SS詳細
光る夜海にて君を見る
登場人物一覧
●かつて海を知らなかった人
それは、新しく引き受けた依頼について二人で相談していた時のこと。
「召喚前は海を知らなかった?」
弾正が驚きの声でアーマデルに問う。
今回の現場が海ということで作戦を立てていくうち、そのような話が出たのだった。
「知識としては召喚前から知っていた。だが、音や匂いを実際に感じたのはこの世界が初めてだったな」
「大丈夫なのか? 海の砂浜は見た目以上に不安定だし、波だって」
「心配ない、もう知っている。昼の海も、夜の海も」
アーマデルが淡々と答えると、弾正もそれ以上の心配はせずに相談を進めた。
心配は無いが、些かの心残りは――ある。
「どうせアーマデルと行くなら、依頼じゃない用事で行ってみたかったかもな。夏の海」
「……そうだな。解決した後でなら、心置きなく一緒に遊べるんじゃないか」
「ああ。でも、普段の海だと他の客もいるな……視線もあるよな……」
「他の客の平穏も守られているならいいのでは……?」
「そうなんだが……それとこれとは別にしたくてだな……」
弾正の内なる葛藤など知る由もなく、アーマデルは淡々と話を戻すのだった――。
●見つめる人
その海で起きていたのは、若者の失踪事件だった。
毎月決まった時期の夜に砂浜近くで『海が光る』と言われており、一帯ではそれを観光の目玉にもしていた。
そんな海の、数週間前。たまたま観光で海の光を見に行った若者数人が、忽然と姿を消してしまったそうだ。
「荷物は宿に残したまま、別行動の仲間に連絡もなし。宿の人間や実家の家族にも特に思い当たる節はないと」
水着に着替え、夜の海にやってきた弾正が周囲を見渡す。今のところ特に異常は無い。
「手掛かりは『海の光』くらいだが、それだけではな」
ならば、実際に『消える』瞬間を確かめるしかない。
弾正とどこか通じる配色とデザイン――正確には、弾正の方が敢えて彼に寄せているのだが――の水着に上着を羽織ったアーマデルは、自らを囮とする作戦に出た。
事件の原因がヒトであれモンスターであれ、被害者の条件に近い方が囮を務められると思ったのだ。見るからに精悍で貫禄のある弾正より、一見細身で未熟に見られそうなアーマデルの方が目標は釣られてくれるのではと。
アーマデルは鍛練を積んだ暗殺者でありイレギュラーズだ。不意の一撃で仕留められるほど軟弱ではない。
「弾正は少し距離を置いて、周囲に注意していてくれ」
「任せておけ。(アーマデルを盗み見る)不埒な輩は見つけ次第討伐する」
胸を張って任される弾正。見つけ次第討伐してしまっては囮の意味がないのでは……と思わないではなかったが、そこは相棒たる弾正だ。機会は正しく捉えてくれるだろうと、アーマデルは信じることにした。
潜んでいた岩陰に弾正を残し、一人海辺へ進んでいくアーマデル。
砂浜の向こうは果てしない海で、陸との境界近くが光っているのが確かに見えた。
(これが光る海か。観光の目玉というのもわかるが)
一体、これに引き寄せられた若者がどうして帰ってこないのか。
光る波そのものに害がないことを確かめて、彼は波打ち際を歩いてみることにした。
(……夜の、光る海。後で弾正と一緒に見てもいいな。そのためにも)
確実に標的を引き付けて、仕留めなければ。
一方、弾正は割と気が気でなかった。
(あんな露出過多で、夜の海の波打ち際を一人で……)
弾正は、確かにアーマデルの周囲から目を離さなかった。というより、アーマデルの一挙手一投足に釘付けであった。弾正のいる方向からは、アーマデルの姿は海の光で逆光気味になってしまうものの、それが上着越しに彼のシルエットを透けさせる。体の線がぴったりと強調される水着のせいか、いっそ明るい部屋で着替えを見るよりも感じるものがある。
そして、相棒の自分でさえこれほど惹き付けられる姿に、同じように他の何者かが注目することを許し難かったのである。ほんのひと目でも見せねばならないことが腹立たしい。
つまるところ、独占欲だ。
(わかっているとも。本来の目的を見誤るようなことはしない。アーマデルの期待を損なうことはしたくないが……)
被害者の関係者には、今夜は海へ近付かないよう伝えてある。今夜ここへ来るのはその注意を無視したか、伝えなかった者だけのはず。
ならば、答えは単純。一瞬でも他の視線を感じたら即行動あるのみ。
そしてそれは、つい先程から執拗に感じている――!!
