PandoraPartyProject

SS詳細

イマジナリーの主観的輪郭

登場人物一覧

イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って

『彼』が目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。
 温かみのある色合いで統一された家具。床に落ちたカラフルな端切れや糸くず。
 そして何より、部屋を囲むように置かれた愛らしい人形たちが目をひいた。
「起きたか」
 声をかけられ彼は慌てて自分の眼鏡を探した。手に当たったツルをひっつかんでかけると、目の前にあった不鮮明な黒がはっきりとした輪郭を持つ。
「あ、あ、あ……」
 椅子に座っていたのは黒い悪魔だった。それか取り立て屋。少なくとも彼はそう思った。
「随分なご挨拶だな」
 葡萄色のストールに目深にかぶった黒のホイブルグハット。微かに覗いた片眼は狼のように鋭い。
 美しい仕立てのスーツの下には胸元まで開いたペイズリー柄のシャツ。漆黒の外套をマントのように肩に羽織り、気だるげに開いた脚の間で両手を組んでいる。
 何よりも彼が恐ろしく思ったのは、目の前の男が自分と瓜二つであることだ。
 葡萄色の髪の毛、血色の悪い肌と消えない不健康な隈、薄い唇と琥珀色の眼。
「ぼ、僕、借金はぜんぶ返したよ……?」
 彼は震えながら後ずさった。目の前の男から逃げきれる自信は無かったが、少しでも距離を開けておきたかったのだ。
 男はそんな彼を面倒くさそうに、そしてどこか面白そうに観察していた。
「借金。成程、お前はそういう設定か」
「せってい……」
 混乱する彼とは反対に悪魔は納得した様子で頷いた。
「俺はノルデ。そんでそっちに座ったまま惚けてんのがイーハトーヴ」
 ノルデと名乗ったギャング風の男はもう一人を指さした。
「ヒッ」
 寝台に座ったまま動かない寝巻き姿の青年。彼は好奇心に負けてその顔を覗き込んだ。
 同じ顔だ。
 開いたままの瞳は虚ろで何も映してはいない。まるで人形のような……。
「彼、生きてるの?」
「生きてる。ついでに言えば起きてもいる。イーハトーヴ・アーケイディアン。俺たちの人形師ボスだ」
 そこで彼は自らの存在を定義し、確立させた。
「ぼ、僕はネネム……」
 彼は臆病者だが優秀だった。
 運悪く多額の借金を背負った真面目な一般人。世間知らずの知識層。そういう風にイーハトーヴの空想は彼を創りあげた。
 イーハトーヴのギフトは『自身の作ったぬいぐるみと会話ができる』というものだ。ぬいぐるみの形を得た綿と布の中にイーハトーヴの想像した人格が入って会話をする。
 生粋のイマジナリーフレンドメイカーは演技で創った「人格」も友人とし、本人を依代に大切に残していた。
「僕たち、幻みたいなもの……?」
「それでも個をもつ人格であることは間違いない。この姿のままイーハトーヴのなかに居続けるのか。何れぬいぐるみに移されるのかは知らねえが」
「やれやれ……」
 ネネムは床の上に放り投げられていた大きめのカーディガンをひろいあげると袖を通した。そうして、眼鏡のフレームを押し上げると『いつものように』陰気に笑う。
「厄介ごとは嫌だな……」
「学者先生に期待しちゃいねえよ。厄介事は俺の担当だ。お前は頭を貸せ」
「そ、それぐらいなら、僕にもできる……かな?」
「できるかな、じゃねえ。やれ」
「そ、そんなに脅さないでよ。僕は君みたいに、強くはないんだから……」
 ノルデの横暴な言い方に、ネネムはおどおどと頷いた。
 ――ねぇ、ギャングさん? 私の紹介はまだかしら。
「これは失礼、貴女を忘れていたわけじゃねえんだ。マドモアゼル」
「だれ?」
 どこからか聞こえた少女の声にネネムは瞬いた。
「マドモアゼル・オフィーリアを紹介しておく。じきに他の奴らの声も聞こえるだろ」
 ネネムは曖昧に頷いた。
 愛らしいうさぎの人形とノルデ。何て似合わない取り合わせなんだろう。
 ――あなたが眼鏡くんね?
「うわっ、ぬいぐるみがしゃべった!?」
 ――一周まわって新しい反応だわ。
「ネネムだ。イーハトーヴが昨晩演じていた」
 ――あなた、昨晩バーカウンターに座っていたのは覚えてる?
「え、え、えぇ。あなたは一体……」
 目をぐるぐる回しているネネムを、面倒くさそうにノルデは見下した。説明の続きを受け取ったのは当のオフィーリアだった。
 ――ぬいぐるみの性質も演技の産物も彼が生み出したもの。なら、私の方が2人よりもお姉さんなのよ!
「そういうわけだ。姉にあたる」
「……まって、理解の範疇を超えちゃった」
 ネネムは頭を抱えた。その理論だと僕は君の弟ってことになっちゃうんだけど。ああ、いったいどこから間違ってしまったのかな?
 あの日、カジノに行こうなんて考えなければ良かった。いや、あの日カジノには行かなければならなかった。どうして? どうしてだっけ。
 オフィーリアさんとはバーカウンターでお酒を飲みながら話していたよ。だってアルコールをいれないと『僕』は勝負なんかできっこないんだもの。
 そうだ。僕って、そういう性格なんだ。借金を返すために一生懸命。そういう演技。いや違う仕事。いや僕だった。ああ、思考が散っていく。
「起きるぞ」
 雪解けの季節のようにイーハトーヴが瞬き、翳っていた橙色の太陽が光をやどす。
 イーハトーヴは眠たげな眼をこすった。そしてまだ霞みがかった瞳をゆっくりノルデへとむけた。
「おはよう、ノルデ。今日は太陽がまぶしくて、キラキラして、きれいだね」
「晴れてねえよ、イーハトーヴ。お前また仕事あがりに飲んだろ」
「だってビールが美味しいんだもの」
「そっちじゃねえよ。薬だクスリ」
「ん〜、どうだったかなぁ」
 ネネムは戸惑った。
 窓から見える空はどんよりと重たい色の雲に覆われていて、いまにも泣き出しそうだ。
「瞳孔が開いてるから眩しく感じる」
 何てことないようにノルデは言いながら、胸元から葉巻を一本取り出し先端を切り落とす。
「ヤク中にはよくある話だ」
「ノルデ、たばこの吸い過ぎは身体によくないよ」
「煙草じゃねえよ、葉巻だ」
「えっと、それから」
 微睡んだ蜂蜜がネネムを見た。こうやって改めて真正面から見られるのは何だか恐ろしい。
 引きつった笑顔を浮かべたままネネムはノルデの後ろに隠れた。同じ身長のはずなのに、すっぽりと隠れられるのは不思議だ。
 気にした様子もなくイーハトーヴはネネムと同じ顔でふわりと笑った。
「えっと、かな? ごめんね、どこかで会った気がするんだけど思い出せなくて」
 イーハトーヴが『ネネム』の演技をしていたのは恐らく昨夜のことだ。
 床に転がった黒ぶち眼鏡やカーディガンといった『ネネムを象徴するアイテム』が部屋のあちこちに残されている。そして寝る前に飲んだのだろうか。サイドテーブルの上には浅く琥珀色が残ったコップといくつかの錠剤が散らばっていた。
「僕、ネネムって言います……」
「そうなんだ! ネネム、よろしくね」
「自己紹介なら朝飯のあとにしろ。俺は腹が減った」
「え、あ、ちょっと待ってて。いますぐ着替えるから」
 慌ててベッドからおりて着替え始める自らの『創造主』をネネムはぼんやりと見ていた。ぱちり、と眼鏡越しにイーハトーヴとネネムの視線がまじわる。
「カジノの時はありがとう」
 言われた意味をネネムは考えた。そしてぎこちなく、笑った。
「お前、しばらく酒飲むな」
「えー?」
 イーハトーヴの空想上の友人たちは彼のために存在する。彼を守り、彼を案じ、彼の生命を継続させるべく奮起する。
 だが、空想は現実に対して無力だ。
 ……ほんとうに?
 

