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こどもたちはいつだって硝煙に躍る
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- 清水 洸汰の関係者
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ローレットのコルクボードに貼り付けられていたオーダーは簡単なものだった。
鉄帝に迷い込んだパカダクラの保護をして、街の役場に届けてほしいというものだ。
簡単なオーダーであればパカおやぴょんぴょんたろーの散歩のついでに行ってくると洸汰が任務を遂行して終えたのも束の間。
報酬を手にして、腹ごしらえを終えてから幻想への帰路を辿ろうとしたその背中に金の髪を揺らした少女が「オニーチャン」と楽し気に声をかけたのだ。
くるりと振り返る。きょろりと動いた金に縁どられた睫の向こうに赤い瞳が瞬いている。
に、と三日月に歪んだ唇は何処までも楽し気だ。オニーチャンの言葉に幼く見られがちである洸汰は周囲をぐるりと見回した。……誰もいない。
ある意味で、彼がこの行動をとったのは日頃の生活によるものなのかもしれない。彼は実年齢より随分と幼く見えるし、青年と呼ぶ年齢であるはずなのに少年であることがしっくりくる。絆創膏とバッドとグローブが似合い、公園で駆け回って居そうな愛らしい姿をしているのだ。
「オニーチャン?」
「……オレ?」
「ソーダヨー。オニーチャン」
首をかしげてシシシと笑った少女。どうやら一等幼く見えた彼女からは自身が『オニーチャン』なのだということに洸汰は心を躍らせ「オレかあ」と笑みを溢した。
「どうしたんだ?」
「オニーチャン、リコと遊んでヨー!」
跳ねる声音は何処までも楽し気だ。いたいけな少女(そう見えるが、魔女めいた格好をした彼女に『コスプレかなあ?』と思えるほどにローレットがキャラクター性豊か過ぎたのが悪かった)。
洸汰はいたいけな少女が『遊んで』と言って、しかもこれから仕事が終わってフリータイムとなれば「いいぜ!」と答えてしまうに決まっている。オニーチャンが此処で断っては可哀そうではないか。
可愛らしい少女の求める遊びだ。きっと、鬼ごっこやかくれんぼと言った心温まる遊びをご所望なのだろうと洸汰はメカパカおから降りて、にんまりと笑う。
「何してあそ――」
――ぶ。
言葉が繋がる前に、少女――リコのマントがはためいた。
周囲をグン、と包み込んだ爆炎。何も見えないと目を細めた洸汰はその衝撃と共にはためくマントに敵襲でも怒ったのかと慌てリコの周囲を確認した。
勢いよくマントが捲れ上がったマントの持ち主、リコに「ど、どうした! 大丈夫か!」と言いかけた洸汰の眼前には火器や銃器がぞろりと覗く。
これは敵襲――なんかではなく。
「エー?」
彼女そのものが『爆炎を起こした』のではないだろうか……?
洸汰はひく、と自身の唇が引きつる感覚を覚えた。紛れもなく、彼女はマントの下に大量の獲物(あそびどうぐ)を所有しているではないか。
「待っ――」
――て。
そんな言葉もう出なかった。唐突なるそれに冷や汗が垂れたと同時、「イックヨー!」と楽し気な声が洸汰へと降り注いだ。
……彼女はリコ。鉄帝に住まう愛らしい少女だ。
小さな体を魔女的な恰好で包み込んで人好きする笑みで声をかけてくる。うんうん、可愛らしいではないか。
詳細的には洸汰も今が初対面であるため、知らないが魔法兵器を獲物に戦う事を得意とするらしい。全然いたいけな少女ではなかった。
魔女めいたローブの下に隠された凶器が一斉に此方を向いている。
「ちょっ!?」
「遊ぶのタノシー!」
硝煙と火薬の香りが周囲を包み込む。
何処が楽しいのか。何所が! これを慌てずに済むとでもいうのだろうか!
