SS詳細
令嬢は交流を求めて
登場人物一覧
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職人にして陰陽師である『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)。
イレギュラーズとして各地で仕事をこなす傍ら、彼は様々な魔道具、アーティファクトの作製を進める。
それも、"スターテクノクラート"シュペル・M・ウィリーに追い付き、追い越す為。錬の研鑽は続く。
その一環として、幻想に素材採取へとやってきた彼は街から少し離れた野山を歩く。
最近は豊穣の依頼に多く参加していた彼だが、幻想へと依頼の報告に来たタイミングで纏まった時間をとることができた。
街中なら鍛冶師としての力は十分振るうことができる。ただ、呪符や陰陽師の力はそうもいかない。下手に行使すれば、周りの人々に悪影響を及ぼす可能性が高いからだ。
それらの力の一部を行使するには、ある程度時間をとって人里離れた野山へと向かう必要があった。
「この辺りなら大丈夫だろう」
魔道具やアーティファクトを取り出した錬は早速、それらの効力について確かめようとする。
作業をいくつかこなしていた彼はその最中、子供達の叫びが聞こえて。
「ふえーん」
「こわいよー!」
「この声は……」
手を止め、錬が声の主の元へと向かうと……。
ガルルルル……。
「誰か、助けて!」
「ああああああん!!」
視界の向こうの草原で、怯える子供達の前で唸る魔物と化した3匹の野犬の姿があった。
「傷つけさせません。絶対に」
それらから子供達を守るべく、長い黒髪を纏めた黒いドレスの少女が立ちはだかる。
少女……スミレ・ブルンストは毅然とした態度で魔物と対するが、戦う力のない彼女は子供達を守るべく毅然と立つのみ。
それに気づいた錬は急いで駆け付ける。
スミレのことは知っていた錬。ただ、それはROOの彼女であって、今この場にいる現実の彼女ではない。
「スミレさん、今、助けます!」
それでも、錬は顔を知っているスミレを放ってはおけず、呪符を展開していく。
「えっ……?」
見も知らぬ者から突然自分の名前を呼ばれて、スミレは戸惑ってしまう。
この男性は実家から派遣された者だろうか。あるいは……。
ただ、今はそれよりも子供達を魔物達から遠ざけるのが先決。
「皆さん、こちらです」
子供達を連れ、スミレは後方へと下がるスミレ。
一方で、この事態に介入してきた錬は呪符より樹の槍を発射し、食らいつくてくる魔物達に防戦する。
ある程度、スミレと子供達が下がれば、思い切って応戦できるようになる。
それを確認した錬は別の呪符を展開し、氷の薙刀を瞬間鍛造して。
「やらせるものか」
刃を一閃させた彼は反撃に転じる。
食らいかかってくるしか能のない魔物数体など、熟練の域に達していたイレギュラーズの錬にとっては動作もない相手。
飛びかかってきた1体が大きく開いた口目掛けて刃を振るい、その体ごと寸断してしまう。
残り2体も錬を押さえつけようと高く飛び上がり、鋭い爪を突き立てようとするが、錬は腹下から薙刀の刃を突き入れ、その体を貫く。
続き、薙刀を抜いた彼は振り向き上方へと刃を振り払い、残る1体の胴体を切り裂いて見せたのだった。
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襲ってきた魔物を全て討伐した錬は呪符を収め、子供達の元へと合流する。
「怪我はなかったか」
「あ、はい。あなたは……?」
近づいてくる錬に警戒心を強めるスミレはやや顔を顰める。
彼女は錬が実家の……ブルンスト家の両親、あるいは兄弟の誰かが自分を連れ戻しにやってきたのだろうと考えていたのだ。
「「わああああああ!!」」
しかしながら、子供達には関係ない。
彼らにとって、錬は魔物から自分達やスミレを助けてくれた恩人なのだから。
「おにーちゃん、ありがとう!」
「どうやって魔物やっつけたの!?」
