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追奏 ~アルテロンド戯曲~

登場人物一覧

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
シフォリィ・シリア・アルテロンドの関係者
→ イラスト
シフォリィ・シリア・アルテロンドの関係者
→ イラスト

●愛し子に紡ぐ御伽噺フェアリーテイル
 夜のとばりは降ろされ月が優しく微笑めば、良い子は眠りにつく時間。
 朝告げ鳥が鳴くまでは、優しい夢に包まれ眠るが幼子の務め。
「シフォリィ、もう眠る時間よ」
 母のかいなに抱かれて、温かな寝床へと運ばるるは愛し子の証。まだいつつの娘は我侭ざかりで、腕の中母の愛を当たり前のものと受け入れ甘えた。
「えぇー。やだ。わたしまだねたくない」
 娘の瞳は、好奇心で溢れている。
 この一時だけは、大好きな母はシフォリィだけのものだ。兄や姉、皆の母ではなく、シフォリィだけの。
 だから毎晩小さな我侭を口にしてしまう。愛されていると知っているから。
 優しく名を呼んでくれる母の声が聞きたくて。
 寝物語を、優しい声で語ってほしくて。
 仕方ないわねと愛しげに微笑む母の表情が、シフォリィは大好きだ。
「昔昔、あるところに――」
 ベッドに寝かせたシフォリィを撫で、母――ファムリィが今日も御伽噺を聞かせてくれる。

 ――昔昔あるところに、ハーモニアの女の子がいました。
 その女の子は沢山の決まり事がある森に住んでいました。
 その中に『森の外に出てはいけない』という決まりごとがありました。
 どうして森の外へ出てはいけないの? 森の外には何があるの?
 大人たちはだぁれも教えてはくれません。
 女の子の興味は膨らみ、やがてそれは憧れとなりました。
 そうしてある時、女の子は森の外へと飛び出してしまいます。目に映るもの全てが新鮮で、女の子は森の外の世界に目を輝かせました。森の外を知らない、純粋な子でした。
 だからでしょう。女の子は悪い人に騙されて捕まり、砂漠の国の牢屋に入れられてしまったのです。
『約束を破ったからだわ』
 女の子は泣きました。悲しみと後悔で、涙は止まりません。
 そんな女の子へ、声を掛ける人がいました。悪い人たちに捕まった騎士と名乗る男の人が、別の牢屋から励ましてくれたのです。
 騎士は言いました。
『ひとりでは無理でも、ふたりでならきっと大丈夫』
 ふたりは力を合わせ、牢から抜け出しました。
 しかし、悪い人は諦めません。ふたりを捕まえようと追いかけてきます。
 ふたりは必死に逃げ続けますが、ついには追いつかれてしまいます。
 けれど牢とは違い、騎士は剣を手にしています。剣を手にした騎士はとても強く、悪い人たちを倒していきます。親玉さえも、彼には叶いません。
 悪い人を全て倒し終えた騎士は、女の子にこう言いました。
『僕は旅の途中なんだ、君も一緒に旅に出よう』

「ねぇ、それで? それで女の子はどうしたの?」
「今日はここまで。また今度ね」
「また今度っていつ?」
「そうねぇ……良い子に眠れたら、明日話してあげるわ」
 良い子はいるかしら? と微笑みかければ、シフォリィは素早く顔の下まで掛け布団を引き上げた。
 おやすみなさいを告げる愛しい子の瞼と額へ、よく眠れるおまじない優しいキス
 素直な愛しい子を優しい夢へと誘う、子守唄母の愛
 一定のリズムで優しく叩かれる振動に導かれれば、子守唄に寝息が混ざるのはすぐだった。
「嘘ばっかりじゃねえか」
 シフォリィが眠るのを待っていたのだろう、背後でずっと黙っていた男がファムリィにツッコんだ。
「あんなこと伝えられるわけないでしょ」
「まあ、あんな出会いだったなんて言えねえよなぁ」
 母が語った御伽噺は、シフォリィの父である男――アルヴィンとファムリィの出会いの話を元にした話だ。『本当の出会い』を思い出し、アルヴィンはくつくつと喉を鳴らすのだった。

