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星々の輪舞曲

登場人物一覧

リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
リゲル=アークライトの関係者
→ イラスト

 白亜の円形闘技場に金髪の少年と銀髪の青年が対峙している。
「もう一本! 僕がリゲルになんかに負けるわけがない!」
 金髪の少年——エトワール・ド・ヴィルパン——は吼える。
「何度でもかかってこい!」
 対する銀髪の青年——リゲル=アークライト——は巨大な銀壁としてエトワールの前に立ち塞がる。かつて、自分の父と自分がそうであったように。これは男と男の意地をかけた闘いの物語である。

 そもそも、こんな事態を招いたのは、ヴィルパン邸からエトワールが家出したのが原因だった。本人曰く「リゲルが魔種の冠位『強欲』を倒せるなら、僕にも魔種の冠位の一匹や二匹、倒せるに決まっている!」とのことで、反省皆無な上、無茶な行動に走ったことに、普段はエトワールに甘いヴィルパン候も怒り心頭だ。
 今は聖都といえど、安全とは言い切れない。先の決戦で聖騎士の負傷や死亡により、聖都を警備する人員が減り、治安が悪化している。レオパル卿が奮闘しているにも関わらずだ。ヴィルパン候もエトワールには、よく言い含めていたのにも関わらずの猪武者ぶりに、遂に謹慎を申し渡したのだ。
 だが、エトワールは懲りない。自分の行動を正義と盲信し、父は心配性なだけだと思い込んでいる。本当は、リゲルが強大な敵を討ち果たした英雄譚に憧れ、羨ましく、妬ましいだけなのだ。
 そして、暇な彼が思いついたのが、リゲルとの模擬試合だった。ヴィルパン候には、「僕のライバルたるリゲルと共に模擬試合をすれば、リゲルが成長できるに違いない」と無理をいって、この模擬試合を準備してもらったのだ。——その本心は、『魔種の冠位を倒したリゲルを倒したなら、僕が魔種の冠位を倒したも同じことだ』という自己満足を満たすための我儘と、それとは裏腹の憧れと妬みからくるものだったが。

 そして、ヴィルパン邸の闘技場へ呼び出されたリゲルはエトワールが家出したことを聞き及んでいた。全く反省していないことも、呼び出した理由も。だが、騎士が勝負を挑まれて引くわけにはいかない。そして、可愛い弟分と思うからこそ、依頼を勝手にとってくるような真似や、今回の模擬試合までの経緯は看過できなかった。だから、リゲルは一計を案じた。
「エトワール、君が百試合のうち、一本でも俺にその槍を届かせることができたなら、なんでも要望を聞こう。できなかったら、俺の要望を一つ聞いてもらうからね。いいかい」
「勿論いいですよ。僕が貴方に百回も負ける無様な男だと思いますか。貴方に勝って、僕の玩具になってもらいますから」
 これはエトワールの強がりだが、決して根拠のないものではない。彼とて、以前リゲルを生死の境に彷徨わせたことを後悔しないほど愚かではない。あれから、自分なりに訓練も熱心に行い、少しは強くなったつもりだ。
「真剣勝負でも僕は構わないんですが、リゲルが怪我すると可哀想ですから」
 エトワールはそう言うと、木刀を二振りリゲルに投げる。リゲルがそれをパシッと受け取ると、エトワールは模擬戦用の木の槍を構えた。

