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銀に粧う静かなる森にて
登場人物一覧
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――エリスちゃん、フレイムタンくん。綺麗な森だし、ここは観光地なんでしょ?――
また来るね、と約束を交わして。焔はそろそろ『銀の森』へ遊びに行こうかな、と身支度を整えていた。
銀の森――鉄帝と傭兵の国境に存在する美しいその森。雪化粧を施された森には暖かな風が流れ込む。
過ごしやすさと古代兵器が眠る湖が幻想的であるとガイドブックにも掲載される観光名所に住まう氷の精霊『エリス・マスカレイド』とその配下たる子供たち。
「そろそろあっちは少しは落ち着いてきたかなぁ?」
魔種が迷宮を作り出したことにより混乱に陥っていた森。窮地を救ってくれた救世主を友人と認識していたエリスにとっては焔による来訪は心待ちにしていたイベントだ。
そわそわと弁当箱を取り出した。美味しい昼食を詰め込んで――ふと、焔は首傾ぐ。
「エリスちゃん達ってどんなものが好きなんだろう?
そもそも、ご飯って食べれるのかな……? 精霊は『普通の種族』とは違うって言ってたし……」
精霊と共に過ごすパサジール・ルメスの少女は『精霊種と精霊は異なる存在』と説明したうえで、精霊は特異な存在有る事には違いはないから食事は『できるが必要としない』と焔へアドバイスを送っていた。
「まぁ、残ったら夜ご飯に回してもいいし、ちょっとずつ色んな種類をいれていこうかな。
ハンバーグとか、クロワッサンのサンドイッチとか、あ、そう言えばラドクリフ通りに出てた露店のサンドイッチも美味しんだっけ……?
ユリーカちゃんとかはルミネル広場で売ってるキャンディとか黒パンが好きって言ってたかな……?」
どんなものだってエリス達と楽しめたなら僥倖だ。
薄水色のドレスの揺れ動かした美しい氷の女王。彼女やその子供達の事を思えば心が躍る。
「あ、おやつも忘れない様にしないと!
パルスちゃんにプレゼントするための美味しいマカロンのお店は調べてるし折角だしちょっといいやつをお土産にしちゃおう!」
ラド・バウのアイドル剣士のパルスにプレゼントするならば飛び切りの可愛いピンクとリボンで飾ったマカロンがいいと焔は考えていた。可愛らしい王冠を模したシュガーを飾ったマカロンを幾つか――『女子会』の手土産には凍土いい。
さあ、鞄に詰め込んで行ってきますと出かけかけて脳裏に過ったのは銀の森での一件。
正気に戻って、と焔を纏わせた一撃。
それは魔種の呼び声の影響かでは確かな一撃であっただろうが友人という立場になれば心配になっても来る。
「あっ、あの時……結構思いっきり攻撃しちゃってたし、怪我とか大丈夫かなぁ。
本格的な治療とかは出来ないけど、一応救急箱も持って行って……。
あの時は思いっきり攻撃しちゃってごめんねって謝っておかないと……」
包帯や消毒液を詰め込んで、焔は行ってきますと飛び出した。
炎が弾ける様に足取りは軽やかに、向かう先には銀の森――彼女たちの棲家。
「よくぞ、いらっしゃいましたね」
柔和な笑みを浮かべたエリス・マスカレイドは氷の様な髪を揺らし微笑みを浮かべている。
氷の結晶を飾った髪に、魔種の影響下に居たときとは違った穏やかさと整えられた美貌が印象的だ。
「こんにちはー! エリスちゃん! マスカレイド・チャイルドのみんなも!」
にんまりと微笑んだ焔にエリスは歓迎しますと手を差し伸べる。
心の底から冷えるような景色の中でも肌に感じる温暖な気候が心地よい。冷たい氷の精霊は嬉しそうに炎の神子を迎え入れた。
「あ、まずは……前は急な事態だからって攻撃してごめんね? 怪我とか、大丈夫だった?」
「あの時はああする他にはありませんでしたでしょう。ですから、大丈夫です。
怪我――というものも、精霊は自然と融和し癒しを得ていきます。この通り、万全ですよ」
ふわり、と踊る様にして笑ったエリスに焔はほっと胸を撫で下ろした。
氷の精霊たちを伴って、何処へ行こうかなあと焔がきょろりと見回した。
「エリスちゃん達ってずっとこの森に居るんだよね? 何処かおすすめスポットとかあるのかな?」
「ええ。子たちが案内してくれるでしょう――参りましょうか」
ひらり、と手招くエリスに子供達がこっちだよと焔の手を握る。小さな、氷の精霊たちは焔の指先をくいくいと引っ張り走りだした。
雪泪――そこは観光名所にも数えられる湖だ――を超えて、その向こう、人気のない林の奥に小高い氷の広場が存在している。ほんのりとかぶさる雪に温かな光が纏わり、ちらりちらりと輝くかのようで。
「綺麗……」
「ここは氷と陽の交わる場所。もっと向こうに行けばラサの砂漠が広がっているのですよ。
ですから陽の光と雪が交わる。精霊の誘いが無ければ入れない、秘密の――本当の『銀の森』なのです」
くすくすと笑うエリスに焔がぱちりと瞬いた。
来てもよかったの、と問い掛ければ友人でしょうとエリスは微笑む。
「ねえ、エリスちゃん。此処で一緒にお弁当にしよう?
ボク、色々用意してきたんだ。パサジール・ルメスのリヴィエールちゃんが食べる必要はないって言ってたけど、食べれるんだもんね。ちょこっとずつ、味見してみない?」
「ええ、精霊は食事を必要とする種もしない種もあり、私たちは必要としませんが――娯楽として嗜みます。
是非に。……焔、貴女が選んだ『おいしい』と『たのしい』を私達に教えてください」
お土産のちょっと素敵なマカロンの甘さにエリスは経験したことがないと楽し気に笑う。
雪の様にほろりと融ける、そんな甘さを感じては氷の女王は幸せですと微笑んだ。
「ふふ――」
「……どうしたの?」
焔とエリス。炎と氷。両極端の存在なれど、こうして楽しめるのは不思議な話か。
エリス・マスカレイドは精霊種とは違う。その可能性が与えられぬことも彼女は知っている。
だから、口にするのだ。
「特異運命座標の友人が出来ると思ってはいませんでした。
また、また遊びに来てくれますか? マカロンもお弁当も、とても素敵で――焔の好きなものを教えて欲しいのです」
「……! うん、また。また遊びに来るからね!」
其処は銀の森。
永縁の解けぬ氷と暖かな気温が交わる場所。
人ならざぬ者、二人。
一つの小さな約束を交わして。