SS詳細
縁り合う糸は明けの空に
登場人物一覧
●
幸せを数えようとしたら、指が足りなくなった。
「キミならもう分かるだろう?」
見守ってくれる
「まったく、聖女使いが荒いっすわ」
「カフェの開店時間に合わせるためさ。ボクは回復しか出来ないけれど、早めに治療していくからね」
頼もしい仲間がいて。
「ただいまです」
陽だまりのような温もりをくれる
「キミとなら、地獄の果てであっても後悔しない」
手を差し伸べてくれる
学校に行ってみたり、お祭りに行ったり、時々珍事件にも巻き込まれたりして。
きっとこれが幸せというやつなんだと思う。
ただーー幸せになっても、
両手いっぱいに掴んだ幸せは砂の様に指の隙間から零れ落ちて、風に浚われれてしまう事もあるのだと。
帝都高天京の裏路地に現れた
魔哭天焦『月閃』。夜妖をその身に纏うとされる秘儀。
代償は定かでないが、力を行使する者の中には『反転』と同じ姿を取る者もいるのだという。
その夜、弾正のアバターである九重ツルギが発動した『月閃』は彼の姿を闇色に染め、異形へと変えたのだ。
(あれがツルギさんの『反転』……)
自分が旅人だから、『反転』する可能性なんて考えた事もなかった。
目の前で好きな人が変わり果てた姿は"恐ろしい"でも"頼もしい"でもなく。
ーー胸の奥が、痛い。
●
「……っ」
鳴り響くaPhoneの音でアーマデルは覚醒した。
ぐっしょりと濡れて額にはりついた前髪をかき上げ、端末を手に取る。アラームを切ると残ったのはSNSの通知。弾正からのメッセージだ。
(昨日の記憶があやふやだ。依頼を終えて、ログアウトした後……どうやって家に帰った?)
どうやら弾正に一言もなく帰ってしまったらしい。「具合でも悪いのか」とか、「無理はするな」とか、
お気に入りらしいアライグマのスタンプを駆使して問いかけてきている。
『大丈夫。いつも通りだ。それより、何か目ぼしい依頼はないか?』
どんな雑念も仕事をしている間は霞むものだ。気分転換になるような依頼もあるかもしれない。
アーマデルからの返信に、秒で既読マークが付いた。
『さっき境界図書館に行った時、案内人から頼まれた仕事がある。人員が最低限2人は欲しいと言われていて』
『分かった。支度が出来たらすぐに向かう』
ライブノベルでの死は泡沫の夢。命が潰えた瞬間に、図書館へ戻されるだけだ。現実での死に繋がらない。
それに、久しぶりに現実の姿——弾正の顔を間近で見る事が出来れば、信じる事が出来るかもしれない。
今の悩みは杞憂に過ぎず、どんな困難も俺達ならきっと――
***
その本を『境界案内人』神郷 蒼矢は『夜明けの書』と呼んだ。
「異世界に入った後、夜明けまで待つ。それで仕事は終了だ」
「なんだ。簡単に聞こえるが、わざわざ2人がかりで向かう必要は無いんじゃないか?」
疑う様な目で群青の青に染まった表紙に視線を落とし、弾正が不平を言う。対してアーマデルの方はというと、やや警戒気味だ。
「気を緩めすぎだ。蒼矢殿の仕事は一筋縄ではいかない」
「その通りさ。この世界は訪問者が"心が脆い時"の姿を読み込み、その姿で出力する」
だから夜明けまで耐えられる者を探していると彼はいう。物語には役者が必要だ。登場人物が居なければ、永遠に完結する事ができない。
「どんな事になろうと、俺達なら大丈夫だ」
「……」
「アーマデル?」
咄嗟に返事が出なかったのは、妙な胸騒ぎのせいだろうか。気を取り直し、手を繋ぐ。
「行こう、弾正。一緒に夜明けを迎えるために」
●
案内人に導かれ、降り立ったのは月に見放された群青の空。雲ひとつなく星々の煌めきがよく見える冬の夜に、吐息が白くたちのぼる。
己の姿といえば特に変わった様子はない。異世界を訪れる前の姿だ。おまけ周囲の光景に見覚えまである。練達にある通学路だ。
希望ヶ浜に展開している、何の変哲も無いファストフード店。『追想ミラーメイズ』で弾正と二人、張り込んだ時の記憶が蘇る。はぐれぬようにと繋いだ手の感触を思い出したくて、拳を強く握りしめた。
意識を看板から逸らした時――ふと、アーマデルの目の前を銀糸の髪が流れる。
「弾正」
声をかけると同時、強い煙草とアルコールの臭いに眉を寄せた。喉を大切にしている彼から、そんな物が漂ってくる訳がない。
「――」
ゆっくりと振り返る銀髪の男。それはやはり弾正――だが、その瞳は濁りきり、姿は今よりも若く見える。