 そして、冒頭のシーンに戻る。現在、エトワールの30戦30敗だ。
「はぁはぁ、いい加減、体力の限界なんじゃないですか。もう若くないんですから」
 そういうエトワールの肩は上下していて、吐く息も速い。
「君の方がよっぽど疲れているようにみえるけど、気のせいかな」
 一方、リゲルはまだ余裕だった。汗ひとつかいていない。
「……そうに違いないですよ。もう一本! これで決めてみせます!」
 エトワールは槍を両手で回す。その遠心力を使って、穂先をリゲルの肩へと叩き込む。だが、それをリゲルは片手の剣でいなす。エトワールは、それでもめげずに槍で突進する。だが、同時にリゲルが半身ずらす。それは、エトワールを誘い込むための罠。リゲルが軽く片足を出すとエトワールは引っかかって、その勢いのまま、顔から床に激突してしまう。
「あまりに稚拙だな」
 リゲルの言葉にエトワールはカッとして槍を掴み直し、立ち上がる。
「だが、筋はいい。それに君は本来ならば、もっと頭が回るはずだ。冷静に対応すればもっと良い動きが出来るはずだよ」
 それはリゲルの本音でもあり、期待でもあった。
「リゲルから言われなくても、自分のことは分かっている!」
 本当は憧れのリゲルから褒められ有頂天になりながらも、エトワールはリゲルの言葉を反芻していた。
 ——冷静に、冷静に、冷静に
 これまで何故負け続けたのか。今まではリゲルに対して当たれば威力は高い技ばかり使ってきたが、全て片手でいなされてしまった。もしかして、威力の高い技は行動が大振りで動きが読みやすいのか。エトワールはニヤリと笑って、リゲルに槍を突きつけ、宣言する。
「今度こそ勝ってみせます」
「楽しみにしているよ」
 リゲルは自分のアドバイスでエトワールがどれほどの成長をみせてくれるのか、期待が隠しきれず、笑みが浮かぶ。
「その余裕もこれまでです! いきます!」
「こい!」
 エトワールは槍を素早く小さな動きで撃ち込んでくる。リゲルはそれを両刀を使ってあしらう。エトワールは軌道を変えながら撃ち込むのをやめない。隙ができるのを待ち構えているのだ。リゲルは半歩ずらし、一気に踏み込み、勢いをつけて右手の剣を槍に撃ち込む。同時に左手の剣でエトワールを正中に捉える。槍は吹き飛ばされ、エトワールは負けた。だが、今までとリゲルの行動が違うのを、エトワールは気づいていた。
「やっぱり君は賢い子だ。大技は強力だけど読みやすい。軽い技に変えたところまでは良かったね。だけど、軽い技は力が入らない。もっと脇を締めて全身を使い体重をのせ、素早く力強く撃ち込むんだ」
「そんなことは知っています!」
 エトワールは嬉しさと悔しさとがないまぜになった複雑な顔で槍を手にとって考え込む。
 そのさまをみて、リゲルはエトワールの成長に喜びが込み上げてくる。それと同時に、幼いときの父との修行を思い出していた。

 ——
 ———
「父上、てやぁ!」
 リゲルが振り上げた小さな剣を、父は木の棒で軽々と受け止めて、可愛くて仕方ないといった笑顔を浮かべている。
「リゲル、まだまだだ」
「父上、覚悟ぉ!」
 思いっきり力をいれたのに、父の木の棒はビクともしない。
「ハハハ、リゲル、それぐらいじゃ、正義は為せないぞ!」
「父上、リゲルは正義を為してみせます! 父上のように!」
 父は照れたように笑いながら、俺の剣を跳ね返す。
「正義を為すには、ちゃんと自分の中の正義を育てないといけないぞ」
「父上、正義を育てるとは、どういう意味ですか?」
 キョトンとした顔の俺に、父は真剣な顔で語りかける。
「正義と不正義を区別できるようになることだ。そのためには自分の中にこれだけは決して譲れないという正義を育てなればならない。分かるか、リゲル」
「分かりました、父上! リゲルは不正義を断罪する立派な騎士になってみせます!」
 父は嬉しそうに頭を撫でてくれて、それだけで嬉しくて、辛かった稽古の苦しみなんて、吹っ飛んでしまう。
「期待しているぞ、リゲル」
 そこにピクニックシートの上で見守っていた母上が声をかける。
「二人とも、そろそろお弁当にしましょう?」
「母上、リゲルはお腹ぺこぺこです!」
「リゲル、これぐらいの稽古でお腹が空いていては……」
「あなた、そろそろ稽古はお休みにしましょう? ね?」
 母が綺麗な笑顔で父に微笑みかける。
「……そうだな」
 有無を言わせない母の様子に父が引き攣った笑顔をつくる。それが可笑しくて、俺も母も笑ってしまうのだった。

