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【鏡写しの泉】ある夏の日の

登場人物一覧

ユーリエ・シュトラール(p3p001160)
優愛の吸血種
ユーリエ・シュトラールの関係者
→ イラスト
ユーリエ・シュトラールの関係者
→ イラスト

 じりじりと肌を焼くような暑い日差しが道に濃い影を落としている。こんな暑い日は冷たい物が美味しい。そして冷たくて美味しい物とは言えば、親友のフロレンツィア――フロルが作るジェラートが絶品だ。
 涼しく過ごしやすい空間に絶品のジェラート。この二つが揃うここは、私的夏のおすすめポイント! なのだけど。
「ユーリエ、今日は何にするー?」
「んー……。この間はオレンジ味だったし、今日は苺味にしよう!」
 なんとも言えないのんびりとした空気の中、私はガラスを覗き込む。
 フロルの作るジェラートは本当に美味しい。食べた人が涙するぐらい美味しいというのは比喩じゃない。実際初めて食べた人が美味しさに涙した所を何度か見たことがある。
 素材の色を生かした色とりどりなジェラートはどれも美味しそうで私を誘惑してくる。
 恋人のエリちゃんのお陰で食べても太ることはないけど、一度に食べるのは一つだけ。
 ジェラートを待ちながら、綺麗に掃除された店内を見る。
「フロルー、今日お客さん来たー?」
 店内にはフロルと私だけ。つまり、お客さんは私だけ。
「あはは……。見てのとおりだよ」
 その言葉と一緒に苺味のジェラートが置かれる。早速ジェラートを頬張れば、甘酸っぱくて濃厚な苺の味が舌いっぱいに広がる。おいしい。
「こんなにおいしいのに……」
「宣伝が足りないのかな……。あ! ユーリエのお店で宣伝してみようかな!」
「うん、良いよ! 良い宣伝になるはず!」
「じゃぁポスター描いて貼っても良い?」
「もちろん! またシエラちゃんに頼んでも良いかも!」
 フロルが奥から紙とペンを取って来る。他のお客さんが来ないので、遠慮なく紙を広げてどんなポスターにしようかと相談していると、不意にお店のドアが開いてカランカランとドアベルが音を立てた。
 慌ててフロルが店員の顔になる。
 私も慌てて紙を仕舞おうとするけど、それより先に入って来たお客さんを見て声を上げてしまった。
「いらっしゃいませ! って先生!」
「やぁ、二人とも。フロル君、お勧めを頼むよ」
「はい、ただいま!」
 すぐにジェラートを盛り付け始めたフロルと私を見る先生、ハルトヴィン・ケントニスの目は輝いていた。
「ユーリエ君、涼み終えたらフロル君と三人で調査にいくぞ!」
「今日は何の話ですかー?」
 綺麗に盛り付けた本日のお勧め――ウォーターメロン味――を先生に差し出すと、先生は早速一口。
「あぁ、実はね……」
 そう言って先生は、混沌の色々な所を転々としている、その人の内面を映しだした自己像を作り出すという泉、通称『鏡写しの泉』について話し始めた。


 慌てて準備をして、取りあえず先生に案内されるままついてきた私とフロル。
 どうしたらそんな泉の場所が分かったのか気になるけど、きっと先生のことだ。知り合いが見つけて教えてくれたのだろう。
「ユーリエ、大丈夫なの?」
「あははー……たぶん。まぁ、ちょっとした探検みたいなものだよ!」
 私も都市伝説は好きだから。
 泉に関しては冗談だろうと思いつつも怖い物みたさな所はあった。
「ふむ……。どうやらここのようだな」
 たどり着いた場所は、洞窟……いやダンジョンだろうか?
 入口からはひんやりとした空気が漂っていて、季節は夏だというのに肌寒いくらいだった。
「さぁ、中に入ってみようじゃないか!」
 先生の言葉に背中を押され、そっとフロルの手を握って私たちは洞窟に足を踏み入れた。

 昼でも日が差さない洞窟の中は暗く、私は鞄から照明になる手のひらサイズの水晶玉を取り出し、それをフロルに持ってもらった。
 洞窟にモンスターは出ないみたいだけど、野生の動物がいるかもしれない。
 そう思って野生の動物が嫌う匂いを詰め込んだ袋を取り出した。
 水晶玉と匂い袋は、先生と出かける時は欠かせないマジックアイテムだ。
 そして誰よりも大切で愛おしいエリちゃんの事を思えば、私が変わる。明るい紅茶色の髪の少女から、エリちゃんと同じ白銀に端だけストロベリーピンクの髪と、腰から吸血鬼の羽根が生えた愛の吸血鬼に。
 念の為に右手首を確認すれば、前に先生と出かけた時に手に入れたエモーションチェーンが水晶玉の光を受けて鈍く輝いた。
 色は銀から黄色に変わって来ている。この先何があるか分からないし、二人を守れるのは私だけ。何があっても二人を守らなきゃ!