お転婆お嬢様と勇者の物語もうひとつのフェアリーテイル
 昔々、と言うほど昔ではないが、末娘のシフォリィが生まれる前の昔。当時のファムリィは、新緑に住む16歳の少女だった。
 沢山の掟のある窮屈な世界で暮らす、勇者アイオンの物語に憧れるファムリィは掟破りの常習犯。いつものように迷宮森林から外の世界を見ようと抜け出して、いつものように満足感を覚えながらもより憧れを強くして帰ってくる――はずだった。
 しかし、その日ばかりはいつもとは違った。少女は偶然にも、幻想種狩りのならず者たちに鉢合わせてしまったのだ。
 勇者に憧れるファムリィが取る行動はひとつしかない。たとえ相手が多勢だろうとも、弱き者を見捨てることなど出来る筈がない。傭兵や勇者王に憧れて習得した剣技でならず者たちを翻弄し、囚われていた幻想種たちを救うべく果敢に挑むも――彼等と入れ替わるように彼女自身が捕まってしまった。
 けれどファムリィは捕まってしまったからと言って大人しくしているような少女ではなかった。キャンキャンと子犬のように吠え、隙きあらば噛み付き、ならず者たちを大いに困らせた。
 暴れに暴れ、騒ぎに騒いだせいだろう。いつの間にか気絶させられていたファムリィが目覚めた其処は、鉄格子の中だった。狭くて四角い部屋は三方が壁に囲まれており、一方は鉄格子。鉄格子とは反対の壁には高い所にはこれまたご丁寧に格子の嵌った小さな四角い窓があり、静かな夜の気配と月明かりを室内に運んでくれている。鉄格子の向こう――通路を挟んだ向こう側にも鉄格子があり、ここが牢屋なのだろうと察する事は出来た――が。
「何なのよ、これ! 出しなさいよ! 誰か! 誰か居ないの!?」
 怒りを顕にしたファムリィは鉄格子を掴んで叫んだ。ファムリィが叫ぶ度に鉄格子がガシャガシャと嫌な音を立てるも気にしない。こんな所に閉じ込められるような謂われはないと、この待遇は不当であると、ファムリィは声を張り上げ人を呼ぼうとした。
「だぁー! うるせぇ!」
 無人だと思っていた通路を挟んで向かいの鉄格子の奥から、耐えかねたような声が上がった。質素だが、申し訳程度に設えられた簡素なベッドで寝ていた男が起き上がり、「静かにしやがれ!」とファムリィへと怒鳴ってきたのだ。
 少女はこれに酷く驚いた。人がいるとは思っていなかったところへの知らない男の怒鳴り声。一度びくりと大きく飛び跳ね、その場が何であったかを思い出すかのように暫し静けさが戻るも、すぐに彼女は気を取り直して声を張り上げた。
「大人しくなんてしていられないわ! そもそもどこよここ! あんた誰よ!」
 ガシャガシャと鳴る鉄格子に、喚く少女。
 これでは落ち落ち寝ていられないと顔を上げた男。
 名を問われた男は、アルヴィンと名乗った。
「ここはラサの郊外の街。見て解ると思うが、牢屋だ。、な」
 悪党の根城ではない公的な場所だと強調したのが伝わったのだろう、ファムリィが声に困惑を滲ませた。
「なんでそのラサの牢屋に……」
「なんでって……決まってるだろう? ここのは悪いやつらとグルだからだ」
「はあ!? なにそれ!」
 その言葉に、ファムリィは鉄格子をぎゅっと握って柳眉を逆立てる。ガシャンと高い音が鳴った。
 アルヴィンがこの牢屋に入れられた理由は、虫酸が走る幻想種狩りの連中を仲間たち――『パカダクラ暴走族』の面々と締め上げようと動いていたところ、裏を欠かれてしまったせいであった。もっと慎重に行動すべきだったと反省すべき点はあるが、捕まる前に仲間あてに手掛かりを残してきている。それに仲間が気付いてくれさえすれば、朝には合流することが叶うだろう。なにせ彼ひとりでなら、こんな牢から抜け出すことくらい夜になって見張りが減りさえすれば造作もないことだったのだ。
頂いたんだ。ただで帰るつもりはねぇけどな)
 こんなにをしてくれたのだ。は確りとするべきである。
 そうして警備の手が薄くなるのを待っていたところでファムリィが騒ぎ出し、アルヴィンからすればいい迷惑であった。
「それで、? お前はどうしてこんなところにいるんだ?」
 世間知らずで脳筋で猪突猛進なお転婆箱入り娘。それがアルヴィンのファムリィに抱いた印象だった。
 促されたファムリィが私はねと話始めたが、その印象が覆ることは無かった。
「……と、言うわけなの」
「自業自得じゃねえか」
