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仙狸・Meets・ステラ
登場人物一覧
汰磨羈がステラの姿を初めて見つけたのは、汰磨羈がラド・バウ出場前に、ゲン担ぎも兼ねてはいった、お気に入りの甘味処での事だ。
汰磨羈が甘味処の扉を開けた瞬間、テーブルの上に大量の甘味を並べている少女の姿が目に入った。和洋折衷、様々な甘味に囲まれ、幸せそうな笑顔を浮かべる少女。未だ汰磨羈は名を知らぬが、それが橋場・ステラと言う少女だった。
思わずあっけに取られていた汰磨羈を、ウェイターが席へと案内する。着座してみると、向かいの席のステラの姿が嫌でも目に入る。
「あちらのお客様ですか」
小声で、ウェイターが声をかけるのへ、汰磨羈は頷いた。汰磨羈にとってはなじみの店と言う事もあり、ウェイターも些か気安い。
「うむ……随分と元気のよい子だな」
言葉を選んで評する汰磨羈に、ウェイターは微笑んだ。
「なんでも、ラド・バウに出場なさるとか。その前に、元気をつけるために……とおっしゃっていました」
「ほほう、ラド・バウに?」
汰磨羈の目が輝いた。期せずして、もしかしたら、対戦相手の姿を見つけたかもしれない。見た目には、甘味好きの少女だが……。
(いやいや、見た目に反して強者であるなど、混沌ではよくあることだ。気を引き締めねば……いや、しかし)
汰磨羈は胸中で呟く。
(随分と幸せそうに食べるじゃないか! うん、わかる。そのどら焼きは絶品だよな! 食べれば思わず頬がほころぶ……そのあんみつも良いのだ)
気づけば、口中に唾液がにじむ。それをこくり、と飲み干して、汰磨羈は注文を始めた。
「では、注文を。どらやきに、あんみつ……スイーツも良いな、あのぶどうのパフェに、パンケーキももらおうか」
ステラに引っ張られるように、少し多めに頼んでしまう汰磨羈。そして何より頼みたかったのが、
「それから、バウムクーヘンを頼む」
ステラが実に幸せそうにほおばっていた、バウムクーヘンだ。一口、口にするたびに幸せそうな笑顔を見せるので、溜まらず食べたくなってしまう。
ウェイターが注文を受けて去っていく。それとほぼ同時に、ステラがゆっくりとテーブルをたった。
「ごちそうさまでした! とてもおいしかったです」
優雅に一礼をするステラ。汰磨羈が改めてテーブルを見てみれば、まったくたくさんのからの食器が並べられていて、汰磨羈は感心した。
(これから強者と一戦交えるかもしれぬというのに、大した健啖家だ。肝も据わっていると見える……戦う時が楽しみだ……その前に)
汰磨羈は自分のテーブルの上を見た。見れば、ステラに引っ張られて頼んでしまった、いつもより多くの甘味たち。
(私もこいつらをやっつけなければ……いや、幸せなのではあるが。食べきれるだろうか……?)
苦笑しつつ、まずは甘味を楽しむことにした。ステラが店を出る時に、汰磨羈のテーブルの近くを通りかかる。二人の視線が合った。ステラはにっこりと会釈すると、甘味処を出ていく。汰磨羈はどら焼きを齧りながら、その後ろ姿を見送った。
再開の時は早く訪れた。甘味をやっつけた汰磨羈がラド・バウにむかった時、対戦カードの名に書かれていたのはステラの名だった。とはいえ、実際にそれが甘味処の少女の名だとわかったのは、対戦直前のことだ。
「あれ? もしかしてさっきの……」
ラド・バウ闘技場、闘技エリアにて対面しながら、ステラが言う。汰磨羈はうむ、と頷いて、
「そうだ。先ほどは見事な食いっぷりだったぞ。私もつい多く食べてしまった」
「美味しいですよね、あそこのスイーツ……食べると元気がでるんです。私は、橋場・ステラです。負けませんよ、えーっと」
「汰磨羈だ」
「ええ、汰磨羈さん!」
試合開始の鐘が鳴り響く。汰磨羈は霊刀を構えると、まずは見に回る。ステラは巨大な大剣を構えている。身長と不釣り合いなほどのそれを、果たしてどう扱うのか――。
汰磨羈が動かぬのを見て、ステラは動いた。突進! 汰磨羈はほう、と声をあげる。大剣の重さに負けては無い。むしろ、重兵器を上手く扱う術を心得ているとみた。
「だが……!」
大上段から振り下ろされる大剣! 汰磨羈は跳躍してそれを回避する。そして上空から、落下の勢いを乗せて霊刀を斬り下ろす。
ステラは振り下ろした大剣を軸に、身体を回転させた。刹那の間に、霊刀が空を切る。ステラがにっこりと笑う。汰磨羈の口の端に笑みが浮かんだ。
(上手い! やはり重い武器を使いなれているな? 大した使い手だ)
ステラは着地、大剣の腹を蹴り上げると、一気に振り上げの態勢に入った。勢いに任せて、汰磨羈にむかって斬りつける。汰磨羈は前方宙返りしてすれ違うようにそれを避けた。同時、放出されたステラの魔力が、大剣から迸る。剣と魔、二段構えの連撃だった。迂闊に受け止めれば、魔の一撃をもらっていただろうが、汰磨羈はそれを見越しての回避を行った。これにはステラも、む、と口元を引き締めた。
(――故に惜しい! 未だ未熟! 師はいたのか? まさか独力……いや、基本的な体さばきは出来ている……訓練の最中でそれを中断されたのか……?)