  • イマジナリーの主観的輪郭完了
  • NM名駒米
  • 種別SS
  • 納品日2021年10月03日
  • ・イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934
    ※ おまけSS『朝市にて多重芝居』付き

おまけSS『朝市にて多重芝居』

 曇りの日でも朝市は活気がある。
 香辛料をたっぷり混ぜた焼きたてのソーセージに生乳をふんだんに使ったチーズ。
 艶々とした果物や香草を漬け込んだ新鮮な果実水に、パリパリとした音が香ばしいバタール。
 あちこちに張られたカラフルなテントには新鮮な食材を求める人たちが集っていた。
「あんまり食欲ないなぁ」
 そんな賑やかさのなか、ひょろりとした長身の青年が朝市にあるまじき言葉を口にした。
 どこか浮世離れした足取りでふわふわと賑やかな通りをすすんでいく。
「うん、分かってるよ。ノルデ。でも朝から重たいものはちょっと胃が受け付けなくて……」
 ふるふると苦笑気味に首を横に振る彼の周囲には誰もいない。抱えたうさぎの人形以外は。
「あっ、ネネムも食べたいものがあったら遠慮せずに言ってね!! カットフルーツなんておすすめだよ」
 かと思えばパッと輝く笑顔を浮かべる。
 混沌には精霊や死霊と会話する者も多いので、買い物客は一瞬ぎょっとした後で、ああ何だと日常に戻っていった。
「あっ、林檎と蜂蜜のジャムがある。これ美味しいんだ、買って行こうよ。うん、分かってるよ。オフィーリア。ご飯は甘いものだけじゃダメだっていうんでしょ? ふふふ、俺だって、ちゃあんと覚えてるんだから!」



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