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九月の休日、幸せの一日
登場人物一覧
九月の陽気は、暖かい太陽と優しい風が丁度よくかみ合っていて心地がいい。
再現性東京。その中でもとりわけ自分の過ごしていた世界に近い都市を選んで、アリスはノルンと『街を案内する』と言う約束をした。仲の良い友達と、二人で遊びに行く。アリスには、ノルンと一緒にいられることがうれしい。
公園のベンチに座って、ゆっくりと足をパタパタさせた。待ち合わせ五分前。噴水近くの大時計に視線をやって、ドキドキする胸の鼓動を感じながら、アリスはノルンを待つ。ほどなくして、
「アリスさん!」
と、手を振ってやってくるノルンが見える。左手首のスカーフが揺れていた。アリスは立ち上がると、にっこりと笑って手を振り返した。
「お待たせしましたっ」
そう言うノルンに、アリスはゆっくりと頭を振った。
「ううん……待ってない、よ……? えへへ……またノルンと一緒に遊べて……嬉しい……な……!」
そう言ってほほ笑む。ノルンはそのしぐさに、なんだかドキッとしながら、笑顔を返した。
「お誘いありがとうございます! ボクも、アリスさんと遊べて嬉しいですっ!」
そう言ってくれるノルンに、アリスはなんだかとても嬉しくなってしまう……。
「じゃあ……いこ……? アリス……美味しいクレープ屋さん……知ってる……」
「はい、よろしくお願いしますっ」
二人並んで、公園の路を行く。こうして並んで歩いていると、なんだか心地の良い緊張を覚える。アリスにとって、ノルンは特別な友達だ。男性が苦手なアリスが、そう言った感情なく仲良くできる唯一の相手……ノルンにとっても、アリスは優しくて可愛らしいお姉さんと言った感じで、親しみの持てる相手だった。
公園を出て少しすると、商店街のエリアに入る。目的はそこのクレープ屋で、この都市の女子にとっては大人気のものだ。
「あまいの、大丈夫……?」
「はい、好きですよ」
そう言うノルンに、アリスは胸をなでおろす思いだ。路面に接しているカウンターで店員の応対を受けながら、アリスはメニューを指さした。
「このお店、前にいた世界のと……よく似た味のお店。おすすめは……キャラメルクリームと、イチゴチョコ……だよ」
「そうなんですね……イチゴ、おいしそうですね! ボクはイチゴチョコを」
「じゃあ、アリスは……キャラメルクリーム……」
二人で選んだクレープが作られていく。クレープ生地が焼かれる甘い匂いが、二人の鼻孔をくすぐった。それだけでも楽しみになってしまうから、二人は顔を見合わせて笑った。
ほどなくして出来上がったクレープを持って、二人は路地に面したテラス席に座る。いただきます、と二人で言って、クレープを口に含んだ。
「……! 美味しいですね! こちらにはこんなにおいしものがあるんですね……!」
ノルンがそう言って目を丸くするのが、アリスには嬉しい。
「ん……でしょ? えへへ……」
クレープを口に含むと、キャラメルと生クリームと、それから嬉しさの甘い香りが口中に広がる。キャラメルと、イチゴ。何方もアリスの好きなものだ。だからアリスが、こういうのも自然な事だった。
「アリス、イチゴも好きだから……ノルンの食べてるのも美味しそう……一口……ちょーだい」
「え、えっ? あ、はいっ! どうぞ!」
と、びっくりしながら差し出すノルン。自分と同じ個所を、アリスは齧って口に含んだ。口の端についたソースをペロリ、と舐めるそのしぐさに、ノルンはなんだかドギマギとしてしまう。
(……というより、今のは間接キスなのでは……?)
ノルンはドキドキを覚える。気づいてはいないが、顔も赤くなっているかもしれない。しかしアリスは、小首をかしげて見せるのであった。
「えっと……ね……可愛い写真が撮れるから……機械の声に従うの……」
と、カーテンで区切られた空間に二人。ゲームセンターに立ち寄った二人は、写真をシールプリントにする遊具で遊ぼうという事になって、ブースに並んで画面を覗いていた。覗いてみれば、鏡写しになった二人の顔が、些か緊張した面持ちをしている。それが何だか気恥ずかしくて、二人は緊張をお互いに悟られないかと気が気じゃない。
いや、それ以前に、狭い空間に肩を寄せ合っている、と言う状況が、如何に『仲の良い友人』であろうとも緊張するものだ。ましてや、アリスにとってはノルンは特別な男の子。そう言った思いも強い。二人の緊張など知るはずもない機械は、『カメラに映る様にもっと真ん中に集まって』などと言ってくるものだから、アリスは知らずに頬を赤らめてしまう。
「えっと……機械の声に、従わないといけない、から……」
「そ、そうですね。わかりました……えっと、もっとくっついて……こう?」
そう言って、頬がくっつきそうになるくらいに、近づく。お互いの頬の熱が、なんだか感じられるような気がする。それが二人にさらなる緊張をもたらして、表情が少し硬くなってしまう。
果たして機械から出てきたのは、そんな緊張した二人が顔を寄せ合っている写真のシールだった――。
「……でも、これはなんだか良いですね」
と、ノルンはファミレスの席で、プリントされた写真を見ながらそう言った。ゲームセンター遊んだ二人は、そろそろ日も暮れるという事で、夕飯がてらにファミレスに入った。ノルンなどは、ファミレスなんて初めての事だったから、入った時からたいそう驚いていた。とりわけドリンクバーなどはかなりの衝撃だったらしく、
「ドリンクバー……はね……ここにかいてある飲み物が……全部飲み放題……なの……! 紅茶も……自分で……いれられるよ……」
「ええっ!? 飲み放題なんですか!? こんなに種類があって……これを、全部!?」
と目を丸くしていた。そんな様子がとても可愛らしくて、アリスは上機嫌だ。たらこスパゲッティとドリアを二人で頼んで、堪能した。どちらもノルンには初めてのもので、これにもやっぱりびっくりしたものだ。
「……たらこスパゲッティも……おいしいよ。ノルン、あーん、して……。クレープの……お礼」
と、フォークに絡ませたスパゲッティを、アリスはノルンに差し出す。ノルンは(やっぱりこれは間接キスなのでは……?)とどぎまぎしながらも、それを食べさせてもらった。確かにおいしいが、それ以上に、気恥ずかしくて、嬉しい。
デザートのティラミスを二人で食べながら、アリスは笑う。
「ここのデザート……美味しい……よね……アリスも好き……」
好き、と言う言葉に、アリスは思わずドキッとしてしまった。好き、と言葉に出す事。それが何だか――恥ずかしい。どうしてだろう? まだ答えは出ないけれど、悪い気持ちではない。
「アリス……混沌に来てから少し……心細かったんだ……でも……ノルンが一緒にいて……たくさんの楽しい……くれた……」
アリスはそう言って、微笑む。
「勿論今日も……すごく楽しかった……。
アリスと一緒にいてくれてありがとう……これからもよろしく……ね」
その言葉にノルンは優しく微笑むと、
「ボクの方こそ、いつも一緒にいて貰えて。アリスさんにはとても感謝しています。こちらこそ、これからもよろしくお願いしますっ」
照れくさそうにそう言うのだった。
日が暮れて、幸せな一日は終わる。
けれど、今日感じた幸せは、終わることはなく。
きっとずっと、続いていく。