PandoraPartyProject

SS詳細

災禍の炎

登場人物一覧

焔宮 鳴(p3p000246)
救世の炎
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
ロロン・ラプス(p3p007992)
見守る
ロロン・ラプスの関係者
→ イラスト
ロロン・ラプスの関係者
→ イラスト

 いってきます、の、返事は。
「反転じゃなくて、ただいま、なんだけどなあ……」
 呟いたロロン。その瞳は、今は何をも映すことはない。報告書と、恐らく起きたであろう『全て』を受け入れる他ない。
 アルテミアには好意以上に迷惑をかけた。嗚呼、情けない。
 魔種というものは、本当に。大切なものを、根こそぎ奪っていく。


 だから何だと言うのだろう。それが魔種だ。
 奪われたなら奪い返せばいい。
 殺されたのなら殺し返せばいい。
 堕ちる。堕ちて堕ちて堕ちてどこまでも。その先にあるのが地獄だとしても、己が為に振るう力は正しく、等しく正義に他ならない。

 燻ぶる炎はしたたかに。
 揺れる思いは確実に。

 ――聞こえる。

 それが、何処からであるかは分からない。

 けれど、聞こえる――

「──にくい」
 だからこそ、奪う。
「全部、燃えてしまえばいい」
 だからこそ、戦う。
「この世界ごと、全て焼き尽くされてしまえばいいのよ」
 だからこそ、殺す。

 ――あぁ、この焔は……世界を焼き尽くすまで、燃え尽きることはない――
 

 実験都市リトルラプス。ロロンが構える領地だ。ロロンが社会実験及び観察を目的として運営しており、人間の営みを学んでいる地でもある。
 ある人物に触発されて用意したという美少年牧場で育てられた二人の元奴隷が、フィルティス家の家紋が刻まれた馬車に揺られていた。
 事の発端は幻想を盛り上げた『勇者総選挙』だ。勇者選挙での見返りとして留学の約束を取り付けたロロン。幻想上流貴族、フィルティス家の令嬢、アルテミアの構える領地へと二人の元奴隷を留学させることにしたのだ。
「アルテミアさんは、どんな人なんだろう……」
「アルテミア『様』、だろ。じゃないと、俺もラクリマも怒られちまう」
「ご、ごめんバイラヴア」
「いや、大丈夫だ。俺の前だけにしとけよ」
「うん……」
 砂利道を通り、石煉瓦の道を通り。がたがたと揺れる馬車に、ラクリマはバイラヴアにしがみついた。
「……大丈夫だ、俺がいる」
「うん。バイラヴアが居れば、大丈夫」
 ラクリマの細い肩を抱きしめて撫でたバイラヴアは、上質なカーテンの隙間から漏れる光に目を細めた。
 騎士になりたいのだと。領主であり恩人たるロロンに語ることは無かった。それでも、ある程度意志を組んでくれたのだろう。『社会勉強にもなるから、ボクはいいと思う』なんて建前だ。きっと彼、或いは彼女は、見かけ以上に聡く、奴隷であった二人のことを見ている。
 故に、今回の留学を計画してくれたわけで。
(帰ったら、お礼しないとな……)
 そのためにも、今回の留学で吸収できる全てを吸い取って、己の糧にしよう。
 そう、決意して。
 馬のギャロップは軽やかに、降り注ぐ陽光は柔らかく。
 そう、物語を始めるには最高の日であると言えよう。これから暫く滞在するフィルティス領は、アルテミアが管轄している地区らしい。見習える点も、学べることもきっと沢山だ。
 まだ見ぬ場所にわくわくとする心を抑えながら、バイラヴアは目を細めた。
「わ……」
「もうすぐ、だろうな」
 いくつかの街を抜けて空気が変わった。新鮮な命のにおい。森の香り。この先にあるのが、留学先――
「……バイラヴア、そばにいてね」
「ラクリマこそ」
 固く繋いだ手は。解けぬように、このままで。