「あの……そろそろ休憩にしませんか?」
 洞窟に入ってから30分くらいだろうか。フロルがそう提案した。
 確かにフロルの店を出てから全然休憩してない。そろそろ一度休憩した方が良いかもしれない。特にフロルは洞窟を歩く機会なんて滅多にないから私達より疲れているはず。
「うむ、探究者にとって休息は大事だね!」
 先生は賛成すると同時に少し開けた場所を探し、焚火の準備をし始めた。
「明日は筋肉痛ね……」
 元々運動が苦手な上に、慣れない洞窟歩きに疲れを隠せないフロルは足を揉んでいる。
「はい、これ良く効くよ」
「有難う……!」
 筋肉痛に良く効く薬を渡せばフロルは早速足に塗り始めた。
 すっとするミントの香りが広がって、その香りのせいか、誰かのお腹がぐぅと鳴った。
「火も着いたし食事にしよう! 休息に食事は付きものだからね!」
 誤魔化すように言う先生に、思わずフロルと顔を見合わせて笑ってしまった。

 フロルが携帯用の小鍋でスープを温めている間に私は鞄の中から探索道具を取り出した。泉と言うから草原や森の中かと思っていたから、洞窟で良く使う物は奥に入れてしまったのだ。
 先にどんな場所かだけでも聞いておけば良かったと反省しながら鞄の中に道具を入れ直していくと、ふわりとスープの良い匂いが広がった。
「ユーリエ、ご飯出来たよ」
 顔を上げれば、目の前に表面を軽く炙ったホットサンドにコンソメスープ。
 少し前に食べた苺味のジェラートはすっかり消化されていて、今度は私のお腹が鳴る番だった。

 温かい軽食に一息つくと、フロルはデザートだと言ってジェラートを取り出した。
 私達の分も用意してくれていたみたいだけど、ジェラートは一日一つまで。しかも洞窟は奥に進むにつれて気温が下がっていくのに、フロルは凄いなぁ。
 先生もジェラートは断っていて、代わりにコーヒーを片手に洞窟で使用すべきアイテムを広げ、説明し始めた。


「良いかいフロル君。洞窟ではまず自分がどこにいるか把握するのが大切だ。その為にはどうしたら良いと思う?」
「え、えっと、マッピングですか?」
「その通りだ。洞窟探索ではマッピングは必須だ。だけどマッピングの為には紙とペン以外に、今自分がどの方向を進んでいるのか調べるための羅針盤に、既に調べたかどうか目印をつけるためのチョーク、それから――」
 フロルが食い入るように聞き入っているせいか、先生も凄く生き生きしてて嬉しそう。でも、聞くのに集中しててもジェラートを食べる手は止まらないんだね、フロル……。
 私も先生の説明を聞きながら相棒の蝙蝠を抱きしめる。ふわふわとした胸元の毛がくすぐったくてあったかい。
 楽しそうな先生とフロル。それからエリちゃんとの愛の証である相棒の蝙蝠。ふわふわあったかくて幸せで、何だか、心地いいな。

