SS詳細
「初めまして」から「またね」まで
登場人物一覧
これはまだ、お互いを知らなかった時の話。
彼と、彼女と、彼女が出会った、幻想の片隅にあった物語だ。
●時間の融通者達
幻想国にあるローレットに寄せられる依頼は様々だ。
国家に深く切り込む話もあれば、迷子の犬を探すなんてなんでも屋染みた仕事まで、言い出したらキリが無いほどに。
その中でも、特に多い仕事は戦闘に関するものだ。
鉄帝の様に、民衆一人一人が屈強な特色の無い地域では、戦いによる解決を必要な仕事は、委託するのが基本になる。
そしてもちろん、その中にも仕事の上下はあって、今、ローレット所属の情報屋、ユリーカが説明している話は、下だった。
「こほん」
前置きの咳払いを、燐音は聞いた。
説明が始まる。
そう思い、意識をそちらに向けつつも、常ならばある筈の仲間が周りに居ないことが気になっていた。
彼女を端的に表すと、人見知りだ。
ローレットで依頼を受けるのは初めてではないし、大体はその場その場で居合わせたイレギュラーズと動きを合わせる事が多い。
が、
「私、一人?」
この場に一人。自分だけしか居ないのは、どういうことだろうか。
そんな燐音の疑問にユリーカは緩い笑みを浮かべ、それはですね? と再度の前置きを挟んで説明を始める。
「幻想国の端っこ、隅の方にちっちゃな村があるのです。今回の依頼はそちらからで、ええ、簡単な魔獣討伐、なのですね」
聞けばその魔獣は、強さとしては武装した大人が数人で倒せる程度らしい。
しかしそれらは群れで動き、それなりの知性を併せ持って、普段は森や山の奥が生活圏とされている。
「それが、村に降りてきた、と」
「です」
「……尚の事わかりませんね。それならいつも通り、八人程のチームを組んで動くべきでは?」
疑問としては当然だ。
ただこの辺り、ギルドとしての判断も絡まって来る問題で。
「まあ簡単に言っちゃうと、貴族に助けを請うには見返りが怖く、手練れのイレギュラーズを大勢送る程の問題ではない、という感じなのですね。なので、暇そ──」
こほん。
「サクッと解決してもらいたく、他に二人ほど集めておきました。この後合流して、現場に向かって下さいね!」
「……え、あ、ええ……?」
半ば押し付けられる様に、待ち合わせ場所と現場への地図を渡された燐音は、勢いに押されるまま頷かされる。
(……初対面、知らない人と、暫く一緒ですか……)
そうして送り出された一歩。心の不安を表す様に下がった尾が、うろうろと床を払っていた。
幻想の王都、メフ・メフィート。その門の一つへと、ノエミは向かっていた。
軽く仰いだ空は青く、太陽は緩やかな上昇を続けている。
昼だ。
王都はランチタイムに賑わい、楽しそうな人々の行き交いは盛んになっている。
「晩には、帰れるでしょうか」
呟きと共に、もらった地図へと目を落とす。
雑把に幻想国を描いた絵の上で見ると、依頼された村へは王都を北から出て、アーベントロート領へ向かった外れにある。
歩いて行って、恐らく一時間強。現地の村人に一言告げて、討伐する魔獣の抵抗次第ではあるが、殲滅して日帰り、ローレットへ報告して1日を終える。
十分可能な距離だろう、とは思う。
ただ、懸念が一つ。今回の仕事を少数で担当するという点には、幾許かの不安はある。
「初対面の方と共闘するのは慣れていますが……三人、ですか」
珍しいですね。
胸中で呟き、いつも以上に気を配らなければと決意を新たにした。
「キュウ」
「わ……」
と、頭に重さの衝撃と同時に、髪を引かれる感触がノエミにあった。
それは、羽ばたき一つで飛んだ竜──のような小型生物。
「そうですよね、あなたもいますものね、ルーイ」
ノエミと行動を共にする、彼女の仲間だった。
クスッと笑い、認めの言葉に満足気な鳴き声を一つ上げたルーイは飛び立ち、のんびりとした飛行で前へ行く。
「いつも通り。私は、私の出来ることを成すのみ。ですよね」
不安はいつしか消えている。
先導するルーイの行く先。見えた門の側に立つ二つの人影へ向かって、ノエミは歩を早めていった。
「アンタらもあの青いのの話でやって来たクチだろ? これも何かの縁っス、仲良く行こうじゃねぇの」
言葉を作った葵の見る先には、二人の少女がいる。