「ようこそ、フィルティス領へ。あなたたちがロロンさんのところから来た二人ね?」
「はい」
「こ、こんにちは」
 淡々と答えるバイラヴアと、その背からおどおどとした様子で顔を出したラクリマに、アルテミアはくすくすと微笑んで。
「はい、こんにちは。あなたがバイラヴアさんね」
「はい。俺がバイラヴア……です」
 翠の瞳を逸らしつつも頷いたバイラヴア。アルテミアは事前にロロンから託されたのであろう資料を見つつ、しっかりと確認していく。仲間から預かった大切な子供達だ。どんな変化も見逃さぬようにしなくては、と。
「で、あなたはラクリマさんね」
「はい。僕が、ラクリマです」
 よし、と小さく呟いたアルテミア。口元には笑みを浮かべ。問題なく到着したと手紙が出せそうだ。
「まずは私の管理している範囲にはなるけれど、フィルティス領を案内するわね」
 緊張した面持ちで頷く二人は微笑ましく、愛おしく、可愛らしく。これからどのような成長をしてくれるのか、期待が募るばかりだ。
 芽生え始めたばかりの若葉をどう育てようか。二人はどんな未来を描くだろうか。そう期待して。


「さて、こっちよ。領内は広いから迷ったら誰かに聞いて頂戴ね?」
 とは言えども銀糸に虹彩混じりのロングヘア、碧と金の瞳。麗しの令嬢でありながら、武の才能に優れるが故の腰の剣。どう考えても人目を惹く容姿だから迷うことは無いだろうし、仮に迷ったとしても彼女なら見つけ出してくれるだろうという安心があった。
 中心街を抜け、近くにあるのだという鉱山や、街道筋、先ほど馬車で通って来た森を一通り案内してもらう頃には、すっかり日も暮れていた。
 夕焼けが包む森はまるで炎に包まれているようだった。鮮やかな赤が降り注ぐ。そんな景色だった。
「今日は疲れたでしょうから、もう戻りましょうか。明日からは少しずつ勉強に入ってもらうけれど、大丈夫?」
「は、はい。大丈夫、です」
「俺も大丈夫だ……です」
「わかったわ。とはいえ、一応『お客様』ではあるんだもの。週に二日はおやすみもあげるから、ゆっくりこの領のことも知って、楽しんで、叶うならふるさとのように、愛して頂戴ね」
「はい……!」
 ぱぁっと笑みを浮かべたラクリマに、バイラヴアもほっと胸を撫でおろし。その隣に並べば、ラクリマは満足げに笑みを咲かせる。
「バイラヴア、楽しい?」
「まだ解らない。ラクリマは?」
「僕は楽しい。バイラヴアが行くって言わなきゃ、知らなかったことだよ」
「……」
「これから二人で、いっぱい、いろんなことを知っていこうね」
「……ああ」
 ぶつかった掌は、ラクリマが取って、繋がって。
 夕焼けに並ぶ影は、ふたりでひとつだ。
「にしても、バイラヴアがつよくなりたいって言ったときはびっくりしたんだよ。強くなるってことは、痛いのが増えるってことなんだよ?」
 不安気に、ラクリマの珊瑚の瞳が揺れる。かつて奴隷として扱われていた時もきっと、幾度となくこのように揺れてきたのだろう。けれどその瞳は今、自分の為だけに揺れている。
(――ああ、俺は、)
 俺は、こんな顔をさせないように、強くなりたいと思ったのだ。
 迫害されることもなく。大切なひとが奴隷になることも、色眼鏡をかけられることも、くだらないものさしで測られることもない。そんな強さを手に入れて、騎士になるために。
 そのために、アルテミアこのひとの領に来たのだ。
 強くなりたい。
 きっと、ここならそれも叶う。
 この燃える夕日が、きっと。俺を強くしてくれる。
 ぎゅっと握った手を、もう離したくないから。
「ラクリマ。俺を信じて」
「……? うん。わかった。信じる」
 アルテミアは後ろから聞こえる小さな話し声に問うようなことはしなかった。きっと、それが正解だったから。
(私達も、あんな日があったわね、エルメリア――)
 遠い日。一緒に夕日を見て、並んで。それがどれほど幸せだったか。
 私達と同じ思い出を作ってくれる子がいることが、どれほど幸せか。
 ――そう思わない、エルメリア?


