PandoraPartyProject

SS詳細

其れは甘く煮詰めたジャムのようで

登場人物一覧

ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
武器商人(p3p001107)
闇之雲


「服を買いに行こうか」
 朝、いとし子――ラスヴェートの背中を玄関で見送った武器商人が、傍らのヨタカ・アストラルノヴァへと告げたのは突然のことだった。
 ふく、とヨタカが繰り返せば武器商人も「そう、服」と呟いて。
「あの服じゃだめだったか……?」
 此方に振り向いて笑顔で手を振るラスヴェートは、ブラウン地に赤と黒のチェックで揃えたジャケットとハーフパンツに、真白の靴下を合わせた装い。ヨタカが着付けたそれは、今日彼が向かう先――中央教会でも、恐らくは浮かないと思うのだが。
「あぁ、御免ね。あの子の服じゃなく、小鳥の服さ」
 む、と思案するヨタカの眉間の皺を人差し指でつつく。夏が過ぎ去れば、朝は一瞬外に出るだけで指先がほんの少し冷気を帯びるものだから、ヨタカはその指先の冷たさに小さく肩をびくつかせる。
「今日はウチサヨナキドリのお得意様が、あの子を一日教会の礼拝に連れて行ってくれたのだし――夕方まで二人の時間だ。こんな日は、ゆっくり出掛けるのもよいだろう?」
 馴染みの客が品物を見繕う中、ふと口にした「礼拝」に、丁度居合わせたいとし子がぴんと耳を立てたのは数日前のこと。礼拝と、その後同じ年頃の子供達の集いがあると聞けば――あれよあれよという間に事は進み。客の息子と楽しげに話す横顔を見送ると、武器商人はヨタカの手を取る。
「それに、そろそろ冷えてくる頃だろう?」
 そう告げれば――小さく頷く視線の先、銀のリングが嵌められた指先に熱が宿った。


 ――こんにちは、商人様。
 そう二人が出迎えられたのは、バルツァーレク領の中心に位置するブティック。サヨナキドリのネットワークも駆使し、国の固定概念に囚われぬ衣服が並ぶこの店は、よき取引相手であり贔屓とする店であった。
「秋冬の物も入っただろう。小鳥に似合う服を見立てくれないかい?」
「えぇ、素敵な物が沢山入りましたわ! 東の島、えぇと豊穣の着物に。これから先は鉄帝の暖かい毛皮もよいかしら!」
 ずい、と背中を押されたヨタカは、あれもこれもと女性達がヨタカを取り囲み話始める中、後ろの武器商人を不安げに振り返る。人には随分と――一座の団員の賑やかさにも、自分を慕う孤児院の子供達の賑やかさにも慣れた、のだが。
(けれど、やはり、こう……!)
「行ってらっしゃい、小鳥。綺麗に着飾る姿を楽しみにしているよ」
 嗚呼、抗議の声は言葉にならず。けれどそれは、仕方ないだろう。
 行ってらっしゃい、と口にする武器商人――紫月の口元は、普段と同じ三日月に見えるけれど、あんなにも楽し気に笑っていて。
 自分にしか気づかないだろうそれを見れば「いやだ」なんて言えるはずがないのだから!

(ん、よし。装飾が多いと着るのも難しいな……)
 豊穣の艶やかな黒の着物に、ラサの軽い布を重ねた男物のスカートに――ヨタカが幾度目かに勧められたのは、天義の聖職者が式典で着るのだという礼服を基にしたセットアップ。ベルトが何重にも巻かれたそれは、固い雰囲気の中にどこか背徳的な香りを含んでいる。着るのには一苦労したものの、腰や首元の締め付けと緩む場所の感覚は――中々嫌いではなくて。
 扉を開ければすぐにまた武器商人が「似合うね」と言ってくれるだろうと思えば、ヨタカの頬が緩む。両手でそっと抑え、平静を装い扉を開ければ――そこには武器商人の姿はなく。

「まぁ、まぁ! 商人様、お似合いですわよ!」

 その代わりに、店内から聞こえてくるのは女達の楽し気な声。
 声の方へと足を向ければ――鏡の前で深い臙脂のコートを羽織り、羽根が飾られた揃いの帽子を被り直す愛しき紫月が居た。
 女達――店員は武器商人の傍に立つと、これも似合うとブローチを胸元へと飾り、シャツを身体に当てている。
 当の本人はといえば、それも満更ではないようで――されるがまま、着せ替え人形状態になっている。