頃合いか、と汰磨羈は呟く。自分を獲るには、未だ遠い相手と、僅か数合の打ち合いでそれを理解できた。すぅ、と息を吸い込む。見は終わった。これからは必殺の時。
汰磨羈は、ふっ、と息を吐き出すと、一足飛びにステラへと接敵した。ステラが慌てて対応する。が、重兵器はその重量故に、どうしてもワンテンポ遅れる。その虚を突いた、汰磨羈の一撃。それは確実な、必殺の一撃だった。
とった! 汰磨羈が確信する。誰もがその一撃で、ステラが切り伏せられるのを想像しただろう。
だが、ステラはぐ、と歯を食いしばると、その手に力と魔を込める。仄かに大剣が魔を帯びて明滅した途端、それはまるで重さを失ったかのようにするりと持ち上がり、軽剣のような素早さで汰磨羈へと襲い掛かる!
――!
とった。確信していた。その虚を突かれたカウンターの一撃! 汰磨羈は空中で身をひねらざるを得なかった。鋭撃が汰磨羈の横を駆け抜ける。避けた。避けられた。或いは、無理矢理の体勢から放ったが故に、それはもとより命中率を失っていたのかもしれない。汰磨羈は体勢を崩しつつも、霊刀の峰を、ステラの首元へと叩きつけた。
「あっ……」
ステラが声をあげて、つ、と目を閉じ、倒れ伏す。汰磨羈の一撃はステラに直撃し、ステラはその意識を手放していた。途端、湧き上がる歓声と鐘の音が、汰磨羈の勝利を継げていた。
一方で、その勝利の余韻に浸ることは、汰磨羈にはなかった。最後の最後、放たれたステラの一撃は、ステラの持つ無限の才能を予感させるものだった。
――好い。
汰磨羈はその未成熟の果実が熟した時、果たしてどのような使い手になるのか、それが楽しみで仕方なかった。熟した果実の甘さ、それを想像させるほどの、それは強烈な一撃だった。
「……面白い」
汰磨羈は思わずつぶやく。その口の端には、笑みが浮かんでいる。
(師はいるのか……? そう言えば、我が戦友も弟子をとっていたな。面白い。私もここは、後進の育成としゃれこむか)
ふふ、と汰磨羈は笑った。楽し気に。それは、間違いなく輝くであろう原石を見つけたかのような期待に満ち溢れた笑みだった。
「……弟子、ですか?」
胡散臭げな視線で、ステラはそう言った。
ラド・バウの控室のことである。あれから意識をとりもどしたステラに、汰磨羈は手を差し伸べ、「弟子にならないか」と告げたのだ。とはいえ、いきなりそんな事を言われても、とステラはきょとんとしていた。まぁ、当然だろう。
「うむ。御主には才がある。どうだろう?」
「いや、そんなこと急に言われましても……」
ステラは困ったような顔をする。急にいきなり、と言った所だろうか。ふむぅ、と汰磨羈は唸った。正直、この逸材を野に放つのはもったいない。出来れば、自分の手で鍛え上げたい。
「あー、そうだな。この後は暇か? 何なら、飯でも食いながら話そう。奢るぞ」
「……まあ、特に予定はありませんが」
些か警戒しつつ、ステラが頷く。さぁて、どう口説き落とそうか。汰磨羈は胸中でそう考えつつ、ステラと共に馴染みの食堂へと向かった。
鉄帝でも人気の食堂である。味よし、種類多し、値段もお手頃、 と言う大衆食堂であるが、汰磨羈はその店の雰囲気と味を気に入っていた。
「ここは私のお気に入りの店でな……」
そう言う汰磨羈に、ステラは品書きを眺めながら目を輝かせた。
「凄い沢山の種類がありますね!」
「うむ、それも売りでな。遠慮せず注文してくれ」
「ありがとうございます!」
料理を前にしたら緊張感と警戒もとけたのだろうか? 先ほどよりも些か気安い様子で、ステラが言う。
果たして二人の前に、料理が届いた。串焼きの鳥を幸せそうにほおばりながら、ステラがとろけそうな笑顔を浮かべる。
「これ、凄く美味しいです!」
「そうだろう、そうだろう。それでな、弟子の」
「おかわり!」
「……もう? 十串位なかった?」
あっという間に消えていく料理に苦笑しながら、汰磨羈は追加注文をした。
果たして、並んでは消えていく料理を眺めつつ、汰磨羈は「全く、本当に大した健啖家だなぁ」と内心で笑う。とはいえ、幸せそうに食べるステラを見ていれば、こちらもなんだか食欲がわいてくるというものだ。自身も料理を堪能しつつ、多くの皿を平らげて、食後のお茶を飲んでいる時にステラは言った。
「良いですよ、
「ふむ?」
「ですから、弟子の件です。一緒にご飯を食べれば、
その言葉に、汰磨羈は頷いた。
「では……今日からよろしく頼むぞ、ステラ」
そう言って笑って差し出した汰磨羈の手を、ステラは握ったのだった。