 起床の時間は九時。
 早起きは苦手ではないのだけれど、この時間と設定するとやけにそわそわしてしまう。そう感じた。
 遠足前の子供の用だ。遠足に行ったことは無いけれど、なんて皮肉も今は気にならない。浮かれている、なんて認めてしまうのは簡単なようで難しい。
 簡単だ。新しい生活を待ち遠しく思っていたのだ!
「ラクリマ。起きろ……おい、ラクリマ」
「んぁ……もうたべられませ……」
「らーくーりーまー」
「へぁ……はんばーぐ……」
「ラクリマ!!」
「ひゃい!? ごちそうさまでした!!」
「……よだれ。垂れてるぞ」
「う、嘘だあ……」
「顔洗ってこい、俺もそうした」
「はぁーい」
 ロロンの領地に居た頃も有難い暮らしをさせてもらっていた。ふかふかのベッド、あたたかい食事。好きなものを選んでもいいと言われたパジャマに、仲間とお揃いのマグカップ。
 勿論そんな暮らしもよかったのだが、貴族と言うのはやはり暮らし方も一般人とは違うのだろう。一般人になったのだって最近のことだけれど、奴隷という底を知っているからこそ、その衝撃は大きなものだった。
 ふかふかではあるのだが、シルクのシーツが敷かれたベッド。柔らかなコットンで織られたナイトウェア。朝食は勿論使用人たちが作る。なるほど、これが上流国民きぞくの暮らし!
「おはよう。どうやらぐっすりだったみたいね?」
「はい……? っておい、ラクリマ!」
「え?」
 ラクリマの青い髪からは元気に跳ねた寝癖が恭しくご挨拶。
「ふふ、髪をとかしてあげるわ? バイラヴアさんはボタンを掛け違えてるわね」
「!?」
「そのうち慣れると思うわ? ラクリマさんは髪が長いから、結うのがいいかもしれないわね」
 ふぁふ、と呑気なあくびをしたラクリマに微笑んだアルテミアは、席につくように促した。
「ごめんなさい、そういうの慣れてなくて……」
「これから慣れていけばいいわよ。その為の留学なんだから」
 これでどう? なんてラクリマの髪をポニーテールにしたアルテミア。きっと面倒見もいいのだろう、領民から慕われる訳である。
「朝食にしたらあなたたちのこれからの仕事を伝えるから、覚悟しておいて頂戴ね」
「はい!」「はいっ……!」
 騎士を志すバイラヴアについてきたラクリマの理由は、『騎士の隣に居るならメイドさん!』というなんとも可愛らしいもの。しかし志だけは本物のようで、学ぶためにもここまで一緒にやって来た。勿論不安な気持ちもあるだろうが、帰りたいと口に出すことは無く。
「一緒に頑張ろうね、バイラヴア!」
「ああ」
 微笑み交わし、頷き。これからもっと、上を目指して生きていける。変わることが出来る。そう思っていた。否、実際そうであった。
 変化は確実に訪れた。
 アルテミア直々の指導を受けたバイラヴアは少しずつ強くなった。掌にはまめができる程剣を握っていたし、ラクリマも基本的な所作から言葉遣いまでを学んでいった。主に使えるとはどういうことか。主の為にできることは何か。そもそも、使用人であるということはどういうことか。
 欠けていた知識を補うことを怠るフィルティス家でもなく、二人が望むならば、と文字の書き方や計算、ある程度の歴史も教えてくれた。ここまで手厚いこと自体がロロンの計らいなのだろうか。戻ったら、感謝しなくては。
 しかし。
 災厄の足音は近付いていた。
 幸せの後は必ず絶望の雨が降り注ぐ。
 それは、二人の元奴隷にとっても例外ではなく。
「……ああ、憎い」
 彼女――ホムラミヤにとってはそれが、『幸せ』であった。


 憎い。
 憎い。すべてが、憎い。
 種を撒きましょう。炎を燃やしましょう。
 灯となる光はこの手に。
 わたしの怒りは、この心に。
 燃えて。燃やして。燃やし続けたなら。
 この渇きも、怒りも、治まる気がするから。