 しっかり休憩したお陰でフロルの体力と足の痛みは回復したみたい。軽くなった荷物を持って、てくてくと奥に進んでいく。
「泉はまだでしょうか?」
「そこまで深い洞窟ではないと言っていたから、もうそろそろだと思うよ」
 先生の言う通り、10分も歩けば洞窟の奥に青い揺らめきが見えた。
 奥に進めば唐突に開けた場所に出た。
 深い青を湛えた泉。広さはそこまでじゃない。だけど、言いようのない悪寒にぶるりと身が震えた。
「ここが……!」
 目的の泉かも知れないという興奮と歓喜の入り混じった声に、私は先生とフロルを見た。
 噂通りなら、ただの綺麗な泉じゃない。まずは私が調べて来るから、二人は後ろで見ていてと目配せすると、二人はその場に立ち止まって頷いてくれた。
 そのことに安心して、しゃがみこんで水面を覗き込む。
 見えるのは深い青。どれだけ深いのか、底が見えないがただそれだけ。
「何も、出ない……?」
 エモーションチェーンは鮮やかな黄色なのに、水面は何も映らない。
 安心したのか、何も起きなかったことにがっかりしたのか自分でもよくわからなかったけど、確かにその時私はすっかり油断していた。だけど――
「キィキィ!」
「え! 何何!?」
 警戒するように肩の上で急に鳴き始めた相棒に、慌てて前を見ればそこには『私』が居た。
「えぇ!?」
 突然目の前に現れた『私』にびっくりして、思わず尻餅をついてしまった。とっさの事で受け身も取れなくて、痛いし、凄く恥ずかしい!
「ユーリエ君が二人!?」
「噂、本当だったんだ……!」
 後ろでは先生とフロルも驚いている。良かった。尻餅は見られなかったみたい。
 慌てて立ち上がって『私』を見ると、『私』は楽しそうに笑っていた。
『あはは! さすが”私”だね』
 見た目は私と全く一緒だけど、声に違和感を拭えない。自分で聞く声と人が聞く声って違うって言うけど、やっぱり何だか変な感じ。
「本当に私なの?」
『うん。”私”だよ』
 にっこり笑う笑顔は鏡で良く見る笑顔。でも、姿形を真似るモンスターが居ても可笑しくない世界だもん。見た目だけじゃ判断出来ない。
「……私の弱点は?」
『お耳が弱いんだよね?』
 私にしか聞こえないようにか、小さな声で『私』が囁く。その答えに、思わず呻いてしまった。
「う”っ……」
 当たってる……。
 確かに私はお耳が弱い。自分で触る分には平気なのに、他の人に触られると……!
『昨日はエリちゃんに』
「わー! ストップー!」
 慌てて『私』の言葉を遮る。エリちゃんとのことは、私だけが知っておけば良いの!
 こほん。
 どうやら本当に私みたい……。
 噂が本当なら、『私』は私が見たこと、感じたこと、全てを知っている筈。
「では鏡のユーリエ君、今日私が食べたジェラートは当てられるかな?」
『ウォーターメロン味ですよ』
「なん……だと……!?」
 さらりと言う『私』に何故か先生がショックを受けている。何で?
「じゃあ、私も! 今日ユーリエが食べたジェラートの味は?」
『苺味だよね? フロルの苺の味が舌いっぱいに広がったなぁ……。あ、そう言えば新しいケーキ屋さんのショートケーキ美味しかったよ』
「独特の表現だね……。それに美味しいケーキ食べに行くなら誘ってよ」
 フロルはフロルで、なんとも言えない表情で『私』を見ている。
 あれ、もしかして二人とも楽しんでる?
 思わずぽかんとしてしまった私を他所に、先生とフロル、『私』は盛り上がっている。
 そのお店はまたまた見つけただけだし、今度案内するからフロルはそんな目で見ないで!
 思わず頭を抱え込みたくなるけど、先生は楽しそうで、フロルも笑顔で、『私』も笑っていて――これが私の内面で、客観的に見た私なら――気が付けば、私も笑顔になっていた。
 四人で楽しい時間を過ごした後、ゆらりと『私』が揺れ。
『”私”に言っておくよ。妹を助けたいのなら、皆を頼ること。信じること。これを忘れないでね』
 そういって、霧散していった。
 鏡の私は、私の胸の奥で考えていたことを露わにした。それは妹のこと。
 深緑にいる妹は何が何でも助け出したいと思っている。しかし、本音は一人で全部解決しようと思っていた。それを見越しての発言だったのだろうか……。
 一人では無理なのかもしれない。だけど、皆を頼って、信じて、手伝って貰えばきっと……!
 大切な友人、兄弟、そして愛しい人の顔を思い浮かべ、私は強く手を握り締めた。
「絶対、みんなで助け出すから」
 だから、待っててねエミ―リエ。

 それから数日後、「Re:Artifact」に一通の手紙が届いた。
「あ、先生からだ」
「また何か見つけたの?」
 宣伝用のポスターを張りに来ていたフロルが首を傾げた。
「えっと……『この間行った洞窟なんだが……。”何も”なかった。いや。存在そのものがなくなっている』……。……え?」
 手紙を読み上げた私は、背筋がひやっとなった。
 確かに、泉は混沌の色々な所を転々としていると言っていたけど……。
「ユーリエ……」
 ぶるりと体が震える。
 まさかの知らせに、この夏の怖い思い出が出来上がってしまった……。

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