勢いよく周囲に展開された魔法兵器に洸汰が「リコ!?」と慌てた様に声をかけた。
嗚呼、それでも止まる事はない。ケタケタと笑い続ける彼女は魔法を重火器に詰め込んで洸汰へ向かって全力射撃だ。
「ッーーああもう!」
慌てた様にキャッスルオーダーでその身に護りを固める。洸汰は傍らの愛パカ、メカパカおに乗り込んだ。
もふもふ感と瞳の輝きを失った代わりに、メカメカしさと銀色に輝くメタルボディ、そして男の浪漫を搭載した量産型メカパカダクラのその動きを初めて見たのかリコが「オオ」と瞳を煌めかせる。
弾幕のように襲い来る魔弾を避けるメカパカおも僅かな焦りを滲ませていた(ように思える)。
「オニーチャン面白いネ!」
「面白いじゃなくってさ!」
慌てた様に言った洸汰にリコはきょとんとした調子で「え?」と返した。
「遊んでくれるんじゃナイのカナ?」
「遊ぶってこれが!?」
「そう。遊ぶ! リコはオニーチャンを殺したいワケじゃナイヨー」
「はあ!?」
話している限り、彼女はあくまでも『自身の実力を余すことなく発揮したい』だけなのだそうだ。
其処に誰かを傷つけたいという意思がある訳でも誰かを殺したいわけでもない。力の下限を知らぬ赤ん坊の様に自身の体に身についていた絶対的な力を全力で発揮して『弾幕の鬼ごっこ』に興じているだけなのだろう。
「ッ――だから! さ! 子供がそんなの持ってちゃダメだろ!!」
勢いの儘急接近した洸汰とリコの視線が交錯し合う。
リコはぱちりと瞬き首を傾げるが、トリガーを引かんした重火器から手が叩き落とされる。
元気チャージで全力全開のしっぺがリコへと叩きつけられれば「イターイ!」と少女は大袈裟な程に声を上げた。
「オニーチャンの意地悪!」
「どっちが!? 説明もなしに攻撃するのも駄目だろ!
危ないし、怪我したらどうするんだ! 遊ぶってのは怪我しないようにしなきゃいけないんだぞ!」
大人びた雰囲気でお怒りの洸汰にリコは『何が可笑しいのか分からない』と言った調子で
「オニーチャンが怪我しなければイイんジャナイノ?」
……そう言った。
そう言われてしまえばぐうの音も出ないのだが、正直な所、洸汰も彼女にしっぺを放つのが精いっぱいだった。
強敵であるかと言われれば、先程までこなしていた逸れパカダクラの保護なんかとは比べ物にならない。相手が悪人でなければ悪意を抱いている訳でもないというのが一番にやりにくい所だ。
「い、いやさ……」
「だって、怪我しちゃダメなんでショ? なら、オニーチャンが避けちゃえばイイジャナイ?」
こてん、と首を傾げる。彼女には洸汰の言わんとすることが伝わっていないのだろう。嗚呼、これは……一体全体どうしたものだろうか。
「リコのすっごい魔法でオニーチャンと遊んでるだけだモノ」
「そ、そうかもしれないけど、魔法は遊びにつかっちゃだめだろ?」
「ナンデー?」
ああ……そこからなのだ。そこからリコという少女はよく分かってはいないのだろう。
彼女は何がダメなのかを大きく理解してはいない。今手を止めたのはそれが分からないからというだけで、怪我をしないためにという事でもないのだろう。
「遊んでクレナイノ?」
「あ、遊ぶってならもっと安全な」
「安全ダヨー」
嘘つけと飛び出しかけた言葉を遮るように更に連打される弾幕。慌ててメカパカおにまたがった洸汰は危ない! と大きく声を上げた。
此の儘ではらちが明かない。言葉が通じないどころか、彼女は『どうにも理解できないからとりあえず、遊びを再開した』のだろう。
慌てた様にまたがったその儘、全力ダッシュで逃げおおせる。その背中に弾幕が追い縋るが洸汰はそこで足を止めることはしなかった。
「あーあ」
小さく呟いたリコは遠ざかっていく洸汰の背中をぼんやりと見つめていた。
「楽しかったナー」
幼い子供が『遊びの時間が終わった事』を悲しむ様にぽつり、と言葉を溢す。少女は魔女帽子をかぶり直して首をこてりと傾いだ。
「また遊んでくれるかナー?」
『オニーチャン』はああ云いながらも全力で遊んで全力で逃げていった。真正面から遊んでくれた彼は少女の中でも好印象だ。
真正面から受け止めてくれる人なんていなかった。遊びで怪我しちゃだめだって言うなら一生懸命に遊んでくれれば『怪我の仕様もない』じゃないか。怪我をするほどに実力が離れて居ればそれは遊びにならないのだから。
……けれど、今の段階では遊びになっていた。ああ、それはなんと! なんと楽しいのだろう!
命懸けで相手をしてくれたその事実だけで彼女の胸はいっぱいだ。ああ、たのしい。ああ、うれしい。
また――
また、今度、遊んでくれればいい。