 ――なんで。

 どうして、とヨタカの口ははくはくと声にならない息を漏らす。
 似合う。似合うのだ。あの紫の月に、深い――二人眠れぬ夜にシナモンを入れて飲むような、あの深い紅はよく似合う。
 黒や紫――何処か浮世離れした衣装を着回していたかつてと違い、時には気の抜けたニットを着て、時には白いスーツを着て「どうかい?」なんて不敵に笑って見せる。
 そうやって着飾る彼の変化が、酷く愛おしい筈なのに。誰も近寄らなかった彼が人と接するのも、嬉しい筈なのに。
 どうしてこんなにも、胸が焼けるようにひりつくのだろうか。

 ――嫌だ。
 
 腹をさすれば、どろりとしたナニカがそこに渦巻いている。
 あの美しい月に見惚れる人間がいるのは当然のことで。
 けれどその視線に、そして何よりもそれを受け入れる紫月に――酷く叫びだしたくなる。

「……紫月!」
「おや、小鳥。我も服を見繕ってもらっていて――!?」

 声をかけた瞬間まで此方に気付かなかったことすら、ヨタカの胸をざわめかせて。
 思わずその手首を乱雑に掴むと、早足で試着室へと雪崩れ込む。
 はらりと落ちた帽子は――店員に拾ってもらえばいい。

 靴を手荒に脱ぎ捨て、試着室の扉を乱雑に閉めて。
 ヨタカは奥へとぐいぐい武器商人の身体を押し込むと――小さく「ごめん」と声を漏らした。
 俯いたまま頭をぐり、と武器商人の胸元へと押し付ける。臙脂のコートの袖は強く握りしめられ皴が寄り――ヨタカの白い指先は、さらに白さを増していて。

(これは……成程、そういうことだね)
 珍しく声を荒げたヨタカに、何があったかと武器商人が逡巡すれば――思い当たるのはひとつ。

「あのう、商人様。どうかなされましたか?」
「――っ!」
 扉の外からかけられる店員の声に、小さくヨタカの方が跳ねて。
(……大胆なことをする割に、こうして臆病なのが可愛らしいのだから)

「アァ、大丈夫。小鳥が少し気分を悪くしたようだから、少しここで服を緩めて休ませてもらうよ」
 背中を擦りながらそう言えば、店員も「何かあれば仰ってくださいね」と立ち去っていく。俯いたままのヨタカの白い項が目に入れば、自然と喉がごくりと鳴って。
(全く、我はまだまだヒトではなく――獣みたいだ) 
 一途で、健気で、愛を、欲を、熱情を――全てを与えてくれる小鳥。
 眷属としたあの日から、時を経て、深く繋がり『番』となって。
 どんどんと欲張りになってくるこの手の中の存在がどれだけ愛おしいのか、まだ伝わり切っていないのか――そう思えば、ぞくりと背中を駆け上るナニカがいる。

「……妬いたのかい?」

 無防備になったヨタカの耳元に武器商人が問いかける言葉は、疑問の形であっても疑問ではない。
 確信を持って投げられたそれは、肯定の言葉を引き出す誘い水に過ぎないのだから。