 焦がされるように苦しいでしょう? ――ええ。
 燃えるほどに、憎いでしょう? ――ええ。
 だから、わたしは燃やし続ける。
 この世界が、壊れるまで。

「魔種が……解りました。避難準備を進めるように放送を流してください」
「はっ」
「ラクリマさんは逃げなさい。ローレットに要請は出してあります、さぁ、早く!
 バイラヴアさんはごめんなさい。力を貸してくれますか?」
「やれる限りは……でも、」
「大丈夫。避難誘導を手伝ってほしいだけだから」
「……それなら、僕だって手伝えます。僕だって、フィルティス家のメイドです」
「……そうね。わかったわ。では二人共来なさい。ただし、危なくなったら逃げなさい。いいわね?」
「「はい!!」」
 小さな手が。握ったその手が。震えている。
 走り続けた。幼い子供も、老人も。皆其処に居た。逃げて逃げてと声を出す。さあ、風のない方へ。どうか遠くへ。
 けれども、戦火は止まず、勢いを増した。
 ゆらり、火の奥に、影が見える。
 その手から火を生み出し続ける。まるで悪魔のようだった。
「どうしてこんなところに魔種が……!」
 アルテミアは剣を抜いた。二人に下がるように促して。

「……あら、わたしにまた燃やして欲しいの?」

「ッ――――鳴さん!!!」

 叫んだアルテミア。憎々しいと言わんがばかりの魔種ホムラミヤの表情は、アルテミアではなく奥の二人を見つめていた。
「駄目よ、あなたは私が相手です。戻ってきなさい、鳴さん!」
 呼びかけには応じない。二人を見つめ続けるホムラミヤにぎりりと歯を食いしばったアルテミア。剣先鋭く、炎を絶つ勢いだ。
「私はアルテミア。あなたの友達。ずっとずっと、変わらないわ!
 あなたをずっと待ってる。鳴さん。あなたはきっと、まだ、戻って来れるから!」
「煩いわね」

 それよりも。嗚呼。見つけた。

『ねえ。おかしいと思わない?』
「あッ、」
「バライヴア?」
 跳ねる。見惚れる。息が詰まる。
 呼び声。甘い誘惑。囁き。
 魂の魅了。遠き思い出。嗚呼、嗚呼。癒えた筈の傷が――痛い。
『こんなにも苦しいのに。こんなにも傷付いたのに』
「ヴッ、あ、はあっぁ、」
「バライヴア!!!」
「っ、しっかりして、バライヴアさん!!」
 理不尽を赦さず。弱さを赦さず。其処に在るだけで災を振り撒く悪意の焔が、今。
 燻ぶっていた怒れる炎に、火を、灯す。
『この手を取って』
『世界を、』

『壊しましょう』

「ああ」

 噴き出したのは炎だった。否、燃えるように熱い怒りだった。
 日向に散るのは蛍よりも眩い光。炎は鳴らす。最期の一瞬を刻む、時計の針を。
「バライ、ヴァ?」
「もう、大丈夫だ」

「俺が、俺がラクリマを、」

「守って、みせるから」

 手を伸ばした。
 焦がれた。
 力に。
 許せなかった。
 痛かった。
 苦しかった。
 弱い自分が嫌で。
 大切な人を守りたくて。
 嗚呼。
 嗚呼。
 嗚呼。
 もう何も。
 わからない。

「っ……ラクリマさん、行くわよ」
「でも、だって、あそこにバライヴアが!」
「此処に居たらあなたまで死んでしまう。それは彼も、私も、許せない」
「っ、バライヴア!!」

 声は届かない。一歩一歩、ゆるやかに。踏み込み進むその後姿。遠ざかる。君が。遠い。どうして。隣に居たのに。
 焔がホムラミヤとバライヴアを包む。

「バライヴア、いかないで、僕を置いていかないで――――!!」
 涙がこぼれる。喉が痛い。煙を吸った肺は痛み、咳き込むが、ラクリマは声をあげ続けた。
 アルテミアが握った手とは逆の手で、遠ざかるその背に手を伸ばしながら。

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