どちらも初対面ではあるが、同じ地図を持って待ち合わせの門へ来た事から、彼女らがイレギュラーズであることと、ユリーカに暇人認定された者であることは間違いないと、そう察する。
だから葵は声を掛け、依頼現場へ出立前に簡易な自己紹介の口火を切った。
「オレは日向葵、よろしくっス」
たった三人、か。
他の二人も抱いているであろう思いを、彼は小さな溜め息で吐き出した。
だがまあ、何とかするしかない以上は、そうするだけだ、とも思うので、それはマイナスな吐息では無い。
「ノエミ・ルネ・ルサージュです。それから、この子はルーイ。直接の戦闘は出来ませんが、それ以外では色々助けてくれるんです。ルーイ共々、ご一緒出来ること、光栄に思います」
ノエミは真面目に、同行するルーイの紹介を兼ねた言葉で葵に続く。
「藤咲燐音、です」
そしてもう一人、燐音はただ名乗りとしての言葉に納め、
「……目的地はあちらですね、行きましょう」
背を向けて歩を進めていった。
どことなく、距離がある。
クールというよりは、人との壁がある、という風だ。
地図を片手に前へ出て、現場がある村へと歩き出した燐音が自分達を振り返る様子に、葵はそう感じた。
「では、行きましょう」
「そっスね」
そしてそれは恐らく、ノエミも思ったのだろう、とも。
続く彼女の背に自身も続き、
「しっかし、こういう事もあるんスね。三人で魔獣の群れを倒すなんて」
ぽむ、と、転がしたボールを蹴りながら、雑談のつもりで言う。
「そうですね。……」
放った話題に燐音の返しは、間のあるモノだった。
言葉を続けるつもりで、しかし続ける言葉を出せずに、そのまま飲み込んだ様な、そういう間だ。
だから、流れとしては不自然の無い感じで、頷きを一つノエミは入れて口を開いた。
「あ、そういえば、魔獣ってどういう種類なのでしたっけ?」
「……確か、ウルフ系統……四足歩行で機動力のある集団、と説明を受けました」
「群れとしちゃ、オーソドックスっスね」
転がり、小石に跳ねたボールを葵は足の甲で受け、高く上げて頭に当てる。
「知性が少なからずある個体。ある程度討伐されれば、その付近は危険と判断し、近寄らなくなる。そういう事情、です」
ポーン、ポーンと空気の弾む音が、燐音が説明するバックグラウンドのBGMとなって流れた。
●守り人の整列
三人は村に到着から早々、いつも魔獣がやってくる森側の外れに位置した。
鬱蒼とした森林の影からは、呻きや足音等の気配があって、こちらを窺うような雰囲気を感じる。
しかし、恐らく直ぐにそれらは姿を現し、牙と爪を剥き出しにして襲い掛かって来るはずだ。
自発的に突入して蹴散らす事も出来るだろう。だが、それでは意味がない。
魔獣がいつも通りの成果を得に来て、しかし返り討ちに合うという経験が、この地に近寄ることを止めようという思考に繋がるからだ。
だから待った。
静かに立ち尽くし、痺れを切らした獲物が飛び込むその時を、ひたすらに待つ。
そして、
「──」
燐音が行った。
行く。
倒れそうな程に前へ倒した姿勢で、飛び出してきた横並び数列の群れ、その中心へ。
片手握りにした煌輝の刃を引っ張る様にして走り、燐音は最高速度への加速を続けた。
「……!」
行く。
群れが自分を狙うように、囲む形に変わるのを見ながらも、その対応の為に動きを変えることはない。
(ただ、役割通りに)
戦うだけなら楽だと、彼女は内心で思う。
人に気を遣う事も無いし、次の言葉を考えて、間を読む息苦しさも無いからだ。
ただ刃を奮い、打ち合わせた通りの行動を完遂する。
それを成す為の思考ならば、すっきりとしていた。
だから。
「斬る」
迎撃に、口を大きく開け、牙を剥き向かってくる魔獣に対し、間合いへと踏み込む一歩を左に。
接触の瞬間を横に逸れ、前へ行く速度はそのままに、引っ張った刀を叩き付けて抜く様に一閃させた。
「ガ、ャ……!」
肉の手応えがある。
硬い感触は骨だろうか。
だが燐音はお構い無しに振り切って、両足のブレーキで制動をする。
と、その左右、視界の外で魔獣の接近を感じた。
死角ではあるが意識の内側で、なによりそちらは気にかける相手では無い。
「はい残念、そこまでっス」
右手は葵が。
「私の仲間には触れさせません」
