PandoraPartyProject

SS詳細

美味しい料理に必要なのは?

登場人物一覧

道子 幽魅(p3p006660)
成長中
フィリーネ=ヴァレンティーヌ(p3p009867)
百合花の騎士


 真夏の候、怪談話がお盛んな時期。外は茹だるように暑い。いや熱い。
 そんな中でも『成長中』道子 幽魅(p3p006660)の部屋は涼しい。練達製のエアコンが効いた部屋で最近手に入れた本に目を落とす。既に一度読んだ話だが、結末を知った上で読み返すと新たに得られる余情というものがある。
 窓の外に喧騒はない。幽魅の家はそう言う場所にある。時折牛の鳴き声が聞こえる以外は長閑なものだ……ん?
「牛……さん?」
 幽魅の家の傍に牧場はない。牛を飼っている家もない。ワンならあってもモゥはない。
 すっかり読書の気が削がれた幽魅が待ち人が来ないか時計に視線を向けたその時。
『おはようございます!』
 上品なノックの音とともに少しくぐもった声が聞こえる。予定時刻丁度。本人の性格が垣間見えるその動きに幽魅の頬も緩む。
「……い、いらっしゃい…」
「ごきげんよう、今日も暑いですわね!」
 玄関に立っていたのは、『百合花の騎士』フィリーネ=ヴァレンティーヌ(p3p009867)その人……とその牛。一瞬外の暑さに幻覚を見たのかと思い目を擦るが……いる。
「え、えっと……?」
「あら、いかがなさいまして幽魅?」
 フィリーネの手には縄、牛には首輪。俄かには信じがたいが、どうやら牛を連れてきたようだ。なんで?
「こ、こここの、牛さん……は……?」
「あら、この子ですか? 先日依頼をこなした際にいただいたのですわ。今日は幽魅にこの子のミルクを使ってお料理して頂こうかと思いまして、連れてきましたわ」
 しれっととんでもないことを言うフィリーネ。牛は呑気に花壇の花を食んでいる。白黒の斑模様が完全に浮いている。いや牛悪くないけど。
「え、えっと……。ミルクは、一杯……あるので……」
 幽魅がそういうと、フィリーネも牛もがっかりしたような表情を見せる。意外と牛の表情が豊かで本当に家畜か疑いたくなる。
「そ、そういうことであれば牛肉はいかがでしょうか!?」
「ンモッ!?」
 突然生えた人生終了もとい牛生終了フラグに慌てる牛。
「と、屠殺は……無理です……」
 幽魅は怯えている。牛も怯えている。当たり前だ。
「も、勿論冗談ですわ! では、残念ですがミルクを使った料理は次回ということで」
 あっけらかんと告げるフィリーネの背後で、牛が命の危機を脱したことを悟ったのか再び草を食み始める。
 とにかく上がってください、と案内する幽魅についていくように、フィリーネが建物の中に吸い込まれていく。勿論牛は庭に繋ぎ留められている。