圧倒的な力で魔物を倒した錬に、子供達は興味津々と言わんばかりに目を輝かせ、錬へと矢継ぎ早に質問を投げかける。
「これは、陰陽師の力でね」
錬は子供達を魔物の死骸の近くまで連れていく。
それに、スミレが一層警戒を強めていたが、子供達はもう動かなくなった魔物にも興味を示す。
「へえー」
「すごおい!」
つんつんと突いたり、魔物の生態にも関心を強める子供も。
さらに、錬はそんな子供達の為にと、近場の樹木を素材としてシーソーや動物を模したスプリング遊具といったものを作る。
さらに、造った滑り台の下部は隠れ家も兼ねていた。
少し穴を掘って地面の下に隠れられるし、内部からその入り口を塞ぐこともできる。
「今度、魔物が来た時はここを使って逃げ延びろよ?」
「「はあい!」」
「いえ、早々魔物に襲われることは……」
子供達と接する錬は思った以上に親身になって接してくれる。
そんな錬に、子供達も心を開く。
それは、引率していたスミレとて例外ではない。
「こうした遊具があると、子供達の運動にちょうどいいですね」
少しずつ、スミレは錬へと距離を詰め、声をかけてくる。
「ああ、スミレも一緒に隠れることができるから、利用するといい」
そこで、スミレは少しだけ警戒心を強めて。
「……家族に頼まれたんですか?」
「いや、自分の意志だよ」
即答する錬に、スミレは驚く。
それをきっかけとして、2人は話をするように。
「……ごめんなさい。てっきり、親か兄弟から連れ戻すように言われたのかと」
話を聞いた錬は、スミレの境遇がROOとほとんど変わらぬことを知る。
伝承の貴族ブルンスト家の令嬢であり、9人兄弟の丁度真ん中三女であること。伝承貴族としての格式を重んじる家族とは反りが合わないこと。
「私は、幻想の皆様ともっと交流したいのです」
煌びやかな社交界で得られるものなど、上辺だけの関係でしかない。
そんなものより、幾度も起こる戦争によって親を亡くした子供達の……ここにいる孤児院の子らとの繋がりを大切にしたいとスミレは語る。
「おねえちゃん、すごいんだよ!」
「おそうじもおせんたくも、おりょうりだってできるの!」
「きぞくのたしなみってのも、おしえてもらってるんだよ!」
腕白な子供達だが、行儀よい振る舞いを覚える子もいる。将来そうした人の下について仕事したいのだとか。
「変わらないな」
「え?」
「いや、こちらの話だ」
その性格もまた、ネクストのスミレと変わらないと錬は感じていたのだが、さすがにそれを本人へと説明するのは難しい。
話しているうちに日が暮れてくる。
予定をこなすことはほとんどできなかったが、錬は充実した日を過ごせたとその場を去ることに。
「ばいばい!」
「きょうはありがとう!」
大きく手を振る子供達に手を振り返し、錬は背を向けた。
「あ、あの……」
スミレに声をかけられ、錬は振り返る。
「また、来てもらってもいいですか?」
「ああ、また来るよ」
今日一番の笑顔を浮かべたスミレ。
そんな彼女にも手を振り、錬は去っていく。
「さ、行きましょう」
彼の姿が見えなくなるまで見つめていたスミレもまた、子供達の手を引いて孤児院へと戻っていくのだった。
おまけSS『令嬢と鍛冶師』
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夕暮れの中、子供達の手を引いて歩くスミレ。
「あしたはおうまさんにのりたい」
「あたしすべりだい!」
子供達の会話をうんうんと聞いていた
そんなスミレの顔を、子供達が見上げて。
「おねーちゃん、うれしそう」
「え?」
思わず、緩んでいた頬をスミレはさすってしまうのだった。
錬もその日の宿を考えつつ、明日の予定を考える。
できるなら、改めて魔道具やアーティファクトのチェックをと考えていたのだが。
「明日も行くと言っていたか」
まだ、造ろうと考えていた遊具を全て作れてはいない。
子供達の遊び場として安心できる場になればと、錬は再び明日、あの場所に向かうことに決めたのだった。