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ディオス・デ・ラ・ムエルテ
登場人物一覧
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青年は突如振り始めた驟雨を見上げる。
顔をうつ水滴が自分を責めているように思えて、眉をしかめる。
そのとおりだろう。俺は責められて当然だ。
――神が正義を望まれるッ!!
――――神が正義を望まれるッ!!!
彼――クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)の脳裏に『あのとき』の声がリフレインする。
「クレール・ドゥ・リュヌ」。
その戦いがあったのはつい最近のことだ。その戦いで彼は『失った』ものがある。
自分にはなにも守れなかったのだ。もちろん守りきったものもある。しかし失ったものの前では青年にとってはまもることのできたそれはほんの小さなものだったのだ。
騎士たち(かれら)には覚悟があった。
それだけだ。
彼らは天儀の使徒としてその本懐を遂げた。
それだけだ。
彼らは勇者たちが抱くその可能性に、自分の命をベットした。
それだけだ。
「それだけであるものか――ッ!」
クロバは天を見上げ叫ぶ。普段の彼らしくない激しい叫び。
もし、自分がもっとうまくやれていたら。
もし、自分に魔種を討てる『力』があったのならば。
もし、あのとき、箱を開けていたのならば。
いくつものifがクロバの脳裏を不協和音となってよぎる。
そうだ。
――俺が無力なのが悪いのだ。
カマルの仕業であることは警戒していた。しかしだからなんだというのだ。警戒していたところで結果はこれだ。
騎士たちを殺したのは結局は自分の慢心だったのだ。
拳を握りしめる。爪が手のひらの皮膚をえぐり血がしたたり驟雨に流れていく。
痛みは感じない。
――神が正義を望まれるッ!!
――――神が正義を望まれるッ!!!
何が神だ! この世界に神がいるとしたらそれは死神しか居ないのだろうと思う。
神が死を呼ぶ。
神が人を殺す。
神が、神が、神が。
神は無力だ。
そんな神より俺は――もっと無力だ。
空を見上げるクロバの顔をうちつける驟雨が顎をつたい落ちた。
まるで涙雨のようなそれに、なぜだか自分の涙は混じらない。
彼らの死を悲しく思っている。自分の無力に絶望している。悲しいとも思っている。
ああ、ヒトであるのならば――涙が頬を伝うのだろう。
自分は化物と戦った。
化物と戦うためには自分もまたバケモノになっていくと言ったのは誰だっただろうか。
そのとおりなのだ。こんな想いを抱えていて涙一つこぼすことすらできない。
悲しいのに涙がでないのだ。
こんなのが人間か? いいや、いいやいいやいいやいいや、違う。断じて否。
俺は――このまま、あのバケモノと戦うバケモノに成り果てていくのだろう。
「はは」
乾いた笑いが喉を伝う。
青年は昏い覚悟をその身に秘める。瞳に昏い光が宿る。
騎士たちの想いと覚悟を背負い、やるべきことを果たす。
それが自分ができる唯一であるのだから。
「俺は――」
クロバはそれを覚悟とした。
しかしてそれは覚悟という名の、クロバの心臓に植え付けられた一種の呪い。
いつか破滅へと導くかもしれない、昏い、昏い、呪い。
じりじりと、じりじりと。
左目の魔物部分が広がっていくような気がする。じりじりと、じりじりと。
バケモノに呪い。ああ、まるで祝福されているようだ。
神に? いいや、神などいない。
神がいるとすれば、それは邪悪な死神だけだ。
冬月黒葉は一度死神としての自分を捨てた。
しかして世界は残酷で。
世界は自分に死神に戻れと甘い誘いを投げかける。
ああ、誓ってやろう。覚悟を。
俺は魔種、アストリアに死を与える。
逃れることのできない死をお前に捧げよう。
お前を滅ぼすことで、俺は彼らに報いる事ができる。
死神、クロバ=ザ=ホロウメアの死の刃は常にお前を狙っている。
絶対に逃さない。
絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、殺してやる。
驟雨が止む。
男――死神は嗤う。
その笑みは、まるで、まるで、まるで、まるで――。
バケモノのようだった。