「順慶。旅人の世界では、死んだ人間は星になるんだったよな」
「しっかりしろ弾正! 俺はアーマデルだ。順慶じゃない」
「どうしてそんな、遠い場所まで行ってしまったんだ。まだ何も伝えてない。まだ一緒に歌えてない」
痛んだ喉で振り絞る様に怨嗟を吐き出す弾正。その姿を見てアーマデルはハッとした。この世界は訪問者の"心が脆い時"の姿を映し出すなら、目の前にいる彼は
「もう声なんていらない。全部捨てたっていい。だカら、かエシてヨ……俺ノ一番星』
空間が歪む。いつの間にか遠ざかる街の喧騒。弾正の髪が黒く染まり、青白い火花を散らして異形の姿へと変わり果てる。
『反転』孤独纏いのオルフェウスーー死への嫉妬が辺りに降り、アーマデルは身構えた。
ひどく頭が痛む。原罪の呼び声だと気づいたのは後の話だ。魔種の嘆きが蓄音機と竪琴の音に乗せられて、アーマデルにしみ渡る。
『寂シイ。置イテイカナイデ――ソウダ。何モカモ、冬二抱カレテシマエバ!』
「弾正!!」
倒さなくては。眠らせてやらなくては。往くべき処へ送らなくては。
信仰と信条はそう告げる。
取り返しがつかなくなる前に話し合おうと言ったはず、だからまだ。もう少し。もっと先まで。
まだ、傍に居られるかもしれない、他のなにもかも捨て去れば。
感情はそう震える。
せめぎ合う意識の中、答えを出せないままーーそれでも時間は感情を持たず、止まることを許してはくれない。
また置き去られるのか。追いつけないから。何も出来ないから。
この世界を抜け出せば、いつも通りもと通り。反転した弾正なんていなくて、いつも通り「お疲れさま」と目元を緩めて笑いかけてくれる。
頭で理解はしていても、こうして思い知るのは重かった。
ああ、何かが少しずつ、千切れて解ける音がする。
まだ、縁の糸が千切れるには早いはずなのに。
俺の"心が脆い時"は
再び撚り合わせようと手を伸ばし、掴もうとするが、見えないそれはするりと逃れ……明けの空に溶けて消えた。
***
「お疲れ様」
いつもと変わらぬ調子で蒼矢は半壊した大通りへ現れた。瓦礫の隙間をぬって差し込んだ朝日が、座り込んでいるアーマデルの横顔を照らしている。
「図書館で弾正が待ってるよ。彼は先にはじき出されてしまったからね」
アーマデルは答えない。激闘の果てに塵となった異形の亡骸から、壊れた赤いヘッドホンを抱いて。
流れ続ける涙にただ頬を濡らし続ける様は、とても痛々しく――けれど、人形の様に無感情な今までの彼より
「おめでとう。君は新たな一歩を踏み出した!!」
おまけSS『同人誌『この界隈で見かけるあの部屋』』
●薄い本の王道
何度振り返ってみても、俺達に落ち度はなかった。ただ運が悪かったのだ。
多勢に無勢の状況で、アーマデルも俺も善戦した方だと思う。敵に囲まれ戦い続ける中で、疲弊した俺達は敵の術中にはまり、この箱庭の様な謎の空間へ放り込まれた。
まるで練達の何処かにありそうな民家の一室。風呂もありベッドもあり洗面所もある。一般家庭にあるものは大体揃っているようだが、ここには窓が一切ない。
そして唯一の出口と思しき扉は、封印のような物が施されていた。
「どうやら、謎を解かないと、この閉鎖空間からは出られないようだな」
「まずは手掛かりを探そう。弾正はリビングと寝室を探してくれ。俺は玄関と風呂場を探してくる」
どんな状況であろうと、アーマデルも俺も諦める事はない。戦いで疲弊した身体に鞭を打ち、手掛かりを探し始める。
――が、部屋の答えは数分後にあっさり見つかった。
寝室のベッドに雑に報られていた一枚の紙切れが、この部屋の事を簡潔に物語っていたのだ。
行頭はインクが滲んでしまっていて読めないが、解読不能な場所を読み飛ばすとこう書かれていた。
『…ックスしないと出られない部屋』
「――ッ!?!??」
わなわなと紙切れを持つ手が震えた。腰が抜けてそのままボフッとベッドの上に座り込む。
真新しいシーツがかけられた、キングサイズの立派なベッドだ。つまり、ここは――
(いや、落ち着け。COOLになれ冬越 弾正! そんな部屋が実在するはずがない。あるとしたら薄い本の設定の中だけだ)
しかし此処は無辜なる混沌。その上、敵地の罠の中である。寝室のどこかに隠しカメラがあるとか、そういう非道でいやらしい準備がされているに違いない!