「それで、今日はどんなお料理を一緒に作るのかしら?」
 フィリーネが借り受けたエプロンを巻きながら尋ねる。たどたどしいその仕草は、名門家に生まれた子女特有の世間知らずさよりも気品とか高貴さに直結する気がする。それも、百合花という二つ名が流布するほどの美貌と無縁ではないだろう。牛連れてきたけど。
「き、今日は……オムライス、と。コーンポタージュを……お教えしますね」
「あら、コーンポタージュって確か幽魅の好きなモノでしたわね?」
 楽しみですわ、と上機嫌で手を洗うフィリーネ。キッチンには幽魅が買いだした食材がテーブルの上に並べられ、二人分の調理器具も丁寧に並べられている。カフェを持つ彼女らしい心配りにフィリーネも気付いていたが、褒めると却って委縮する幽魅を気遣って何も言わない。
「ま、まずは……トウモロコシを…芯から取って…いきますね…」
 太陽の光をたっぷり浴びて黄金に光るトウモロコシを包丁で削いでいく幽魅。隣のフィリーネは、その様を魔法使いを見る少女のような視線で見つめている。
 やってみて、と言われるままに包丁を扱ってみるが、流石料理の得意な幽魅のような包丁捌きは難しい。
「も、もう少し……力を、抜いてください……」
 アドバイスを受けながら、少しずつ粒を落としていくフィリーネ。すぐにボールは粒で満たされる。
「できたわ! どうかしら?」
「お上手……ですよ」
 向日葵のように笑顔を浮かべるフィリーネに、顔を赤らめる幽魅。その二人の関係はとても近いところに存在し合う太陽と月の如く。
 フィリーネが削ぎ落したトウモロコシを、今度は幽魅が細かく刻んだ玉ねぎと一緒に火にかける。野菜の香りがキッチンに広がる。
「バターを……お願いします」
「はい、これでよいかしら?」
 熱した鍋にバターを溶かすと、いよいよ濃い香りが辺りを包む。まだまだ始まったばかりの料理だが、既に美味しさが担保されている気がした。
 弱火で火を通す間に、フィリーネが水を用意する。「ちょっと……待ってて、ください」と鍋から視線を話さない彼女の先で、玉ねぎが色を変えていく。
 コーンポタージュを愛する幽魅はそのタイミングを見逃さない。水を入れ、少しだけ火の勢いを強くする。煮えるにはもう少し時間がかかる。
「では……この間に、お、オムライスの……」
「準備をするのね!」
 フィリーネが弾んだ声を出す。お世辞にも簡単ではないコーンポタージュは幽魅とフィリーネの共同作業だが、オムライスは幽魅の手解きを受けつつもフィリーネが自分で作る予定になっていた。
 透明なボールが二つ。まずは幽魅が卵を割る。片手で割るその姿は料理上手を文字通り絵にしたようだ。
 フィリーネも真似てみるが、コツを掴めていないとこれが存外難しい。結局、両手で卵を割り落とす。ちょっぴり頬を膨らませる彼女を、こそばゆそうに眺める幽魅。
 溶いた卵に幽魅が生クリームを混ぜる。フィリーネも真似る。黄色の海に白い渦ができる。それが混ざったところで、幽魅が鍋の様子を見に行く。
「ちょっと……ま、待っててください……」
 火を止め、何か麺棒のような機械を入れて作業をする幽魅。
「私にもやらせてもらえるかしら?」
「は、はい……どうぞ」
 機械を受け取るフィリーネ。後でこの機械がハンドブレンダーなる名前と知ることになるが、今は幽魅の指示に従いひたすら粉砕していく。時折スープが飛び散るがそれはご愛嬌。
 そうしてできたものを、今度は幽魅が漉していく。皮の部分と、ペーストの部分。いずれからも完成品と同じ甘い匂いがする。幽魅はそのペーストを、別の鍋に並々と入れていた牛乳に投入する。調味料を入れ、再び火にかける。
「……これで、コーンポタージュは、暫く煮込むだけ、です……」
「楽しみですわ!」
 幽魅の双眸には、香りを堪能しながら満面の笑顔を浮かべるフィリーネの表情が映る。よく動く感情や言葉に一瞬憧憬のような情が浮かぶも、次の瞬間には存外近くにあった可愛らしい顔に驚き、顔が熱を帯びる。
「では……オムライスの続きを……していきましょう」
「はい!」
 いい返事である。

