PandoraPartyProject

SS詳細

グルマンたちの美味礼賛

登場人物一覧

マルベート・トゥールーズ(p3p000736)
饗宴の悪魔
ソア(p3p007025)
無尽虎爪

 錬金術師の国シェベリ。
 賢者の石の創造を目的として建国されたこの国は、遥か昔より秘密主義をつらぬいている。
 外部との交流は一年に一度だけ。その為、シェベリの門が開かれる一週間は世界中から観光客が訪れ、国中がお祭りムードに包まれる。
『美食家ならば一度はタリーへ』
 タリーはシェベリ最大の貿易市場都市である。王都としての役割も果たしており、国中の貴重な錬金素材がこの街へと集められる。
 つまり、シェベリ中の可食素材がタリーにあるのだ。
 世間話の延長で「タリーなら変わったものが食べられるかもしれないねぇ」と笑った古書店の老人も、まさか客が異世界の悪魔だとは思わない。
 良かったら持ってお行き、とサービスで渡した古いグルメガイドマップが即日早速活用されるとも思わない。
 悪魔に大切なのは行動力。そして即断即決のスピードである。

「おっでかけ、おっでかけ」
 歌うように弾む鮮やかな虎の尻尾と耳。ツインテールに纏めた金糸に空色のリボンが揺れる。長く伸びた髪は爽風と戯れ、楽しいと言わんばかりに太陽の陽射しの中で煌めいていた。
 綿雲のような白いスカートをペチコート代わりにしたレモン色のワンピース。ひざ丈でひるがえった裾からは、オレンジ色の毛並みが美しい、虎の剛腕と健脚がのぞいている。
 歩く姿は快活で、健康的なソアの肉体をいっそう魅力的にみせていた。澄み渡った青空さえも彼女の元気な醇美さを輝かせるための背景にすぎない。微笑みを滲ませた声はまるで天使の歌声、とマルベート・トゥールーズは目を細めた。
「楽しそうなソアも可愛いなぁ」
 大好きだという感情を声にのせ、慈愛に満ちた表情で見つめる。
 フリルの付いた上品な白シャツと若草色のクラヴァット。紫紺に輝くジャケットの襟元には薔薇のコサージュが咲いている。
 清楚なラベンダー色のミニワンピースは、丈は違えどソアの着ている服と同型のものだ。デコレーションクリームのようにふわりとした白いフリルからは、白雪のような脚とスペード状の黒い尾がすらりと伸びている。
 短く切られた黒髪からは一対、蝙蝠の羽に似た頭翼がマルベートの心を象徴するように優しく風になびいていた。
「マルベートさんと一緒にいられるからボク嬉しくて」
 喜びを顔いっぱいに浮かべたソアは、大切な宝物を見るように蜂蜜色の瞳を輝かせた。
「今日はいっぱい食べて、いっぱいおしゃべりしようね。お姉様っ」
 むぎゅ。
 ソアが言うか早いか悪魔は虎の精霊を抱きしめた。
 砂糖よりも蜂蜜よりも、とことん今日はソアを甘やかそう。それは自分へのご褒美にもなる。
 マルベートは決めた。
 ずっとずっと決めていたけれど、もう一度、念入りに決めた。
 えへへと笑ったソアは甘えるように頬を擦り寄せ、顔を上げる。
「マルベートさんは何が食べたい?」
 瞬間的に「ソアが食べたいものを」と答えそうになったマルベートはぐっと堪えて思案する。
「タリーの肉料理は食べてみたいね。それから噂になっているお店にも行ってみたいな」
「ボクもお肉食べたいっ」
「よしよし、決まりだね」
 エスコートするように手を差しだし、マルベートとソアは腕を組んで歩き出す。
 道行く人は大食いファイターのような会話を交わす二人組を微笑ましく見送った。
 グルメマップを覗きこむ二人が、死森熊の群れをダース単位で即時殲滅できる戦力であると誰が予想できるだろう。
 世の中、知らないほうが幸せなこともある。