(俺はともかく、アーマデルはまだ 17歳だぞ! 悪趣味な奴らめ……くっ。どうすればいいんだ。だいたい、それで脱出して敵地から逃れられたとして、ローレットへの報告書にはなんて書けばいい?)
「弾正……」
ベッドの上に押し倒されたアーマデルは、潤んだ瞳で弾正を見上げた。心配を和らげてやろうと冷たい手をぎゅっと握ってやる。
「大丈夫だ。年上として、俺がちゃんとリードしてやる」
「優しくして、くれるか?」
震える様なアーマデルの言葉をふさぐ様に、弾正はそのまま、唇で――
「弾正」
「ひょわあああぁぁ!?」
背中へ声をかけただけだというのに、弾正は大きく肩を跳ね上げてやたらデカいベッドの上で正座した。
明らかに様子のおかしい相棒に首を傾げつつ、アーマデルは言葉を続ける。
「手がかりらしいものはあったか?」
「……嗚呼。これを見てくれ」
気まずくはあるが、隠している訳にもいかない。敵地の罠の中なのだ。この部屋に長居をする事で、何かリスクを背負う可能性だってある。
渡された紙切れを黙読すると、アーマデルは特に衝撃を受けた様子もなく「そうか」とだけ呟いた。さらには弾正の方へ真顔のまま、
「早速ためしてみよう」
と言うのである。弾正は思わず鋭い目を見開いた。
「い、いやしかし……」
「向こうの部屋に
「なに?」
「ハードとか、ソフトとか、ウェットタイプのもあったな」
ぐらぁ、と弾正は眩暈を覚えて頭をおさえた。確かに
「普段、弾正はどんなタイプを使ってるんだ?」
「いきなりそんな直球な!?」
「どうせならつけ心地のいいものを選んだ方がいいと思ったからだ。匂いつきのもあったぞ」
「そ、そういうアーマデルはどんなタイプが好みなんだ」
「俺はそもそも、つけない方がいい」
「だだだ大胆だなぁっ!?」
ベッドから転げ落ちそうなほど驚く弾正と、その様子を無にちかい表情で見下ろすアーマデル。異様な空気が閉鎖空間に流れる。
その時、ハッと弾正は気づいてしまった。まさか自分があまりにも奥出だから、彼は気をきかせてくれているのではないのかと。
「というか、アーマデル……キミのその口ぶりだと、ハジメテという訳ではなさそうなんだが」
「嗚呼、そうだな。あまり詳しく思い出せないが、
(なんという事だ。互いにアンダーグラウンドな世界に身を置いているのは理解している。いや……理解しているつもりだった。
けれど俺は、アーマデルが通ってきた険しい道のりを何も知らなかったのかもしれない)
ならば、覚悟を決めるべきは自分の方だ。彼の相棒として、恋人として。
「つけ方がよく分からないから、弾正に任せてもいいだろうか」
頬を火照らせたまま、コクリと頷く弾正。
「分かった。じゃあ箱ごともって来よう」
「そんなにする気か!?」
***
ぴんぽーん。
部屋じゅうに間のぬけた音声が響き渡り、開かずの玄関が自動で開く。
「どうやら正解だったようだ」
「……」
2人が部屋の外へと足を踏み出せば、ふんわり整髪料の匂いが外へと漂う。
「『
「そんなオチだろうと思ってたぜ畜生おぉぉおおお!!!」