PandoraPartyProject

SS詳細

幸せはバターの香りとともに

登場人物一覧

ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
美咲・マクスウェルの関係者
→ イラスト
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳

 きっちりと量りに乗せられて、慎重にふるわれた小麦粉と砂糖の粒は、取り澄ましたようにどれも同じ大きさに揃っている。色とりどりのケーキの型紙が、几帳面に整列して、生地が注がれるのを待っている。
 ここにあるのはどれもが一級品の食材ばかりだ。
 冷たいミルクを銀色のボウルに注いで、室温に戻したバターはヘラでやわらかく形を変える。
 煮つめたバターとリンゴを絡めた甘い匂いに、僅かなシナモンのニュアンスが加わった。
 換気のためにあけた窓の外で、人々は「この美味しそうなにおいはなんだろう?」と、立ち止まってきょろきょろとあたりを見回す。
 けれど、あいにく、『AusDerNeuenWelt』は休日なのだった。

 香ばしいお菓子は、いつだって幸せの象徴だ。
 幻想王都の宿屋『AusDerNeuenWelt』のキッチンには、真剣な顔の少女たちが二人。
「ヒィロ、もう少し力を抜いて。泡立てるのは、そんなに強くなくても大丈夫」
「美咲さん。えっと、こうかな?」
 ヒィロ=エヒト (p3p002503)の泡立て器を持つ手に、美咲・マクスウェル (p3p005192)が手を添えた。
 今日はルイーズ・アルベールの元で、料理教室が開催されている。
 カヌレとタルト・タタンは先生のお手本が主。生徒が作るのは、マカロンと、型抜きクッキーである。
 細かなこだわりは抜きにした、作る過程から一緒に楽しむ日。だけれども、一切妥協はしないと、二人は燃えている。
 彼女たちの様子を、宿の女主人であるルイーズは優しく見守っていた。
「こう、空気を含ませるように混ぜるの」
「こう?」
「上手だね」
「おおっとっと……こうだね! ふふん。コツがわかってきたよ」
「ふふ。ヒィロ、はりきってるね。でも、鼻に生クリームついてるよ?」
「あ、えへへ……」
 鼻先をぴ、と人差し指が押さえて、ペロリとなめられてくすぐったい。それにしても、エプロン姿の美咲さんは家庭的でいいなあ、可愛いなあ、なんてことをヒィロが考えていると、ちゃちゃっとエプロンのほどけかけていた結び目を結び直してくれた。
「あ、ありがとう」
 ……一瞬だけ、いつものようにほどかれるんじゃないかな、なーんて思ったのは内緒だ。
(よーし、頑張るぞ!)
 ヒィロはとても張り切っているけれど、出過ぎることはしない。自分に出来ることと、不得意なことを見極めて、温度管理だとか、湿度による材料の微妙な調整は口を出さないのだ。
 その代わりに、役に立つことならなんだってやるときめて、道具を並べたり、洗い物を済ませたり、せわしなく働いていた。
「ありがと、ヒィロ」
「うん!」
(本当に仲の良い子たちね)
 もう長いこと滞在しているため、ルイーズは、すっかり二人ともを自分の付き合いの長い友人だと思っていた。今では、彼女たちが仕事で宿を開けるとき、「あら、珍しい。いつ帰ってくるのかしら」なんて考えていることも多いのだった。
 彼女たちも彼女たちで、「すーぐ帰ってくるから!」「もう、ヒィロったら。でも、次の料理教室までには戻ってきますね」と、それとなく伝えてくれるようになった。最初の頃は、にこやかでも油断がないところがあった。緊張しているというか、常に警戒を怠らないような。
「いらっしゃいませ」が「おかえり」になるのに時間はかからなかった。今ではこうして、たまに料理を教える仲である。
 ルイーズは緩んだ頬を二人に気取られないように引き締めなおした。
「いいですか、お菓子作りは1グラムが勝負ですよ。材料をきっちり量るところから、勝負は始まっています」
 ヒィロがはいっ、と元気の良い声を上げた。くすり、微笑む美咲もまた、真剣な表情で、菓子へと向き直る。