「……こ、ここで……隠し味です」
 幽魅がそう言って卵に入れたのは、粉チーズ。味に強さが出るのだとか。チーズの香りがキッチン内に上書きされる。お腹が空く感覚がした。
「そうなのですね。それなら私も」
 幽魅がやったように、フィリーネもやってみる。その手捌きは洗練されているとは言い難いが、貴族の令嬢に抱きがちなイメージと異なり、最低限度のスキルは――いや、一般家庭の子女がもつ腕前程度のモノは持っている。
 回数を熟せば、もっと上達するそんな予感がする。でもそうすると、こうして肩を並べて料理する機会も減ってしまいかねない。それはそれでちょっと寂しい。
 名状しがたい背反に揺さぶられつつも、幽魅はてきぱきとフィリーネを教導していく。
 フライパンに油を引き、まずはご飯とポタージュで余らせた――というか、残しておいた玉ねぎ、そして小さく刻んだ鶏肉を炒めていく。
「これは……チャーハン?」
「ち、ちがいます……。ここから、手順が、違います……」
 そう言うと幽魅が冷蔵庫から何かを取り出した。
「ケチャップ……」
「お、オムライスといえば、チキンライス、ですから……」
 華やぐフィリーネの顔。計画する際にガーリックライスとどっちにするか悩んだが、正解だったと安堵する幽魅。
 火を通した食材にケチャップで色を付けていく。均一に馴染んだところで火を止める。
「……? あの、幽魅。これは……?」
「見ていて、ください……」
 幽魅が持たせてくれたのは、手にすっぽり収まるサイズの小さなボウル。彼女はそこにまだ熱を持つチキンライスを詰め込んで……別の皿に乗せ、ひっくり返す。
 そうしてボウルを外せば、真ん丸なチキンライス山が皿の真ん中に聳えていた。
「お、お料理は……見た目も大事、ですから……」
「そうですわね!」
 では早速私も、と張り切るフィリーネ。
「よっ、と」
 掛け声一閃、ちょっと力が強いような気もするが……
「あ」
「やりましたわ!」
 ボウルを取った先には、チキンライスの小山が綺麗に出来上がっている。そのままジャンプして喜びそうなフィリーネから見事に皿を保護し、目を細める幽魅。
「では……た、卵を、焼きましょう……」
 汚れを取り、再び熱したフライパンに溶かした卵を入れる。ジュウと卵が音を立てる。幽魅の菜箸使いを見、型を真似る要領で手を動かすフィリーネだったが、一つだけ見落としていたものがある。火加減だ。
 ちょっとだけ、フィリーネの方が火力が強かった。それ故に。
「……」
 目指したかった幽魅の卵焼き――焦げ目のない、綺麗な黄色の絨毯に比べると焦げが目立つものになってしまった。フィリーネの名誉のために追記しておくが、彼女が下手なのではなく、幽魅が上手なのだ。
「……だ、大丈夫、です。もっと、上手に、できますよ。次は……」
 幽魅が必死に慰めるが、悔しそうな表情は晴れない。きっと自分に怒っているのだろう。
 それ以上何を言えばいいのかわからず、おどおどきょろきょろする幽魅を見て、ようやくフィリーネは自分の感情が彼女を困らせていることを悟る。
「……ごめんなさい。上手く行かなくて、自分に怒ってしまいました……。もう大丈夫ですわ」
「では……次回の……宿題、ですね……」
「! ……そうですわね!」
 二人揃ってひとしきり笑う。そんな和やかな時間を経てから、幽魅がケチャップを手渡して来た。
「これで……オムライスの、上に、絵を描いて……みませんか?」
「え、絵ですか……」
 残念ながらフィリーネに絵の才はない。いきなり絵を描けと言われて描けない。隣で幽魅は何か絵を描いている。
「~♪」
 上機嫌で鼻歌を歌いながらである。
「……」
 悩んだ挙句、フィリーネは絞り口に力を込める。

「……ふう、できましたわ!」
 悪戦苦闘すること5分。額の冷や汗を拭いながらフィリーネが息を吐く。ふと幽魅の皿を見ると、見事なオバケの絵が。
「確か、これ……幽魅のヘアピンにある」
「ゆ、ゆるバケちゃん……です……」
 最早コンポタと並び彼女のトレードマークになっているコミカルなオバケのイラストが、赤い線で綺麗に描かれている。「凄いですわ」と素直に呟くフィリーネの言葉にケチャップ並みに真っ赤になる幽魅。その視線が逸れるようにフィリーネの皿へと吸い込まれ。
「???」
 幽魅は首を傾げた。皿には「HAPY BIRTHDAY!」と書かれていたからだ。
「……えっと、誰の誕生日、でしょうか……」
「……」
 フィリーネは答えない。思い浮かぶ顔は誰もおらず、苦笑いだけが残る。
 スペルが違うことを突っ込んではいけない。いいな、絶対だぞ!!



