PandoraPartyProject

SS詳細

明けの空を超えて

登場人物一覧

冬越 弾正(p3p007105)
終音
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切


 弱さは罪だ。
「本当に良くやったよ。完全な成功じゃないにせよ、被害は大分軽減されるだろう」
「そう言って頂ければ救われる気がします」
 レオンの励ましに似た言葉に、九重ツルギは安堵の息をついた。

 貼り付けた笑みと偽りの言葉。本当は悔しくてたまらなかった。無力なままの自分は要らない。
 何度も挫折を繰り返した。泥水を啜って這いつくばった。全ては弱者ゆえの事。

「弾正に会えて、本当によかったよ」
 そう笑った初恋の人を、守る事が出来なかった。
「……であるか。あんまり自分を追い詰めんなよ」
 世話になった事務所の所長は、卑屈な俺に呆れていた。
「「もう、兄さんは何もしないで」」
 比べられるのも不快だと、弟には失望された。

 何もかなわないまま時だけが過ぎていくのか。どこに居ても俺は俺だな。
 誰か俺のために泣いてくれ。地獄の炎に投げ込まれた心へ慈雨を与えてくれよ。できない奴はしね。

 そうやってもがき続けている俺を、認めてくれる人が出来た。
「弾正は武人のような所があるよな。戦いに強さを求めていて……」
 アーマデル。信仰に生き、闇と共にある美しい少年。彼だけが俺の努力を認めてくれた。
 俺の「愛してるほんね」を引き出して、嬉しいと言ってくれた。

 彼を守るためなら、俺はどんな手段をも厭わない――だからその夜。
「――『月閃』」
 己の闇はんてんを纏う事に、欠片ほどの躊躇も無かった。


「先に帰った、って……それだけ?」
 境界図書館の事務スペースで弾正の相談を聞いていた『境界案内人』神郷 蒼矢は眉を寄せた。自分のいま一番ホットな悩みを打ち明けろなんて言われたから、珍しく直に話したのに。後悔を引きずりつつ、弾正は溜息をひとつ。
「俺にとっては一大事だ。何か嫌われる事をしただろうか。それとも具合が悪かったんだろうか」
 体調のせいなら、家まで送ってやるというのに。些細な事で落ち込んで、我ながら情けないと思うが……アーマデルの些細な変化が不安で仕方なかった。おまけに、今日はR.O.Oではじめて『月閃』を使ったのだ。副作用が出ている可能性もある。
「aPhoneにも返事がかえってこない……」
 どれどれ、と画面を覗き込む蒼矢。
「ねぇ、何このシュールな狸のスタンプ」
「狸ではない。アライグマのセンジョー君だ」
 可愛いだろう、とスタンプを見せびらかす弾正。彼はここ最近、なにかと依頼でアライグマに縁があった。空から飛来するアライグマを盾で受け止めたり、迷子のアライグマを飼い主の元に届けたり。潔癖症の様に見えるところがツルギにも似ていて、親近感がわいたのだ。
「返事が来ないのってそのスタンプのせいなんじゃ」
「ば、馬鹿な!? アーマデルだってきっと、この可愛さを理解して――ほらどうだ!」
 熱弁の途中でポコッと返信の音が響く。
「具合でも悪いのか」、「無理はするな」。スタンプを交えて伝えたメッセージにはしっかりと既読のマークが付いた。
『大丈夫。いつも通りだ。それより、何か目ぼしい依頼はないか?』
 返ってきた内容に目を見合わせる弾正と蒼矢。ピタリと歯車が嚙み合った様だった。弾正がアーマデルの身を案じて嘆きだす直前、二人は次の依頼について話していたのだから。


 その本を蒼矢は『夜明けの書』と呼んだ。
「異世界に入った後、夜明けまで待つ。それで仕事は終了だ」

(仕事……)
 辛うじて記憶の端にひっかかった単語を心の中でつぶやく。それが何の仕事だったか、誰の言葉だったか。
――どうでもいい。思い出しても無駄だ。今の俺には何も手につかない。