「このカフェは隣に公園があるよ。ボク行ってみたいな」
 人の暮らしに憧れているソアは、大きな公園に隣接したカフェを指さした。
 数十年前のグルメマップに掲載されているなら今は老舗だ。話を聞くと今でも繁盛しているらしい。美食都市で長年生き残る難しさをマルベートは理解している。
「じゃあ、この店に向かって歩こうか」
「うんっ」
 歴史を積み重ねたバラ色煉瓦の店が並ぶ大通りにはサラマンダーを象徴する真紅の三角旗が垂れ下がっている。国を現す色のためか、燃えるような赤は街の至るところで使われていた。
 訪問する観光客が富裕層であることも手伝って、タリーには高級志向の店や専門店が多い。綺麗に商品が飾られたショーウィンドウは芸術品のように華やかで、通りを歩くだけで上品な祝日の雰囲気が味わえた。
「これ、ソアに似合うんじゃないかな」
 花屋で柘榴色をした薔薇のコサージュを見つけたマルベートはソアの胸元を飾り付けた。
「へへー、マルベートさんとおそろいだよっ」
 代わりにソアは金糸で縁取られた炎色のリボンをマルベートの髪に一房編み込んだ。
 二人が揃いのアクセサリーを身に着けた頃、目的の店へと到着した。
 中心街とは違って街路樹の緑や木陰が随分と多い。
 目当てのカフェは思ったよりも小さな店だった。外の席は店内よりもずっと広く、並んだ白いテントの下で切り株のイスとテーブルに座った客が鮮やかな料理をつまみにお喋りを楽しんでいる。
 二人はテラス席に座ると軽く喉を潤すためにいくつかの皿を適当に注文した。
 よく分からない素材の名前と料理名があれば、とりあえず頼んでみる。強靭な胃袋と恐れを知らない勇者の舌にのみ許される注文方法だ。
 目の前に位置した公園では祭りが行われていた。子供たちの歓声や肉や砂糖を焦がす香りがテラス席まで届くが、歓談の憩いを邪魔するような不快さはない。
「今のはしゃぼん玉かな、でも丸じゃなかったね。噴水の真ん中にある大きな水晶は星と雨の匂いがするよ」
 そわそわと、今にも立ち上がって公園へと駆けていきそうなソアにマルベートは微笑んだ。
「後で行ってみよう。大丈夫、お祭りは逃げないよ」
 視界からの活気が前菜のように胃腸の働きを活発にする。
 そうして出てきたのは白ワインと蛇林檎のスムージー、それに生牡蠣とエビとタコのカクテルマリネだった。
 氷で冷やされた岩牡蠣の滑らかな身の上に、レモン果実の雨が降る。辛口の白ワインと共に殻に残った磯の香りを喉の奥に流し込むと、ふわりと旨味が舌の上で踊った。
 ソアの白い歯が弾力のある身を噛みちぎる。冷たいトマトと香草のビネガーソースが染みこんだ魚介類の引き締まった身は、爽やかな香りと甘い弾力のある歯ごたえで季節感を満足させた。
「マルベートさん、どうしたの」
 色を赤から白銀へ変えていくスムージーを両手で抱えたソアが首を傾げた。
「美味しかったけど、想像していた錬金術師らしい食事とは少し異なっていたなと思ってね」
 海産物はその独特の見た目から食用を忌避する文化が多く、どうやらシェベリにはその傾向があったらしい。珍しいものを食べたいという注文で出てきた皿だったが、二人にとってタコやカキはそう珍しい食材ではない。
 ふと。丸い瞳が店の外に向けられていることに気がついたマルベートは、ソアの視線の先を追った。
「どうかしたのかい、ソア」
「美味しそうな匂いがするの。でも、みんなが何を食べているのか見えなくて」
 公園から出てきた家族連れが何かを握り、何もない場所を美味しそうに食べている。

「ホットドッグだぁ」
 ぱくりと一口。虚空をかじった途端、ソアは目を丸くした。
 決壊したように肉汁が口いっぱいに広がっていく。やけどしそうに熱いと錯覚するのは一瞬のこと。すぐに熱さの正体が香辛料であると見破って、止められない一口がはじまる。トマトソースやピクルスの酸味が辛さを中和し、焼いたライ麦パンの香ばしさが胃に満足感を与えてくれる。
「これは何のお肉だろう。ぴりぴりするよ」
「透明カメレオンの肉だよ。雷をたらふく食ったからピリピリするのさ」
「かみなりってたべられるの? ボクも料理できるかな」
「ははは。雷や電流を食う生物は少ないし、調理できる奴はもっと少ない。加減が難しいからな」
 キッチンカーから顔を出した若い店主が得意げに笑った。車内には何もない。ただ、二人の鋭敏な嗅覚がそこには大量の食材やソースが積まれていると告げていた。
 パントマイムのように作られていく品を目をぱちくりとさせながら待っていた二人だったが、手渡されたずっしりとした質感にようやく『見えないホットドッグ』の存在を信じる事にした。
「他の具材が見えないのは包み紙で光の屈折率を変えているからなんだね」
「そっちの姉さんは博識だな。ああ、どうせなら全部見えない方が面白いと思ってさ。しかし、こんなにすぐ看破られたのは初めてだ」
「マルベートさんは優しくて頭がよくて、ボクの自慢のお姉様なんだ」
「ソア……」
 えっへんと胸をはるソアの言葉に声を震わせたマルベートは優しい表情のまま料理人へむきなおった。
「という事なんだ。この子の前ではいつでも頼れる自慢の姉でいたくてね。タリーで噂になるような、味の期待ができる料理店を知らないかな」
「お、おう」
 柔らかなマルベートの微笑みに狼の気迫を幻視した店主は一枚のショップカードを取り出した。
「少し辺鄙な場所にあるが、俺の師匠筋に当たる人がやっている店だ。味は保証する。もっとも味しか保証できない」

