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解き放たれた未来(いま)
登場人物一覧
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お茶して帰ろう、と確かに約束はした記憶はある。
『話の途中で割り込んでくるあのモンスター討伐依頼』を終えた後、つっこまれたくない話題から『しろがねのほむら』冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)の意識を逸らすため、苦肉の策で出した提案がそれだった。
「お待たせ。ほっこりほうじ茶ラテと和三盆の抹茶ケーキ、ミニ白玉セットだよ」
「ありがとうございます、蒼矢さん! 美味しそうだね、しーちゃん」
「……まあ、うん。そうだね」
出されたほうじ茶ラテに口をつけ、ほうと一息、ため息交じりの息をつく。香ばしいアロマが『若木』秋宮・史之(p3p002233)の胃の痛みをほんの少しだけ和らげた。
「ライブノベルの世界からの帰り道に、別の世界でお茶するのは合理的でいいと思うし、それが蒼矢さんの店なのも構わないけどさ。
なんで赤斗さんや黄沙羅さんまで一緒にいる訳?」
「いや、俺は睦月と史之を二人っきりにしようと思っていたんだが――」
喋りかけた赤斗を片手で制し、にこにこ笑顔のまま睦月は口を開く。
「だってしーちゃん、二人っきりだと答える前に誤魔化しちゃうでしょ?」
「何の話か分からないよ」
「昔さ、『年下は論外』って僕に言ったことあるよね。あの言葉の意味を教えてほしい」
('A`)ヴァー
「おい待て、このやり取りちょっと前に見たばかりなんだが!?」
何とも言えない表情で固まる史之へ、気をしっかりしろと冷や汗まじりに肩を揺さぶる赤斗。チーズケーキを咀嚼していた黄沙羅がごくりと飲み込んだ後、フォークで史之を軽く示す。
「正直にゲロってしまえばいいのに。数年かけて丹精込めて埋めた地雷を掘り起こされたわんこみたいなツラしてるよ?」
「そう簡単に言わないでよ。っていうかこの面子の中で一番隠し事の多そうな黄沙羅さんに言われるの、なんか腹立つなぁ」
テーブルに肘をついた史之の目の前に、ドン! と注文していないはずのカツ丼が出される。史之とウェイター蒼矢の目があった。
「尋問にはカツ丼が鉄板かなって……」
「取り調べを受けてる容疑者扱いは止めてくれる!?」
「似たような物だよ、しーちゃん。だってほら、白状するまではこのお店から出られないもん」
いつの間にやら店の扉には『貸し切り』の札がぶら下がり、他の客も帰った後。いつも史之に誤魔化されてばかりの睦月だが、蒼矢が「一歩前進する」様を見守る為なら恐ろしい程の執念を燃やす事を知っている。実際のところ、彼氏一歩手前まで踏み込まれて睦月は、その性質を身をもって体験したのだ。お互いを理解して連携すればこの通りである。
切り崩したケーキの味は仄かに甘く、口の中で抹茶の風味を漂わせる。舌の上に残る苦みは今の睦月の心をそのまま現している様で、彼女は静かに目を伏せた。
「とにかく、それについて話す事なんてないから」
「しーちゃんだけに苦しい思いはさせないよ」
黄沙羅から史之へ呟かれたアドバイス。その中で"地雷"と表現された事を彼は否定をしなかった。
(確かめたい。けれどそれが、しーちゃんの苦しみを生むなら……僕も、本音をさらけ出さなきゃ)
「物語の締めくくりって、『そうして幸せに暮らしました。めでたしめでたし』って言うよね。
……恋愛もそういう物だと思ってた。お互いに好きって言って、ゴールしたらその後も幸せだって」
カップを抱える手に婚約指輪が光る。その輝きは宝石のように褪せる事はないが――不安になるのだ。褪せていない様に見えて、その内側がくすんでいる事はないか。
「だけどね、違ったんだ。幸せでいればいる程、不安になる。本当はこれが都合のいい夢なんじゃないかって。