 即バッサリいった。あまりにも彼の返しが素早かったため、ファムリィはむぐっと口を閉ざすが、
「だって目の前で助けを求めている子がいたのよ? 見逃せないわ!」
「騒ぐなよ」
 すぐに言い返すべく口が開かれる。まるで、導火線の短い爆弾ようだ。
 彼女の顛末を聞いている間に鉄格子の錠部分を何やら確認していたアルヴィンは「さて、と」と口にし――次の瞬間、錠がカチャリと小さな音を立て、鉄格子の戸がキィと開いた。
「鍵開けられるの!? すごい! 私のも開けてよ!」
「騒ぐなってば」
 物語に出てくるような盗賊顔負けの技術に興奮したのか、はしゃぐような声を上げたファムリィの牢へと近づき、錠を見る。一斉に脱獄されないようにだろう、アルヴィンの牢の錠とはどうやら作りが違うようだ。
「道具か鍵が必要だな。少し待ってろ」
 置いて逃げたら騒ぐわよ! と背中に聞こえる声にへいへいと相槌を打ち、鍵を探しに行くも、先程からファムリィが騒いでいたせいか、それともただ運が悪かっただけか、牢のある地下に降りてきた見張りと鉢合わせしてしまう。
 見張りを殴り倒して腰から鍵束を奪うとファムリィの元へと戻り、彼女を牢から出してやった。
「結構やるじゃない!」
 牢から出たファムリィを連れ、階段を上る。
 そこでまたも遭遇したならず者が警笛を鳴らしたせいで、ファムリィまで剣を持つドタバタ逃走劇に発展した。
「もう! あんたのせいで見つかっちゃったじゃないの!」
「どっちかってぇとお前のせいだろ」
 剣で火の粉を払いながら、ふたりは駆ける。駆ける間も彼女はああだこうだと言ってくる。
「ちょっと! 脱出するんじゃないの!?」
「ただで帰れる訳ねぇだろ」
 ならず者たちと役人が繋がっている証拠と言う名のを貰わねば帰れない。
 辿り着いた上官の部屋。証拠を見付けたアルヴィンが返った其処には……。
「……ごめん」
 ならず者と役人に捕まったファムリィの姿があった。
「なかなか上玉じゃねぇか。身体も悪くない、高く売れそうな幻想種の女だ。こいつを置いてくなら見逃してやってもいい」
 下卑た笑みを浮かべた役人が、取り押さえられた彼女の頬をいやらしく撫でる。
 ぎりと奥歯を噛み締めたアルヴィンがてめぇと声を発するよりも先に上がったのは、役人の情けない悲鳴だった。
「こんなヤツらに構わないで! 人を商品としか見ていない奴に売られてたまるものですか! 私を黙らせたかったら殺せばいいじゃない!」
「自分の置かれた立場を解っていないようだな!」
「――ッ!」
 役人が、ファムリィに噛まれた反対側の手で彼女の頬を強く張る。大事なである事を忘れた怒り任せの一撃に、彼女の頬はすぐに色を変えた。
「……やっぱお前ら、見逃がす訳には行かねえわ」
 そこからの展開は、まさに圧巻の一言であった。
「命までは取らねぇ、女の命盾にして前に出れねぇてめぇらを許す訳にはいかねぇよ」
 圧倒的な強さであっという間にその場に居た全員を倒し、アルヴィンはファムリィを助け出した。ピンチを切り抜ける彼が、彼女勇者に憧れる少女の瞳にどう映っていたかも知らずに。
 朝を迎える前に駆けつけたアルヴィンの仲間たちとともに手分けをしてならず者どもを縛り上げ、朝日が上る頃には全ての処理を終えていた。
「深緑に帰してやるよ」
 送ってやるからもう来るなよ、と朝日を背にしたアルヴィンが言う。
 けれど。
「帰らないわ。私の勇者を見付けたから」
 ファムリィはきっぱりとその申し出を跳ね除けた。
「……意味がわからねぇ」
「これからあなたには、私の勇者になってもらうわ!」
 呆然とするアルヴィンに向かって、彼の仲間たちの前でファムリィはそう言い放ったのだった。

 それが、ふたりの出会い。
 正直、お互いの印象は最低最悪だった。当たり前のことだが、恋仲になるとは露ほども思っていない。
 なんだかんだで常識人なアルヴィンをファムリィ振り回し、幾度も冒険を重ねていく中でふたりが互いのことを知るようになり、そうして惹かれ合っていくのは――まだまだ先の話である。
「何を笑っているの?」
「昔のことを思い出してな」
「子どもたちに言わないでよね」
 ふたりは幸せそうに笑いながら愛娘の寝室の灯りを消し、部屋を出ていったのだった。

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