 初恋の人を殺した。本当は一緒に生きていたかった。
 彼を失った世界は色あせ、夢中になって歌を紡ぎ続けた唇は何の音も発しなくなった。

「弾正」

 背中に声をかけられ、ゆっくりと振り返る。再現性東京の大通り。雑踏に紛れる前に声をかけて来た美少年を視界に入れると、何故だか胸がぎゅうっと締め付けられた。

「――」

 心が痛い。凍り付いていた感情が息を吹き返し、傷口がジリジリと痛む。奥底にしまっていた本音が、閉ざされていた唇から溢れ出した。
「順慶。旅人の世界では、死んだ人間は星になるんだったよな」
「しっかりしろ弾正! 俺はアーマデルだ。順慶じゃない」
「どうしてそんな、遠い場所まで行ってしまったんだ。まだ何も伝えてない。まだ一緒に歌えてない」
 痛んだ喉で振り絞る様に怨嗟を吐き出す。止まらない、止まれない。

「もう声なんていらない。全部捨てたっていい。だカら、かエシてヨ……俺ノ一番星』

 こんなダクダクとした汚い感情、見られたくなかった。彼には――守りたい、忘れてはいけない大切な人。
 あんなにも辛そうな表情かおをさせて、また苦しめてしまうのか。俺は何度、アーマデルを傷つければ――

『寂シイ。置イテイカナイデ――ソウダ。何モカモ、冬二抱カレテシマエバ!』

「弾正!!」

 視界が歪む。愛しい人の名前を呼ぶ前に、黒い掌に唇を塞がれた。もう歌も歌えない。思いを伝える事もできない。
 ただ嘆きと破壊をがなり散らすだけの蓄音機になり果てて――嗚呼。

 これが俺の、ぜつぼう。

「弾正ーーッ!!」

 最期に視界に捉えたのは、彼がこちらへ手を伸ばしているところだった。
 差し込んだ朝日が金色の瞳を照らして、温かい太陽の様に輝く。

(そうか。……長い冬を耐えれば、キミが来てくれるんだな)


「珍しいね、弾正が仕事をしくじるなん――」
「早く! アーマデルを迎えに行け!!」

 死んだ俺は異世界から弾かれて、境界図書館に戻された。あちら側に残されたアーマデルを一刻も早く会いたい。抱きしめてやりたい。
 絶望の淵に立った時、最後に癒してくれたのは他でもない、君なのだと。

 ドカッ!!

「……は、」

 突然の音に驚いて弾正の肩が跳ねる。待ち焦がれていたアーマデルの帰還……だったのだが。境界図書館へ戻った彼は、真っ先に境界案内人の腹を殴ったのだ。グーで。
「ごっふァオ!?」
「お、おい。アーマデル……?」
「……」
 冷や汗をかく弾正の元へツカツカと足早に近寄るアーマデル。半身捻って身構えた手は、やはりこれもグーだった。

 ドガガッ!!

「ぐっふ、ぅ!?」
 二発入った。大きな体躯を揺らす弾正。それでも何とか踏みとどまり、ぎゅうとアーマデルを抱きしめた。
「……ふ、ぅっ…ぐす、……」
 とめどなく涙を零すアーマデル。その寂しさを埋めようと、自分の体温を分けるように、優しく、そしてしっかりと。
「怖い思いをさせてしまったな。すまない、アーマデル」
「きょ、今日…は、弾正の部屋で、寝る」
 また目の前から消えてしまうと思われたのかもしれない。首を縦に振ってから、弾正はアーマデルの手を引いて歩きだした。

 強くならなければいけない。
 この可愛らしい恋人を、どんな事からも守る為に。


「弾正にも着せたかった」
「流石に俺のサイズは無かったな」
 帰り道、宿泊用の寝巻がないと気づいた二人はファッションセンターしまづやで軽く買い物をしてから帰った。
 アーマデルが新調したのは、アライグマのぬいぐるみパジャマだ。口に出しはしないものの、きっと弾正がアライグマのスタンプを使っていたから、これで好かれると思ったのだろう。
「本当に愛おしいな、アーマデルは」
 ぶすくれてベッドの上でごろごろしていた彼を、弾正はぎゅっと抱きしめた。柘榴の香りを胸いっぱいに吸い込んで、幸せな夢を見る。

  • 明けの空を超えて完了
  • NM名芳董
  • 種別SS
  • 納品日2021年10月02日
  • ・冬越 弾正(p3p007105
    ・アーマデル・アル・アマル(p3p008599
    ※ おまけSS『同人誌『しょくよくの秋、モフの秋』』付き