だってしーちゃん、子供の頃に僕の傍にいる時……すごく虚ろな目をしてた。あの時の僕は気づけなかったけど、今は分かるよ」
「それは……」
「姉さんと話す時、しーちゃんは凄く幸せそうだった。だから今も優しい嘘をつかれてるんじゃないかって。
運命じゃなくても、逃げないって約束してくれたあの言葉、本当は――」
ああ、溢れる。駄目だって分かってるのに、またしーちゃんを困らせちゃう。
一度溢れ出した感情は大粒の涙となってとめどなく頬を濡らす。視界がぼやけて、大切な人の顔さえ見えない。
そんな時だった。ガシャン! と大きな音がして何かが砕ける音がする。室内いっぱいに響く乱暴な足音。
「ちょっと困りますよお客さん! いったい何しに――」
「見りゃ分かンだろぉ? 強盗だァ!鉛玉ぶち込まれたくなきゃ、大人しく店の金を寄こしなァ!」
銃声が響き、黄沙羅の隣にあった花瓶が割れる。怯む彼女を庇うように蒼矢が立ち、冷や汗交じりに乗り込んで来たガスマスクの男を睨んだ。
「お店の金は渡すよ。だからお客さんを傷つけるのは止めてくれ!」
「それならさっさと、この袋にレジの金を詰めな……ぁン?」
マスクごしの強盗の視線が儚げな少女へと向く。涙を零して立ち尽くす睦月に興味をひかれて、下卑た笑みと共に向けられる銃口。
「怖いかお嬢ちゃん。彼氏と仲良く心中させてやろうかァ?」
「――ッ!」
「やめろ! お客さんには手を出すなって――」
蒼矢が吠えるよりも前に閃光が迸る。ガスマスクの男が手にしていた銃が、銃身の半ばでバッサリと斬られた。
「なっ!?」
「しーちゃ……」
「お前達には八つ当たりの玩具になってもらうよ。同情する義理もない。カンちゃんは……睦月は、俺のものだ!!」
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運命の女神ってやつに、生まれながらに見放されていたんだと思う。
「許してね史之。私が男として生んでしまったばっかりに……」
「いいよ、母さん。僕は大丈夫だから」
秋宮一門の当主候補として、秋生まれの女性であることを求められていた僕は、皮肉にも夏生まれの男子として生を受けた。
泣きすがる母をなだめ、家族や親せきの冷ややかな目を受け流す。
そんなどうにもならない事を年端のいかない子供が器用に出来るはずもなく、心は浜辺の砂のように押し流されて、擦り減っていくばかり。
「しーちゃん、今日は何して遊ぼっか」
唯一僕に優しくしてくれるカンちゃんは、何よりの希望だった。同時に絶望でもあった。
宝石みたいにきらきらした無垢な瞳を向けてくれる愛らしい君を、僕は――愛してはいけないんだ。
冬宮の祭神に愛された特別な君は、運命の人と幸せな恋をする。秋宮の血に呪われたこの手を伸ばしたところで、それはきっと届かない。
なにより、神様でいるためにカンちゃんが今まで積み重ねてきた頑張りを台無しにする事なんて……許される筈がない。
「あのね、しーちゃん。僕はしーちゃんの事……」
あの日、カンちゃんは小さな身体を震わせて、一生懸命きもちを伝えようとしてくれたね。
正面からしっかり想いを伝えようとしてくれた君から逃れる様に僕はすれ違って。
「悪いけど」
掠れそうになる声を必死に抑えて、心を抉る嘘をついた。
「年下は論外だよ」
あの日から僕は、年上の人が好きだと自分自身に言い聞かせて、カンちゃんも自分もだまし続けて来た。
だけど嘘は、いくら塗り固めたって嘘であり続けたんだ。
「ごめんね、史之くん。私達きっと上手くいかないわ」
「うん」
「だって史之くん、私のことちっとも好きになってくれないでしょ!」
「……うん」
女の人は心の機敏に鋭いから、どうしても分かってしまうんだ。
僕が「好き」っていう言葉を使う前に、一瞬の間を置いてしまう事。その空白の瞬間に――
『しーちゃん!』
冬の幻を瞳に映した事を。
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「カンちゃんごめん。ずっと俺の言葉で傷ついてたんだね。だから、ひとつだけ言わせて」