 ———
 ——
「今度こそ貴方を沈めてみせます!」
 エトワールの攻撃は試合開始時から比較すると驚くほど成長していた。攻撃は苛烈なモノに変わり、それをいなすにも全身を使わなければならないようになっていた。その成長が自分のことのように誇らしい。自分の闘争心にも火がついていくのが分かる。隙をみせたように見せかけ、その隙を見て突進してくる槍を紙一重で避ける。全身をバネのように使い、両刀で槍をへし折るくらいの勢いで弾き飛ばす。そして、そのまま、チェックメイトだ。
 ——父上も今の自分のような喜びを感じてくれていたのだろうか
 ——冷静に長所と短所を見極めて、的確にアドバイスをくれた父上のようになれているだろうか
「随分、力も入るようになっているけれど、腕が狭まり過ぎている。腕を狭めると素早い攻撃ができるが、力を入れるのに膂力が必要になる。今は、もうちょっと腕を広げて、力が入るようにした方がいい」
「……ハァハァ、敵にアドバイスをするなんて、……よほど余裕なんですね。……でも、考慮してあげますよ。……貴方を倒すためにね」
 口惜しそうだが、確かな実感があるのだろう。肩で息をして、荒い呼吸をしながらも、目はまだ諦めていない。俺はその目を見て、エトワールは強くなれると確信した。
 ——父上はどんな想いで稽古をつけてくれたのだろうか
 —— 父上の想いは今はもう分からないけれど、俺は……そうだな
 ——エトワールには、心身共に強い騎士になってほしい
 ——そして、いつかは共に戦場で背中を預けられるように
 ——父上も、もし同じように願っていてくれてたなら、俺は最後に父上に恩返しができただろうか

 エトワールも最後の方は善戦していたのだが、結果はリゲルの100勝だった。
「よく最後まで戦ったね。今日はそれで十分だよ。よく頑張ったね」
「……それで、僕にいったい何をさせたいんです?」
 エトワールは、 1勝も出来ず、ふてくされた顔だ。
「その前に聞きたい。君が為したいことは何だい?」
 リゲルはかつて父に問われた言葉をエトワールに向ける。エトワールは即答する。
「正義に決まっているでしょう! 不正義を為すモノに正義の鉄槌を下すんです!」
「君にとっての正義とは何かな?」
「……神が決めたことに決まっているでしょう?」
 エトワールは戸惑う。天義出身者であれば、神のいうことが全てだからだ。リゲルも同じではないのか。
「神の言葉を歪める人がいたことは知っているね」
「それは知ってます。けれど、不正義は断罪されたのでしょう?」
「自分の中に真の正義と呼べるモノをもつ人達がいたから、神の言葉が歪んでいることに気がついたんだ。誰かに言われたからではなく、自分で考えて、自分の正義をもっていたからこそできたことなんだ。それを信念と呼ぶんだ。分かるかい?」
 父やイェルハルド・コンフィズリー卿が信念をもち、それをリゲルやリンツァトルテ・コンフィズリー卿が引き継いできたからこそ、今があるのだ。
「……まだ、よく分からないけれど、今の天義が変わりつつあることも、リゲルが言うことも分かるような気がする。まだ漠然としていて、何が正義で不正義か判断できないこともあるかもしれないけれど、僕はその信念というものが欲しい」
「君なら、きっと強い信念をもった本物の騎士になれるだろう」
 リゲルはエトワールがそうなったときの姿を想像して、思わず喜びで笑みが零れた。エトワールも釣られて笑みが零れる。
「ええ、当然です。貴方にできて僕にできないことなんてないんですから」