左手にはノエミが、それぞれ処理とした。
「……打ち合わせの通り」
間が出来ている。
それは戦闘独自の流れであり、形作るのは三人が連続する動きによるものだ。
一歩を後ろに下がる燐音に代わり、ノエミが前へ。
前面への障壁を起動させて、燐音を追って飛んだ魔獣へと殴る様にぶちこんでいく。
「葵さん」
「お任せっスよ」
顔面から一撃。
護りに特化した壁は、相互にぶつかり合った衝撃をそのまま跳ね返し、ノエミにはノックバックを。
魔獣には宙への投げ出しを与え、その無防備な体躯に葵が蹴り込みの弾丸を撃ち込んだ。
「一丁上がりっス」
サッカーボールだ。
銀の球体が魔獣の芯を捉え、見た目の軽さからは予測外の鈍い音を響かせて、打った対象を破壊する。
しかしそうして跳ね返りは軽く、山なりの軌道で戻ったボールは吸い込まれる様に葵の胸へワンバウンドして足元に戻った。
「まだ懲りて無いようですので、続けましょう」
今度はノエミが前へ出た。
バリアの障壁は維持したままに、自分へ敵視を向けてくる魔獣へ歩みで側へ。
「グァア!」
威嚇の吼えから突進。直線の動きはやはり獣というべき短絡さで、
「崩します」
翳した手で障壁を押さえ、衝突と同時に右へと流す。そうすることで魔獣は、振り回されるように横滑りして行く。
「じゃあ斬ります」
そこには、再度の疾走を行った燐音の刃が構えていた。
上段から一刀、両断の一撃を脳天から股へ抜けさせて葬る。
「トドメ行くっスよ!」
蹂躙だった。
初めから力量差は明確で、それが今ようやく魔獣に伝わり、群れの大半は森へと逃げ帰っている。
それでも戦意のなくさない個体はいて、だから葵は蹴ったボールを魔獣にぶつけて大きく空へ跳ね上がらせ、
「よろしくっス!」
「わかりましたっ」
軽い跳躍でノエミの障壁に足を掛け、そこを支点に舞い上がる。
体を捻って回し、上体を反らす様に頭を下へ落として、逆さになった視線で標的を見据える。
「──ぶち抜く!」
そうして、その動きのまま、ふわりと落ちてきたボールへとスイングの蹴りをぶちこんで、メテオを思わせる一撃で魔獣達を吹き飛ばした。
●満足のそれぞれ
夕暮れの空がある。
少し暑さの残る風が、まばらに浮かんだ雲を運んで行く空だ。
「難なく終わってよかったっスね。連携プレーも問題無し、即席にしては良いチームだったと思うっス」
その下を、村から帰る三人が歩いていた。
目立った傷も無く、ただ少し疲労の蓄積はあるだろうが、それも十分に休めばすぐ癒える程度だ。
「そうですね。上手く噛み合ったと思います」
葵の言葉に賛同したノエミは、伸ばした腕にルーイを乗せてじゃれ付きながら、上手く行った、と胸中で反芻した。
憧れていたローレットの一員として、仕事をこなせたという充足感がある。
「あ、そういえば」
燐音さんは大丈夫だろうか。
戦闘時には息も合ったし問題は無かったと思うが、やはりそれ以外では口数も少なく心配にもなる。
そう考え、最後尾に居るはずの彼女を振り返ったノエミは、いつの間にか後ろへ動いた葵が燐音の尻尾を持ち上げる瞬間を目撃した。
「──!?」
硬直だ。
目を丸くするという形容詞があるが、まさにそれが目の前にある。
「おぉ……これは、中々……」
燐音のそんな様子を知ってか知らずか、葵の手付きは触るから撫でるへと代わり、そして流れる様に毛の付け根を確かめ、毛並みを逆らう様に感触を味わうモノへと移る。
「おいノエミ触ってみ? やべぇ。これやべぇっスコレ。ヤベェ」
語彙が喪失していた。
「ゃ、ぃぇ、あの……!」
覇気も喪失している。
尻尾のもふもふに取り憑かれた葵は止まらないし、止まらない以上はパニック思考で燐音は体を動かせない。
それほどの魅力があるのだろうと、そういうのはわかるし興味も沸くが、いやしかし。
「他人の体をむやみに触れるのは抵抗が……ってちょっとルーイ? 私の髪を咥えて引っ張るのはやめ、あの……わかってますってあなたが可愛いのはわかってますから対抗心を燃やすのはちょっと、落ち着いて!?」
結局、三人が町へ辿り着いたのは日が暮れた後。
報告に訪れた葵の満足気な表情に、いつもの仏頂面と差がありすぎなのですとユリーカがツッコミを入れて、事件の1日は幕を閉じた。