 迷路のような小径は表通りの賑やかさとは縁遠い。
 頭上では白い洗濯物が揺れ、水はけの悪い灰色の石畳には生活の匂いが染みついている。
 けれども木漏れ日のように射しこんだ光の下ではルピナスの花や楢の若木が色鮮やかな生命力を漲らせていた。
 灰色の石で組まれたその店は、煉瓦造りのタリーにおいてはどこか異質な空気を纏っていた。苔や草の生えた田舎風の屋根に真っ黒な扉や窓。小さな黒板に白いチョークで『ビストロ 錬金術師の中庭』と書いていなければ通り過ぎてしまいそうだ。
 ソアはひくりと鼻を動かした。焙煎した豆の香りが道標のように店中へと続いている。
「こんにちはーっ」
「あら、いらっしゃい」
 真鍮のドアノブをひねり、マルベートとソアは鈴音と共に扉をくぐった。
 カウンターにはサイフォンに似た巨大な機械が設置され、天井には縦横無尽にガラス管が張り巡らされている。
 食事を出す店というよりも研究室。もしくは生き物の体内に似ているとマルベートは観察し、ソアは見るからに繊細なガラス管を見上げながら慎重に足を進めていた。
「開放日とは言えお客さんなんて珍しい」
「公園にいたホットドッグのお兄さんに聞いたんだよ」
「あらまぁ」
 人懐っこいソアの笑顔につられ、店主の女性も顔をほころばせた。
「弟子の紹介なら頑張らないとね。軽食にする? それともランチ?」
 せっかくだしランチが良いな。
 ソアが隣を見ると、マルベートがにっこりと頷くところだった。
「ランチをお願いするよ」
「ボクたち料理を食べにタリーに来たんだ」
「あら、そうなの?」
 ソアが無邪気に言うと女性は少しだけ悩む振りをして見せた。
「ねぇ、貴女たちの髪の毛を一本ずつもらえるかしら。珍しいモノを見せてあげる」
 女性は二人の髪の毛を受け取ると、それぞれ金魚鉢に似た硝子ケースの中へと放り込んだ。
「七罪林檎と宝石ザクロ、あと蜂蜜酒と牙胡桃が相性良さそうね」
 更に食材が放り込まれては、分解し膨張し収縮していく。
 悲鳴のような甲高い音のあとには黒い睡蓮と橙色の睡蓮の花が一輪ずつ。
「二人とも水精霊ニンフェの花が錬成されるだなんて珍しい。何か縁があるのかしら」
 鉄のトングで手際よく白皿の上へと移され、赤いソースをひたひたと注がれる。
 真紅のソースの池に咲いた睡蓮の花。
 前菜は守護花のタルトフランベ、無花果ソース。
「元々は飢饉時の食糧として開発したんだけど、大抵の人は自分の髪の毛を食べるだなんて気持ちが悪いって言うのよ」
 テーブルクロスは白。銀の食器と空のグラス。
「石をパンに、水はワインに。それが私の究める変質的錬金術。異端と変質をその胃に受け入れる覚悟があるのなら至高の宴にご招待するわ」
 美食家たちの舌と胃袋を満たすために一年間、腕と素材と調理器具を磨きあげるのがタリーの料理人、もとい錬金術師。
「メインにとっておきがあるの。汚れを知らない無垢なる幻獣の背肉を熟成させたもの。塩と胡椒だけでシンプルに味付けした純潔の味? それとも破滅と堕落に塗れた罪過の飽食風がお好みかしら」
「「両方で」」
 気まぐれ料理人からの挑戦状。
 空腹を覚えた獣たちは、舌なめずりと共に受け取った。

  • グルマンたちの美味礼賛完了
  • NM名駒米
  • 種別SS
  • 納品日2021年08月07日
  • ・マルベート・トゥールーズ(p3p000736
    ・ソア(p3p007025
    ※ おまけSS『暴食的グルメ紀行(索引)』付き

おまけSS『暴食的グルメ紀行(索引)』

テーマ:グルマン旅行
1、食道楽、美食家
2、暴食家、大食い

イメージタウン
南フランス『トゥールーズ』
後者は薔薇色煉瓦の街並みが美しい、中世の空気が残る街。
教会に黒い聖母の伝説あり(講談社現代新書『黒い聖母と悪魔の謎』)
黒い聖母といえばドルイド教。ドルイド教と言えば雷神トール。

イメージフラワー
・睡蓮の花 黒睡蓮の館の主に相応しい王冠。
 花言葉の「清純な心」は虎精霊さんの印象。
・オーク/ドングリ 森の王。ゼウスやトールなど大体の雷神の杖がオークである事にあやかって。
・ルピナスの花 語源がlupus(狼)であることにあやかって。
 オーク「豊穣」「収穫」
 ルピナス「貪欲」「いつも幸せに」。

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