「ギャーッ!!」
気配のする方向へ絶響戦鬼『平蜘蛛』を向け、気合と共に無音の響きを放てば、不可視の響きにあてられた何者かが頭を抱え悲鳴をあげた。
「貴様には……蜘蛛糸ほどの
「ち、違う!! 殺すつもりじゃ!」
仕留めた男ににじり寄り、その視界に僅かたりともアーマデルが映らぬよう自らの
「つまり見るつもりはあったと? こちらは生かして帰せとは頼まれていないからな、怨むなら――」
「弾正!」
その時、アーマデルの声が遮ったかと思うと、囮の姿のまま蛇銃剣から諦観の音色を響かせた。今弾正が攻めている相手とは別の方向から複数の声が上がる。
「一般人とは言え、複数人が行方不明になったんだ。その男一人の犯行とは考えにくい」
「どうするアーマデル。まとめて討伐するか」
「それも目標ではあるが、行方不明者も救出したい。手掛かりを聞き出せる程度で頼む」
「努力はしよう」
短く答え、アーマデルの音を聞いた相手に『平蜘蛛』の一撃が爆ぜる。
アーマデルが英霊の音で動きを鈍らせ、弾正の攻撃で更に体勢を崩したところを、アーマデルの蛇銃剣が標的にかけられた呪いごと確実に穿ち抜く。
その都度まだ立てていることを確認して、アーマデルが問う。
「行方不明者を攫ったのはお前達か」
「な、何のことだ……」
「言わなければ討伐するまでだが? 貴様らは既に万死に値する罪を犯しているのだからな!」
「何のことだ弾正……?」
弾正が割り込むことで混乱を極める現場であった。
いずれにせよ、命と引き換えてまで黙秘することもないと判断したのか。
男達は、二人を行方不明者達を幽閉しているという小屋へ案内したのだった。
●捻れ果てて元の位置へ
話は思っていたより単純だった。
若者達は男達に金目の物を奪われ、人間の方は無用であるため閉じ込められていたらしい。
彼らを解放した後、アーマデルは一息つく。
「今回は弾正と一緒でよかった。お前一人だと、結構無茶をするから」
「無茶とは何だ?」
「男達相手にやたらと喧嘩を売っていただろう、あまり無闇に刺激するな。今回はよかったが、いつか命取りになるぞ、そういう行動は」
「……お前は、」
弾正の声が少し荒くなる。しかし、何かを言いたそうに切り出された台詞は不自然に途切れて、その先を口にすることはなかった。
「……お前も、できれば刺激するな」
「?」
何とか調子を抑えて絞り出された言葉も、アーマデルにはどうにも思い当たる節が無く。
「ああ、そうだ。弾正」
「なんだ」
「また、夜の海へ行かないか。今度は遊びに」
「……」
――それはきっと、楽しいだろうなと。
思っても言葉は音にならなかったが、その明くる夜。二人の姿は夜の光る海にあったという。
おまけSS『とある千殺万愛の先入観』
●
これはどうか、ひとつの
あるいは、お二人を詳しくは存じ上げない
愛しきお二方――嗚呼、どうか誤解無きよう。
無関心以外の、ひとの持つ感情や、それから起こる行動全て。
それらが、
紛らわしい点はご容赦を。向けられる疑念もまた『愛』ですので、
その上で、
ええ、ええ。お二人の『愛』が愛おしい。
お二人揃って直接お会いしたのは、あのミラーメイズの一件のみ。それも、怪異についてのお話を伺ったあの時だけです。
それまでお二人に何があって、その後に何があったのか、
その僅かな時間で、
怪異を共に観察する程度には、互いを信用して、信頼してらっしゃるのだとは感じました。それもまたアイ。
危険な怪異に共に挑む程度には、互いに気を許している。それもアイでしょう。
だというのに――嗚呼、だというのに!
ほんの少しだけ。それこそ、小指の一本程度だけ。違うのです。
何故違うのか、何が違うのか。
お二人のアイの中で、その違いがどう育つのか。肥え太るのか、消え失せるのか。
思いを馳せる度、愛おしく思います。
――嗚呼、
この
万に一つ、更なるアイを望まれるのなら――ええ、ええ。
毒酒にも薬酒にもならぬこのアイですが。その時はまた、