すぅ、と深く息を吸う。
嘘で塗り固めた殻は、告白した日に全てあの場所へ置いてきたんだ。はぐらかしてカンちゃんが傷つき続けるくらいなら、覚悟を示せ。
「振り向かずに
過去に悲しませ続けた分、ここから先は沢山幸せにしてやるんだ――史之の強い思いが刃に宿る。
「ヒッ! お、お前……何なんだァ!?」
「睦月の恋人だ!!」
後ずさる強盗へ剣撃の雨が降る。波の動きの様に予測不可能な『バルバロッサ』の軌道に封殺され、逃げようとした背中に鋭くたたき込まれた。
どう、と横転した巨体を赤斗が取り押さえて縛る。勝負がついたと悟り、史之はようやく肩の力を抜いた。
「まさかワイバーン以外にも話に割り込んで来る奴が出て来るなんて――」
「しーちゃん!!」
「うわっ!?」
刀の血をはらって納刀したのとほぼ同時、がばっ! と睦月が史之へと抱き着いた。間近にある低体温気味の温もりに、目を細めて抱き返す史之。
「こんなに一生懸命に僕を守ってくれるしーちゃんが、僕を嫌いな訳ないよね」
「当たり前だろ。昔から僕はカンちゃんが好きだよ。だけど色んなものを壊してしまうから、思いを心の奥にしまい込むために『年上が好き』なんて嘘をついたんだ。
……どうしようもない事ですれ違う絶望を、僕は知ってたのに。それをカンちゃんに強いてしまってた」
「もういいよ。しーちゃんも傷ついて、辛かったって分かったから。相手を思って心を痛めて。そんな所まで一緒だなんて……僕たち、やっぱり運命だよね」
そんな所まで似なくても、なんて笑い合う二人。涙をぬぐい合い、痛みを分かち合う様に重ねられた唇は、ケーキよりも優しい甘さで、心の古傷にちょっぴり沁みた。
「それにしても、『年上好み』が嘘だったなんて……あ! じゃあ、しーちゃんの部屋にあるイザベラさんのグッズは要らなくなったよね」
「いや、子供の時は嘘だったけど、ずっと年上好きって意識してるうちに好みのタイプは年上になったし」
「えっ」
「そもそもイザベラ女王様は例外だから。明日もイザベラ派オンリーイベントに顔出す予定だし」
「ええぇぇ!? ちょっとしーちゃん、話が違うんだけど!!」
おまけSS『好き+好き=最強?』
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「『大人の女性』の姿になれる異世界に行ってみたい?」
境界図書館、某所。なんとなく意図を察しつつも、赤斗は睦月の頼みを思わず聞き返した。
「はい。しーちゃんは僕が好きで、年上の人が好きだから……僕が加齢すれば間違いなくしーちゃんの中で最強になるんじゃないかと閃きまして!」
「まあ、言わんとしてる事は分からなくもないが」
赤斗は過去、異世界で睦月が見た悪夢を覗いてしまった事がある。年下は論外だと、史之に冷たくされた頃の記憶は見るに堪えない物だった。
あんな事もあった手前――それ以前に、親しい友人として――ささやかな頼みくらい聞いてあげたいというのが本音だった。
「探してみるから、期待せずに待っててくれ」
「ありがとうございます!」
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「赤斗さん、カンちゃんを『大人の女性』の姿になれる異世界には向かわせないでくださいね」
睦月から頼まれてから数時間後、境界図書館に現れた史之にぐっさりと刺され、赤斗は目を見開いた。
「なんだ、睦月から話を聞いたのか?」
「聞かなくたって、あんなにカンちゃんの機嫌がよかったら分かりますよ。何年幼馴染してると思ってるんですか」
「別にいいじゃねぇか、睦月に史之好みの姿をして貰えるんだぞ?」
「……から」
ぼそぼそと呟くような言葉に、最初なにを言われたのか赤斗は分からなかった。もう一度と頼んで史之の方へ耳を近づける。
「その気持ちだけで、しんどいくらい『好き』の気持ちが溢れそう、だから……っ」
「はーん、リア充爆発しとけー?」