。汗を振り乱して、回転をよりキレのあるものへ、よりダイナミックに跳べるように。何度も何度も鏡の前で繰り返す。自分の技を磨きたかった。そして何より、お父様とお母様の期待に応えたかった。その為に、どこまでも自分を追い込んでいった。
 そして、朝が来た。最低限の睡眠しかしていないが、心は大会のことでいっぱいだった。髪をシニョンにまとめ、チュチュに着替え、化粧をする。それが舞姫としての闘いの準備だ。
 名前を呼ばれ、舞台へと上がる。家族の期待を裏切れない重責に苛まれ、沢山の人が自分を見ていることに緊張が高まる。だけど、音楽が流れてくれば、両親のことも人の目も見えなくなっていく。全てを忘れて、身体は自然と舞い踊る。誰もが私の踊りに喜んでくれていると思うと、もっと魅せたくなる。全身を使って表現する。跳ぶ。廻る。爪先立ちをする。その繊細かつ大胆な動きに観衆の目が釘付けになっていく。楽しんでもらえてると感じるほどに弥恵はアレンジを加えて魅せる演技へと変えていく。だが、それが弥恵自身を追い詰めていくことに弥恵は気づいていなかった。
(ここで大ジャンプをすれば、きっと皆様、楽しんで下さるはず)
 勢いをつけて大ジャンプをする。ここで『ビリィ』という嫌な音がした。チュチュが裂けたのだ。大衆の目の色が魅惑から、困惑、恥じらい、エロス、嘲笑へと変化する。
「キャァアアアアアアアア!」
 あってはならないことが起きてしまった。只々、チュチュを抑えて舞台袖へと駆け込む。お父様とお母様の冷たい目が目に浮かぶ。瞳に涙が浮かんでは、頰を伝って、床へと落ちていく。化粧は剥げ落ち、シニョンも崩れる。誰にも見られたくない姿だった。
 そこへ肩を叩く人がいた。こんな一番嫌なタイミングで誰だろう、お父様かお母様かしら、と恐る恐る顔をあげる。
「貴女、すごく素敵だったわ。魅せようとする姿勢が前向きで本物のエンターテイナーね。あたしも勇気が出たわ。ありがとう」
 そんな評価なんて、もらったことなかった。いつも必死に頑張って、だけど失敗して、それで怒られて。だから、間違えたら叱られるのだと思っていた。魅せることはただ評価のため……? 違う。私、踊りを見てくれている、みんなを魅了させたかっただけ。賞状とか、そんなものより大事なもの。踊ること。喜んでもらうこと。お父様やお母様に褒められるより、私にとって大事なことは、この二つだったんだ。
 その後、私はお父様とお母様に散々絞られ、屋外でのバレエは禁じられた。その代わり、両親の目が届かない場所で色んな人のダンスを観察しては、自室に戻って、繰り返し繰り返し練習した。そのうち、部屋で練習するだけでは飽き足らなくなり、自宅からなるべく遠くにいき、バレエ以外のダンスを踊るようになった。視線は苦手だったが、喜んでくれることが嬉しくて、魅せようと頑張った。その度に、ハプニングが起きたけれど、例え卑猥な目で見られようが、嘲笑を浴びようが、喜んでもらえることが嬉しかった。そして、そのうち、ファンができるようになってきていた。

 両親にバレそうになった頃、弥恵は召喚されて、結局うやむやのままに今に至る。目の前には子供達の踊りを熱心に応援する両親達がいた。
(偶には、お父様とお母様に顔を出した方がいいのでしょうか。分かってもらう努力はすべきですよね。もしかしたら喜んでダンスを見てくれるかもしれませんし。でも、やっぱり怒られるかも……)
 そう思うと背筋が凍るような気がした。頭を振って、嫌な想像を打ち消す。
 舞台には、懐かしいバレエの音楽と共に可愛らしいチュチュを着た女の子達が踊っていた。思わず、ステップを踏んでしまう。気がつけば、路上で踊っていて、舞台の女の子達より目立ってしまっていた。女の子達の両親の冷たい視線に申し訳ない気分になってしまう。
 だけど、女の子達は「すごーい! お姉さんも一緒に踊ろ!」と言ってくれ、舞台に上げてくれる。女の子達の期待が一身に集まる。少し緊張するけれど、一緒になって踊ると、それで喜んでくれる人が沢山いるのが見えて、それだけで魅せることに夢中になっていく。
 それでも主人公は子供達。子供達が引き立つようにゆっくりと舞い踊る。子供達も笑顔で一緒に踊る。それだけで私も自然に笑顔になった。
 踊り終えて、ゆっくり観客を見渡す。大勢の人が笑顔で拍手している。それだけで充足感でいっぱいになった。
 舞台を降りようとしたとき、スタッフの一人に呼び止められる。次に舞台に立つ人が体調不良で来れなくなってしまったらしく、代わりを頼まれたのだ。人に頼まれて、踊らないわけにはいかない。今、練習中の曲を伝えるとバックバンドは俄かに沸き立つ。それもそうだ。お祭りにはぴったりの夏らしい熱い曲『Red dancer』なのだから。
 急いで練習着に着替え、舞台へと再び上がる。赤いレオタードに、天女の衣のような半透明の赤い布を両腕の腕輪に、鈴を足首に付ける。一礼して、腕をクロスして、直立して顔を伏せる。
 曲が始まると、顔を上げて、ステップを踏む。シャンシャンと曲に合わせて鈴の音が涼やかに鳴る。腕を広げ、滑らかに動かす。焔が揺れるようにゆっくりと。胸、腹、腰を滑らかに蛇のようにくねらせる。
 曲が徐々に激しくなっていく。鈴の音を鳴らしながら、腕を広げ、回転しながら舞い踊る。それはさながら、紅い白鳥が舞い踊るかのように。
 曲が終局に来て、更に激しさを増していく。曲に合わせ、より激しく舞う。腕を、脚を、振り乱し、指先まで力を込めて。回転もより速く鋭く。最後まで楽しんでもらえるように。そして、最後の一音で、大きく脚を開き、舞台の上で180°開脚して、腕を広げる。
 ——やはり自分らしく踊れる今が一番大事です
 踊りの興奮と共に、今の自分を誇らしく思っていたところに『ビリィ』と嫌な音が聞こえる。
「キャーーー! 見ないでくださいまし!」
 今日も魅惑の舞姫はやはり不遇に見舞われるのであった。

  • The Entertainer完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2019年09月01日
  • ・津久見・弥恵(p3p005208

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