「……だから」
「なぁに?」
「俺の月、だから」

 顔を上げたヨタカは、それでいてなお武器商人の顔を見ることはなく。下へと視線を逸らしたまま、唇をつんと尖らせる。
 
 ――俺の月、だから。

 だから、に続く言葉はもごもごと消えて。きっとヨタカ自身、その先の感情をうまく言語化できていないのだろう。けれど、その言葉だけで番たる武器商人は全てを理解する。
「ヨタカ」
 小鳥、ではなくその名を呼べば、ゴールドの瞳がおずおずと武器商人に向けられる。
 罰が悪そうに目を逸らしそうなヨタカに、武器商人は掴まれた手首を捻ると、ヨタカの指を絡めとる。
「我の目を見て」
 銀糸の隙間から覗く紫苑の瞳がヨタカを捉える。その視線にヨタカが弱いのなんて、双方にとって明らかなことで。
「小鳥は誰のモノ?」
「紫月の」
 それは日々の問答。おはよう、おやすみ、そんな挨拶と同じもの。
 返ってくる答えの変わらないそれは、二人だけの合言葉。
「全く、解っているのだから安心おしよ」
「……ごめん」
 武器商人の諭す声色は酷く甘く、ヨタカの身体へと染み渡る。耳から胸へ、そして指先の一本一本までに――
(……あ)
 ふ、とヨタカは気付く。血が廻ったその爪先は、指が絡められ所在無くゆるゆるとヨタカの手をなぞっている。
(そうか、紫月も……)
 本人は気づかない、ヨタカだけが知っている癖。
 不安だったり、気がかりなことがあったり。そんな時にだけ出る武器商人の仕草。
 それが自分だけに出ることも、知っているのが自分だけなこともヨタカの心を震わせるから――
「それ、すごく似合う。似合うから、今度それを着て出掛けよう」
 真っ直ぐ目を見つめそう言えば、武器商人は「あぁ」と笑って――軽く動く唇は「安心」の合図なことも気付いてないのだと思うと、愛おしさが募るばかりだった。


「とても似合うよ、小鳥」
 改めて言うけれど、と前置いて武器商人がそう告げたのも束の間。
「ありが……ん!?」
 手を引かれ武器商人の胸元に飛び込んだヨタカは、一瞬の後に鏡と向き合う形になって。鏡に押し付けられたのだと気付いた頃には、それ越しに見えた武器商人の不敵な笑みに目を丸くする。
「小鳥、ここうまく着られていないね……着て帰るのもいいけれど、折角だから脱いでしまおうか」
 服に付いたベルトを緩められ、首筋のボタンを外されて。
 抵抗する間もなく露になった背中には――消えることない月夜のタトゥーが刻まれている。
「これからの季節は厳しいけれど、今度は背中を出す服も着ようか」
 つ、と指が背中を這えば、ヨタカの口からは吐息が漏れそうになる。
「でも、これは我だけのモノだからねぇ」
 鏡越しの商人の顔が下がると、果実にかぶりつくかのように口を開け――

「お水持ってきました、開けてよろしいでしょうか?」

「――っ!」
「アァ、ありがとう。今出るからね――ふふっ」

 店員の声に思わず頭を打ち付けたヨタカに、武器商人が思わず吹き出せば「紫月!」と愛らしい抗議が返されて。
「出ようか」
「あぁ」
 二人笑いあって、服を買って。
 次は何処へ行こうかなんて、話すとしようか――

  • 其れは甘く煮詰めたジャムのようで完了
  • NM名飯酒盃おさけ
  • 種別SS
  • 納品日2021年10月17日
  • ・ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155
    ・武器商人(p3p001107
    ※ おまけSS『ミッドナイト・ハニィタイム』付き

おまけSS『ミッドナイト・ハニィタイム』

 パパさん、お父さん、あのねあのね――その夜のベッドは、珍しくラスヴェールトが饒舌に話をしていた。

 中央教会はすっごく広くて、人がいっぱいで、みんなでお祈りをして。
 そのあと皆でいっぱいのご飯を作って、ほーしかつどーっていうのをしたんだ。
 お友達もたくさんできてね、またいっしょに遊ぼうねって約束もしてね。

 教会での一日は、愛しい「夜明け」たる子に新たな出会いを授けたのだろう。
 あまりに目を爛々と輝かせ話し続けるものだから、このままでは朝まで寝ないで話し続けるのでは、なんて思っていたら紫月がそっと「ハチミツミルクを」と伝えてきた。テレパスはこういう時にも便利で、少しだけ笑ってしまった。
 三人でテーブルを囲んで、はちみつミルクを飲んで。
 そうして、魔法のようにぱたりと眠ってしまったラスヴェールト。
 今日だけは歯磨きを、なんて言うのはやめにしよう。
 そうして朝この子が起きたら、次に遊びに行く場所を決めるとしよう。
 いとし子にも、きっと似合うだろう服を買ったのだ。
 三人並んで、新しい服を着て。
 初めて迎える秋も、冬も、そしてこの先も。
 沢山の思い出を作ろう。

「おやすみ、ラス」
 
 小さくそう呟けば、向かいの紫月と目が合って。
 いとし子の頭の上で小さく重ねる唇は、仄かにハチミツミルクの味がした。

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