 出来上がった料理を二人でテーブルの上に並べる。流石にパンは店で買ったものを用意し、対面に座る。
「いただきます!」
「い、いただきます……」
 命に感謝を捧げ、スプーンで一掬い。
「……フフッ」
 何の感想も告げずに笑いだしたフィリーネを見て、何かあったかと不安になる幽魅。
 しかしフィリーネはその顔のまま「おいし~!」と素直に口にする。
「チキンライスの甘さも、卵の柔らかさも最高ですわ!」
 往々にしてある話だが、本当に美味しいものを食した時に、感想より先に笑ってしまうことがある。幽魅も知識として知ってはいたがいざ目の当たりにすると……。
「おいしいですわ! こっちのコーンポタージュも!」
「甘いですし、とても舌触りが滑らか! 手間を惜しまないとこうも違うんですわね!」
「卵と混ぜたチーズとクリームが濃厚で、でも舌の上で溶けていきますわ!」
 追加でここまで褒められると顔から火どころか溶岩が噴き出そうである。舌に乗せたコンポタが急速に味を失っていく。
「ふぃ、ふぃりーね、さん……!ははは、恥ずかしい、です……!」
 精一杯の抗議をするが、味に感動しているフィリーネにはどうにも届いていない。両の手を頬に添えて感動に震えている。実に感情豊かでわかりやすい。
 一しきり感想を述べて満足したのだろう、少しずつ食リポの頻度は減り、代わりに俎上に登るのは互いの近況。最近行った仕事の話、お気に入りのコスメ、好みの服。今度一緒に買い物をしようとフィリーネが誘えば、思いっきりたじろぎながらもどこか嬉しそうに頷く幽魅。
 誰かが言った。盛り付ける皿までが料理なのだと。もしかしたら、今二人が同じ空間に居て味わっているこの空気もまた、料理をよりよく味わうために必要なモノなのかもしれない。
「ごちそうさまでした」
「ご、ごちそうさま……でした」
 そうして作り始めから食べ終わりまで楽しみに満ちた時間は終わ……らない。もう少しだけ続く。
「次はどんなお料理にチャレンジするのかしら?」
「……み、ミルクを使った、お料理、なら……。シチューか、グラタンは、どうでしょう?」
「どちらも大好物ですわ! 両方作りましょう!」
「……えっと、味が似通ってしまうので、どっちかで……」
 幽魅が洗った皿をフィリーネが布巾で水気を取り、テーブルに並べる。食器棚にしまうのは二人の共同作業。
「そういえば、エプロン自分のも欲しいですわ……。幽魅、私に似合いそうなの選んでくださりません?」
「え、わ、私でいいんですか……?」
 勿論、と笑顔で返す百合花に、きょとんとしつつも少しはにかんだ笑顔を見せる幽魅。その表情は、人に混じり、触れ合ってきたが故の成長を感じさせるもので。
「勿論! あ、次遊びに来る際は牛を連れてきてもよいでしょうか?」
「えと、できれば……遠慮させてください。ミルクなら、だいじょうぶ、です……」
 
 キッチンを包む空気はどこまでもありふれた空気でいて。
 だからこそとても愛おしいものだった。

  • 美味しい料理に必要なのは?完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2021年08月19日
  • ・道子 幽魅(p3p006660
    ・フィリーネ=ヴァレンティーヌ(p3p009867

PAGETOPPAGEBOTTOM