「流石だね。じゃぁ、本題に入ろうか。僕からのプレゼントだ」
 リゲルは笑顔でエトワールに細かく文字が綴られた羊皮紙を渡す。エトワールは怪訝な顔で受け取って軽く読むなり、叫んだ。
「なんですか! このレッスン表は!」
「一つだけ、なんでもいうことを聞いてくれるんだろう?」
 リゲルからのプレゼントもといレッスン表にはびっしりと基礎練習のトレーニングが並んでいた。素振り300回、腹筋100回、ウサギ跳び100回…。
 何故、基礎練習がこれだけ並んでいるのか。それは、エトワールが依頼をとってきたときに並んで戦ったときのリゲルの経験からだった。あの時も実力不足だった。今回の試合では、エトワールは華やかな技を好んで使おうとしていた。だが、その技にも本来の威力が出ていなかった。それもこれも地道な基礎練習を怠っている証拠だった。
「こ、こんな基礎練習、僕には必要ないです!」
「槍を広く持たないと力が入らなかったのを覚えているかい。あれは基礎体力がついていれば、そんな必要などない。君に体力がない証拠だよ」
 図星を突かれて、エトワールは狼狽する。
「だ、だからって、こんなレッスンは無理ですよ。僕は忙しい身なんです。こんなことしている暇なんてないんです。勉学も騎士には必要なことですから!」
「大丈夫だよ。もう君の父君のヴィルパン卿にも許可を得ているからね」
 そう、これはリゲルが闘技場での試合を頼まれた当初からの計画だったのだ。エトワールを心身ともに強くするための。ヴィルパン卿に相談したところ、頭を下げてお願いされた。それは子を心配する親そのもので、父もそうだったのだろうかと、リゲルは心が痛んだほどだ。
「貴方は存外卑怯者なんですね。父上に話を通しておくなんて! しかも僕に負けるなんて全く考えていなかったなんて! この不正義! 騎士失格! 腹黒!」
「なるほど、君の気持ちはよく分かったよ。レッスンにランニング3時間を追加しよう」
「それが不正義だって言ってるでしょう?!」
「だけど、これが騎士への近道だよ」
「だから、貴方は食えないっていうんです! ……僕は貴方の手のひらの上で踊らされていたんですね」
 エトワールは下唇を強く噛んで、逡巡しているようだ。
「千里の道も一歩から、というじゃないか。俺もまだまだ未熟だ。君が鍛えたなら、いつか負ける日がくるかもしれないな」
 ——リゲルが負ける
 エトワールはその言葉に釣られてしまった。
「リゲルを一番最初に負かせるのは僕ですから。覚えておいて下さい! リゲルがそこまで僕に負けたいなら、訓練してあげても構いませんよ!」
 エトワールが真っ赤な顔でそこまで言い切ると、ふいっとそっぽを向く。リゲルには、その様子がいじらしく、頭を撫でてあげたい衝動に襲われるが、きっとそんなことすれば、馬鹿にして、などと顔を真っ赤にして怒り出すのが目に見えるようだ。ようやく出してくれたやる気を損なうことはしたくない。
「勿論覚えておくよ。君に負ける日が楽しみだ」
「ええ、約束ですからね。僕は貴方をライバルとして認めてあげているんですから」
「じゃぁ、約束だ」
 リゲルが小指を差し出す。エトワールはヤケ気味に小指を絡ませるのだった。
「ところで、それだけ言い返す元気があるなら、百戦ぐらい余裕だね」
「それとこれとは話が違います!」

 強い信念をもった本物の騎士になるまで、星々は巡り巡る。強く輝く星に惹かれ、追いかけ続けて。星々の輪舞曲は夜空を舞う。その先に、輝かしい未来があると信じて。例え、どんなに小さな星であろうとも、より強く輝き、世界を照らすまで。

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