「それにしても、ルイーズさんは本当に料理が上手だよね」
「宿の主人として、これくらいはできないとなりませんからね。たしなみというものです」
「かーっこいいなあ」
 といいつつも、ルイーズは元の世界では名だたる料理人だったのである。普段、ルイーズに料理を習っている美咲は、調理器具の扱いから、あざやかな仕事ぶりに、「ほんとうにそれだけだろうか」と少し思ったけれど、いちいち口には出さないのだった。
 別に、隠しているわけでもなさそうだけれども……。
 ルイーズはいたずらっぽく笑った。
 AusDerNeuenWeltは誰もが憧れるような良い宿だ。客は選ぶけれども、だからといって素性をつっつきまわしたり、深く過去に立ち入ることもない。
「ヒィロ、これ、お願いできる?」
「うん!」
 にこにこ笑顔のヒィロも、微笑みを浮かべるルイーズも……二人とも、どちらも素敵だと美咲は思った。
 これも守りたい、大切な光景の一つ。
 せわしなく働くルイーズは、休日だというのに気がつけば体が動いている性質のようだ。そういえば、息を切らせているところをみたことがないかもしれない。いつだって一定の温度を保っている。
 いつでもまっすぐに伸ばした背筋。隙のない身のこなし。
 けれども、いつもよりも表情が柔らかいのが分かる。
 ヒィロは先生の説明に忠実だ。聞き漏らすまいと真剣な表情でとりくんでいる。それでもおおはしゃぎが隠せないのがなんとも。
(あんな顔されたら、なんでも食べさせてやりたいという気持ちになるよね?)
「ルイーズさん、このレシピって、ルイーズさんが考えたの?」
「いいえ。でも、アレンジはしていますよ。料理人は誰しも、自分だけのレシピを持っているものですからね」
 昔の話を話すことはあまりないけれど、ルイーズは代わりにレシピノートを見せてくれる。「このケーキは懐かしいですね。ここのお嬢さんは、どうしても体質で食べられないものがあったのよ」
「へぇー、そうなんだ」
「大変そうね」
 ルイーズはぺらりとノートをめくった。
「ちょうど、あなたたちと同じくらいね。卵の代わりに、ジャガイモとカボチャを使いました。7歳の誕生日だったのです」
「へえ~!」
「歴史なんだね」
「きっと、その子も嬉しかったと思うなあ……ルイーズさんの料理、とっても美味しいもんね!」
「だね。一生の思い出だろうなあ」
「ありがとう」
 表情をむやみに表に出すな、とは宿の女主人たるルイーズのたしなみではあるのだけれど、こうもまっすぐに褒められると、胸のあたりがあたたかくなる。
「ルイーズさんたちに習ってるから、美咲さんの料理は美味しいのかな?」
「美咲さんが作る料理だって、私が教えたものそのままではないですよ。美咲さんがヒィロさんに出す料理は、ヒィロさんのためにアレンジされたもののはずです」
「え? ……ボクのために?」
「ふふ」
 ヒィロが目を丸くして、美咲がどうかな、とちょっとだけからかうように首をかしげる。
「たとえば献立ひとつ、なににしようかなって選ぶのだって手間が要ります。
昨日は同じものを食べていたから、今日は別のモノにしようかしら、なんていうことも考えますし。
あまり気の乗らないようでしたら、あの味付けは好みじゃなかっただろうか、だとか、たまたまお腹がすいていなかったのかも知れないなんてことを考えます。喜んでたくさんおかわりしてくれるようであれば、今日のは口に合ったのかな? ですとか。
そういうときにね、レシピにちょっと書き足すんです。そうするとオリジナルのレシピノートができて、世界に一つだけのものになります。……料理を作るときは、料理を食べてくれる人のことを考えて、たくさん、たくさん手間をかけるんですよ」
 はっとしたように、ヒィロは美咲に向き直った。
 ぎゅっと両手をつかんで、瞳をのぞき込んだ。
「あのね、美咲さん。ボク、美咲さんの作ってくれる料理なら、なんだって、何だって好きだよ。いつも大好き」
「分かってるよ。だって、いつも言ってくれるもんね」
「でもでも! もっと気がつきたいよ。たくさん、美咲さんのすることなら、何だって気がつきたいな」
「それじゃあ、当ててみて」

 料理は、愛情だ。
 悩むことだって、相手が何を喜んでくれるか考えながら選ぶということで。
 ルイーズは料理教室を別々に申し込みに来たふたりを思い出していた。
「美咲さんに、たまにはいつものお礼ってことで、美味しいものを食べさせてあげたいんだ」
 まっすぐに言うヒィロの表情は、「ヒィロに美味しいものを食べさせてあげたいから……」と言ってルイーズから料理を習い始めた美咲と示し合わせたようにおんなじだった。
 相手がこの場にいないのにもかかわらず、その瞳の奥に誰か――お互いの姿すら映しているようなきらめきがあった。お客様のために、というのはいつも考えていることだけれども、これほどまでにまっすぐに「誰か」のために作ったことはあっただろうか?
「ええ、もちろんですよ。そうですね。それでは次は一緒にお菓子を作りましょう」
 気がついたら、承諾の意を返していたのだ。