おまけSS『同人誌『しょくよくの秋、モフの秋』』

●寒い日に食べたくなるもの
 寒さが厳しくなりはじめた秋の日。
 アーマデルは下校の途中、スーパーへ買い物に立ち寄りました。今日は珍しく『ダンデリオン』のメンバーと都合がつかず、夜食をひとりで取る事になったのです。
「何故かやたらとファミレスで食べて帰る事を勧められたな。……解ぜぬ」
 自炊くらい俺にもできる。異世界では故郷の料理っぽいモノを作って山賊を倒した事もあるし、オムライスに美味しくなる魔法もかけられるのだ。
(とはいえ、何か心配があるのなら、簡単に済ませられる物を買って帰ればいいだけだ。この時間からファミレスに行くと、まわりの視線がやたらと気になる)

 実はその視線が非行少年を見る目ではなく、アーマデルのお腹を見る目なのだと、当人に自覚はない。

「……ん」
 ふと、特売コーナーのところでアーマデルが足を止める。目の前に山積みにされたものを見て、彼は「これだ」と手を伸ばした。

●ふっくら VS さくさく
 自宅に戻ったアーマデルは、さっそくやかんを火にかけながら、買ってきたカップうどん2つをビニール袋から取り出した。
 やたらとお買い得価格でたたき売りされていた、『紫紺のきつね』と『紅蓮のたぬき』である。
(これを作った商品開発部の人間は疲れていたんじゃないか? 語感が悪い上にまったく食欲をそそられないぞ)
 ミニサイズだから、両方とも食べてみよう。さすがにお湯を淹れてそそぐだけなら、失敗するリスクはない。
「お湯を淹れる線まで注いで……これでよし」
 あとは3分待つだけだ。ひと仕事終えたつもりでアーマデルが椅子に座り、ふぅと一息ついた後――変化は起こった。
「……ん?」
 もうもうと上がる白い湯気の奥に、ぼんやりと映るシルエット。
 いつの間にか、うどんを挟んで向かい側の席に座っている二人の男がいる。

「ぼーっとしてるな。ふやけるぞ」
 ほら、と当たり前の様にテーブルへ肘をついて顎をしゃくるキツネ耳の師兄。

「そろそろ食べ頃だろう?」
 とソワソワしながらカップ麺の前でお行儀よく膝に手をついているタヌキ耳の弾正。

「師兄と弾正!?」

 あれだけ追葬ミラーメイズでシリアスかました二人組がいきなりこんな姿で出てきたら誰だって狼狽える。アーマデルなら猶更だ。目を見開く彼の元へ、虎視眈々と何かを狙うように迫ってくる師兄ギツネと弾正タヌキ。

「寒い日には温かくて甘いものが恋しくなるだろう? 魔剣あずきバーばかり食べていると歯が欠けるぞ。こういう日こそ、噛めばじゅわっと優しい甘みが口いっぱいに広がる『紫紺のキツネ』がお前の相棒に相応しい」
「あっ……アーマデルはまだ育ちざかりだろう。食べ応えのあるかき揚げがうどんの上にどーんと乗った『紅蓮のたぬき』は、ミニサイズでもボリューム満点。将来を支える相棒になるに違いない」
「おい、二人とも、くっつきすぎだ……」

「「当然、俺を選ぶよな? アーマデル」」


***


「……ご馳走様でした」
 ミニサイズでも、あなどれぬボリューム感。空になった2つのカップうどんの丼を前に、くったりするアーマデル。結局どちらを選びきる事もできず、全部汁まで食べる羽目になったのだ。
「この後はどうする」
「居間でパーティーゲームをしよう。3人でもプレイ出来るゲーム機があったはずだ」
「お前たち、うどんの精霊的な何かじゃなかったのか……?」
 食べたら消えてしまうかも……なんて寂しい気持ちを抱えてたのに、アーマデルの目の前ではフツーに二人がわちゃわちゃしている。
(多分これは夢だな。うん、そうに違いない)

 うどんも夢も、さめない方が幸せ……なのかもしれない。

「弾正たぬき、気安く俺を兄呼ばわりするな」
「師兄ギツネ以外にどう呼べばいいんだよ!? ちゃんとした名前くらい公開しろ!」
「弾正も芸名なんじゃなかったか……?」

PAGETOPPAGEBOTTOM