(休みのはずですけれど、ほんとうに仕事をしている気にはなりませんね)
 二人と過ごすことは、ルイーズにとってもよい息抜きとなっているのだ。
「さて、そろそろ生地も冷えたかしら。準備は大丈夫かしら?」
「うん!」
 クッキー生地を均質に伸ばして、あとはこれを型で抜いていけば完成だ。
「うーん、どれを使おうかな……」
「……はいどうぞ!」
 迷っている美咲にそっと型を押しやるヒィロ。その前にちょっと位置を調整していて、何事かと思えば、美咲は「ふふ」と、くすりとわらって一番近かったハート型を手に取った。
「!」
 美咲さんのハートのクッキーが食べたいです! と。たくさん念を送っていた。
 やった、狙い通りだとはにかむけれども、ヒィロはたぶん、分かっててのってくれたんじゃないかな、と思ったのだ。
 だとしてもその気持ちが嬉しくて、だから、ボクは大好きなんだ、と愛しさがこみあげる。
 もしかするとたくさん、自分よりも細かいことに気がついて、たくさんのことを知っていて。知らない間に愛が注がれているのかもしれない。丁寧に花が咲くように、クッキーの生地が広がっていった。
 いくつもの愛の形。
(あ、でもでも、ハート型だとー……)
「もったいなくて食べられないかもね」
 また同じ事を考えてしまった。
 それがわかって、目を合わせてふふっと笑ってしまった。
 でも、あげるなら一番良いのをあげたいし、やっぱりハートははずせない。
(ボクだって、精一杯。いちばん良いものをあげたいな……)
 ヒィロはこそこそと脇でクッキー生地を切り分け、形を整えはじめる。
「何作ってるの?」
「内緒! あ、オーブンにはボクが並べるからね!」
「あらあら」
 温度管理は慎重に。最後の最後で失敗なんてしてはいけない。

 しっかりと熱せられたオーブンに、天板が滑り込む。これはボクがやるからねっ、と、ミトンをつけたヒィロが背伸びをする。
 次第に香ばしい匂いが立ちこめる。ヒィロはそわそわとして、でも開けたらダメですよ、といいつけを守っていた。
「開けると魔法がとけてしまいますから」
 ほんとうだろうか? でも、美咲だって「そうね。魔法は人に見られちゃいけないね」と言うものだから、そうかも、なんて気にもなる。
 ヒィロはオーブンをなんとかのぞき込もうとして角度を変えて、それがおかしかった。
……なにやらサプライズを考えているようだったので、ルイーズと美咲は温度管理に努めるのだった。
「やったあ! 上手くいったよ!」
「え?」
 ヒィロが作っていたのは、美咲とルイーズの顔のクッキーだった。
 満面の笑顔。二人は一瞬、言葉を失う。
「これ、私?」
「……わたしまで?」
「だって、大切な人だもんね!」
「あのねルイーズさん、ボク、美咲さんが大好きで、美味しいものを食べてほしいな! って思ってるけど、ルイーズさんにだって、いつも感謝してるんだよ」
「……もったいなくてたべられませんね」
「えへ……ボクの好きな表情だよ!」
「紅茶を淹れますから、少々お待ちくださいね」
 ルイーズがそう言ってさっとその場を立ち去ったのは、緩みすぎた表情を見られたくなかったからだ。
「いつもありがとうございます、おば様。さぁ、いただきましょう!」
 いただきます、と声が響いて、おしゃべりの声はまだ止みそうにない。こうして、平和な午後がゆっくりと溶けていった――。

おまけSS『ちょっとした発見!』

あのねあのね、美咲さん!
美咲さんがボクのことを大好きだって証拠、ボクひとつ見つけたよ。
今日のお昼ご飯の、ちょっと遠いパン屋さんのパン! あれは美咲さんが好きなのかな?
って思ってたんだけど、ボクのためでしょ。なんてね、えへ。
え、ほんとにそう? だと思ったよ! ふふん。
あと、美味しいっていうとね、ボクの顔見てるよね!
コレは知ってたけど。
だって、ボクずっと美咲さんを見てるものね?

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